回収されたトライデントの船体を前に、難しい顔をしているのはミサトであった。
「どう?」
「思った通りよ」
 リツコがペン尻で頭を掻きつつやってくる。目は手元のファイルに落とされていた。
「N弾頭が入ってたわ」
「危ないところね……」
「あの子たちがこれで脅迫なんて行ってたら」
「とうてい保護なんてできなかったでしょうね」
 現在では国会が紛糾しているところである。
 国連が彼らのことを公開したからだ。それにあわせて先の破壊工作についても追求が行われている。
「でもよく話してくれる気になったわね……脅したの?」
「ん〜〜〜まあシンジ君には嫌われちゃったかもね」
「あたり前よ……子供相手にあんなに厳重に手錠をかけて」
 それはあんたのせいじゃないとミサトは訴えた。
「主に神経系を発達させた強化兵だぁなんて脅かされたら」
「押さえられるのはシンジ君だけ……アスカもかもね。二人にやらせることになるよりは好いでしょ?」
「まあマナちゃんも仕方ないんだって理解してくれたけどねぇ」
 まったく自由のままで本部内をうろつかせるわけにはいかないのだ。だがだからと言ってなにかしでかそうとするとは思っていないし、マナもまた了解していた。
 マナのような末端の兵士──実行犯を裁いたところでなにも解決しはしない。問題はマナたちを利用した人物の処分であり、そしてマナはその男の関与を示せる証拠品を持っていた。
『ではこの子のことなど知らないと?』
『そうだ』
『ですがこの子はあなたと写っている写真を持っていましたが?』
『…………』
『関係を証言してくれる人は多いでしょうね』
 はぁっとため息を吐く。
「やりきれないわね」
「そうね」


第十八話 少年は内にこもって逃げようとした


 暗闇に一人の男が座らされていた。
 木の椅子はそれなりに豪奢なものだが、後ろ手に縛られた上に背もたれにくくりつけられているのでは、とうてい歓待されているとは言い難い。
「おいおいおい……不法就労者一人にずいぶんと大げさなんだな?」
 反応がない。
「その上何十時間運んでくれたんだよ? ここアジアじゃないだろ」
 ガシャンと音がして光がともった。彼一人を真上から照らすものだった。
 まぶしさに目を細めている内に現れたらしい。光が薄く和らげた暗がりに、一人の女が立っていた。
「…………!?」
 男はその女の顔を見て目を丸くした。仰天したのだ。
「え?」
 碇ユイだった。
 ピンク色のタートルネックセーターに、黒いミニスカートをはいていた。
 足のストッキングは正確な色はわからなかった。
「嘘だ……」
「どうして?」
「だって……死んだはずじゃ」
「そう?」
「いや……驚いたな」
 男は驚愕から立ち直ったようだった。調子が戻る。
「シンジに知らせてやんないとな」
「シンジならもう知ってるわ」
「……そうなんですか」
「ええ……」
 ユイはふぅっと息を吐いた。
「じゃあ、こちらから質問しても好い?」
「はい?」
「あなたは……誰なの?」
 男はなにを言うんだと失笑をこぼした。
「俺ですよ、なに言ってるんですか」
「ゲンドウさんの親戚筋の、シンジが預けられたという家の息子さん? 残念ね、そんな人はいないのよ」
「じゃあ俺は誰なんです?」
「それが知りたいのはこっちなんだけど?」
 ユイは男の不敵なものに、はぐらかされているなと焦りを感じた。
「とぼけないで!」
「そういうつもりはないんですけどねぇ……」
「どこをどう調べても、名前もわからないのよ……そんな変な人が怪しくないとどうして言えるの?」
 空気が変わる。
「誰に聞いても名前がわからない、そんな話がある? あの人たちの息子? それとも親戚? どう調べてもはっきりとしない。みんなそうじゃないのかと思っていたって口にするのよ。そんな変な話があるの?」
 ふっと男は柔らんだ笑みを浮かべた。
「別に……そう名乗った覚えはないんですがね」
「…………」
「偶然ですかね? たまたま時期が重なって、あの人たちは俺をシンジの監視役だと思いこみ、シンジは俺をあの家の子供だと思いこんだ」
「そんなでたらめ……」
「誰も確かめようとしなかったんですよ。あなたが言ったとおり、近所の人たちも、適当に想像してすませてくれましてね……もともとあんな人たちでしたからね、近所付き合いも薄かったし、だからバレなかった」
 ユイは鋭く言い放った。
「あなたを拘束、監禁します」
「無駄なのに?」
 ユイはぎょっとしてしまった。
 さっきまで男はそこにいたはずなのに、残されていたのは縄だけだった。
 二重三重に男を巻いていた縄が、そのままの形で椅子の上に落ちている。ユイは気配を背後に感じてとびすさった。
「あなた!?」
 男はそこに立っていた。
「そう警戒しないでくださいよ」
 人を食った笑みを浮かべる。
「別になにもしやしませんよ……俺はおもしろおかしくってのを命題にしてるんでね」
「……あなた、一体」
「まぁまぁ、とりあえずお茶でもどうです?」
 ぱちんと指を鳴らすと、椅子が一つ増え、その間には湯気の立つ紅茶の入ったカップの載っているテーブルが出現していた。
「それと、パイでも必要かな?」
 指をはじく。現れた。
 このときこの部屋を監視している外の部屋では、大騒ぎになっていた。
「どうなっているんだ!?」
「わかりません!」
 にこにこと笑っているだけの男を見上げて、ユイは嘆息した。害はなさそうだと思ったからだ。
「……このお茶につき合ったら、話してくれるの?」
「大丈夫! 下心なんてありませんよ。シンジに嫌われたくはないですからね」
「ならお受けするわ」
 背を向けて、椅子を引き、そこに座る。
 男はロープの残っている椅子へと座った。縄は足下に払い落とした。
「さて……」
 テーブルの上に手を組んで、彼はにこにことほほえんだ。
「まさかこうして向かい合えるなんて思ってなかったな」
「わたしのことを知ってるの?」
「あまりよくは……でももう一度逢いたかった」
「もう一度?」
 そうなんですよ奥さんとユイの手をつかんで揉む。
「冗談はやめてくれない?」
「つれないですねぇ」
 ユイは手を取り戻しつつ顔をしかめた。それは嫌悪感から来るものではなくて、彼の苦笑が誰かに似ていると感じたからだ。
 夫に……そして息子に印象が重なる。
 そんな馬鹿なと思う。あれほど特殊な人間は珍しいはずだからだ。
「もう一度問うわ。あなたは……誰なの?」
 男は本当の苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「その質問には……答えられないな」
「嘘を吐く気?」
「そうじゃなくて、『僕』はこの世界には存在していない。存在している何者でもないし、それを定義するためには非常に難しくて長い時間が必要になるから」
 僕と口調を改めたとたんに、男の印象ががらりとかわった。
 粗野で粗暴なところがなくなり、どこか線も細くなった。
「あなた……一体」
「神……というのはフキ過ぎですよね? まあエヴァの中に居たのなら少しはわかるんじゃないですか?」
「え?」
「ごめんなさい。さっき手をつかませてもらったときに見させてもらいました。さすがに全部を見ることはできなかったけど」
「全部? 見る? ……過去を!?」
 ぎょっとしたユイに、青年は違いますよと答えた。
「未来もですよ」
「そんな!?」
「自らの時を止めているあなたに言われたくはないんですが……」
 同じ理論の上に僕もいるんですからと青年は言う。
「人はね……断面の世界で生きてるんですよ。時間ってのは巨大な物体で、人は常にその中を歩いているんです。前へ、前へとね? そしてその断面の絵をどれだけ見たかで、食った歳の数が決まるんですよ」
 ユイはその様子を頭の中で想像した。
「それで?」
「僕はその枠の……物体の外に立ったんです。そこから見下ろした時間はまさに物体でした。人間が断面として認識することしかできない時間を、面として前から後ろまで眺めることができたんです」
「……川の流れの中に立っても、押し寄せてくる水があるだけ……でも上から眺めれば、その流れの全体像をつかむことができる。流れが生むものも、そういうこと?」
「そうですね……でも、ふと思ったんです。その流れに干渉するとどうなるのかって」
 川の流れに手を差し込んだなら?
「ずっと同じ流れを描いてたものが、違った形を作ってくれる。でも流れのポイント……決められた何時何分って時間は同じところだ」
「未来が……変わる」
「それも間違い」
「どういうこと?」
「川の流れと同じですよ。干渉がなければずっと同じ形を描いている。そこに手を差し込んだなら新しい形が生まれる……でも」
「でも?」
「でも水は? 川を成している水は常に(かみ)から(しも)へと流れていってしまってますよね?」
「……その時を経過した存在はすでに彼方にあり、そこを描いている存在は常に新たな自己であると、そう言いたいの?」
「さあ?」
「さあって……」
「そんな小難しいこと、知りませんよ」
 僕は頭が悪いですからと肩をすくめる。
「ただ普通の人たちが考えてるみたいに、過ぎ去った今という時間は決してなくなったりするようなもんじゃないんですよ。ずっと同じ瞬間に存在しているんです。ただ知覚することができないだけでね」
「あなたは……その『川』に飛び込んだり、はい上がったりしているというの?」
「その通り」
 テーブルの上に手を組み合わせる。
「ちなみにパラドックスとかいろいろあるみたいですけどね、そんなのも考えるだけ無駄だからやめてくださいね?」
「どうして?」
「だって、世界にとって僕たちはなんなんでしょう? ゼロとイチ、プラスとマイナス、陰と陽、なんだっていいけど、結局は二つの因子が織りなしているだけの固まりにすぎないんですよ」
「それが?」
「過去に干渉があって、未来が変わっても、因子の数は減ってないし、増えてない」
「乱暴だわ!」
「けどそれが真実ですよ。未来が変わって困るのは誰? 過去が変わって困るのも誰? それは理屈で説明できない事象については納得できない人間だけです」
「…………」
「世界にとってはどうだっていいんですよ、粒子がどんな形にまとまっていてもね? まとまる形がどう変わろうとも、ミクロな世界ではなにも変わっちゃいないんだから」
「それが……世界というものだというの?」
「僕にとってはね? 真理が本当にそれで正しいのかどうかはわかりません。でも過去の物質が変化して未来の物質が誕生しているというのが間違いだというのは確かです。過去も未来も同じ『究極固定元素』で組み上がってます。過去とか未来とかってのは、僕たちって精神が捉えてる認識の世界での妄想なんですよ、錯覚なんです」
「だとして……」
「人間ってのは視野が狭いから……そんな風に」
「だとしてあなたは誰なの!?」
 ユイは焦っていた。
「いいえ……わたしはわかってきてる、気が付いてるわ。でも聞きたいのよ!」
 バンッとテーブルを打つ。しかしそれは彼にかぶりを振らせただけだった。
「たとえ『僕』が誰であっても……関係ないでしょう?」
「シンジをどうするつもりなの?」
「僕はなにも……ああ、でも一つだけ『爆弾』を仕掛けさせてもらいましたけど」
「爆弾!?」
 立ち上がったユイに対して、彼はおどけるように口にした。
「大丈夫、本物の爆弾じゃないですよ。『俺』がどうして先生って呼ばれてるか、そういうことですよ」
 立ち上がり、部屋の作りもわからないはずなのに出て行こうとする彼を、ユイは最後にと引き留めた。
「あなたは……使徒なの?」
「使徒ねぇ……」
「さっきの話、面白かったわ……だけどだとして、時の川に飛び込んでいるあなたは、どうやってその姿を作っているの? 川を作ってるものには一つとして無駄なものはないはずよ。……ならあなたはその姿を作るためのものをどうしたの? 持ち込んだの? 過去を変えれば未来も変わる。逆もまた真なら、あなたは不確定な要素に対してどうあらがっているの? 自己を絶対的に確立させる力を持ち、そして天から降臨するもの。わたしはそれを使徒と名付けたわ」
「……でも僕は使徒ではありませんよ」
「人間なの?」
「あなたが認めてくれるならね」
「お母さん……だから?」
「…………」
 傷ついたような顔をして、青年は背を向けた。
 そしてユイも言うんじゃなかったと後悔した……しかし、遅すぎた。
「『シンジ』……」
「あなたのシンジはあの街ですよ」
「あなたは……どうするの?」
「……せっかく島から出してもらえたんだ、またふらふらっとね」
 じゃあっと彼は消えてしまった。
 最後の表情までは見えなかった。
「…………」
 胸に小さく作った拳を当てるユイの背後に、ぼやけたキールの姿が現れた。
「君の息子だったというのか……あれは」
「はい」
「だとすると君と同じなのか」
「あるいはわたしよりも」
 まぶたを閉じて、すぅっと大きく息を吸い込む。
「補完計画は……成ったのでしょうか?」
「さてな」
「あるいはシンジはエヴァに取り込まれることになるのでしょうか?」
「使徒との戦いが苛烈になれば、あるいはな」
 そして彼が生まれるのかもしれない。
「シンジ……」
 ユイは彼と、自分が息子として認識している十四歳の男の子のことを同時に思い、顔を上げた。
 キールが訊ねる。
「決めたのかね?」
 ユイはコックリと頷いた。

フェイズ2

 ──西暦2015年、第三の使徒襲来。
 使徒に対する通常兵器の効果は認められず、全指揮権を委譲された特務機関ネルフはエヴァンゲリオン初号機による迎撃体勢を整えるもパイロットの説得に失敗。
「確か報告では零号機に搭乗を促したとあったはずだが?」
「…………」
「零号機の自動起動についても伏せられている。これは暴走ではなかったのかね?」
 暗闇の中の会議である。
 いつもの面々であり、責められているのはゲンドウだった。
 ──第四の使徒襲来。迎撃に関する指揮権は速やかに移行するも、サードチルドレンの暴挙により甚大な被害が発生する。
「君は息子になにも説明しなかったのかね?」
「左様。いくらなんでも酷すぎる」
「ネルフ広報部の情報操作。その力のほどは君こそが熟知しているものではないのかね?」
「外に暮らしていたサードチルドレンに事情を考慮できる余裕など」
「命じるだけで済むと考えたのが……君の誤りだったということだな」
「……それとも期待していたのかね? 息子に」
 ゲンドウはやはり答えない。
 ──第五の使徒、襲来。
「この件に関してだが」
「サードチルドレンは修復中の初号機を起動したとある。事実かね?」
「まだある。ATフィールドを貫通せしめる武力を提示したことだ。あの件によって各国は動きを活発にしている」
「エヴァが唯一の対抗兵器だというのが論拠であったはずだ、それを自ら崩すとは」
 ──第六の使徒、襲来。
「少しシナリオから離れた事件だったな」
「……修正の範囲内です」
「だが一歩間違えばエヴァを失うところだった。貴重なチルドレンもな?」
「…………」
 老人方に、彼を許すつもりはないらしい。
 ──第七の使徒、襲来。
「この時点からだな……赤木博士からの報告は受けている」
「セカンドチルドレンに明らかな変化が見られた。なぜ報告しなかった?」
「故意にかね?」
 ──第八の使徒、浅間山火口内にて発見。
「迂闊の一言に尽きたな」
「この件に関しては、国が一つ潰れたよ」
「A−17の発動には現有資産の凍結と核を使用する権限すら組み込まれている。しかしその結果は弐号機の損耗のみだ」
「取り引きの強制停止によって株価に大変動が起こったな」
「危うくネルフへの予算割り当てを削らねばならないところだったよ」
 ──第九の使徒、襲来。
「……君はなにをしていたのかね?」
 怒気を混じらせ、男は口にした。
「侵入、破壊工作を許すどころか」
「ファーストチルドレンと不埒なことに及んでいたとか?」
「サードチルドレンが精神的外傷を負ったという報告まである。本当に、君はなにをやっていたのだ?」
 ゲンドウはこれには不満を持ったのか、反論を試みた。
「誤解です……」
「ゴカイもロッカイもない!」
「君には失望した」
 場が醒める。
「碇……我々には時間がないのだ」
「わかっています」
「委員会より直接人員を派遣する」
「しかし、それは」
「これは命令だ……」
「碇……失望させるなよ?」
 次々と老人たちが消えていく。
 残されたゲンドウは、わかっているとつぶやいた。
「だが……ユイ。わたしのどこを探しても、わたしを突き動かしていた感情が見つからんのだ……」
 ゲンドウはふぅっとため息を吐いた。
 肩肘を張っていたものが、すっかりとなくなってしまっていた。


 誰にも邪魔されない場所に行きたかったのか? シンジは箱根の山に赴いていた。
 切り立ったがけの上に座っている。そろそろ日が落ちかけていて、身を切るような冷たい風が駆け上ってきていた。
 それでもその場を動こうとしない。
「アスカのバカ……」


 ぷんぷんと怒っているアスカがいる。
 迷惑に感じているわけでもないだろうが、ミサトはとにかく話せとせっついていた。
「勝手に拗ねられてても、相手してあげられないんだけど?」
 プチンとなにかが切れたのか? アスカは事務室いっぱいに響き渡るような罵声を吐いた。
「みんなシンジが悪いのよ!」
「はぁ?」
 まったくわけがわからない。
(……加持はどこ行ったのよ?)
 担当であるはずの彼がどうしてもつかまらないのだ。
「で?」
「……人がせっかく慰めてやろうとしたってのに」
「ふうん?」
「なによ」
「アスカがねぇって……昔はさっさと切り捨ててたじゃない」
「……かもしれないけどさ」
 ミサトが用意してくれた、砂糖とクリームがたっぷりのコーヒーに口を付ける。
「あたしは納得できないのよね」
「はん?」
「負けてるシンジが……ダメもとで行って玉砕してきても好いじゃない。勝負したって好いじゃない? なのになんだかうじうじしちゃってさ!」
「…………」
「だからなによぉ」
「……ううん、アスカ、あんた」
「ふん?」
「あたし……アスカってシンジ君のことが好きなんだって、思ってた」
「…………」
 おそるおそるかけられたミサトの言葉を、アスカはやけに気むずかしい顔になって受け止めようとした。
 ──そして嘆息する。
「ふぅ……」
「……なに?」
「あたしも……さ?」
「うん?」
「そこんとこは……、自分でもよくわかってないのよね」
「そう……」
「面白くはないのよ……。でもそういう独占欲って、恋愛感情の範疇なのかな?」
 なるほどとミサトは納得した。
「そこんとこに自信がないわけね」
「まあね」
 ミサトの見立てでは、好意を持っていないわけがないのだ。感情的になって、弐号機で追いかけ回した様子を見ても、それは絶対に言い切れる。
 なのに、他の女の子とのことを、後押しするような真似もしてしまう。
 そのところが、理解できなかっただけである。
「ふうむ……で?」
「シンジとあの子って、幼なじみだったんでしょう? あたしはそういうのっていないから、どういう感じなのかわかんないんだけど」
「アスカ……」
「でも気になってるなら、ちゃんと話した方が好いはずじゃない。挑戦する前から諦めるような情けないのって、嫌なのよ」
「だから焚きつけようとしたわけね」
「そうなんだけどさ……」
 ──アスカのバカ!
 耳の奥に、まだシンジの叫びがこびりついている。
(どうなんだか……)
 ミサトはそんなアスカを観察していた。
(まあ……わかりやすい構図ってのは、僕はアスカのことが好きなのに、どうしてそういうこというんだよって、そういうことだったんだって話が、一番わかりやすいんだけど)
 それはないだろうなと思い直す。
「アスカは……なんて言ったの? もっと正確に思い出せない?」
「……あたしが」
「なに?」
「あたしが変わりになってあげようかって」
「はぁ!?」
「好きな人が自分のことを見てくれないのって、辛いモン……だから、あたしが変わりになってあげるから、諦めた方が好いって」
「アスカぁ……」
「だって! その方が好いって思ったから!」
「でもそういうものじゃないでしょう?」
 アスカはカッとなった様子を見せた。
「あんたなんかに言われたくない!」
「ア……、アス……」
「あたしは加持さんに見てもらえなかった! ミサトのせいよ!」
「…………」
「だけど……」
「なに?」
「シンジも、あたしを見てくれない」
 ぽたぽたと床を打った。
 しずくが跳ねた。
 それはアスカの瞳からこぼれ落ちたものだった。


「随分と荒れているな」
 そう評したのはコウゾウである。
「誰も彼もが、どれもこれもに疑いを持てば、こうもなりますよ」
 相手をしているのは加持である。
「覚悟していたとはいえ……意外とこうなるのも早かったな」
「まだ早計ってもんでしょう? 処分の内容までは知らされちゃいませんよ」
「南極から帰ったところを狙って、松代にまで呼び出して、かね?」
「本部のラインではMAGI経由で赤木博士につかまれますからね。ここからならつかまれることはありません」
「そうまでしてゼーレ……、いや、委員会がわたしにどんな用があると?」
 それも……と加持を横目に見やる。
「君まで同席させて」
 さあ? っと加持は肩をすくめた。
「それはじきにわかるでしょう」


 ──そして再び、山の上。
「アスカの……バカ」
 星空の元、シンジは寂しげにつぶやいていた。


続く


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。