「ミサト!」
 リツコは叫んだ。
「あれはどうなってるの!」
「い、いえ…、あれはレイが」
 余りの剣幕につい馬鹿正直に答えてしまう。
「レイですって!?」
 改めてリツコはモニターを見上げた。
 そこだけを見ればアットホームな一面であっただろう。
 しかしシンジとレイの抱擁は、確実に女の触れてはいけないものに触れていた。
「ふ、ふふ、ふ…」
「リツコ?」
 後ずさるミサト。
 リツコのために氷のうを吊ってやっていたマヤは、「え?、え?」と逃げるに逃げられずに大いに慌てた。
 ゆっくりと、だがはっきりと、リツコの口から陰惨な障気が吐き出されていく。
「人を、いいえ?、親子2代、どれだけの女を食い物にすれば気が済むのかしらね?」
 くふふふふっと酷く恐ろしげな笑みを浮かべる。
「それともやはり碇ユイ、あなたなの?、あなたなのね?、人をバカにして!」
「リツコ…、あんた」
 ゆらりと蠢くリツコの姿に、マヤはひぃいいいいっと氷のうを捨てて逃げ出すべきかどうか焦り慌てた。
(迂闊だったわ)
 リツコの現われ方が普通では無かった事から、ミサトはすっかり根源が彼女である事を忘れていたのだ。
「そもそも初号機なんて残していたのが間違いだったのよ!」
 彼女の狂気は暴走していた。

うらにわには二機エヴァがいる!
第弐拾参話「焦がれ」

「レイ…」
 ごくごく自然と、シンジは抱きしめる腕に力を込めた。
「あ…」
 厚い胸板にレイは驚いた。
 ドキドキと鼓動が高鳴っていく、止められずに、レイはシンジの腰に腕を回した。
(お父さん…)
 大人になったシンジはレイよりも遥かに大きくて逞しかった。
 それはまさに父親の大きさだった。
 だが同時に男としての象徴も感じる。
 頭に血が昇っていく、しかしそれに合わせて体からは力が抜けていった。
 肉体が少しずつ萎んでいく…
 カランと装甲だった甲羅が転がった。
 レイのお尻に腕を回して抱き上げるシンジ。
 レイの体は、もう六歳のものに立ち戻って、軽くなっていた。
「…おかえりなさい」
 レイは潤んだ瞳で首に噛り付いた。
「ただいま」
 シンジもそれを受け入れた。


 橋の上の二人が元の関係を取り戻していた頃…
 沈んだそれの瞳には、再び狂気の光が灯っていた。
 まるでリツコのそれと同調しているかの様だった。


 時間は少しばかり遡る。
「何か聞こえないか?」
「あん?、なんやっちゅうねん」
 トウタとシンスケの二人はいつものように何処で遊ぼうかとぶらついていた。
 そこにドカドカと非日常的で、あまり平穏でない音が聞こえて来たのだ。
「こっちだ!」
「ちょ、待たんかい!」
 二人は駆け出した。
(なんや?)
 そして聞こえて来た声。
「パパ!」
(アスカか!?)
 知った声に跳び出しかける。
 しかしその必要なかった。
『こんちくしょー!』
 アスカが、変わった。
 閃光と共にいきなり中学生くらいの女の子に成長し、その身に鎧を纏ったのだ。
 いつものゴッコのような遊びでは無く、まさに変身ヒーローそのものであった。
 凄い凄いとやみくもに連呼するシンスケに対して、トウタは「ああ…」と気のない返事を返すだけだった。
 しかし内心では違っていた。
(かっこええ…)
 変身し、敵を打ち破る姿には、子供の胸を高鳴らせるには十分過ぎる迫力を秘めていた。
 自分に母親が居ない事で、父がどれだけ気苦労を重ねて来たか?
 新しい妹も、父が居ない事でどれだけ寂しい想いをしてきたのか?
 わかっているだけに、その力は魅力的だった。
 自分達を傷つける全ての者を、退けられると直感的に悟っていたから…


「誰か鎮静剤を!」
「このわたしに薬を打とうというの?、かかってらっしゃい!」
 跳ね上げられる白衣と、その下に輝く無数の注射器。
「リツコ、正気に戻って!」
「あたしは正気よ!」
 暴れるリツコに騒然となる。
 ミサトは助けを求めるように首を巡らせて、相変わらず超然と笑みを湛えているカヲルに目を止めた。
「ちょっとあんた、笑ってないで彼女を止めて!」
「なぜ?」
「何故って、それは…」
 ミサトは細まっていくカヲルの目に息を飲んだ。
 冷酷なものが輝いたからだ。
「しょせん彼女が見せるのは人の生み出す狂気にすぎない、なのに僕が介入してもいいのかい?」
「だけど…」
「ま、碇家の問題は碇家でつけるべきことさ、他人が口出しすべき事ではないよ…」
 カヲルの関心はシンジ達のみに向けられている。
「…セカンドインパクトからこっち、ほんと傍迷惑なのよ!、この家系はっ」
 ミサトは自棄を起こして大きく叫んだ。


「お父さんっ」
「え?、危ない!」
 シンジは咄嗟に背を向けてレイを庇った。
 水飛沫を上げて飛び上がったそれは、シンジとレイに向かってゴムのように腕を伸ばした。
「んっ!」
 身をよじるレイ、シンジの肩越しに手を伸ばす。
 その先で金色の壁が展開され、黒鬼の手を弾き返した。
「レイ!」
 レイはシンジの腕から抜け出すと、小さくなった羽根をぱたぱたさせて空中に上がった。
 その姿は天使というよりキューピットである。
 放り出していた槍に手を伸ばすレイ、彼女は槍を再び手元へと呼び寄せた。
「鈴原トウタ…、鈴原トウジ、フォースチルドレンの子供」
 レイはトウタらしきエヴァへtp矛先を向けた。
「何故、今になって目覚めたの?」
 答えはない。
 拳があるだけ。
「んっ!」
 レイは同じく宙に飛び上がって来たエヴァの拳を、槍の先で突き返した。
 キンと反発するように弾け合う。
「ATフィールド…」
 シンジは槍と拳の接点で煌めいた金色の火花に気が付いた。
 身長の倍ほどに縮んだ槍を器用に振り回すレイ、ブンブンと暴力的な音を立てて襲い来る拳を、槍はカンカンと軽い音を立てて弾き返す。
「トウタ…」
 レイは幼いながらに哀れみの目を作っていた。
 空高く舞い上がり、真下から飛び上がって来るエヴァを見つめる。
「あなたは目覚めるべきでは無かったのというのに…」
 レイのATフィールドは見えない圧力となって、黒いエヴァを叩き落とした。


「お父ちゃん!」
 アスカとゲンドウの戦いに心奪われたトウタは、家に帰るなりはしゃいだ声でトウジに身振り手振りでその様子を必死に語った。
「ほんまや!、アスカがこうピッカっと光ってやなぁ、ほんま、むっちゃカッコよかったで!!」
「そうかぁ…」
 だがそれを聞いたトウジは嫌な胸騒ぎに支配されただけだった。
 トウジの関心は変身そのものでは無く、アスカの戦っていたと言う謎の敵の方に向けられていた。
(そやから惣流が帰って来たっちゅうことか?)
 憶測に過ぎないが、何割かは正鵠を射ている。
「なぁ、おとんもチルドレンやってんろ?」
「あ、ああ、そやけど…」
「なぁ!、それやったら、ワシにも造ってもらえへんかなぁ、エヴァ!!」
 エヴァ。
 トウジにとっては、妹から始まる忌むべき存在。
「アホォ!」
 まさに雷が落ちると言った怒声だった。
 トウジの心はそれ程までに反発したのだ。
 その名前に。
「お、お父ちゃん…」
 初めて見る剣幕に、トウタは本気ですくみ上がった。
「んなもん、欲しがるもんやない!」
 歯を噛み締めるトウジ。
「あれは…、あれは」
 手は気付かない内に偽足を撫でさすっていた。
「そやけど、アスカもレイも作ってもろて…」
 トウタはそんな仕草を見逃した。
 あの力があれば…
 その魅力には抗えなかったのだ。
「ワシかて!」
「絶対にあかん!、あれはわしらが手を出したらあかんもんなんや!」
(なんやそれは!)
 トウタは苛立ちと憤りに身を震わせた。
 明確な説明も無く納得はできない、駄目だの一点張りで抑えられるほど、大きくなった憧れの気持ちは消え去るようなものではなくなっていたのだから。
 だから。
(…欲しがる必要は無い)
 その声が味方に思えた。
(お前は、既に手に入れている)
 父よりも親しいものに聞こえてしまった。
(いいや、お前こそが、そのものなのだから)
「わしは…」
(お前はあれと、同じなのだ)
「わしも、変身できるんや!」
 その時にはもう、トウタの目は赤く変色していた。
 トウタは知る由もない。
 それがいかなる意思の元に発せられた声なのかなど。
 気が付けばトウジを気絶させ、虚数空間に逃げ込んでいた。
 そこにある白い物体に辿り着き。
 驚いている女性を傷つけ。
 そしてここに辿り着いていた…
 まさしく何かに導かれて。
 あるいは自らの欲望に歪みを受けて…


 黒い悪魔、人間大のエヴァ参号機。
 その正体は間違いなく鈴原トウタであった。
(わしにも変身できたんや!)
 そしてその心は躍っていた。
(どや!、お前らには負けへんっ、カッコええのはワシや、ワシが一番なんや!)
 ダンッと『天井』に着地したエヴァは、『眼下』に『見上げる』幼い女の子に、新しい母と、妹と、父の姿を垣間見た。
(何でそないな目で見るんや…)
 とても悲しげな瞳だった。
(わしがお前らを守ったる、わしが守るんや、邪魔はさせへん!)
 幻を突き破って強襲をかける、しかし繰り出した拳は突き出された槍の、正確には槍の先端部分で発生した金色の壁と拮抗を保っただけだった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。