晴天のもと、二つの物体が絡み合う。
 一つは原形を無くした鉄の巨人。
 もう一体は異形の怪物。
 ──ガィン……
 巨人は弱々しく拳を振り上げ、突き出した、殴り付ける。
 ──ガィン……
 しかしその攻撃は緩慢過ぎて、怪物……、使徒を揺るがしもしなかった。


NeonGenesisEvangelion act.21
『けぶる世界』


 ブツッとそこで、映像は途切れた。
「この後にJAは起動を停止、以降3号機により使徒殲滅を確認いたしました」
 血と体液の飛び散った死体、巨大な卵の殻、整地されていた大地はめくれ、裏返ってしまった様な有り様だ。
 ここを直すよりも、新しく別の土地に工場を作った方が良い状態だった。
「ふん……」
 そんな資料を見ていたゲンドウだったが、鼻息一つで放り捨てた。
「で、何かデータは取れたのかね?」
 訊ねたのは冬月だった、はいと答えるリツコ、プロジェクターを使うために閉じられていた遮光壁が引き上げられていく。
 ここはネルフ本部総司令執務室だ。
 使徒がらみであるだけに、その情報は公開する訳には行かず、開発工場はネルフの管轄となっていた、情報は取り放題……、のはずであったが、使徒がほぼ呑み込んでしまったために、施設の解体工事を代行しているような無駄さが窺えていた。
 それでも一応、とリツコは探っていたのだ。
「イレイザーシステムについては不明のままです、何しろメインコンピューターは使徒に食われてしまいましたから」
「食われた……、どういうことかね?」
「おそらく使徒は蛹となる段階で取り込んだ物質を組成変換し、成虫としての肉体を構成したものと思われます」
「戦自の隊員はどうなったのかね?」
「……食われてしまったのではないかと」
 眉間を揉みほぐして問う。
「イレイザーシステムとやらはどうなったのかね?」
「こちらの部隊が到着した頃には回収されていました、エンジン部だけを見事に」
「素晴らしい手際だな……」
「ええ、こちらの動きは全て読まれてしまったようです」
 リツコは脇に挟んでいた資料を渡した。
「これは?」
「……使徒の体内より発見されました、戦略自衛隊の装甲歩兵のレコーダーです」
 数枚の写真が貼付されている。
「このレコーダーだけがなぜ『消化』されなかったのかは不明ですが」
「シンジ君かね?」
「はい」
 写っているのは確かにシンジであった。
「イオン濃度の異常に……、帯電現象?」
「はい、記録から読み取るに、シンジ君はプラズマの類を光線として放出したものと」
 絶句する。
「……そんなことが、可能なのかね?」
「理論的には」
 歯切れ悪く、リツコ。
「糸を操る事で大気摩擦を起こし、イオン化します、この時に生じた電離層を調整する事によりプラズマを生成、指向性を持たせたのではないかと……、MAGIも同様の解答を出しました」
「……とすればシンジ君を押さえるためには、全身を磁気コーティングされたプロテクターでも着る必要がありそうだな」
「……わたしは、それには反対しますが」
「何故かね?」
「そのようなものを着た状態で、彼の糸を避けられるとは思えません、切断される恐怖に堪え、少しでもスーツを切り裂かれれば沸騰死させられる事になる、緊張感を強いられ過ぎます、余程の人材でなければ無理でしょう」
「余程の、か」
 コウゾウは顔をしかめた、ネルフは研究機関からの成り上がりである、ゼーレのバックアップを受けているとはいえ、その人材は知れているのだ。
 事実、シンジの動向は押さえられていないし、この本部に置いても度々侵入、潜伏を許してしまっている。
「憂慮すべき事態なのだろうが……」
 手駒が無い事が難しい。
「葛城君はどうしているかね?」
「戦時介入直前の爆発事故が気になると言って調査しています」
「無駄な事をしているな、彼女は」
 苦笑する。
 リツコは怪訝そうにした、どうしてミサトなどを気にかけるのかわからなかったからだ。
 男二人はミサトを切る方向で意見を固めていた、だが思ったほど理由になるものが出来なかったために困っていたのだ。
「では、わたしはこれから向こうに戻って使徒の解体を指揮しますので」
 失礼します、と踵を揃えた。


 旧東京封鎖地区内、日本重化学工業共同体による開発工場は閉鎖される運びとなった。
 現在はネルフと日本重化学工業共同体の特別班が、互いに牽制し合って秘匿すべき情報を探り合い、奪い合っている。
 ──その脇で。
 一人の男がJAの残骸を見上げていた、時田である。
 彼は瞑目し、その機体へと別れを告げることにした、脳裏にはまだ、あの時のJAの姿が焼き付いていた、まだ動ける、動きたい、動く、そう足掻いている姿が映り込んでいた。
(馬鹿はわたしだな)
 わかっていたはずなのに、と胸中にわだかまりを持っていた。
 イレイザーシステムがその特性故にそれなりの機体を必要とすることは分かっていた、なのに実験用だからと『あの程度』のボディを用意してしまった。
 それで満足に動けるはずが無いのに、だ。
 テストにもなっていなかった、と今では完全に思っている、イレイザーシステム、魂とも成りうるあのエンジンの何を計れたと言うのだろうか?
 確かにテスト機としては出力に対してマッチしていただろう、しかしそれだけに過ぎなかった。
 大体が使徒、エヴァを基準にサイズを決めた所から間違っていたと今では悔いていた、対抗意識があったのかもしれない、エヴァでなければ倒せないとの頭ごなしの傲慢な鼻っ柱をへし折ってみたかったのかもしれない。
 そんなエゴがJAに無用の足枷を付ける結果となってしまったとすればどうなのだろうか?
 時田は拳を握り締め、震わせた。
 幸い、JAの魂はイレイザーシステムに宿っている、やり直しは利く、しかしそれも次が最後だろうと時田は腹を据えていた。
『おとぎ』に続いて『JA』という、満足しないボディばかりに収められ続けて来た『この子』には、不遇と言う言葉が良く似合う、体に恵まれないイレイザーシステムと言う魂、今度もまたおとぎ同様の失望と落胆を味合わせてしまったのかと思えば泣きたくもなる、だが、泣けなかった。
 大人である自分は、情けなさに泣くよりも、『イレイザーシステム』のために力を振るわねばならないのだから。
 絶望ではなく、希望を与えなければならないのだから。


「お待たせしました」
 車に乗り込む時田、リムジンだ。
 運転席に居るのはマナを庇ったあの男だった、陸上自衛隊第一特殊武装機動部隊副長、信濃ノギ三等陸尉である。
 そして時田の隣に座っているのは『おとぎ』の艦長だった、海上自衛隊特別哨戒班おとぎ艦長、大奈義タツミ一等海佐だ。
 車の窓が黒い理由はこの辺りにあった。
「お別れはすみましたか?」
 どちらでもない言葉に時田は頷いた。
「……恥ずかしい限りです、せっかくお貸し頂いたというのに、ろくな結果も残せませんでした」
 いや、とかぶりを振ったのはタツミであった。
「わたしは良いものを見せて頂いたと思っていますよ」
「と言いますと……」
 ふうとタツミは満足げな息を吹いた。
「……わたしの乗りますおとぎは、元々は貴方に託されたイレイザーシステムを搭載する目的で設計された船でした」
 それを知ったのはつい先日であるが。
「おとぎの建造は極秘に行われました、その設計、開発者は謎のままです、まあ、『彼』なのでしょうが」
 共通して『彼』で通じる人間は一人のみである。
「その彼をして起動すらおぼつかなかった物を、仮にとは言え立ち、歩かせるところにまで至らせた、……尊敬しますな、正直に」
 ありがとうございます、と時田は頭を下げた。
「しかし……」
 口元を歪める。
「彼は続けさせてくれるでしょうか?、シンジ君は……」
 運転席からノギが肩越しに告げた。
「それはあなたの頑張り次第でしょうね」
 一行が向かう先、それは第三新東京市であった。


 小雨の降る中、カヲルは居間のソファーに転がっていた。
 窓の外は灰色で、室内もじめじめとして気持ちが悪い、服も癇に触るほど毛羽立っていた。
 足を組み、両腕は頭の後ろに敷いている、その目は閉じられてはおらず、ぼんやりと虚空を睨み付けていた。
 ──ガイン、ガィン、ガイン、ガィン、ガイン!
 響いて来るのは、何の音か?
 耳鳴りとなって、木霊した。


 ──ガイン!
 JAにとっては、それが精一杯の攻撃だったのだろう。
 しかし使徒はATフィールドを張りもしないで受けた、いや、無視をした。
 背中から殴りかかって来るJAを相手にもしなかった。
 ──ガイン……
 片腕のバランスの悪さによろめきながら、それでもJAは拳を固めた、指はひしゃげ、折れ、千切れかけていた。
 それでもやめない、その姿に憐れんだのはマユミであった。
「なんだか……、悲しいですね」
 頷くシンジだ。
「うん……、JA」
 ──ギ、ギギ……
 とうとう力尽き、停止する、シンジは叫んだ。
「カヲル君!」
「わかっているよ!」
 通信機でも、声でも無い、言うなればシンジの『意志』だ、それを受けてカヲルは3号機を駆った。
 幾度も手を出しそうになった、それをしなかったのはその『心根』を尊重したからだ、犯してはならない何か。
 それをカヲルも読んでいた、だから。
「その気迫、根性……、君の気概、僕は忘れないよ」
 死してなお無念を、悔しさを叩きつけたJAに叫んだ。
「本当に敬意を表わすに相応しいねっ、君は!」
 ──ホォオオオオオーン!
「僕は君のために悪夢を見よう!」
 赤く染まるエントリープラグ、シンクロ率はそのままに、ハーモニクスだけが跳ね上がる、カヲルは躊躇しなかった。
 吠える3号機、額部ジョイントを外し、口腔の奥で舌を躍らせる、走りながら拳を振りかぶる、使徒の両腕の錐が3号機へと……、いや。
 ──ギ……
 停止していたJAが邪魔になってコンマ何秒か反応がずれた、走る勢いも足して突き出される3号機の拳、金色の光が受け止める、否、風船ほどの抵抗を見せるのが精一杯だった。
 音も無くぶつんと突き抜ける、3号機の拳はその勢いを些かも減じることなく、使徒の顔面を捉え、歪ませた。
 ──ゴォン!
 殴り飛ばす、使徒は止まる事も出来ずに繭の中へと押し戻された。
 ──ガガッ!
 繭の中でバウンドし、ようやく止まる、繭もまたその震動に僅かに傾きを変えた。
 ──グッグ……
 再び舞い上がろうと使徒はもがく、その動きが止まった。
 3号機が……、睨み、見下ろしていたからだ。
 その白い目の周囲は赤く血走り、赤い牙は灼熱の息に変色していた。
 ──恐怖。
 青空の下、漆黒を纏い、その二つだけを赤に色付けて、3号機は手を伸ばした、使徒の首を掴み、引きずり出し、持ち上げ、叩きつける。
 ──ゴォン!
 割れ爆ぜて噴き上がる大地、しかし3号機は気にも止めず、二度、三度と叩きつけた。
 ──ゴォン、ゴォン、ゴォン!
 大きさにして僅かに使徒の方が大きいだろう、なのに3号機は苦にせず片手で振り回す。
 ──ガッ、スシャア!
 放り投げられ、使徒は大地を滑った、その上に跳ね上がり、膝を落とす。
 ──ブシャ!
 腹に食らって使徒は体液を噴出した、悶え苦しもうとするが3号機は許さない、右膝を立て、左の脛で首を押さえ、敵の手を掴んだ、もぎ取る。
 ──ブチブチブチ!
 筋繊維の引きちぎれる音、もがく使徒、もうATフィールドも何も無い、あるのはただの蹂躪だった。
 ──ズン!
 3号機は奪った錐で串刺しにした、JAがされたように、大地に縫い止め、もがき苦しませた。
 断末魔の悲鳴、震えを発して、使徒の体から力が抜けた、がくんと首を落とし、とうとう活動を停止した。
 それでも3号機は解放しなかった。
 立ち上がり、憤懣やるかたないとその頭を踏み潰し、脳漿を踏みにじって、悪鬼のような表情で蹴り上げた。
 その顔には、使徒に対する憤りが滲んでいた。
 貴様程度の存在が何をしたのかと。
 何をしてくれたのかと。
 ──フォオオオオオオオオーン!
 3号機は吠えた、それは怒っているようにも、悲しんでいるようにも、聞こえた。
 高い空に向かって、決して勝利の雄叫びではない、お前達、わかっているな?、と語り掛けていた。
 ぎゅっと拳を握り締めたのは時田だった。
 ミサトは脅えて、関わってはならないと瞼を閉じた。
 その他の技師、作業員、それにシンジもだ。
 彼らは拳を握り締め、歯を食いしばり、熱い眼差しをJAの骸へと送った。
 横倒しになったまま、眠るように動きを止めてしまった『我が子』へと。
 また、必ずと。
 絶対に大地を歩かせてやると、彼らは心に誓っていた。
 プロトタイプJAは……
 こうしてひと度の眠りにつき、次に目覚めるまでの一時を、無念と期待に包まれ、育まれる事になったのであった。


 ザァザァと降る雨は、多少勢いを増したようで、ようやくカヲルは起き上がった、が、それは……
「はいはい」
 ぴんぽーんと、インターホンが鳴ったからであった。


 がちゃんと郵便箱を覗いてありゃ?、っとレイ。
 それを手にして地下のガレージへ、広い空間なのだが車は少ない。
 その隅にはレイが勝手に積み上げた工具や機械の類、タイヤが転がっている。
 不用心だが、安全なのだろう。
 何故だかこのマンションでは。
 そこには今、人の身長よりも大きい機械が運び込まれていた、ご丁寧に宅配業者に偽装したトラックでだ。
 降ろされた物はイレイザーシステムだった、高さは2.5メートル、横幅も同じ程度である、縦には四メートルほどはある。
 黒く煤けてしまっていたが、コンテナに詰み込み固定する時にでも擦ったのだろう、地金の銀色が見えていた、煤はどうやらJA側の機械が炭化して付けたものであるらしい。
「頑丈ねぇ」
 状態をチェックしているシンジに話し掛けたのはマナだった、白に赤い縦縞、背中には犬マーク、引っ越し物を届けに来た時に来ていたあのユニフォームを着ていた、今日は帽子も被っている。
「壊れてないの?」
「壊れてるよぉ……」
「……どこが?」
 見た目、汚れさえ落とせば大丈夫なように見えるのだが……
「う〜ん、結局さ、基本的に蒸気機関と扱いが同じになるんだよね、使い方が……、そのせいで逆流食らって焼き付いてるし、暴走した時の過電流で逝っちゃってるところもあるし……、バラしてコアを露出させないと駄目かな、これは」
「コア?」
「うん……」
 シンジは立ち上がるとタオルを取って手を拭った。
「外燃機関は内燃機関と違って外側でエネルギー発生させるわけだけど、この時に空間が不安定になるんだよね、で、仕方ないから殻で覆ったってわけ」
 コンと叩く。
「つまりエンジン本体はこの中にあるコアなんだ、これは……、そうだね、原子力機関に例えるなら電磁波の遮蔽板ってことになるのかな?」
 そこにやって来たのがレイだった。
「シンちゃあん、お手紙ですよぉ」
 シンジは僅かに首を傾げた。
「手紙?、誰から?」
「山岸さん」
 ぴくっと反応したマナに、レイは手紙の端を咥えておや?、っとした。
「ん〜〜〜?」
「なに?」
「なんでもぉ?」
 はいっと、マナを見ながらシンジに渡す。
「山岸さんって……、山岸さんのお父さんからじゃないか」
 ぴくぴくっとひきつったのはマナの口元だ。
「シンちゃあん」
「……なに?」
「おとうさん、なんて呼んじゃだめだよぉ?」
「なんでさ?」
「……いいけどね、わかんないなら」
 ぽんぽんと、何故だかマナの肩を叩く。
「で、なんだって?」
「ん……」
 封を破り、中の紙を取り出し、ざっと目を通す。
「……感謝状、だってさ、娘を助けてくれてありがとうとかなんとか」
 読む?、と不自然にシンジ、レイは右手で受け取り、さらに左手でも催促した。
「そっちのもね」
「ちえ……」
 いつ隠したのか、シンジは封筒に重ねて最後の一枚を隠匿していた。
「ふうん?、来週引っ越すからよろしくって?、これだけマユミちゃんの手紙じゃない」
 マナの肩に腕を組む。
「ふうん?、ふうん?、ふうん?」
 ガチャン、と奥の戸が開く、マンション内からガレージに下りて来るための階段の戸だ。
「シンジ君、お客さまだよ……、って、お邪魔かい?」
 救いの天使はカヲルであった。


 ──バッ!
 拳が突き出され、汗が飛び散る。
 長い金の髪を首の後ろでくくり、タンクトップシャツにトレーニングパンツを穿いているのはホリィである、前髪は汗によって額に張り付いていた、シャツもだ、透けるほどに汗を吸ってしまっている、一つの動きごとに反動で体を引っ張り、重そうだった。
「ふっ!」
 疲労に拍車を掛けるだけだろう、それでも動きを阻害されているとは思えない速度で踏み出した、拳を突き出し、引くよりも回し蹴りを放って踵で相手の顎を狙った、しかし。
 ──ドン!
 スウェーバック、のけぞり躱し、体を戻すついでに踏み込み、掌底。
 それらをまともに食らって、ホリィはその場に崩れ落ちた、掌底をまともに入れられて、肺の機能を失ってしまった、呼吸が出来ない、涙が滲んだ。
 舌を出して必死に喘ぐと、少しずつ回復してくれた、てれっと垂れようとする鼻水をすする。
 ズッと、意外と大きな音がした。
 差し出された手に顔を上げる、相手の顔は涼しげなままだった、アスカである。
 手を握って引っ張り起こしてもらう、アスカもまた彼女と同じ恰好をしていた、しかし汗のかき方はとても大人しいものだった。
 ここはメゾン一刻の最上階にある、住人のためのレクリエーションルームである、ここは道場区画だ、他にジム施設などもある、娯楽関係は一つ下の階だった。
 ホリィはアスカの小さな手に納得が行かなかった、体力や持久力では明らかに自分の方が上なのにかなわないのだ。
「ちょっと休憩にしましょう、……説明してあげるわ」
 スポーツドリンクに口をつけるアスカ、ドリンクはシンジの特性のものだ、シルバーのポット、ストローで吸い上げる。
 ホリィはどっかりと椅子に座ると、そのまま項垂れるようにして息を整えにかかった、動悸を落ち着ける方が先だった。
「疲れた?」
「少し……」
「まだ無駄が多いって事ね」
「?」
 顔を上げる。
「無駄?」
「そう……、体力と持久力は破壊力を上げるけど、人体を壊すのに破壊力なんている?、例えばそうね、骨なんて応力のかかりようで幾らでも簡単に折れるでしょ?、人間を気絶させるためには殴る必要なんて無い、一・二秒頚動脈を押さえれば十分だわ、そういうこと」
 説明を続ける。
「つまりね、急所に必要なだけの力を叩き込めればアンタほど鍛える必要は無いって事なのよ、さっきのを例に取れば、アンタの無防備な横隔膜を叩いただけ、それだけで人間は悶絶するの、まあ」
 ケタケタと笑う。
「アンタがもうちょっと突っ込んで来てたら横隔膜か肺のどっちかが破けてたでしょうけどね」
 そう、とホリィは受け流した、苦痛が彼女に安堵を与えていた、本当に命に関る怪我をしているなら、脳内麻薬が分泌されて痛みなど感じられないと知っていたからだ。
 また口から出るものに血は混ざっていない、なら大丈夫なのだろうと思う、内臓も壊れていないはずだから。
 それでも。
「凄いのね……」
「大事なのはパワーでもスピードでもなく、タイミングだってことよ」
 軽い調子で説明を続ける。
「すべてはタイミングね、これが決まらなくちゃパワーもスピードも無駄になる、振り回すだけじゃ迫力はあっても威力に欠ける、タイミングを見極められるようになってから力の配分を考える、そうすれば疲れない様にどこで手を抜けばいいのかわかるようになってくるわ」
「手を……、抜く?、抜いてたの?」
「当ったり前でしょ?」
 何を今更と言う。
「腕相撲やランニングじゃアンタには敵わないけど、子供だってやり方一つで大人を殺せるのよ?、それにね、手加減しないとアンタには当てられないもん」
「どういうこと?」
 ズッとストローをすする。
「んっ……、だからね、一撃必殺を狙うと力を込めなくちゃいけなくなる、そうすると筋肉は萎縮するからスピードが落ちる、だから力を抜いて筋肉を柔らかくするの、どうせ殺し合いやってんじゃないんだからってね、まあ、ホンバンでも必ず一撃で倒さなくちゃいけない相手じゃないなら、確実に手傷を負わせた方が無難だもんね」
 なるほどと思う。
「慣れてるのね……」
「ドイツ支部でそう言う事ばかり教わったのよねぇ、役に立つかどうかは別としても、考え方としちゃ悪くないでしょ?」
 そう言ってアスカは微笑を見せた。


「だから!、余計な物付けなくていいから普通にレストアしてって……、電磁コーティングなんてしてどうするのさ!?、車なんて使い捨てだし置いて逃げる事だってあるんだからお金かけたって仕方ない……、趣味って、わかったよ!、勝手にしてよ!」
 −メゾン一刻・402号室、客間−
 応接椅子に腰掛けている三人はお互いに苦笑を向け合った、テーブルを挟んで時田と自衛隊組がくつろいでいる、テーブルには冷たい麦茶の入った細長いコップが置かれていた。
「あっと、すみません、騒がしくて」
 シンジは戸を閉じると、一つ余してあった椅子を持ち寄せて座った。
「レイがイレイザーシステムも趣味だろうってうるさくて」
 三人は目を見合わせた。
「趣味……、ですか」
「趣味のつもりだったんですけどね」
 シンジは前傾姿勢を取って、足の間に手を組んだ。
「趣味のつもりでした、でも、今は……」
 顔を背ける。
 何となく途切れた会話を、時田が繋いだ。
 そのために来たのだから。
「それで……、イレイザーシステムは」
 シンジは顔を上げた。
「はい……、三日もあれば直せます、その後どうするかは決めてませんが」
 それで、とシンジ。
「それで、今日はどの様な御用向きで?」
 茶を含み、信濃三等陸尉は笑みを隠した、用向き……、そう、こちらから用を言い付ける事は出来なかった、これまでは居場所の確認にすら手間取っていたのだから。
 拠点を持つということはそれだけ不利でもあるのだ、特にこの国では侵入者に対する反応が遅い、高速機で領空を侵犯され、爆弾を落とされた頃にようやく行動出来るだろう。
 未然に防ぐことは出来ないのだ、そんな甘い国に住居を構える。
 今ひとつ理解出来ない事ではある。
「実は時田さんより魅力的な提案がありまして」
「提案?」
「これを」
 時田はせかせかとノートパソコンをテーブルにセットした。
 一つのファイルを開くと、連動して幾つものウィンドウが開かれた、情報が多量に表示される。
「これは?」
「……二足歩行型機械の設計図なんだ、JA以前の」
 シンジはざっと目を通した。
「JA以前の……、小さいんですね」
「エヴァに比べるとね」
 時田は自嘲気味に告げた。
「これは会社に入る前の、学生の頃に作った設計図でね、その時はただの空想だったんだが」
 そこには身長十六メートルサイズの巨人の骨格が表示されている。
「ただこのサイズのものを動かせるエンジンがなかった、……JAはイレイザーシステムの膨大な出力を受け止めるためにあれほど巨大にしたわけだけど」
「?」
「実際には必要なかったと痛感したよ、イレイザーシステムは記録した数値で考えて良いものじゃないってね」
 シンジは何が言いたいのかに気が付いた。
「そうですね……、魂はその器の大きさに合わせて変わるものだから」
「出力を受け止める何てことを考える必要なかったんだ、人間だって自身の体が壊れないように力をセーブする物だろう?、わたしたちが与えるべきだったのは、……今ではこいつだと確信しているよ」
 シンジは真っ直ぐにその目を覗いた。
「これのために、イレイザーシステムが欲しいと?」
 ちらりとノギを見て、何かを頼んだ。
「有人機にしたいとの相談を受けまして」
 ふうん?、とシンジ。
 それは興味を持った証拠だ、ノギは勢い込んだ。
「JAは巨大過ぎましたが、鈍重であるが故の利点もありました、遅さは『頭』に計算する余裕を与えます、しかし瞬間的な情況判断において機械は『計算』の域を出ません」
「……予測のことを言ってるんですか?」
「そうです、……『達人』の域にある人間は頭で考える以上の速度を実現するために未来予測と反射行動で対処します、そしてこの二号案には、そんな人間の力を組み入れたいと……、わたしもこれには賛成です」
 シンジはタツミに視線を送った、意見を訊ねたのだ。
「……使徒のATフィールドへの対抗策としての無生物兵器はわかりますが、それは些か考え違いしておられると思いますな」
「間違い?」
「はい」
 シンジを批難し、さらには視線を外さないタツミに、ノギと時田の二人は青くなった。
 死まで覚悟する、しかしタツミは引き下がらなかった。
「記録は見せて頂きましたが……、これだけのものになりますれば、イレイザーシステムにふさわしいボディを与えた時、間違いなくその意識は『魂』となりましょう、ならばATフィールドの干渉はあるものとして考えるべきではありませんかな?」
「より強い武器を持たせろと?」
「いえ、いえ、そうではなく……、まあ、その様な方法もありましょうが」
 ふうむと顎先を撫でさする。
「……良いですか?、中和はエヴァにやらせれば良いのです、単体での運用は捨てればよろしい、そうですな、エヴァが居る、エヴァの補助のためにこの二号案の機体が存在し、そのサポートのために装甲歩兵の様な機体が、そして歩兵が」
「……」
「つまりはエヴァを基軸に、大将として据え置き、軍団として形成させるのです」
「でも……、使徒の前に通常兵器を出すなんて」
「エヴァが中和しておれば他の兵器の出番は増えます、第一エヴァの持つ武器は我々の砲弾と変わりない、違いますかな?」
 シンジは瞼を閉じ、十秒ほど瞑目し、それから目を開いた。
「時田さん」
「はい」
「パイロットと言ったって、イレイザーシステムが認めるようなパイロットを見付けられますか?、それに、コンピューターの補助はどうしても必要なんだから、結局その制限は越えられないのでは?」
「そのために、信濃さんにおいで頂きました」
「信濃さんに?」
 はい、とノギ。
「大奈義さんに引き渡す予定の彼らを預からせては頂けないかと」
 キョトンとするシンジ。
「彼ら、と言うと信濃さん達が捕まえた、教団の工作員のことですか?」
「はい、……彼らは元々フリーのエージェントです、契約はあなたの名前を持って制約とすれば何とかなります、それに死なせるには惜しい人材です」
「それは……、また、凄いこと考えますね」
「お任せ頂けますか?」
 シンジは肩をすくめた。
 自分が逃がした男のこともあったからだ、人の事は言えない。
「もう一つの問題は?」
「これでなんとかね」
 シンジは映されたものをどうだろうと軽い気持ちで見やって……、ギョッとした。
「……本気、ですか?」
 そこには人らしい姿と、そのヒトゲノムが表示されている。
「ただこの計画を実行するためには、……以前貰った資料にあった、セントラルドグマ最下層のプラントが必要になるんだけどね」
 シンジは難しい顔をした。
「……難しいですよ、それは」
 結局シンジは、少しだけ待ってくれ、と返事を保留し、護魔化した。



続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。