「エントリー開始」
『エントリー、スタートします』
 モニターにはユイと、ユイの抱きかかえるエヴァに良く似た装甲を着けている子供が映し出されていた。
 共に裸であるのは意味があってのことだ。
「ふんふんふんふん…」
 ミサトは腕組みをしてジッとその様子を睨み付けていたが、隣の鼻歌に視線を横向けた。
「…ご機嫌ね?」
「そうですか?、そう見えるかもしれませんね…」
「死を希望している貴方が、なにを…」
「いけませんか?、僕には僕の楽しみがある…、そう、例えばシンジ君ですよ」
「シンジ君?」
 さらに目を細める。
「無性である僕が唯一この世界との融合を果たす可能性…、それはシンジ君の「両性」」
「なんのこと?」
「僕と彼が『夫婦』になれば面白いと思いませんか?」
「なっ!?」
 愕然とする。
「僕は僕の遺伝子を僕の子へと写し込める、それはシンジ君の魂との融合を意味します、薄まるんですよ、旧い血が、新しい血によってね?」
「人になろうというの!?」
「全てはリリンの流れのままに…、僕がここに居ることは僕の意志ではない」
「どっちなの!?」
「さあ?」
 カヲルはからかうように笑みを向けた。
 ミサトは腹立たしく「ふんっ!」と鼻息を吹き出しただけで、それ以上のこの場での追及は諦めた。
 これから、それすらも左右するようななにかしらの事態が、この場で起こるはずだったから。

うらにわには二機エヴァがいる!
第弐拾話「想いの形、夢の形」

『僕の心を覗かないで!』
『僕を一人にしないで!』
『僕を捨てないで!』
『もう嫌なんだ、一人になるのも、されるのも』
『だから僕の側に居てよ!』
『僕の名前を呼んでよ!』
『名前でなくてもいいから』
『僕のことを呼んでよ!』
『お願いだよ…』
『お願いだから』
『僕のことを好きになってよ!』
(嘘つき)
 声が聞こえて、シンジは意識を浮上させた。


「…ここは」
 いつか見た光景だった。
 赤い水。
 さらさらの砂。
 海岸だった、だがアスカもレイも見当たらない。
「そんな」
 全てが夢だったのかと不安に陥る。
「そんな…」
(驚くことはないよ…)
「誰!?」
(ここはエヴァの中だよ)
 振り返り、シンジは固まってしまった。
「どうして…」
 そこに居たのは十四歳のシンジだった。
 この光景の、この場所に放り出された時のシンジだった。
(僕は君の中の僕だよ、同時に、君が忘れるために閉じ込めてしまった本当の君でもあるけどね?)
「どう、して…」
(どうして?、わからないの?、君は僕で僕は君なのに)
 と、そのシンジはシンジの足元に座り込んだ。
(僕は君の中に居る、だから君は僕の考えてる事が全部分かるはずなんだ、わからないのは、もう考えたくないって思ってるから、だよね?)
「僕はもうあの時の僕じゃない!」
(そう思ってるの?、本当に?)
「何が言いたいんだよ!」
(好かれたい?、嘘つき)
 嘘つき、嘘つき、嘘つき…
 何重にも声が響いて轟いた。
(ホントは、嫌われたくないだけの癖に)
「ロンギヌスの槍!?」
 シンジの体に黒くて大きな針が刺さった。


「自我境界線はクライン空間に閉じ込められています」
「…あなたは、補完計画で見た世界を覚えていますか?」
「突然、何を…」
 ミサトは逐次知らせられる状況に集中しようとしていた。
「皆はシンジ君の「もう嫌だ」と言う想いに共感してあの世界へと旅立った…」
 だがカヲルがそれを掻き乱す。
「だから?」
 咎めるような目を向ける、この場にはそれを知る者…、マヤ、マコト、シゲルしか居ないものの、特級機密であることには変わりないからである。
「それは「苦しみや悲しみで隔たれること」への恐怖から来た想い…、でもシンジ君は「それは違う」と拒絶した」
「そうよ!、だからあたし達は帰って来れたのよ!」
「なら、何故戻らなかった人々が居るのか、考えた事があるのかい?」
「どういう、こと?」
 それは長年求めて来た答えでもあった。
 だからミサトだけでなく、マヤ達も引き込まれていく。
「シンジ君は「誰か」に優しくしてもらいたかったんですよ、それは甘えかもしれませんけどね?、人は誰しも庇護の下に成長する…、それを得られなかった事への渇望、わかりますか?」
「アスカ、レイ!」
「そう」
 意を得たりとカヲルは笑う。
「シンジ君は優しくしてもらいたかった…、アスカちゃんとレイちゃんは甘えさせてもらいたかった、もう一度、やり直せるなら、こんな風では無くて…、それは誰しもが一度は願う願望だ、そこでお互いの利害が一致した」
「じゃあ…、じゃあ!」
「アダムの最初の妻はリリス、だけどリリスはアダムを惑わし、そして追放されて地に堕ちた」
「レイ?」
「アダムより作られし人はエヴァ、世界は彼女がアダムとつがいになる事で、初めて人が生まれて広がった」
「アスカ…」
「そう、シンジ君は中心に居たにすぎないんだ、この世界を生み出したのは誰でも無い、この配役を決めたのも誰でも無い、アスカと言う名のエヴァ、彼女ですよ」
 そして必要な人材を求めた、それに共感した人々はアスカの願いを自らの役割と感じて再び生まれた。
「そんな、そんな!、だってシンジ君は、シンジ君はずっと悩んで!」
 だからだろう、サードインパクト直後の出産率は以上な程に高まっている。
「それが真実ですよ…、シンジ君が手にしていたのはあなたがたが『分析』と言う名で『理解』した『一部の事実』にすぎない」
「それじゃあ、わたし達がまた苦しめてたって言うの?、シンジ君を!」
 迷わせて、悩ませて。
 押し付けて。
 よほど悔しかったのだろう、ミサトの目尻に涙が滲んだ。
 カヲルはその様子に苦笑を浮かべた。
「でもね?、それがどうしたと言うんですか?」
 厳かに告げる。
「二人の子供は伸びやかに花咲こうとしている、シンジ君も新たな幸せを手にしようとしている、必要なのは未来に目を向けること、なんですよ、シンジ君はまだ二人に『過去』を見ていますからね?」
 元の二人が帰って来る、そのことに囚われているのが良い証拠だろう。
「未来…」
 ミサトはその言葉に取り憑かれた。
「シンジ君は未来を選びますよ…、そのためにあの場所へ帰ったのですから」
 カヲルは優しい眼差しを、ガラスの向こうの初号機へと投げかけた。


(傲慢なんだよ…、この世界がたった一人のエゴと後悔だけで成り立つはず無いんだ)
「でも、僕は…」
(ほら、またそうやって自分だけが悪いって思い込む)
 針は正確にシンジの心臓を貫いていた。
 それを呆然と見下ろして、手をかける。
「つっ!?」
(抜けないよ…、それは君の罪悪感だからね?)
「僕の!?」
(そう、そうやって痛みを抱える度に忘れようとしてたでしょ?、お酒を飲んで、愚痴って、隠して、押し込めて)
「ああ…」
 思い出す、この痛みには覚えがある、と。
 確かに胸を突くような痛みは、自分の我が侭な身勝手に苦しんで、悩んでいた時に抱えていたものだった。
「この痛みが…、忘れちゃいけないものだって言うの?」
(違うよ…)
「違う?」
(そう…)
 そのシンジは、優しく微笑む。
(覚えている必要のないもの、さ…)
 世界が光りの中で流転した。


「アダムに偽りの夢を見させたリリスは神の怒りによって地獄へと落とされ悪魔の王ルシフェルの妻となりリリムを生み続ける」
「レイの事を言っているの?」
「違いますよ、彼女はもう人ですからね?」
 目を細めて、ほら、とミサトを誘導する。
「アダムになれず、地に堕ちた天使が居たでしょう?」
「…十一使徒!?」
「そう、彼ですよ」
 楽しげに漏らす。
「リリスは彼と共にある」
 食肉工場の基本媒体。
「だからバグが生まれるの!?」
「そしてアダムにはエヴァが寄り添った、父親、友人、初恋の相手、他にも選択肢はあったはずだけれど、選び出されたのはシンジ君だったんだ」
 そして、と続ける。
「彼女はアダムとそこにある事を望み、そして世界を命で満たした、シンジ君が多くの命を取り込んだように、多くの命を生み出したんですよ、世界の母、最初の女、そう、だからこそシンジ君は『両性』であってはいけなかったんですよ、『無性』ならば仕方が無かったとしてもね?」
「シンジ君…」


(君だけの想いで回るほど世界は簡単じゃないんだよ、君の想いなんて今を生きてる人達にとっては下らない、ささやかな物でしかないんだからね?)
「でもそうは思えないんだ、みんなが僕のことを気にかけてくれる、気にしてくれるんだ!、ねぇ、それって僕のせいだからじゃないの?」
(自分だけのせいだと思い込んでいるからだよ、前の世界で何を見て来たんだい?)
「え…」
 瞬間、加持が死んで泣き伏していたミサトのイメージが流れていった。
「あ…」
(苦しみも悲しみもその人のものでしかないんだ、誰も理解する事なんて出来ないんだよ、でも分かち合うことは出来るんだ…、あの人が死んだのは誰のせいだったんだい?、あの人のせいじゃないか…、君が傷つく必要は無いんだよ、悪いのは君に、ミサトさんにあんな想いをさせた加持さんだ)
「でもそうは思えないんだよ…」
(そうだね?、なら君が、リツコさんが、副司令や父さんが、加持さんの想いを少しだけ感じてあげてれば良かったんだよ、そうすることが、その人の想いに答えてあげる事の第一歩なんだからね?)
 自分の想いだけを見ていないで。
 人の思いも大切にしてあげて…
「僕は…、駄目だったのかな?」
(まだ決まってないさ、そのために帰って来たんでしょ?、もう一度会いたいと思ったんだ、あの気持ちは嘘じゃない、嘘にしちゃいけないよ)
「うん…」
(アスカや綾波の気持ちや想いはまだ分からないじゃないか、もしかすると一生教えてもらえないかもしれない、でも幸せじゃなかったんだ、小さい頃は…、だから誰かに構って欲しいと思った、その夢を壊しちゃいけないよ)
「僕は…、どうすればいいの?」
(それを決めるのは君自身だよ、僕じゃない)
「え…、だって君も僕なんでしょ?」
(僕は過去の僕にすぎないんだよ、全てが一つになった世界で理路整然と物事を理解していた僕…、でも実際に生きるって言うことは矛盾だらけで上手くいくはずが無いんだよ)
「そっか…、そうだね?」
(全部が全部夢のように自分の願いと想いによって計算したように流れることはないのさ、それが分かっていないから裏切られたと思うし挫けもする)
「でも…、挫折するわけにはいかないんだ」
(そうだよ?)
『ようやくわかったの?、ばかシンジ!』
 はっと、シンジは目を見開いた。


 その時、レイは零号と共に初号機の前に立って居た。
 アンビリカルブリッジの上で初号機の顔を見上げていた。
「ここにいたのか?、レイ…」
 ブリッジの端に黒い影が広がり、その中からゲンドウがゆっくりと浮かび抜け出して来た。
 そしてレイに向かって手を伸ばす。
「さあ行こう、レイ…、アダムとエヴァ、神話をなぞるだけのこの世界に我らの希望はないのだからな?」
 くすくすくすくすくす…
 ゲンドウの台詞にレイは顎を引き、前髪で顔を隠して笑い始めた。
「何がおかしい?」
 しかも肩が震えている。
「じいさんは用済み…」
「なに?」
 眉間に険を浮かべるゲンドウ。
「そう思っているのは、あなただけなのに…」
「エヴァはアダムと結ばれる運命にある、お前ではない」
「わたしはもう、作られた者ではないもの」
「なに!?、レイ、記憶が!」
「わたしは、今も…、昔も、お人形じゃない」
「レイ!」
 右腕を伸ばして手のひらを広げる、光の蛇が抜け出すように伸びる、レイを捕らえようというのだろう、しかし触れる事すら叶わずにバグは弾き返された。
「AT…、フィールド」
 呻くゲンドウ、張ったのは…、零号だ。
 レイを庇うように前に出ている。
 すたっとレイは零号の頭の上に飛び乗ってポーズを取った。
「ホワイトファースト、参上」
 白色閃光、アンド爆発。
 巻き起こる風、吹き散らされる白煙、その渦の中心に現われたのは。
『あなたを倒すわ』
 青い髪と赤い瞳。
『わたしは、碇君を守るもの…』
 口元に刻まれる小さな微笑み。
 綾波レイ。
 エヴァを纏っての降臨であった。


 その頃、白き月、虚数空間では…
「トウタ…」
 呻き転がっているリツコが、もがくように手を伸ばしていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。