ダン!
暗闇にスポットライトが灯された。
そのまぶし過ぎる明かりを浴びて、鈴原トウタは目を覚ました。
「…ここ、どこや?」
『目が覚めたかね?』
マシンボイスが語りかけた。
「なんや、誰やっ、どこにおんねん!」
眩む目を手で庇いつつ立ち上がる。
だが張り上げた声は周囲の闇に全て吸い込まれてしまった。
身震いをする、響かないことが闇の深さを連想させて、トウタの顔から血の気を引かせた。
「なんやねん…」
ふらりと後ずさってガシャンと鳴った音に震え上がる。
なんのことはない、先程まで自分が座らされていたパイプ椅子にぶつかってしまっただけのことだった。
だがその一瞬の緊張が、トウタの脳裏に忘れていた記憶を思い起こさせていた。
「あ…」
『思い出したかね?』
奇妙な感情に取り付かれたこと、父親の不条理な物言いに憤ったこと。
なにより、友達を殴り付けようとしてしまった事が思い起こされる。
「わしは…」
自分の手を見る、その手は汚れているように見えて、トウタは「うわぁ!」と情けない声を発した。
「わしは、わしは!」
『彼女達なら無事だ』
はっとして顔を上げる。
「ほんまですか!、レイ、そや、碇のおっちゃんもおった!」
『そうだ、君は負けたのだ』
トウタは悔しさよりも安堵感に包まれてへたり込んだ。
「よかった、ほんまによかった…」
『……』
かすかなノイズ。
『では尋ねる』
トウタは気付かなかったが、同じマシンボイスでも多少声質が変わっていた。
変調器を通しているだけで、複数の人間が彼への質問を携えているのだ。
『君は、その力で何をしたいのかね?』
「なにて…」
トウタはゆっくりと自分の手を見た。
小刻みに震える右手、だがほんの少しだけ記憶にあるものを呼び起こすと…
「うわぁ!」
闇が渦を巻いて取り付き、トウタの腕をエヴァンゲリオンのそれへと変えた。
肘から先だけが不格好に長くなる。
『再び問う』
だが声の主はその現象について熟知しているのか驚きもしなかった。
『君は、何を願うのかね?』
『神にも悪魔にも…』
別の声が降り落ちる。
『正義の味方にもなれる、その力で』
トウタの腕の震えがぴたりと止まった。
「正義の、味方?」
『そうだ』
「正義の…」
うなされるようにくり返す。
しかしその顔からはもう、怖れのようなものは消えていた。
うらにわには二機エヴァがいる!
第弐拾五話「シト新生:DEATH」
「…ふぅ」
マイクから手を放したのはミサトだった。
「これでトウタ君の方は問題無しね?」
「マインドコントロールとは感心しませんがね…」
カヲルが揶揄に、ミサトは肩をすくめて弁解した。
「多少の心理コントロールは仕方が無いじゃない、子供達がヒーローを好んで邪気無く罪のない人を悪と定めて断じるように、願望はとても恐ろしいものだもの」
ミサトはさらに背後に視線を送った。
「そうでしょ?、鈴原君」
気難しい顔をしたトウジが立っていた。
「納得できない?」
「いえ…、そやないんです」
トウジははぁっと溜め息を吐いた。
「やっぱり、ワシの子やと思うて」
「そうね…」
そんなトウジの肩に手を置くように、彼を支え、抱きしめる女性が居た。
リツコだ。
「ワシも妹をなんとかしたらなあかん思とりました…、あいつも同じやっちゅうのに、それに気付かんと」
「しようがないわ?、彼の精神の一部はあなた自身の映し絵だもの…、あの子にも自覚は無いでしょうけど、あなたの苦悩や後悔は確実に背負っているのよ」
「ワシが悪いっちゅう事ですか?」
リツコはやんわりと否定した。
「誰かを助けたい…、守りたいと言う気持ちは、とてもとても大切なもの、そうでしょう?」
そう言うリツコの顔からも、あの時の狂気が抜け落ちている。
いい雰囲気になっている二人の代わりに、カヲルが厳かに考えを述べた。
「…所詮、運命は人が紡ぎ出す戯曲にすぎないと言うことさ、その旋律は時として神の声すら飲み込んでしまう、神も悪魔も時の流れに生み出されただけの事象に過ぎませんからね?」
「あの子が、アスカが、レイが…、シンジ君が、あたし達が?」
「全てが偶然の産物なんですよ、人の意志の奔流が生み出した捻じれとよじれが今の世界を作り出した」
「…渚君!?」
ミサトは目を見張った、彼の体が透け始めたからだ。
「名前で呼んでくれるとは嬉しいですねぇ」
カヲルは微苦笑を浮かべた。
「しかしそれすらも僕にとっては記号にすぎない…」
カヲルは一人一人に目を向けてから口にした。
「僕と言う存在もまた、何者かの大いなる意志によって生み出された歪みにすぎないんですよ」
「大いなる意志?」
「わたしやあの人も、その意志によって操られてしまったと言うの?」
「人の心は隙間だらけですからね?、ほんの少し、ほんの少しだけ毒を混ぜれば狂ってしまう」
「あなたは、どうなるの?」
カヲルはリツコの問いかけに苦笑した。
「僕は人ではありませんからね?、MAGIにいる彼やトウタ君のように揺らぎに流されることは出来ないんですよ…」
「絶対者…」
リツコの呻きにカヲルは頷いた。
「わかりますか?、常に変動と変革をくり返す世界にあって、まったく動じる事のできないこの痛みが」
どのような巨大な波に襲われたとしても、彼と言う柱は揺らぐ事すら出来ないのだ。
竹が嵐をしなりでもって受け流すように…
人が持ち前の柔軟性で、人生と言う名の荒波を乗り越えていくとしても…
硬過ぎる大木である彼は、身を軋ませる痛みに堪え続け、やがていずれは折れるしかない。
「死ぬわけではありません…、僕が生み出された理由から、この世界がずれ過ぎてしまっただけですよ」
「位相が変わってしまったというのね?」
「ご明察」
カヲルとリツコは微笑み合った。
カヲルが再び生み出された世界、そこからは無数の未来が枝別れする。
パラレルワールド、しかし絶対の者である彼は、自分が望まれたその存在理由を維持しなければ、姿を保つ事さえ出来なくなるのだ。
「でも何故なの?、ここがあなたの生きる世界であっても良いはずなのに…」
『ここ』はもう末枝の一つにすぎない、本流からはあまりにも遠くなり過ぎてしまっている。
「彼を生み出したのはあの人とわたしの悪意だもの…」
その悪意に支配された世界こそが、彼が本来生きるべき世界だから。
「それが浄化されてしまった今、彼の存在意義は失われてしまったのよ」
「でも楽しかったですよ、シンジ君に会えたから」
「待って!、最後に教えて、大いなる意志ってなに!」
「…ガフの部屋の向こう、扉の中であなた達を待っている人達ですよ」
一つになることを望んだのに、一つになってくれなかったのかと恨んでいる人。
「そんな…」
「でもシンジ君はその意志を浄化した、あなたなら…」
リツコを見つめる。
「わかるはずだから」
「ええ…」
憑き物が落ちたように、柔らかに微笑む。
「それでは…」
(彼には、よろしくと…)
耳に残る彼の声。
それを最後に、彼の気配は消えてしまった。
「パパ!」
アスカはノックの後に入って来た人物に、目を丸くした後、跳びついた。
「パパ、パパ!」
「ただいま…」
レイの時と同様に抱き上げて頭を撫でてやる。
「パパぁ…」
アスカは夢中で首に噛り付いた。
シンジのシャツの襟元が、アスカの涙でびしょ濡れになる。
「パパだぁ…」
(なんだかんだ言っても、やっぱりそうなんだな…)
シンジは苦笑した。
アスカもレイ同様に、綾波シンジよりも碇シンジを、父親を望んでいるようだから。
「寂しくさせて、ごめんね?」
シンジの言葉に、レイは「そう?」とベッドの上を眺めやった。
病室だというのにテレビとゲーム機が持ち込まれ、布団の上にはソフトが腐るほど散らかっている。
「パパ、痛い…」
「ごめんね…」
「パパ…」
痛いほどの抱擁に身じろぎしながらも、アスカはシンジの髪に顔を埋めた。
(カヲル君、僕は負けない…、負けないからね?)
シンジは心の中で呟いていた。
何度も何度も、呟いていた。
レイがシンジを恨めしげに、アスカを羨ましそうに見つめても。
さらに何度も、呟いていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。