「なんで!? どうして!? なんでこんなところであんたと二人っきりでいなきゃならないわけ!? もうやだ!」
泣き喚く彼女に対して、どうしていいものやらわからなかった。
「もういや! 帰る! あたしを帰して! 帰してよっ、ママぁ……」
ぐずり暴れる彼女のことを、少年は力を込めて抱きしめていた。
「ふっ、ぐ、う!」
唇をふさがれ、彼女は激しく抵抗した。だがやがて少女は……。
「ふ、う……」
いつしか自らむさぼるように求めていた。気持ち良いとか、良くないとか、そんなことではなくて。
(シンジ……)
見開いた目に、少年の辛そうな表情が見えたから。
お願いだからといっていたから。
──それから一年。
「はぁ……」
ベッドの中、シンジは深く深く溜め息を吐いた。
それから暫くはしおらしくて、思わず可愛いと思ったものだったが……一年も過ごせば倦怠期は来る。
「二人っきりの時は……アスカも可愛かったのに」
すざっと周囲が退く発言をする。
「なっ、なな! なにいってんのよっ、アンタはぁ!」
「え?」
なんでアスカ、真っ赤になって怒ってるんだろう?
シンジは本気で首を傾げた。
第十二話 その末少年は号泣をした
(こ、これは!)
下駄箱に入っていた手紙に浮かれて校舎裏へと来たのだが、シンジはそこに黒髪の少女を見つけて罠だと気づいた。
「山岸、さん……」
「碇君」
にこりとして。
「やっぱり来てしまいましたね」
「き、来てって……やっぱりって、どういうつもりなのさ」
「どう、とは?」
「だって、こんな手紙……」
「わたしが手紙を差し上げると変でしょうか?」
「あ」
抱きつかれ、シンジは思わず受け止めてしまった。
「山岸さん?」
「ずっとこうしたかったんです……」
その時、ちょうどほどよくやって来た人物がいた。
「誰よぉ、こんなところに呼び出しかけるなんてぇ、あ」
「あ」
シンジの首元に顔を埋めていたマユミがにやりと笑う。
「ちちちちち、違うんだ。アスカ、これは誤解!」
「へ〜?」
アやけに平坦な口調であった。
「アンタたちってぇ……そういう関係だったんだぁ?」
「あうあうあう」
「ええとぉ、あたしぃ、お邪魔みたいだからぁ」
「ああ、待って……ああ」
「じゃあシンジぃ、ガンバんなさいよぉ?」
「あああああ」
そして……。
「ただい……ま」
シンジは玄関にて仁王立ちしていたアスカに退いた。
「ええと、その」
「どうしたの? なんてとぼけたこといったらブッコロス」
にたりと笑う。
「今日こそは逃がさないわよぉ?」
「うう……」
「さあ、白状しなさい!」
「白状って、なにをさ?」
「アイツとどういう関係なのよ!」
「関係って前にもいったじゃないか」
しどろもどろに。
「前に住んでたところで……」
アスカはダンッと床を蹴り付けた。
「嘘ね」
「嘘って……」
「アタシにはわかるのよ!」
「わかるってなにがさ?」
転校初日の、自分にはシンジという王子様がいるのだと告白したマユミの顔が忘れられない。
「うるさいうるさいうるさーい!」
ビシッと指差す。
「それだけじゃないでしょ! ちゃんといいなさいよ!」
「だからそれだけなんだってば」
「いいから!」
「なに怒ってるんだよぉ……」
「怒ってる? 怒ってなんてないわ、アタシは!」
「どこが?」
「アタシはね!」
さらに指差す。
「アンタが! 誰と付き合おうと、そんなことは知ったこっちゃないのよ!」
「じゃあ良いじゃないか」
「良くなぁい!」
高らかに声を張る。
「アンタはアタシの『抱き枕』なのよ!? 所有権はアタシにあんの!」
「……抱き枕って」
「舐めるな! 枕ってのは変わると眠れなくなるもんなのよ! アンタにはね、アタシの安眠を保証する義務があんの! アンタはアタシに安らぎを与えるためにこそ生まれて来たのよ! アタシたちの出会いは運命だったのよ!」
「……嫌な運命だなぁ」
「なにかいったぁ!?」
ギロリと睨む。
「あの、その、ぼくの安眠はどうなってるのかなぁって?」
「アンタ馬鹿ぁ?」
心底蔑むような目をして。
「アタシが抱いてやってんのに、文句あるわけ?」
「うう……だったらせめて縛るのはやめてよ」
「嫌よ。イ・ヤ。だってアンタ変なとこに抱きついて来るんだモン」
「アスカだってぇ」
「それに! 腰押しつけてヘコヘコ動かすし」
「え?」
「ヘコヘコ」
「へ?」
「ヘコヘコッとね、いやらしい」
「えええええ!? ぼ、ぼくそんなことしてる!?」
「してるしてる。だから嫌なのよ!」
アスカは恐る恐る問いかけた。
「アンタって……欲求不満?」
うう、っと唸る。否定できないところが実に悲しい。
(ユイさんもどっか行っちゃったしなぁ)
不届きなことを考えている。アスカはそんな間を誤解して受け止めた。
「ねぇ?」
「え?」
「そ、そんなに辛いんだったらさ……あたしがなんとかしてあげようか?」
「なんとかって?」
そのセリフが指し示すものに唖然とする。
「ほ、本気でいってるの!?」
「なによぉ」
ぷぅっとむくれる。
「じゃ、良い! ちょっとは悪いかなぁって思ってやったのに!」
「はいはい、ありがとうございます。でもアスカとそんなことするのは嫌だ」
「どういう意味よぉ」
「だって、今度はしてからでないと寝らんないとかいわれそうだから」
「うっ、否定できないわね、っていうか、さ」
アスカは恐る恐る問いかけた。
「前から思ってたんだけど、アンタって経験者?」
「ななな、なんだよそれ!?」
「だってぇ、『あっち』のお風呂で見た時、あんたのそれ、ムケてたもん」
「ムケ、って……」
「男の子のって、するとムケるんじゃないの?」
「そ、それはどうかな? ぼくは自分でムイたし」
「なんでぇ?」
「だって先生に、ムイとかないと将来『ホーケー』って病気になるんだぞって脅されたから」
「……あんたの先生って」
「いわないでよ」
「はいはい。で、山岸だっけ? アイツの話に戻るんだけどさ」
ちっと舌打ちするシンジである。ごまかせなかったかと。
「だからさぁ」
話せないのは、マユミの家庭環境に触れることになってしまうからだ。
母を父に殺された。そんなことはこぼしてしまって良いことではない。
「山岸さん、大袈裟にいってるだけなんだってば。昔は虐められっ子だったんだよ。それで近所の子に犬で驚かされたことがあったんだ。それを助けたって、本当にそれだけなんだよ」
「ふうん?」
「あ、信じてないな」
「うん」
「どうして信じてくれないんだよぉ……」
「だって、さ……」
拗ねる。
「アイツ、アタシと同じ顔するんだもん」
「同じ顔?」
「もう! 突っかかるのやめようと思わせたみたいなこと、あいつにもしたのかって聞いてるのよ!」
妙に遠回しないい方をする。結構恥ずかしい記憶になっているらしい。
「別に……山岸さんとは手も握ってないけどなぁ」
「ほんとにぃ?」
「ほんとだよ」
「嘘くさぁい」
「信じてよぉ」
「だって、あの子の表情ってとんでもなかったもん。アンタのいうことが本当なら、かなり電波入ってんじゃない? あるいは幸せお天気か」
「わいてるってこと?」
「想い出を美化するにしても行き過ぎよぉ。一体どんなやつだって思ってんだろ? アンタのこと」
そりゃ……とシンジは首をひねった。
「借金小僧?」
「あんたばか」
フェイズ2
惣流・アスカ・ラングレーが妙な知識をどこから仕入れたかといえば、それは碇ユイである。ただ……。
「なぁんだ。じゃあシンジもまだってわけだ」
うんうんと頷く。
「そうよねぇ。だいたい他の女とヤッちゃってるやつと寝てるなんてぞっとしないわ」
……彼女はその知識の出所である女性とシンジとの関係を知らない。
「でも……」
アスカは表情を変えて思い悩んだ。
「毎日一緒に寝てりゃあ、そういうことがないともいいきれないのか」
う〜んと体ごと傾いでいく。
「なにやってんだろ?」
リビングの中央であぐらをかき、そんなことをされるとテレビが見えない。邪魔だった。
──翌日。
「悪いわね」
学校、屋上。
アスカが呼び出したのはレイであった。
「なに?」
「アンタに聞きたいことがあってさぁ」
ストレートに訊ねる。
「アンタ司令とデキてんでしょ?」
ムッとした。
「どうして、そういうこというの?」
「え? だってシンジのやつがいってたわ。綾波さんは父さんと付き合ってるとか、綾波さんは父さんと仲が良いんだとか」
「別に付き合ってはいないわ」
「そうなの?」
「ええ」
「でもアンタって、シンジのママになるんでしょ? 司令と結婚して」
さらにさらにムッとした。
「わたしは司令を尊敬しているし、信頼もしているわ。でも結婚なんてしないし、するつもりもないわ」
なぁんだとアスカは気の抜けた表情で口にした。
「デキてんだったら……っていうか、シタことあるんなら相談に乗ってもらおうかなぁって思ったんだけどさぁ」
「相談?」
「うん……『そういうコト』する時って、避妊とかどうしてるのかなぁって」
「なにをいうのよ」
「だからぁ、避妊具とか持ってたら分けてくんないかなぁって」
流石に赤くなって、人差し指を突き合わせる。
「ほら、買いに行くのって恥ずかしいじゃん」
「どうして、そんなものがいるの?」
「アンタ馬鹿ぁ? 使うようなことになるかもしれないからに決まってんじゃない」
「誰と?」
「誰、って……ええと」
さすがに口にするのははばかられるようだ。
「あの人? 加持……」
「加持さん? ああ、うん」
ぽんと手を打つ。
「そういうことにしといて」
「…………」
「ま、持ってないなら良いわ」
じゃ。手を上げてそそくさと逃げようとするアスカ。しかしレイの目はとても冷たく細くなり……。
「碇君?」
ぎくりとアスカをこわばらせる。
「…………」
「碇君なのね」
「そ、それが?」
「別に……」
「…………」
「そう」
ああ、やりにくい。とてもやりにくい。どうしてくれようかこの女?
アスカは変な間に取り込まれ、立ち去ることもどうすることもできずに、レイの暗くおも〜い魔空間へと囚われてしまった。
──そんなことがあったからだろうか?
「調子はどうだ。レイ……レイ?」
無言。
「レイ、どうしたんだ。レイ……」
無視してすれ違い、去っていくレイの背中に待ってくれと手を伸ばす。しかしレイはつれなく去ってしまうのであった。
そしてそれを見た多くの者が、ああ、司令ってふられたんだと漠然と思った。
そしてここにも、漠然ととある事実に気づきつつある少女がいた。
──アスカである。
(まさか……ファーストってシンジのことが好きなんじゃ?)
でなければあの反応は納得できないと思い悩む。しかしそれにしては二人の仲は険悪に過ぎる。接触もない。
「で、ほんとのとこはどうなんだろうって思ってさ」
なぜだか今日は私服でデパートに来ていたりする。
どこに行くんだろうと訝しがりながらシンジは答えた。
「どうなんだろうっていったってさ」
「なによ?」
「ぼくだって苦手なんだよ。綾波さんって……なに考えてるかなんてわかんないよ」
あんたねぇとアスカ。
「女の子に好かれてるかも知んないのよ? ちったぁはしゃぎなさいよ」
「……喜んだら怒るくせに」
「なにかいったぁ?」
「別に! 綾波さんを怒らせたことはあるけどさぁ……やっぱりアスカの勘違いなんじゃないのぉ?」
アスカはきっぱりと否定した。
「アンタ山岸でもおんなじこといってたじゃない」
「そだっけ?」
「そうよ! イマイチ信用できないのよね。アタシが来る前の記録を見せてもらったんだけどさ、あんたアイツを庇って戦ったりしてたじゃない」
「庇ったっていうか……」
あの後も激しく嫌われたし。
「とぉにかく! アンタって自分の覚えてないとこでチョコチョコなにかやってそうなのよね! 誤解させちゃってるっていうかさ!」
「そうかなぁ?」
「そうよ!」
「で」
シンジは連れ込まれた場所に居心地の悪さを感じて縮こまった。
恐る恐る辺りを眺める。色とりどりの……水着たち。
「なんだよここぉ……どこなんだよぉ」
「アンタばかぁ?」
アスカは刺激的なビキニの水着を、ハンガーごと手にとって前に当てた。
「せっかくの修学旅行なんだから! 新しい水着を買わないとね!」
「そういうことか……」
「アンタも! 学校の購買で売ってるパンツなんか持ってくんじゃないわよ? 恥かくからね」
「でもなぁ」
大まじめに口にする。
「もったいないじゃないか、無駄遣いなんて」
「はぁ?」
「水泳パンツなんてはければ十分だよ」
「アンタ馬鹿ぁ? 水着ってのはそういうもんじゃないでしょうが。良い? 浜辺には沢山の女の子たちがいて、奇麗な水着を着てて、遊ぼうって誘いに来る。その時にアンタ地味ぃなスクールパンツでまぜてもらうつもり? アタシは嫌よ。恥ずかしい」
ううとシンジは唸った。そうなのか? そういうものかもしれない。しかしだ。
「でもやっぱり無駄遣いは嫌だ」
「アンタねぇ……」
「どうせ学校行事なんだからスクールパンツで良いさ」
「……アンタ給料もらってんでしょう? 水着くらいけちけちしなくたって、そんなに溜めてどうすんのよ?」
「積み立てするに決まってるじゃないか」
はぁ!? っとアスカ。
「積み立てって……アンタそれ中学生の発想じゃないわよ」
「でもぼくは決めたんだ。大人になるまでに沢山お金溜めて、後は楽して暮らすんだって」
「……あ、そう」
げんなりとしてアスカは諦めた。
「わかったわ。でもアタシは買うからね」
「はいはい、でもそれは止めた方が良いと思うよ?」
なんでよぉと不満に口を尖らせる。適当に取ったように見せかけて実はかなり気に入っていたらしい。
露出度高めのツーピース。
「アタシじゃ似合わないっての? これ」
「そうじゃなくてさ……そんなの着てたらどうなると思う?」
「どうって……視線釘付け?」
「うんうん、その中にはきっと『ケンスケ』がいるんだろうなぁ」
げえっとアスカは蒼白になった。
「なるほどね……」
「そうだよ。普通の水着なら隠れて狙ってるくらいだろうけどさ、そんなの着てたらどこにでも引っついて来るとおもうよ?」
「隠れてってのも嫌だけど……じゃあこの辺り?」
「うんうん、しゃがんでるとこを真正面から狙われたら大変だろうねぇ」
うぬぅとくぬぅの中間辺りでアスカを唸らせ、シンジはちょっと待ってと後ろポケットから携帯電話を取り出した。ぶるぶると震えたからだ。
「はい、シンジです……ミサトさん?」
はい、はい。──受け答える度に、表情が険しくなっていく。
それを感じたのか、アスカは水着選びを中断した。
「なによ?」
「…………」
「なによ。はっきりいいなさいよ」
シンジは憮然として口にした。
「……行っちゃだめなんだって」
「へ?」
「修学旅行」
「なんで……」
「待機だってさ」
なんですってぇ!?
──悲鳴にも聞こえたその絶叫に、デパートの警備員が慌てて駆けつけ、ネルフの保安要員が反射的に飛び出し、鉢合わせした両者は唐突に場違いな騒動を発生させた。
「デパートで警備員相手に大立ち回りを演じたあげく、警察に取り押さえられて獄中行き、無様ね」
上がって来た報告に対して下した批評がそれである。リツコだ。
「ま、保安部の連中は必死に説明しようとしたらしいんだけどねぇ。向こうさんはとにかく事務所への一点張り、保安部は保安部で駆け出したシンジ君とアスカの護衛を優先しなきゃなんないって感じで……」
「それで取っ組み合いになったってわけね」
「お粗末な話には違いないんだけどさぁ〜」
さてとと、二人は子供たちを待たせている会議室の戸を開いた。
「ごめんねぇ。急な話でさぁ」
「謝りゃ良いってもんじゃないでしょうが!」
ビシッと糾弾したのはもちろんアスカである。
「沖縄に行けるってんでこっちのボルテージは上がりっぱなしだったのよ!? この暴発寸前のテンションとパトスをどう処理してくれんのよ!」
「……こっちは休日返上だっつーの」
「なにかいった!?」
「なんでもぉ」
タッチとリツコに譲るミサトである。
「悪いわね、あなたたちが留守の間に使徒に来られては困るもの」
「待機待機待機待機待機ってねぇ! いっつも向こうから来るのを待ってばっかりでっ、たまにはこっちから討って出るとかしたらどうなのよ!」
「それができれば苦労はないわ。第一、アスカ、あなたはエヴァのパイロットとして来日したんでしょう? その責務をはた……」
はて? とリツコは首を傾げた。いいかけた言葉に非常に強い違和感を覚えたからだ。
アスカとはこんな子であっただろうかと、遊びにうつつを抜かしてエヴァを忘れる?
どこか信じ難いものがあった。何よりもエヴァンゲリオンのパイロットであることを優先して来ていた子。──それが印象であったのに、その中心核がぽっかりとなくなってしまっている。そんな感じがした。
だが人間の本質とはそうそう変わらないはずのものなのだ。行動原理の基盤となるものはその存在が生育の過程における経験から構築して来たものに拠っている。変わろうとしたところで破綻を来さぬ程度の変革しかあり得ない。
なぜならそれこそが『人格』だからだ。とリツコは考える。
アスカの場合は母の死とエヴァへのこだわりだ。この中心核を引き抜いたとすれば外郭は崩壊するはずなのだ。
環境が人格を形成する。環境が無垢な神経を刺激する。そして刺激された神経は耐性を付けつつ柔軟性を失い、老化し、凝固していく。
これが『核』になる。
この核が消失すれば、後は赤子のように脆い、薄っぺらな精神が残されるだけだ。なのに今のアスカには危うさが見られない。なぜか?
(今までとは違う……そして今まで以上に依存できるなにかを得た。そういうことなの?)
さすがに時間の流れの違う世界で叩き直されたなどとは想像すらできないリツコである。
「ちょっとぉ……」
「え? あ」
「なに途中でぼうっとしてんの? 更年期障害?」
「誰が!」
「だってオペレーターの二人がいってたけど? アガッてんじゃないかって」
「……リ、リツコしゃん?」
完全停止したリツコを危惧して声をかけたミサトであったが……後悔した。
「ひぃいいい!」
リツコの髪がまるで生きているように蠢いたからだ。
「ミサト……後、お願いするわね」
「ど、どこに行くのよ……」
「ふふふふふ」
息をするのも忘れて延々笑いながら行ってしまう。
「リツコぉ〜〜〜」
ミサトは祈った。
「せめて殺してあげてねぇ〜」
アスカはその言葉の意味を色々と想像して、ヤバゲな領域へと達してしまった。
オペレーターの名前を言及するのは避けるとして、その二人が解剖のあげく円筒管の中で生涯を送るかどうかの窮地に立たされていた頃、シンジは仏頂面のままだった。
「初めて飛行機に乗れると思ったのに」
「沖縄……初めて海に潜れると思ったのに」
ああもうやだなぁとアスカは背伸びをした。ネルフからの帰り道だ。車が来ないのをいいことに、二人は道の真ん中を歩いていた。
「あんたもちったぁ残念そうにしなさいよ」
なぜ? とレイ。
「別に……興味なかったもの」
「はいはい。そりゃアンタは愛しの司令様の傍にいられりゃ十分でしょうけどねぇ」
むっとする。
「どうしてそういうこというの?」
「じゃあ司令にはそういう感情はないってのね?」
「ないわ」
断言である。
「これっぽっちも?」
「ええ」
「だってさ、シンジ」
シンジは「ええ〜?」っと、酷く落胆してこの世の終わりのような声を発した。
「なんでぇ〜?」
「なに?」
「そんなのないよぉ」
うずくまる。
「甘えたかったのに……綾波さんに甘えたかったのに。膝枕とかだっことかしてもらいたかったのに。裏切ったんだ。僕の気持ちを裏切ったんだ」
処置なしとかぶりを振るアスカである。レイもレイで、血管が浮き上がるほどに強く拳を握り締めて、シンジへの憤りを表してみせたのだった。
続く
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。