「いつも思っていました……、どうしてお父さんがサンタクロースの正体だとがっかりしなくちゃいけないのかなって、だってお父さんは一年の内のその日のために残りの日を一生懸命働いてるんじゃないのかなって、そう教えてくれたのはお母さんでした」
 マユミは彼の上着を羽織り、前を合わせて語っていた。
「サンタクロースの正体がお父さんなんじゃなくて、お父さんの正体はサンタクロースなんだって、お父さんは凄いんだって思いました」
 ふふっと笑う。
「でもお父さんは……、本当はただの人間だったんです」
 顔を歪める。
「ある日、家に帰るとお母さんが死んでいました、包丁で刺されて……、その包丁を握っていたのはお父さんでした、あの時のお父さんは……、とても怖くて、でも」
 ロイを見つめる、やや首を傾げて。
「だからかも知れません……、あなたが怖くないのは、あなたには……、とても落ち着いた雰囲気があるから」
 そうか、とそっけなくロイは答えたが、内心で苦悩していた。
(こんな子供に……)
 だが何故だろうか?、胸の高鳴りを感じてしまうのだ。
 髪が乾くに従って、波打ち、固まって、とても痛々しく感じられた、守ってやりたい、そう思わせるのに抱き締めるには迷ってしまう何かを感じる。
 それはオーラだった、匂い立つ何か、高貴な、汚してはならぬもの。
 それが何なのかロイにはわからなかった、しかしその時点で彼が一目惚れしてしまっていたのは間違いなかった。


NeonGenesisEvangelion act.19
『守護天使』


 アスカに聞かれないよう背を向け、大事そうに携帯電話を手で隠す。
 そうしてミサトは確認した。
「使徒?、マジなの?」
 電話の向こうでは日向マコトが焦っていた。
「あの子たちじゃないのね?」
『はい、パターンの判別は保留されていますが、波形から見て渚君たちじゃないですよ』
「上はなんて言ってるの?」
『MAGIでのハッキングに成功しました、ちょうど監視カメラが現場を捉えていましたよ、そっちの携帯に写真を転送しておきましたから』
「って?」
『発生地点に二人居ました、映像の状況から言ってどちらかが『そう』なのではないかと……』
 マコトは彼女に判決を告げた。
『確保、あるいは捕獲しろとのお達しです』
 シン……、とミサトはしてしまった。
「冗談でしょう!?」
『マジです』
「こっちは丸腰なのよ!?、どうしろっての!」
『シンジ君対策なんじゃないですかぁ?、渚君や綾波ちゃんのこともありますからねぇ』
 ミサトは舌打ちした。
「対向出来る戦力は確保しときたいってことか……」
『そういうことなんでしょうけど』
「あの子たちでさえコントロール出来ないってのに、それ以上の『何か』をどうやって連れてけってのよ!」
 マコトは『期待はしてないんじゃないですか?』との代わりに声援を送った。
『ご武運を』
 一方的に切られて顔をしかめる、一瞬リツコのことが脳裏を過った。
(抱き込んでおいた方がいいのかもね……)
 体を使ってでも、と、不埒な考えを多少は抱く。
 ピッと通話を切って懐にしまう、それを見越してアスカが問いかけた。
「どうしたのよ、ミサト」
「え?、ええ……、ちょっとね」
 ふうん、とアスカは半眼になった。
「またなにか悪巧みしてるわけね」
 ぎくりとして……
「やっ、やあねぇ……、んなわけ」
「ま、いいけどね、勝手にすれば」
 アスカは頭の後ろに腕を組むと、大急ぎで出て行くバスの列を見送り、その後にマナ達工作員の姿を見付けて、ミサトには「んじゃね」、とお別れを告げた。
「あたしはあたしで勝手にやらせてもらうからさ」


 ハァイ、とアスカはジープの上の彼女に手を振った。
「あれ?、アスカ」
 出て行くバスの列から離れてやって来る彼女に気付いたのはマナだった。
「悪いんだけどさぁ、一緒に行って良い?」
「良いけど」
 アスカは悪いわね、と荷台の男達に詰めてもらい、引き上げて貰った。
 縁に腰かけ、頭の上を渡っているパイプに手を掛ける。
 ジープが出る。
「着いて来るのはいいけど、まだ外には行かないからね」
「わかってる、……ATフィールドの反応が出たんでしょ?」
 マナはまともにギョッとした。
「どうして!?」
 そんなマナを嘲るように見下すアスカだ。
「あんたもバカねぇ、シンジが単純に『好み』でアタシを抱いたとでも思ってんの?」
「……それなりだってこと?」
「レイやカヲルほどじゃなくてもアタシにだって『感じ』られるってことよ」
「この子のこと、知ってるの?」
 マナはそう言って、ノートパソコンか何かで受信し、プリントアウトした監視カメラで捉えた少女の絵を手渡した、それを見たアスカの反応は……
「やっぱりね」
 というものだった。


 事態は混迷を極めていく。
 ATフィールドの発生が検知された、問題はこの施設が『それ』について非常に詳しい探知能力を備えていたにも関わらず、電脳防壁があまりにもお粗末だった事だった。
 各組織からハッキングを受け、ATフィールドの発生地点に居た二人の画像はあっという間に出まわった、直接二人が使徒であると断定することは流石になかったが、何かしらのものを見たと言う可能性は残される。
 汚染、あるいは二人のどちらかがが使徒そのものであるということも否定し切れず念頭に残される、この時点から火災と爆発が単なる事故か工作であったのかは問題では無くなった。
「なんだってんだ!?、鼠みたいに沸き出しやがって!」
 レイクと言う、首にかかる長い髪を持つ金髪碧眼の青年だった、もちろん装備は例のプロテクターである。
 彼はバックパックにマウントしていたヘルメットを装着し、ナイフを構えた、既に短針銃は撃ち切っていた。
 警備員ではない、明らかに戦闘訓練を受けた兵士が現れ、彼の行動を阻害した、あろうことか彼らの装備、そのプロテクターは彼のものと同種、同系等であった。
(聞いてないぞ、こんな奴等!?)
 その上、ナイフは高周波に振動して白熱しており、手強い。
 いまレイクの前には三人立ちはだかっていた、彼らが攻めて来ないのは間に一体、死体が転がっていたからだ。
 乗り越えるということは踏ん張りが利かなくなるということだ、同時に不意打ちへの対処能力を失うということだ。
 だがレイクにも下がれない訳があった、この狭い廊下でナイフを投げ付けられた時、避けられる自信が無かったのだ。
 通常のナイフなら払いのけることも出来るが、敵の持つ武器は凶悪過ぎる、刃が『負ける』ために必死に避けねばならなくなる、二手目で『詰まれる』のは必至だった。
 かと言って沸き出して来るような奴等だ、いつ退路を断たれるかわからない、背後の廊下がまだ使える内に逃げ出したかった。
 しかし、遅かったようだ。
「!?」
 左肩に連続した痛みが走った、針独特の痛みにやられたと感じた、針一本ではさほどの効果は得られない、なら効果的にするためにはどうすれば良いのか?
 それは短絡的に『毒』だろう。
 彼は意識の混濁に、死ぬのだとそう思い込んだ。


「何よあれ!」
 マナは空を見て叫んだ。
 真っ青な空をバックに落下傘が開かれる、それを落として行った飛行艇は噴煙を残して去って行った。
「『近所』で隠れんぼをやっていた奴等だな」
 マナを庇ったあの男が語った。
「戦自だな、間違いなく、……動いたのは」
「同じものを狙ってるってわけね」
 写真を振るアスカに首肯する。
「すまない、ここまでだ」
 断腸の思いで……
「撤退させてもらう」
 仕方ないとマナは頷いた。
「はい……」
「情けない話だが、戦自に比べれば俺達は素人も同然だ、単純な殺傷行為では張り合う事も出来ない、それに……、我々の存在はまだ知られるわけにはいかない」
「わかってます」
「すまない……」
 言い訳がましいのは心苦しいからだろう。
 この場に、それも戦自とは因縁深過ぎるこの少女を見捨てなければならないのが。
「心配するんじゃないわよ」
 そんな暗くなった雰囲気を払拭したのはアスカだった、ぽんとマナの頭に手を置いて。
「仲良くやれってね、頼まれてんのよ、特に念入りにね」
「……セカンドチルドレン」
 今になって気が付いたようだ。
「そうか、『彼』に……」
「まあ、そういうこと」
「ちょっと」
 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回されてマナは顔をしかめる、しかしアスカはやめなかった。
「ここにはまだあんたらが居るからアイツは放任してるけどね、本当に危なくなったらこの泣き虫が泣く前に飛んで来るわよ」
 男は破顔した。
「信じてるんだな」
「信じてる?、まさか!」
 はっと、オーバーに肩をすくめる。
「厳然たる事実よ、そうね……、信じられないかもしれないけど」
 前屈みになって、不敵な笑みを張り付けた。
「あいつには常識なんてもんを当てはめてたら、良いようにからかわれるだけよ?、知るべきね、あいつが『何なのか』ってことだけはね」


「今……、何か聞こえませんでしたか?」
 マユミは不安げに問いかけた。
 さらに言い募ろうとした彼女を制し、ロイは壁に耳を当てた、目を閉じて。
「……銃声、振動、人の声」
 仲間ですか?、そう訊ね掛けてマユミは口を噤んだ、それが好い事なのかどうかわからなかったからだ、自分にとっては悪いことかもしれない。
 だが事態はことさらに深刻なようだった。


 −ネルフ本部第一発令所−
「向こうの状況はどうなっている!」
「戦自からは使徒未確認とのことで指揮権の委譲を拒否する回答が届いています!」
「戦略自衛隊は第六機甲師団の投入を決定しました!」
「機甲師団だと?」
「主モニターに出します」
 それを聞いてコウゾウは巨大な空中投影モニターに目をやった。
「これか」
「第六機甲師団所属、装甲歩兵、『三石』です」
 ワイヤーフレームで表示されたのは丸っこいパワードスーツだった、立てた卵を斜めに倒したような上半身に、ずんぐりとした手足が付いている、左腕には機銃らしいものがマガジン付きでマウントされていた、右腕には身長よりも長い砲が取り付けられている、その砲の背部は背中のバックパックとチューブ、ケーブルで繋がっていた。
 右腕の主砲は電磁誘導式射出砲だった、俗に言うリニアレールガンである、砲身の短さ故にそれほど加速を得られないが、弾頭を選べば下手な戦車砲を上回る威力を発揮する、上手く使えば対空砲としても十分に役立つ一品だ。
 ……旧東京の澄んだ空から二機三機と落下傘付きで下り立った三石は、パラシュートを切り離して整列した。
 全高二メートル半、幅も二メートルを越えている。
 ──ウィイイイン、ガチャン、ウィイイイン、ガチャン、ウィイイイン、ガチャン……
 異常な音を立てては足を上げ下げして歩く、モーター音は股関節から発していた、搭乗員の動きをトレースするシステムと構造上、人間の股の力では片側数百キロの足など持ち上げようが無い、尻に隠されたモーターが人間の筋力を補うように補助駆動していた、モーターの音はその駆動音である。
 全面の曲面装甲に張り付いているレンズがガショガショと上下左右に動き、忙しなく多量の情報を収拾している。
 その周囲を同じく下りて来た兵士達が固める。
「奴等、本気だな」
 ゲンドウはコウゾウの言葉に目を向けた、一瞬であったが。
 片手が義手となってしまったために、お得意のポーズは取れなくなっている、腹で手を組むようにして背もたれに体を預けていた。
「所詮は道化の足掻きに過ぎん」
 鼻白む。
「道化、か……」
 コウゾウは揶揄した。
「道化と言う意味では我々も同じではないのかね?」
「……今は使徒を優先する、問題は無い」
「使徒、か……」
 コウゾウは下に向かって檄を飛ばした。
「目標の情報は取れたのか!」
「少女の方は取れています!」
 主モニターに大きく表示される。
「山岸……、マユミ?」
 コウゾウはその情報に顔をしかめ、ゲンドウに耳打ちした。
「まずいぞ碇、彼女は山岸監査官の娘だ」
「……」
「彼女に何かあった場合、国連が黙っていないぞ」
「構わん、今は『保護』が最優先だ」
「捕獲だろう、彼の心証を悪くするのはまずい、来月予定の査察に影響が出る、これ以上の計画の遅延は致命的だぞ」
 しかしゲンドウは、いつも以上に邪悪に笑った。
「その時はその時だ」
「なに!?」
「保護で押し通せばいい、戦自の『暴挙』の記録はある、捕獲出来た時は赤木博士に委ねる」
「葛城君が無事に済むとは思えんが?」
「かまわん」
 ギョッとした。
「碇!?」
「所詮作戦部など体裁を整えるために設立した部署に過ぎん、第一、現行のエヴァの戦闘力に対して作戦部など無用の長物だ、むしろ足枷になる」
「彼女を切るか……」
「代わりは幾らでも居る」
「誰のことだ?」
 ゲンドウは身を起こすと手を伸ばし、操作板に触れた。
 表示されたのは四人の人物のデータだった。
「これは!?」
 四分割されて写真と、その横にプロフィールが羅列されている。
「最有力は彼女だ」
 一つが拡大される、その顔は……、ホリィだった、軍服に制帽を被っていてやけに凛々しい。
「ホーリア・クリスティン……、第一支部が独自に選定した候補生か」
「そうだ……、残りの三人は」
「知っている、だが碇、この子らは戦自の脱走兵だぞ」
「問題は無い」
「しかしな……」
 それに、とゲンドウは黙らせた。
「この四人は正式に軍事教練を受けている、時間だけを計れば葛城一尉より遥かに長い、実戦経験もあるようだからな」
「年齢には問題があるが……、チルドレンの存在があれば、今更か」
「それに目くらましになる」
「なに?」
「シンジとの軋轢を減らしておく必要がある……、葛城一尉よりもやり易かろう」
 そうか、とコウゾウはようやくゲンドウの考えに思い至った。
「敢えて身中に虫を招き入れてでも、時を待つか」
 それがどれほど危険であっても、油断を誘って謀略のための隙を手に入れる。
 そのためならば、と言う訳だ、となるとミサトを更迭する『理由』が必要になる。
「今回の命令について結果は問題ではないか」
「そういうことだ」
 不敵なものを窺わせる。
 その態度、その威圧感はこれまでの戸惑いを捨て、以前以上の狂気めいたものを発散していた。


「だから!、わたしはネルフの作戦部所属、葛城一尉だっつってんでしょうが!」
 ……ゲンドウの思惑とは裏腹に、実際のところミサトは思った以上に無能であった。
 目標への接触どころかまごまごとしている間に施設への締め出しを食らってしまったのだ。
 建物の正面玄関で押し問答している、その背後を一台のジープが走っていった。
 マナとアスカである、運転はマナが行っていた。
「機甲師団、ね」
 荷台からアスカ。
「どうする気?」
「シンジ君のバックアップ」
「どうやって?、ここにはアンタが使えそうなものなんてないでしょ?」
 そう?、とマナは小悪魔的に笑った。
「あるでしょ?、い〜のが」
「良いの?」
「あそこに」
 ハンドルを切って正面視界に入れる、なるほどとアスカは頷いた。
「アンタもやっぱりナニね」
「……あれの開発頼んでるのってシンジ君だし、お金の大半出してるのもシンジ君だし、なにより心臓部を提供してるのもシンジ君なんだから、シンジ君助けるのに使ったって誰も怒んないでしょ?」
「……アタシ、別にシンジが危ないなんて言ってないけど?」
 キョトンとした顔で、マナ。
「どうせこの子もシンジ君のお手付きなんでしょ」
「……よくわかったわね」
「なんとなくね……、シンジ君の好きそうな顔してるし」
「そう?」
「こう……、なんていうのかな?、大人しそうで庇護欲掻き立てまくりって感じ?、日本の女の子って雰囲気もね」
「ふうん?」
 アスカはマナの振っている写真を取ってじっと見た、風にあおられてバタバタ揺れるのを器用に押さえて。
「ま、確かにね……」
「でしょ?」
 ……そのマナの洞察はアスカの妙な反応を照らし合わせた勘に過ぎなかったのだろうが、アスカにとってはもっとはっきりとした『事実』があった。
(『前』の時はなんて言うのかなぁ……、遠くから見てますって感じで、距離は取ってるんだけど要所要所でちゃんとタスケテとかマモッテとかスキデスってのをちゃんと出してたもんね、バカシンジが鈍かったから何も起こらなかったけど)
 だからこそ、『今度』はどうなのだろうかと……
「強敵だわ」
 アスカは写真を唇で噛んで呟いた。


 ……室内の端末が生きているのを良い事に、ロイは監視カメラの映像をそのモニターに表示させていた。
「これは……、なんですか?」
 背後で不安げに問いかけるマユミに、不自然なほどロイは苛立った。
 彼女の不安を払拭出来ない自分自身に。
「……敵だよ」
「敵……」
「そう、敵だ」
 だが答えながらもロイは困惑していた、この施設の通路は狭く、侵入も容易ではなかろうに、天井と壁をこすってえぐらせてまで装甲歩兵を投入している。
 それに先程から妙なやり取りが横行していた、ATフィールド、反応、使徒、良く分からないメッセージが多い、暗号の類かとも思う。
 しかしそこに、自分と、政務次官、それにこのまだ歳若い子を映した映像が混入されていたなら話は変わる。
 保護させようかとも考えていたのだが、ターゲットの中にはこの子も含まれていた、それを告げる事が出来ずに口篭る。
 如何にして彼女にそれを信じてもらい、逃げ出すか?
 逃げたとしてもどこへ逃げるのか?、これまでの生活を捨てさせる?、そして養うのか?、自分が。
 そんな空想を振り払う、口にした途端反発されるだろうことは目に見えていた、かといって見捨てることは出来ない、それは意地だった。
 自分のミスから一度は危うくしてしまった、それを助け、庇ったのは罪悪感からかも知れないし、プライドから来たものだったのかもしれない。
 だからこそ、今も見捨てられなかった、見捨てるということはすなわち、守る力が無いからと背を向けるに等しい行為だったから。
 だから。
「行こう」
「はい……」
 聞いてくれないのをいい事に、彼は彼女に強要した。


 特殊工作兵は黒いプロテクターに身を包んでいた、手に持っている銃器はエヴァが標準装備としているパレットガンに酷似している。
 両眼の赤いレンズが不気味なヘルメットは口元だけが確認出来る、戦自はこの作戦に大量の人員を導入していた、先頭を歩む装甲歩兵は非常階段の手すりを破壊して下りていく、後に続く特殊工作兵が見ているのは左腕に装着している端末だった、地図が表示されている、赤く塗り潰されているのは制圧した区域だろう。
 手際が好過ぎる、と感じたのはミサトだった、明らかに以前からこの工場について情報を集めていたとしか思えない。
 −地上階−
「そうよ、エヴァをF装備で寄越して、大至急」
『しかしエヴァの使用許可は出ていませんが』
「わたしの名前で出してかまわないから!、使徒が相手だって威圧かけないとこっちの身動きが取れないのよ!」
 そこには当然のごとく戦略自衛隊とネルフとの軋轢が存在していた、セカンドインパクト以降の政情を盾に作られたとはいえ、戦自は明らかに対使徒戦を想定された組織だった、もっとも裏事情としてはネルフのバックアップとして設立された背景があるのだが……
 しかし当の戦自においてそれを知る者はいない、彼らにとってはネルフなど憎々しいだけの存在だった、ある程度世情が落ち着いて来た今現在、戦自のような武力は税金の無駄だと口さがなく叩かれている、その上使徒に対して無力であれば言い訳も出来ない。
 中途半端と言わざるを得ない、ネルフにはエヴァを整備するノウハウはあっても戦略、戦術レベルで運用する能力は無く、戦自にはエヴァの様な決定力が欠けている。
 つまり戦自にとってエヴァは垂涎の的であり、それを使っているネルフの仕事など児戯に等しいのだ、エヴァあってのネルフだということを戦自の首脳部は完全に見抜いていた、エヴァとパイロットがいかほど重要な存在であっても、それ以外の存在などさほど大したものではないのである、当然、無能な作戦部の人間などはその筆頭に数え上げて、蔑んでいた。
「急いでね」
 ミサトは通話を切って歯噛みした、あまりにもあからさま過ぎる対応に悔しさが増す。
 虎の威を借る狐、所詮はネルフの権力を笠に着なければ何事も為せない自分、いや……
「エヴァが無ければ、か……」
 ネルフ全体がそうであると言える、しかしそのエヴァでさえも。
 ぞくりと悪寒が背筋を遡った。
 エヴァもまた、あの、彼らが居なければ何も出来ない。
 直感的に力関係を脳裏に描いてしまって、ミサトは自分の立場を思い知った気持ちになった。


 −JA格納庫−  そしてここにもまた、ヒエラルキーの低位故に喚くしかない男が居た。
 時田である。
「ここは立ち入り禁止だ!、出て行け!」
 しかし戦自の工作兵はそれを無視して、次々と作業員に銃を突き付け、拘束していった、その目的は明らかだ、このどさくさに紛れてイレイザーシステムの情報を取れるだけ取って行こうと言うのだろう、威圧的に三石が二機控えている。
 時田は歯噛みするしかない自分に悔しさを噛み締めていた、こんなことで『彼』の信頼を裏切ってしまうのか?、そんな不甲斐なさに苛まれた時……
 ──キキィ!
 人垣を割ってジープがJA格納庫に飛び込んで来た、一瞬全員の目がそちらへ向いた、ジープの荷台で片膝を立てた少女には、妙に人を惹き付けるものがあった。
「戦自は引きなさい!、プロトタイプJAは現時点をもって特務機関ネルフが接収します!」
 おいおい、とハンドルに隠れるようにしてマナが突っ込む。
「時田主任は再起動の準備を!、妨害等の工作を働く者に対しては無条件に警告無しでの処罰を下します!」
 震え上がる時田、この状況ではアスカの言葉など笑いを誘うものでしかなかったからだ。
 しかし。
 タンッと跳び下りたアスカを嘲って一人が銃を向けた、無謀にも。
「現在この施設はこちらの管轄下にあるっ、勝手は!」
 一度だけ……、アスカは俯いた、一瞬だったが。
 髪が振り回される、隠れた左目が露になった時には、青が紅に変化していた。
「!?」
 硬直した、その隊員は、そしてそのまま全てが終わった。
 心臓が、血流が、細胞が、電子が、陽子が、彼女の『目』に恐れおののき、自らの分を悟って活動を停止した。
 彼は……、自分の意志ではなく、自分を構成する全ての者達に反乱を起こされて死亡した。
 睨まれただけで死んでしまった。
 アスカは他にも自分を笑った者の内から数人を舐めるように睨みつけた、アスカの目に次々と背筋を伸ばして硬直し、倒れる事もなく凍り付く男達、異様な光景だった、描写ではなく現実に、物理的に彼らは凍り付いていったのだ、分子運動が停止してしまったために熱を奪われてしまったのだろう、あるいは彼らに温もりを与えてアスカの不興を買う事を怖れ、熱が自分から逃げ出していってしまったのかもしれない。
 ガシャン!、異常を感じたのか三石が動いた、その振動に揺れて死体が倒れる、割れ爆ぜた。
 それが引金となって銃口がアスカへ向けられた、馬鹿、アスカはそう呟いた。
 顔を向ける、髪を払う、顎を引いて三石を睨み付ける。
 三石の股関節のモーターが火花を散らして操縦者を裏切った、自律した意思の持たない、制御機構のみの機械がアスカに屈した瞬間だった。
 パイロットを無視して動き出す、『仲間』であるはずの同じ戦自隊員に対して両腕の火器の狙いを定めた。
 右腕のレールガンが、左腕のマシンガンが火を噴いた。
「アンタ達がこのあたしに逆らおうなんてっ、五十億と六千万年早いのよ!」
 機銃掃射、分単位で一千発を越える弾をばらまく、その轟音に負けず劣らず、アスカの嘲笑は高らかだった、血飛沫を上げて人だった物が千切れ飛んでいく、三石の中のパイロットは悶絶死していた、勝手に動き回る三石の手足の動きに着いていけず、パイロットは両手両足を捻り、もぎ取られてしまっていた。
 制圧が完了するまでにはまだ数分が掛かるだろうが、アスカは無視して、さあ、と叫んだ。
「早く!、シンジが『本気』になる前に手伝って、あいつが本気で暴れたらこんな施設吹き飛ぶんだから」
 アスカの声は時田だけに向けられた物だったのだが、何故だかその場に居る全員の耳に奇麗に伝わり、そしてその言葉を疑う者は誰もおらず、戦自の工作兵の手から逃れて、封印したばかりのJAに火を入れるために動き始めた。


 マユミには戦自と彼に区別を付けることなど出来なかった、敵か、味方か、その判断は曖昧で、だから彼に従ったに過ぎない。
 けれど彼に邪なものを感じなかったかと言えば嘘になる、そしてそれは当たっていた、彼は勝手な使命感を持ってしまっていたのだから。
「こっちだ!」
 腕を引っ張られてマユミは走っていた通路から脇道へ逸れた、身を投げ出すように転がると、先程まで駆けていた通路を何かが物凄い勢いで直進していった、ドォンと地鳴りと震動が来る、その衝撃に揺さぶられて立つ事も出来ない。
「正気じゃないな」
 舌打ちする、あの調子ではレールガンの弾は壁を貫通して外郭を壊し、土に埋もれたか適当な所で止まっているかしているだろう。
 ここは地下だ、下手に外郭に穴を開ければ地下水による浸水もあり得る。
 この工場を廃墟に変えてまで自分達を捕らえようというのか?、その覚悟にロイは戦慄した。
「立てっ、行こう!」
「はい!」
 引きずられながら立ち上がる、羞恥心も何も無い、マユミはスカートの脇を切り裂いて走りやすいようにしていた、白くふくよかな足が露になってしまっている、生足にも思えるが一応ストッキングは穿いていた、ただし破れてしまって、もう見る影もなくなる直前にまで追いやられてしまっているのだが。
 冷え切った体に現状は堪えるのか、その腿肉にはピクピクと痙攣が見られた、状況に対する精神的な負荷が筋肉を堅くし、疲労に拍車を掛けているのかもしれない。
 彼は、ロイは彼女を守ろうとする余り余裕を無くしてしまっていた、だからまたもや誤っていた。
 自分を基準に行動を決めてしまっていた、幾度となく修羅場をくぐって来た、その鍛え抜かれた肉体と同じだけのタフネスさが、この平凡な人生を歩んで来たであろう少女に備わっている筈が無かったというのに。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
 身中で自分を罵り続ける、罵倒する、彼女は信頼して任せてくれている、泣き言も言わないで必死に従ってくれている、なのに自分の行動は少しも正しい物ではない。
 が、その思考もやはり現実に対処するための手段としては役に立たない行為に過ぎなかった、肩越しに振り返る、三石が砲身のひっかかりをなんとかして、ちょうど角を曲ってくる所であった。
 その砲頭が、砲身の奥で走ったスパークが……
 妙に彼を惹きつけた。

−死−

直感する最悪の結末

−飛び散る血飛沫−

 その砲弾はこの淡い命を蹴散らし、無残に破壊し、その回転力で存分に振り回し、千切り飛ばしながら一面に叩きつけるだろう。
 だめか!、そう思った、次の角までは遠い、だが地下に地下にと潜った所でどうなるというのか?、このまま他の出口を探すか?、そこが押さえられていない保証は無い。
 諦めが胸中を締め付ける、せめてこの子だけは、そう思った。
 ──フィン!
 それは電磁力によって抵抗、摩擦の消えた砲身の内部を、反発力によって砲弾が射出された音だった。
 だが。
 ──ガン!、ガンガガン!
 衝撃、振り返る、隔壁が下りていた、めり込んだものに膨らんで歪んでいた、これを開くのは容易な事ではないだろう。
 誰かが隔壁を下ろして防御壁にしてくれたらしい、だが、誰が?
(Aか?)
 とにかく、と走る事に専念して正面のT字路を曲る。
 そしてまたここでも迂闊さに後悔した。
 黒色のボディアーマー、それにヘルメット、構えている銃、どれも戦自の兵士の標準装備だった。
 ──ガン!
 また隔壁が閉まる。
 驚いた様子で向こうも下がるのが見えた、また助けられたらしい、そう考えてどうだろうと思い直した。
 追い込まれている様な、誘導されている様な感覚を受け、ロイは嫌な予感に顔をしかめる。
 とにかく逃げる方向はひとつしかない、そう思って彼女の手を引こうとして……、しかし。
 音が……、消えた。
 静かに……、闇を湛えて。
 少年が歩いてくるところだった。
 ──ガン!
 驚きに顔を横向ける、隔壁の下に隙間が生まれていた、指が差し込まれていた、力付くで隔壁を上げようと言うのだろう。
 ──ガギ!  今度は棒……、レールガンの砲身が差し込まれた、ギリギリとてこの原理の応用を受けて、隔壁は持ち上がっていく。
「あ……」
 少女の発した喜色の声に、ロイは嫉妬心を掻き乱された、だが……
 震えるほどに、全身を強ばらせてしまっている自分に気が付いた、薄く笑みを張り付けて少年が隣を通り過ぎて行く、身動きも、身じろぎも、息さえも出来ない自分が居た。
 何か期待した顔で、次に落胆した表情で……
 マユミが彼を見送った。
 ロイは恐怖から振り返れなかった、怖かったのだ、純粋な恐怖だった、魂が冷えるとはこのことだろう。
 全てを堪えて振り返る、ガン!、持ち上げられた隔壁、右腕で持ち上げた三石が左腕の銃口を向けていた、バルルルル!、撒き散らされた薬莢がカンカンと床を叩く、イカリクン!、腕の中の少女がそう叫んだ気がした、反射的に守ろうとして庇ってしまっていた、しかしその必要は無かった。
 少年は右手で糸を繰り、渦を巻くように回転させていた、巻き取られて圧縮された大気が固体ほどに硬くなって容易に弾丸を弾き返した。
 弾切れとなり、三石はレールガンを持ち上げた、このような大砲は避けられて当然だが、破壊を伴う衝撃波は生身の人間など容易く翻弄して、行動不能に陥らせるはずだった……、そう。
 陥らせる、はずだった。
 少年……、シンジは再び両手で糸を操った、高速振動させる、それだけならまた衝撃波を生むだけだっただろう。
 今度は違った、マユミとロイは毛が立つのを感じた、静電気だった。
 複雑に操られた糸が大気を電離し、イオン化する、シンジの体の前に発光体が出現した、それはプラズマだった、集束していく、そして。
 ──放出。
 閃光は三石を貫通した、いや、透過し、通過した、その向こうで控えていた特殊工作兵までも呑み込んだ。
 加熱された人間だったものが火脹れ、あるいは溶けつつ崩れ落ちた、シューシューと煙を噴いて三石も擱坐した、膝を突き、ショートし、火花を散らす、その内部は電子レンジ同様の効果を受けて、パイロットも死んでしまっているだろう。
 斜めに落ちて床を叩く砲身から、ころころと砲弾が転がり出た。
 荷電粒子を生成し、集束しての雷撃であった。
 ロイはその横顔に電撃が走るのを感じた、知っている、そう思った、『奴』を知っている、動悸が激しく、苦しくなる。
「え?」
 マユミはその体の震えを直接肌に感じて、彼の顎元から顔を見上げた。
 そして……
「ひっ!」
 ロイの変貌に悲鳴を上げた。



続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。