「リツコ!」
ミサトは慌てて彼女の体に腕を回した。
「あんた一体、どうしたっての!」
半ば無理矢理、穴の中から引きずり上げる。
ミサトは直感的に、彼女とエヴァが無関係ではないと察していた。
「あれは何?、あんた一体なにをしたの!!」
「あたしじゃないわよ…」
「嘘ね!」
「嘘じゃないよ」
断じるミサトに、カヲルが漏らした。
「…あなたは何を知ってるの?」
矛先を変えるミサト。
「全てはリリンの心のままに…」
しかし向けられたカヲルは、実に涼しげな顔をして受け流した。
「この世界は人の心が作り上げた楽園だからねぇ…、彼にもまた、資格が残されていたと言う事さ」
煙に巻かれたような顔をするミサト。
しかしカヲルの言葉は、確かに真実の一端を明かしていた。
うらにわには二機エヴァがいる!
第弐拾弐話「やはり、親子らしく」
レイは一瞬の内に様々な考えを駆け巡らせていた。
零号、初号、弐号には、自分達の肉体と記憶が封印されていた。
だが参号機は…、鈴原トウジは極普通に暮している。
「なら…」
これは誰だというのだろうか?
『レイ、気をつけて、そいつは!』
ミサトの声はドォンと腹に響く震動と共に立ち消えた。
「ミサトおばさん?」
わずかに眉を寄せる。
「…AT、フィールド」
ケイジ全体の空気の密度が増し、肌にピリピリと来る物が感じられた。
ATフィールドがケイジ全体を隔離しているのだ。
それは過去に渚カヲルが起こした現象でもある。
「強い…、とても強い力を感じるわ?、そして憎しみ…
レイの目が強く輝く。
「あなた…、トウタね?」
レイは横へと手を伸ばした。
ばしゃん!、くるくると水から上がった槍がその手に収まる。
手を添えて前に構える、矛先から走った震えが槍に着いていた雫を振り払った。
「あなた、やる気ね?」
レイの闘気に呼応するように、エヴァの殺気も強まっていく。
それはまさに狂気だった。
お互いに中学生ほどの体躯であったが、わずかに参号機の方が大きく見える。
ドン!
エヴァはブリッジを蹴って襲いかかった。
「あ…」
レイはその震動に足を取られてバランスを崩した。
エヴァの拳が襲いかかる、レイは防御のためにATフィールドを張ろうとした。
弾き飛ばされるだろうが、それでも直接殴られるよりはマシだから。
その瞬間に脅えて目を閉じる。
ゴガッ、ゴン!
「え…」
レイは一瞬、状況が把握できずに呆然とした。
来るべきはずのものが来なかったからだ。
「なに?」
何かに体当たりをかけられた黒いエヴァが、ブリッジの上をバウンドしてLCLの湖に落ちていった。
「あ…」
赤い機体がゆっくりと立ち上がる。
「弐号…」
「綾波」
レイは懐かしい響きにピクリと反応した。
驚き急いで初号機を見上げる。
自然と涙がこぼれ落ちた。
「碇君…」
初号機の首元に懐かしい男の子が立っていた。
見下ろす少年と見上げる少女。
実に七年ぶりの邂逅であった。
「ATフィールド消失…、いえ、中和されました!」
「中和?、一体誰が!?」
ミサトはカヲルを睨んだ。
「まさかあなたが?」
「それは彼に聞くべきですよ」
顎で指し示された先を見て、ミサトは目を丸くした。
「シンジ君!」
モニターの奥、エヴァ初号機の首元に…
素裸のままの十四歳のシンジが立っていた。
「やめるんだ、綾波…」
「碇君…」
レイは降って来た声に動揺を感じた。
そこに込められた二種類の響きに眉を顰める。
一つはやめろと恫喝する父の声。
もう一つは綾波と呼ぶ懐かしきもの。
(わたしは、どちらを…)
迷いが走った。
シンジが…、父親としてのシンジが消える少し前に、『お父さん』と一緒に月明かりに包まれたこと。
見上げた場所にあるシンジの申し訳なさそうな顔の中に、とても心苦しいものを感じたこと。
だが今のレイにはさらに二つの感情が渦巻いていた。
一つは命をかけてまで守ろうとしたもの。
それは二人目の自分の「寂しい」という感情に根付く、手に入れたいと言う、離れたくないと言う心の顕れだった。
もっとも手に入りやすかった、側に居た人。
自爆してまで守った想い。
もう一つは三人目としての恐怖心だった。
全てが記号として並んでいた。
碇ゲンドウ、赤木リツコ、葛城ミサト、加持リョウジ、惣流・アスカ・ラングレー。
そして、碇シンジ。
駒としての配列に何の意味が見いだせるだろう?
レイにとっては全てが劇であった。
現実世界と言う名の作り事であった。
冷めた心がレイに無感動を与えていた。
だが三つの心は共通して人の温もりに飢えていた、そしてそれを最も埋めてくれたのは…
「お父さん」
レイの台詞が、全てを決めた。
「シンジ君…、サルベージ、間に合ったのね?」
ミサトはこぼれそうになる涙を拭うために、抱きかかえていたリツコを放り出した。
「ああっ、先輩!」
ゴン!っとかなり良い音がした。
「何てことするんですか!、先輩、先輩!」
打った頭をがくがくと揺する。
「先輩!、あたし先輩が死んじゃったら、どうやって生きていけばいいんですか!、センパイ!!」
「…おい、マコト」
「言うな!」
滂沱の涙。
「先輩!」
「はっ、ここは!」
マヤの必死の願いが通じたのか?、リツコははっと気が付いた。
「せんぱい!」
「マヤ?、痛…」
正気に返ったリツコは後頭部の痛みに呻いた。
そしてその光景を見てしまった。
「あれは…」
それは抱き合う二人、抱擁を与え合うシンジとレイの姿であった。
「お父さん…」
レイの唇から漏れ出た呼び声に、シンジは優しい笑みと言葉をこぼした。
「…レイがみんなを懲らしめることはないんだよ」
シンジの体が大きくなっていく、大人ものに変わっていく。
シンジの本来の姿へと。
次第にレイの顔にも柔らかなものが宿り始めた。
それはシンジの成長に合わせて、思慕の念へと変わっていく…
「レイ…」
レイはシンジの呼び掛けに、頬を染めて息を飲んだ。
トントンっと、シンジはエヴァからブリッジへ降りた。
「レイ」
「お父さん…」
シンジに抱きつくレイ。
シンジは鳩尾の辺りに落ちついたレイの頭を軽く抱いて、その髪を優しく撫で梳いた。
瞳の奥にとても柔らかなものを沢山湛えて。
「シンちゃん…、立派になったわね?」
そんな二人の抱擁に、ミサトはほろりと涙をこぼしていた。
しかしその目は一点を見つめている。
具体的にはレイのお腹に当たっているだろうシンジの部位をだ。
きゃーきゃーと発令所のそこらかしこでも黄色い悲鳴が上がっていた、なにしろ憧れの碇総司令のオールヌードだ。
一部、悔しげな男達の歯噛みする音が混じっていたが…
「シンちゃんったら、あんなに小さかったのに、大きくなって」
深読み出来る発言に無く男が一人。
「…どうした、マコト?」
「ほっといてくれ」
指令室は悲喜こもごもと言った感じである。
「とにかく、マヤちゃん」
「は、はい!」
ぽうっとしていたマヤだったが、どもりながらも正気に返った。
「MAGIにモザイクをかけさせて」
「え、かけちゃうんですか?」
「指咥えてないで、早くして」
「はぁい…」
渋々と言った調子で端末を操作する。
直後、シンジの股間部に、タイルパターンがかけられた。
「リアルタイムモザイクシステム、対照の行動まで予測して肝心の部分を隠してしまうんだから…」
(何を考えてこんなものを作ったのかしら?)
リツコを見やる。
彼女は二人のラブシーンにも見える抱擁に魂を抜かれたような顔をしている。
「ゲンドウさんは…」
「あそこだよ」
もらされた言葉をカヲルが拾い上げた。
「どこ?」
「あそこさ、ほら、モザイクがかかっているだろう?」
カヲルの指が、画面の角を差す。
あ…、と誰もが何か言い難いものを感じて言葉を飲んだ。
「どうして碇ゲンドウ、あの人の顔にまでモザイクがかかってしまったんだろうねぇ?」
「…まあ、お子様にはきつい顔だものねぇ?」
「ミサト!」
瞬間、途切れていたリツコの頭の配線が修復された。
「マヤ、どうなっているの!!」
「ど、どうって…、プログラムしたの、先輩だし」
「そうねぇ?、あんたが作ったんだし、あんたが何とかしなさいよ…」
「違うわっ、わたしはマスターアップしただけよ!」
「…また母さん?」
「いいえ、本体を作ったのは…、冬月先生よ」
「あ〜」
ぽりぽりと後頭部を掻くミサト。
なんとも言葉が見つからないらしい。
「まあ、それはともかくとして」
だからカヲルが無理矢理締めた。
「生きてるのかな?、あの人は」
「え?」
リツコは怪訝そうにゲンドウを凝視した。
「げ、ゲンドウさん!」
モザイクの男、その腹には…
とても大きな穴が空いていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。