小さな小さなお団子さん。
 潰して潰してまきましょう。
 くるくるくるくるまいたなら。
 うずまき雲の出来上がり。


 −2004、ジオフロント、『黒き月』、最下層−
 赤黒い世界、染み込み溜まった腐った水。
 そして幾本も屹立している潮の柱。
 その一本の上に、足をぷらぷら揺らして、一人の少女が歌っていた。
 青い髪と、赤い瞳。
 どこか遠い所から、びぃー、びぃーっと音がしている。
 耳をすませば、実験中止、とか、被験者は?、なんて叫びも聞こえて来る。
 少女は空を見上げて首を傾げた。
「願いって、なに?」
 少女の瞳に映っているのは、化石となって空を漂う紫の巨人。


 世界は死病で覆われていた。
 僅かな食料を奪い合い、生き抜くために殺し合う。
 銃を撃ったらもうお終い。
 いつか撃たれるその日まで……
 地獄の中で、殺し合い。


 ねぇ、どうしてわたしを怖がるの?
 ねぇ、どうしてわたしから逃げようとするの?
 追いかけちゃうぞ?、捕まえちゃうぞ?
 遊んでくれるの?、ありがとう。


『彼女』が銃を知っていたかはわからない。
 狙って、撃つ、当たった、それを楽しんでいただけかもしれない。
『彼女』が命を理解していたかどうかはわからない。
 ただ動くものを追いかけるのが楽しかっただけかもしれない。
 生きることに必死な者には興味が無かった。
 ただ喚いてるだけで鬱陶しかった。
 でも向かって来る連中は良い遊び相手だった。
 色々と『かまって』くれるから。
 そんな中に彼が居た。
 ハロルドだった。


NeonGenesisEvangelion act.23
『逸る気持ち』


 それじゃあ行ってらっしゃいとにこやかに告げたのはアスカであった。
「帰って来なくていいから、ちゃんとやんのよ」
 送り出すアスカ、その腕の中にはぐったりとしているレイが居る。
「もが……」
 鼻と口を塞がれて、震える指先をシンジへと……
 しかしアスカが許さなかった。
「だぁめだってぇの!、じゃね」
 シュッと扉が閉まっても、シンジとホリィは言葉を失ったままで動けなかった。
 似たようにいやぁな汗をかいている。
「……綾波が抵抗してたのって、別に一緒に着いて来ようとしてたからとかじゃなくて」
「息、出来なかったからじゃ」
「顔青かったし、……まあ、死にはしないと思うけど」
 では扉が閉まり切る直前に見た、くるっと回った白目は一体なんだったのだろうか?
「まあいいや、行こうか?、デート」
 マンションの通路は淡いオレンジ色に染まりきり、夕日独特の照りがきつくて、暑さが気持ち悪かった。
 二人のデートを推奨したのはアスカだった。
 問題は一つ、ホリィの服が無いからである、騙し騙し着ていたものの、上下はともかく下着まではどうにもならない。
 一応、米国支部から私物が届いているが、どれも一般的とは言い難い服が多過ぎた。
 −第三新東京市市営総合百貨店−
「ええと、ホーリィって肩があるから隠しちゃうと余計に大きく見えるんだよね、いっそのこと出しちゃった方が良いから、ノースリーブとかキャミソールになるのかな?、じゃあこの辺とこの辺と……」
 妙にテキパキと選んでくれるシンジに対して、ホリィは気後れしながら従っていた、カートを押して。
 総合百貨店と言うだけあって店も品物も見渡す限り揃えられている、品数も豊富で、デパートのオリジナルブランドの他にもちゃんとした店舗も入っていた。
 夫婦、子供連れ、会社、学校帰りの制服がうろついて見える、閉店まで二時間も無いのだが、まだまだ帰ろうとする気配は見られない。
「どうしたの?」
 問われて、ホリィ。
「……こういう場所に来るのは、久しぶりだから」
 それでもあまり萎縮せずに済んでいるのは、思った以上に外国人の姿が多かったからだった、それに応対するためか、店員も英語は使える様だ。
「アメリカに比べると日本って親切だよね、ヨーロッパには負けるけど」
 ホリィは独り言では無かろうと相槌を打った。
「色々な所へ行ってるのね」
「うん、世界中回ったよ、……幸せが何かを掴めってね」
「え?」
「レイの教えその一、餓死寸前の難民でも些細なことで満足して死んでく人も居るし、僕みたいに色々な物を手に入れてても満足出来ない人間も居る……、幸、不幸の基準ってさ、現状で自分が置かれている立場なんかに対しての比較にしか過ぎないんだよね、だから世界の何処かではご飯も食べられない人が居るんだから十分幸せだろう、なぁんて言われたってさ、満たされる?、満たされないよね?、幸せを掴むためにはさ、自分が何を欲しがっているのか見つけないとどうしようもないじゃない?、それが身の回りにあるのか、それとも世界の何処かにあるのか……」
「だから探して回ったの?」
 無茶苦茶だったよ、と苦笑した。
「十歳の時だったんだ、レイ達が僕の所に来たのって、あ、下着は自分で選んでよね、アスカにサイズは計ってもらったんでしょ?」
 うんと頷く、妙に可愛く。
「ブランドものにする?、向こうにお店あるけど」
「いいわ……、慣れてないし、負けるような気がするから」
「そう?」
 適当に大量生産品を物色する。
「良く考えたら」
「ん?」
「あたし、シンのこと何も知らないのね、今まで何をして来たのか、これから何をしようとしてるのか……」
 訴え、なのかもしれない。
 不満を見て取って、シンジは聞きたいかと切り返した。
「買い物を済ませて、どこでで何か食べようよ、その時に話そ?」
 うん……、と今度は硬く、頷いた。


 どこにある屋敷なのか、館なのか?
 その一室に集まっている面々の表情は硬かった。
 パイロン、ハロルド、フェリスにレイク。
 一方にムサシ、そして信濃ノギ三等陸尉、彼は制服でやって来ていた。
「いいんじゃないの?」
 口火を切ったのはハロルドだった。
「俺達は作戦に失敗した、って言うか使い捨てのコマ?、次の仕事では確実に安く叩かれるぜ?、なのに高額で雇ってくれるっつってるんだ、悪くは無いんじゃないの?」
 なぁ?、とフェリスに振った、敢えて彼女に振ったのだ。
 レイクとパイロンはムサシに対して、余り好い感情を抱いていないようだったから。
「あたしは……」
「答える必要は無い」
「レイク」
「フェリス、黙ってろ」
 ハロルドは呆れた、想像ではあるが、レイクとフェリスの関係は察していた。
「レイク、フェリスはもう大人だ、十六歳の」
 ピクリと反応したのはムサシであったが、誰も気付かない程度だった。
「過保護過ぎるぜ?」
「うるさい」
「第一、良い話しじゃないか、専属契約で期間無期限ってのは気に食わないけど、年間百万ドル、作戦成功報酬は別途ボーナスで支給、安全な居住施設も提供してくれるっつってるんだから、フェリスを普通に暮らさせてやれよ」
 ギロリと血走った目を向けた。
「安全ってのはなんだ?」
「はん?」
「安全の基準は?、隣人がフェリスを見て喚かない保証があるのか?、傷つけないとどうして約束出来る」
「そりゃ……」
 困ったな、とムサシを見やる。
 勤務地が第三新東京市なのは別にどうということもないのだが。
「お前って被害妄想強いのな」
 ハロルドは大袈裟に項垂れてから声を上げた。
「それってさ、エゴじゃないか、エゴ!、お前のエゴでフェリスの平均的な青春の喜びって奴を奪うんじゃないっての!、なぁ?」
 フェリスは居竦んだ、作戦地によっては明るくはしゃいで通学路を歩む学生達を羨んだこともあったから。
 自分もと重ね合わせて夢見た事もあった、諦めるにはこの申し出は誘惑が強かった。
 そんな常識的な日常を与えてくれると言うのだから。
 その横でムサシは会話を聞きながら、ふざけた事を考えていた。
 髪だの、目だの、それがどうしたと思っていのだ、ムサシの知る女性を上げていくと実にバラエティに飛んでいたから。
 その中で、その程度のことで萎縮している人間はどこにもいない、中傷されることすらないのは?、それどころか、逆に羨望の眼差しを受けている、ならその差は何処にあるのだろうか?
(結局は自信なんだよな)
 マナがそうだったと思い返していた、『あの頃』のマナは自分は生き物ではないと振る舞っていた、でなければ男子と共にシャワーを浴びさせられ、同じトイレを使わされるような生活には堪えられなかっただろう、酷く自分を殺していた。
『自分』から、卑下される対象として存在しようとしてしまっていた、だからストレスの解消先、ぶつけ先として、非常に手頃に感じられたのだ。
 しかし今のマナにそれをしようとする者はいない、皆守ろうとする、何故か?
(一生懸命生きたいって頑張ってるからなんだよな)
 それだけ輝かしく眩しいものを身に付けたから。
 ダイヤの原石であったと思う、それをあの泥山の中から見つけたのは自分だ、磨くのは……、人の手でやられてしまったが、それでも取り返すか、買い戻すことは出来ると信じている。
 代価は単純に金では無くて、傷を付けないと保証出来るだけの『何か』だと考えているのだが。
 その『何か』がわからない今は、まだまだ『ここ』に居るしかない。
 ムサシはぼんやりとレイクを見やった、きっと同じなのだろうと思う、守りたいと思っても力が足りない、ムサシはシンジの助力を乞うた、ハロルドの言う通り、自分が守ってやるんだとの気持ちを押し付けるだけでは、ただのエゴと自己満足になってしまうからだ、本当に幸せにしてやりたいのなら、使えるものはなんでも利用する方が良いに決まっている、大事なのは自分の達成感では無く、対象の未来なのだから。
 自分を重ね合わせられるからこそ、ムサシは他人が信じられないのだろうと想像が付いた、ついでに、自分が守るんだとの気概が強過ぎるのだろうとも。
 だから自分の目が端々まで行き届かない、一般社会のような場所には置きたくない、自分の手が及ばない場所では不安過ぎる、そういうことなのだろうと予想が付いた。
 その発想には共感出来るが……
「レイクよぉ……」
 ハロルドは半ば同情する声で告げた。
「フェリスのためだって言うけどなぁ……、今回は運が好かったんだぜ?、けど次にぶつかった時にはもうお情けなんて掛けてもらえないぜ?、どうするんだよ?、お前はそれでも良いかもしれないけどさ、フェリスまで巻き添えにするのかよ」
 俺が守る、とまでは口にしなかった、ムサシの目を気にしたのだろう。
 実力的に勝てないのは悟っているのだ、そこまで恥知らずではない。
「それに、なぁ、フェリス、人を殺せるか?」
 フェリスへと目を向けると、彼女は俯き、顔を背けていた。
「な?」
 ぐっとなるレイク、その通りである。
 ナイフが使える事と、人を殺せるかどうかは別問題だ、いや、フェリスには獣を狩る事さえ出来ないだろうと判っていた、解体された後の肉は捌けても、生暖かい血肉に触れれば青ざめるだろうということも。
「この連中のバックが誰かはわかってるだろ?、こっちの世界でどれだけ有名人かも知ってるだろ?、生活保証って点じゃこれ以上は無いと思うぜ?」
 どうするよ?、とパイロンに訊ねる。
「お前はさ、契約どうのこうの以前に、そいつがリー家の血筋で、それに仕える形になるのが嫌なんだろ?」
 苦り切った顔になった、図星を差されたからだろう。
 下らないこだわりだとは分かっていても、自分を捨てた血統の人間に、再び拾われるのは堪え難いのだろう。
「けどなぁ、そこのお坊ちゃんだって、捨てられたって点じゃ同じなんだろ?、だったら」
「お前は何故割り切れる?」
 逆に問われて、焦り過ぎたか、とハロルドはミスを悟った。
「俺は……」
「何故そこまでこだわる?、答えろ」
 ムサシを斬り付けるのに使った刀に手をかける。
「待てって!、……わかったよ言うよ、言えばいいんだろ」
 ハロルドは後頭部を掻きつつ自白した。
「さっき会ったんだよ」
「誰にだ」
「ホワイトテイル」
 ギシリと固まった。
「な、に?」
「ホワイトテイル、いやもう驚いたね、もう何年にもなるってのに全然変わってない、直接交渉されたらそりゃ光栄ってもんでしょうが」
 ムサシが訊ねた。
「ホワイトテイルと面識が?」
「ああ、十年くらい前かね、旧ロシア連邦の廃ビルに誘い込んで生き埋めにした事があるんだよ」
 これにはノギもぎょっとしたようだ。
「なんで生きてるんだ……」
「あっちの言うことにゃ、『あたしを罠に追い込んだ力を評価して生かしておいてやったんだ』とさ、殺すには惜しいからって、冗談じゃないぜ?、十階建のビルの倒壊に巻き込まれて、コンクリも溶けるような火災の中から、平然とした顔をして出て来るんだからな、俺はあんなのと二度とやりたくないね」
 ぶるりと震え上がる。
 蒼白になったのは決して演技などでは無かっただろう、そこにバタンと扉が開いて、一同は反射的に身構えた。
「ごっはんだっよーん、ってなに?」
 巨大な盆皿に空揚げだのサラダだのと、酒の摘まみばかりをのっけて手に持ち、足でワインだのグラスだのを乗せたカートを押して来たのは……
 レイだった。


「はっきり言って、そんなにたくさんのことがあったわけじゃないんだよね」
 同じデパートの中にある中華飯店、その奥座敷。
 ここを選んだのは、デパートの閉店に関係無く、十時までと店が長く開いているからだった、荷物は無い、全て宅配便で郵送手配済みである。
 向かい合って座っているホリィとシンジ、円卓には二人で食べるには少しばかり多い皿が乗せられていた。
「僕が預けられたのは父さんの親戚の家だったんだ、けど父さんって人付き合いが苦手だったんだよね、それで結構、嫌われてたんだ」
「お母さんは?」
「事故で死んだ」
「そう……」
「エヴァとの接触実験でね」
「……え?」
「僕の目の前で失敗して死んじゃったよ、って言っても、ショックのせいか忘れてて、思い出したのはレイとカヲル君が迎えに来てくれた時だったんだけど」
 シューマイを頬張り、お茶で流し込む。
「んっ、エヴァンゲリオン初号機、あれは母さんの遺産なんだ」
 信じられない、とホリィは驚いた。
「じゃあっ、シンのお母さんが死んだのって!」
「そうだよ?、それもね、初号機に取り込まれて消えちゃったんだ」
 ホリィはむせた。
「そ、んな!」
 理解できないと声を荒げる。
「お母さんが事故で取り込まれた機体に乗っているの!?、どうして……」
「どうしてって……」
「だって!、怖くないの?」
 シンジはきょとんと口にした。
「別に?」
「別にって……」
「だって母さんが居るんだよ?、あの中にいるのは母さんなんだ、怖がったりしたら可哀想じゃないか」
 虚脱するホリィにさらに告げた。
「前に言ったよね?、A10神経で接続するって、エヴァの何と接続するんだろうって……、心、なんて曖昧なものじゃないんだよ、初号機には母さんが取り込まれた、初号機は母さんの形質を遺伝子に取り込んでいるんだ、つまり、初号機の何割かの遺伝子は僕と合致するんだよ」
「だから……、なの?、あなたがサードチルドレンなのは」
「そうだよ?、僕だけじゃない、アスカもだ、アスカのお母さんも弐号機に取り込まれてる、違うのは零号機くらいかな?」
「ゼロ……、レイ?」
「そう、遺伝子って言ったでしょ?、零号機は初号機や弐号機のテストタイプとして何十機と製造されてるんだ、零号機で得たノウハウから初号機と弐号機が作られた、その二機の接触実験で起こった取り込みと遺伝子融合って結果からシンクロシステムが発見された、つまりね、零号機はそれを逆応用して、再生産されたんだよ、もし、肉親を取り込ませる事で遺伝子が合致する子供に操作が可能になるなら、神経の接続は正にハーモニクスの名が示す通りに、同化現象によって操っていると言う事になる、なら」
 瞬間、目に暗いものが宿される。
「パイロット当人の遺伝子を融合させたなら?」
「!?」
「零号機にインストールされたのはね、綾波のクローンなのさ」
 ホリィは自分が震えているのを感じた、許せない?、恐ろしい?
 違うと感じた。
 それを平然と話すシンジが信じられなかったからだ。
「そこまで知っていて、何故乗れるの?」
「違うよ、知っているから僕が乗るのさ」
「?」
「親が事故って死んだ車を、遺品だからって大事に乗り続ける人だっているんだし、似たようなものだよ、僕にとってはね、それに……、納得出来ない事もあってね」
 お茶を注ぐ。
「母さんが死んだすぐ後のことだよ、父さんが母さんを実験台にして殺したなんて噂が広まったのさ」
 ズズッとすする。
「いくらネルフになる前のゲヒルンだったからって、ジオフロントでのエヴァの実験なんて、絶対表には漏れない情報だったはずだよ?、それなのに親戚に預けられた僕の周りではみんなが知ってた、良く苛められたよ、あの子のお父さんはってね」
 それは以前、アスカに話した事柄ではあったが……
「結局……、先生、叔父さんと叔母さんだったんだ、情報源は」
 シンジは溜め息を吐いた、酷く、気怠げに。
「エヴァとか、ジオフロントとか、機密がどうとかとかあったから僕も勘違いしてたけど……、本当は酷く無神経なだけの、単純な話だったんだ」
「シン?」
「……父さんは、さ、親戚中から疎まれてたんだ、人付き合いが苦手だったから、そんな人の子供なんて邪魔なだけでしょ?、それでね、色々と愚痴ってたんだよ」
 ああ、とホリィは、どこかでジュンを思い浮かべた。
「そう……、それで」
「うん、多分それを聞かされた人達が、井戸端会議で広げていったんだな、で、その子供の耳に入って、ってね?、広まっていった……、それだけだったんだよ」
 だから、と。
「父さんに捨てられたことは悲しかったけど、恨んではいないんだ」
 寂しげに、置いたコップの縁を指でなぞった。
「先生は僕のためにって庭に勉強部屋を作ってくれた、プレハブ小屋のね?、それで隔離されたんだけど、そのおかげでいいこともあったんだ」
「いいこと?」
「うん、……好きな時に、レイやカヲル君と遊べたから」
 嫉妬させるに十分な微笑をシンジは浮かべる。
「最初はね、夕方だけだったんだけど、その内二人に連れられて遠くに出かけるようになったんだ、一日二日帰らない事なんてざらになった、先生達はどうしたんだって怒るんだけど、うるさいって言い返したら不良になったとかなんとか騒いで……、面白かったな、その内悪い子だって評判になって、みんなが攻撃して来るようになった、だからやり返した、でもやり返したらもっと酷いことされたんだ、だから」
 凄惨なものにホリィはぞくりとした。
「殺した」
 思い出す、忘れ掛けていた、アメリカでのシンジを。
「一人殺したら、もっと殺さなくちゃいけなくなったんだ、その内目をかけてくれる人が出て来た、殺し方を教わってく内にどんどん強くなったよ、けど止まれなくなってたんだと思う、止まるとまた苛められるって、怖かったから」
 翳が消えた。
「それを止めてくれたのが老師だったんだ、ほら、ホーリィ達が顧問って呼んでた」
「顧問が?」
「そう……」
 ──逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃ……
「それから『こっち』でひと月くらい、老師に連れられて『仙界』に篭ってた、桃源郷って言った方がわかりやすいかな?、時間の流れがこっちよりも早いところだった、こっちでのひと月は、向こうで一年くらいに相当したよ、とにかく自分を自制できるようにって叩き込まれた、でも僕は未だに大きく構えてるなんてこと出来ないでいる」
 あ、とホリィは気が付いた、だからなのかと。
 妙にみんなで、シンジの『鞘』となって、『刃』を収めさせようとするのはと。
 その筆頭、最も効果的な『手段』として自分は選ばれたのかと。
「センドォについては講義を受けたことはあるけど……、センニンが住む世界、実在するの?」
「……実在なのかな?」
 シンジはふうむと悩んで見せた。
「例えばだけど……、時間の流れは一定じゃないよね?、高所……、山の頂上と、平地と、深海とでは重力の大きさに影響されて時間の速さが変わるんだ、原子とその周りを回る電子の距離は重力によって変化するでしょ?、一周を一秒とすれば当然のことだよね?、同じ期間、それぞれの場所に置いておいた時計がずれていたっていうのが、有名な実験で確認されてる、仙界にも同じ現象が起こってたのかもね、何らかの力で創られた、架空の世界のはずだから」
「アタリはつく?」
「……細胞は、くっつき合うよね?、水の表面張力と同じで、結合し合う性質を持ってる、これが質量体が持っている存在力場、物質に対する重力の集中なんかに関係してるんだけど、気とか、大きな力を扱えるようになればより大きなものを自分の周りに密集させられるんじゃないかな?、世界ですらもそうやって創造出来るのかもしれない」
「それが、仙界?」
「想像だけどね、もちろん一人で作れるものには限度があるけど、仙人って言っても沢山居るんだし、そう言う人達が共同で作ったものかもしれないよ?、そして一度作られた世界はそれこそ表面張力でくっつき合ったままになるから、今でも存在を維持し続けていられるのかも」
 呆れた口調で。
「シンは……、そこで学んで来たのね、様々な事を」
「羨ましい?」
「少し……」
「けど人間が学んどけばいいことなんてたかが知れてるよ、考え方とか、解釈とか、調べ方とか……、どうやったって知識全部を頭の中に収めるなんてことは物理的に不可能なんだから、けどホーリィはそういうの、もう知ってるじゃないか」
「それでも……」
 ホーリィが感じているのは自分の立場だった。
 アメリカからこちらへ来たものの、確かにシンジの傍に居られれば落ち着くものの。
 それ以上足りえていない、もう一つ、気がかりな事もある。
 ──ジュンのことだ。
 再会した時に落胆されるようでは意味が無いのだ。
 シンジに着いて来たのは、決して愛し合いたいと思ったから、それだけではないのだから、その上、愛し合えているかどうかも怪しいとなれば焦りもしよう。
「ホーリィ?」
 思わず、はい、と答えたのは、とても落ち着いた声を掛けられたからだった。
「いい?、そういったことはアスカが教えてくれてる、僕がホーリィに伝えてるのはまた別のものだし、他にもホーリィは軍人じゃない、普通の女の子の感覚も取り戻さなくちゃいけない、違う?」
「感覚?」
「そうだよ?、偏った知識、思想、感覚は誤った道を歩ませる、アメリカのみんながそうだったでしょ?」
「ええ……」
「ホーリィが成したいことはわかるつもりだよ?、アメリカをくり返したくないんでしょ?、『あの子』を納得させるだけの説得力を持ちたいから、何かを任せてもらえるくらいにはなりたいと焦ってる、けどね、それも自分に何が必要なのか、それを嗅ぎ分ける嗅覚を身に付けてからでなくちゃ、でないとあれもこれもって手を伸ばして、中途半端になっちゃうだけだよ」
 ホリィは色々と迷ったが、結局、そうねと、返答した。
「中途半端では……、頼りないものね」
「うん、けどね、幸い僕達は大勢で暮らしてる、それぞれに性格が多様だし、個性にも溢れてる、一緒に暮らしてるだけでも学べるものがあるはずだ、技術だって一流だから、教えて欲しいって頼めばみんな手を貸してくれるよ、みんなが君に望んでるものが、ホーリィの夢や、希望にとって邪魔ならそれは考えた方がいいけど、焦るよりもまず、こっちの環境に慣れようよ、せめて街を一人で歩けるようにならなくちゃね?」
 シンジのイタズラっぽいウィンクは、ホリィを十分に赤面させた。


「くっだらねー」
 がつがつと骨付きの鶏肉空揚げを齧ってしゃぶる。
「やったら時間掛かってるし、金額とかでもめてんのかと思ったら、まだそんなことでごねてたの?」
 そんなレイにフェリスは呆気に取られながらも見とれていた。
 青い髪、赤い瞳と異形の容姿であるのに、それでいて全く気にしていないその態度。
 フェリスはちらりとレイクを見て、少し脅えた顔をした。
 レイに対して、見慣れた目つきをしていたからだ、異分子を嫌悪する顔を。
 それはこれまで多くの場所で向けられて来たために、嫌な記憶として残っていた。
 自然と顔を背けてしまい、ムサシを見つける。
「だっから言ったんだよ、リー家なんて話し出さない方が良いってさ」
 ばっかとレイ。
「後でややこしくなるだけでしょうが」
 ぽいっと投げられた骨を指で弾き返す。
 それは最終的に、レイの使っていない小皿へと落ちた。
 部屋の中にはレイが作ったものらしい料理の数々が所狭しと並べられている、フェリスも十分に舌鼓を打っていた。
 ただし、レイクの機嫌が悪くなってしまうので、心の内に称賛は押し止めていたが。
「そーれーに、ムサシちゃんはマナちゃんがいなくて寂しいだけでしょうが」
「悪いかよ」
「少しは大人になりなさぁい?」
 これが世界で最も恐れられている人間の内の一人なのかと監察する、いや、見ているのはフェリスだけではなく……
「変わったよなぁ」
 感嘆するハロルドに小首を傾げる。
「なに?」
「ああ……、昔はもっと……、こう、猫っぽくてさ、目の前にある玩具を追いかけ回してたんだよな」
『玩具』を具体的に示すと、食事が取れなくなるだろう。
「最初はさ、俺達と同じだと思ってたんだよ、ナイフを扱うのが楽しいだろ?、フェリス、同じように俺はビルを爆破するのが楽しい、なわとびを跳ぶのと同じレベルでただ楽しんでいるだけの、面白いって感じてるだけの奴なんだって思ってた、だから囮を使ってあのビルへと誘い込んだんだ……」
 遠い目をする。
「ホワイトテイルの名前の通りだったよ、猫と同じで、鼠を放ったら周りなんて見ないで追いかけ回してた、これでいいのか?、ってくらいに簡単にビルに誘い込めたよ」
 ぼんっと爆発を手で演出する。
「ところがこの通りぴんぴんしてやがる」
「綾波?」
「いやん」
 レイは照れ恥じらった。
「いや、さ、あの頃は別に目的なんて無かったし……、面白かったんだもん、みんなで『かまって』くれるから」
 ハロルドは大きく項垂れた。
「そういう意味じゃ、あんたもプロではあったんだよな、楽しむための『ルール』ってもんを守ってたんだから」
「そ、だから負けを認めてあげて、ハロルドちゃんとはさよならしたの、また遊びましょうってね」
 またってとハロルド。
「……爆破前の、囮を追いかけてる時のあんたは『無邪気』だった、けどビルから出て来た時のあんたは『恐ろしかった』よ、そうだなぁ、人間を通り越して悪魔になった、そう感じたさ」
 そりゃそうでしょ、とレイ。
「それまであたしには、人間なんてちょうちょとかお魚と同じだったもん、動いてるものに我慢できなくてじゃれ付いてただけ、でもハロルドちゃんにやられてから、人間ってそれなりに面白い遊び友達だってわかったから、見る目を変えたの」
 げっとハロルド。
「俺のせい?」
「そうよぉん?、だから自慢していいんじゃない?、ハロルドちゃんは唯一ホワイトテイルに黒星付けたテロリストなんだから」
 感心したのはノギである、彼は内心でびくびくとしていたのだ。
 シンジはまだ良い、糸を使うなど、その凶行には何処か理解出来るものがある、しかし目の前でがっついているこの少女は別格だった。
 メゾン一刻から車で第二東京へ、そこにレイから許可の連絡を受けてこちらにヘリで急行したのだ。
 なのに、彼女はもうここにいる、どうやって?
 実はここ、日本海沖にあるとある小島だった、対馬と言う、以前は日本の領海にあったのだが、現在では日本国土の水没によって何処の国のものでもない島となってしまっていた。
 二十一世紀の始めには朝鮮との争奪戦が繰り広げられているのだが、現在は国連の管理下に置かれている。
 どうして、どうやってレイがヘリよりも早く到着したのか?
 そのマジックもまた、驚異である。
 ノギは会話に割り込んだ。
「とにかく、君は協力してくれるわけだな」
 ハロルドは肩をすくめた。
「あんたにじゃない」
 わかってる、とノギ。
「俺達がやろうとしていることはホワイトテイル……、綾波嬢を含めた全員での『共同計画』なんだよ、けどまだ参加者が足りない、これじゃあシンジ君が乗ってくれるかどうか微妙だからな」
「シンジ?」
 疑問符はハロルドのものだった。
「シンジって誰だ?」
「『彼』のことだよ」
 ああ、と了解する。
「シンジって言うのか……」
「いつまでもブラックなんとかじゃ話しづらいだろ?」
「それはあたしもじゃない?」
 にこりとレイ。
「レイ、綾波、あるいはイエルと呼ぶように」
「イエル?、アナグラムか?」
「ううん、『リバース』」
 意味不明な事を意味深に告げる。
「とにかくねぇ、信濃のおっちゃん達は主義とか主張を持って、あたし達に話を持ち掛けて来たわけ、あたしは面白そうだって思ったから協力してるの」
「しかし理想や理念、夢を掲げるには旗頭が必要だ、彼になってもらおうと言うのが俺達の計画なんだが?」
 レイに確認を求める。
「どうかな?」
「シンちゃんはそういうの気にしてないからねぇ、勝手にすればって感じ?」
 それで十分、と頷いた。
「シンジ君をトップに、その左右にホワイトテイルとシルバーフォックスが就く、そしてムサシ君達が居て、俺達が居る、まだ軍団を形成するには数が足りない、どのような部署を作成し、配置するかは」
「ちょっと待った」
 ハロルドは慌てた。
「聞いてると、妙にでかい話しに聞こえるんだけどな?」
「当然だ」
 信濃ノギ三等陸尉はニヤリと笑った。
「俺達が目指しているのは、国家転覆なんだからな」
 正に絶句。
 あるいは二の句が継げなかったのかもしれない。
「ちょっと待てよ……」
 おいおい、と喘いでハロルドは顔を手で被った。
 何度も撫でさすり、それから指の間を開いてノギを見た。
 真剣過ぎる強面に声を震わす。
「マジ、ってぇか、本気で?」
「ああ」
 ノギは大真面目に頷いた。
「セカンドインパクト以降、何処の国も自国のことで手いっぱいだ、いや、自国と言いつつ国の存続で精一杯だ、国民のことも考えていない、違うか?」
 だからどうした、それが全体意見のようだったが……
「それが投げやりさを生んで、軍隊や憲兵は国民を、国民は隣人を、家族は子を蔑んでいる、重税を課し、応えられぬ者は切り捨てていく、そうして国に捨てられた難民が居る、国を見限った人間が居る、なら、その者達で国を手に入れるというのは、面白いとは思わないか?」
「夢のような事を」
「夢を見てはいけないか、パイロン?、現実を見て、失敗のない選択肢を選び、適当に流されていく生き方にお前は迎合出来るのか?」
 返事の代わりに、パイロンの顔には険しさが刻まれた。
「成否は関係無いんだよ、失敗すれば殺されるさ、それだけの覚悟はある、……それでも己の中にあるものを燃やすことなく朽ちていくのは堪えられない、違うか?」
 そこにあるのは焦りかもしれない。
「やらなければ残るのは後悔だけだ、燃え残ったまま終わる賢い生き方に未練があるならそうすればいい、だが俺達……、俺には出来ないんだよ」
 苦笑する。
「俺達セカンドインパクト以前の世代はそうして育ったんだ、失敗のない、小利口な選択だけを迫られた、その上で将来の夢だの、理想だのを語らされた……、この矛盾がどれだけ俺達を荒ませたかわかるか?、やりたいことはある、やってみたいことはあるのに、失敗するとわかっていることはやるんじゃないと言い諭された、限界に挑戦出来ないでくすぶりつづけるしかなかったんだよ、俺達は生きながら腐らされたんだ」
 ノギは愚痴に過ぎないな、と自嘲した。
「過ちのない人生なんて要らないんだ、わかってて失敗する事も必要なんだよ、だがそれを許容してやれる健全な社会は今世紀に至るまで確立された試しが無い、成功だけを求めて効率を追及するのなら、人格なんていらないんだよ、違うか?」
 正しくは人間性、だろう。
「その結果が前世紀後半の未成熟な精神社会だった、消化不良を起こした人間はそのはけ口だけを求めて生きた、自分勝手に、身勝手にな」
「だから、社会を根底から作り直そうというのか?」
「そうだ」
 言い切った。
「それぞれにそれぞれの夢がある、理想がある、しかしそれを実現させるためには現状の破壊が不可欠だ、だからこそ俺達は同盟を組んだ、恥ずかしげも無く理想を押し付け合える土壌を手に入れる、そのためにな」
 丁度いい旗頭も見つかったからな、とこれはレイを見て言った。
「ここに居る人間は、多少の違いはあれど世間に対して拗ねている、違うか?」
「……」
「なら復讐のために蜂起しろ、俺達に荷担すれば憂さ晴らしにはなるぞ」
 口を挟んだのはレイだった。
「小難しいことはいいんじゃない?」
 ようやく満腹したのか、レイは手のひらで口を拭い、そこに付いた脂をぺろぺろと舐めた。
「やりたい事がある連中が集まって、サークルの『ノリ』で勢いでやっちゃおうってだけなんだから、パイロン、だっけ?、どっちみち暗殺者としては終わってるんだから好きにすれば?」
「なんだと?」
「さっきも失敗してなかったっけ?」
 見ていたのか、と驚愕する。
 何処に居たのか?、全く気配を感じなかったからだ。
「上には上が居るってね」
 それとも、と余計な事を言い出した。
「もう一回やって見る?、真っ正面から」
 ゲッと呻いたのは、いやらしい視線に曝されてしまったムサシであった。


 ブンと刃が空を切る。
 館中央の空き地に一同は場所を移すこととなった、他に適当な場所がなかったからである。
 もう時間が時間だけに日は沈んで星が瞬いている、このような土地だからか、やけに空気は澄んでいて満天に輝いていた。
 パイロンが手にしているのは青竜刀だった、馴染みが深いらしく、扱いが上手い。
 手入れがよく行き届いており、月光に冷たい輝きを放っている、柄には赤い房が付いていた。
 一方、ムサシは無手だった、武器を使わずに片付けるつもり……、ではなかったのだが。
「綾波ぃ」
「だめだよぉん」
 ぼりぼりとチップスの袋から鷲づかみにして口に放り込み、噛み砕きながら。
「弟子なら言うこと聞く!、三手以上使ったらマナに」
 ば・ら・す・か・ん・ね、と。
 一生それで脅されるのではないかと脅えるムサシだ。
「せめてさぁ、三手ってのはないんじゃ……」
「んじゃぼちぼち行って見ようかぁ?」
 レイの合図に、まだ背を向けていたムサシにパイロンは斬り掛かった、上段から股関節まで寸断するほどの斬撃だった。
 しかし、空振った。
 気配を見失って焦り探す、こつんと額に小石を当てられ、驚愕する。
 ムサシは真正面、数歩先に居た、右手の親指が何かを弾いた形になっていた、先の小石だろう。
 問題は、そんなことではなかった、正面にいるのだ、つまり真っ直ぐ歩いただけだということなのだ。
 なのに、見失ってしまった。
 何故か?
「隠形術の応用、気配を断つのは基本だよぉん、ちなみに一手ね」
 おいっとムサシは喚き散らした。
「これも数に入るのかよ!?」
「とうぜぇん」
 崩れた!、そう読んでパイロンは膝を狙って横に払った、人間は構造上、どう動こうとしても膝と足首が基軸になる、この二つでバランスを取るのだ、それ故に『逃げ遅れる』箇所でもある。
 しかし。
 ──ブゥン!
 奇妙な音と共に刃が重くなり、『取り落として』しまった、背中にも荷重を掛けられ、体ごと地面に叩きつけられる。
「ぐふっ!」
 何が起こったのか分からなかっただろう、端からもだ、ムサシが手首を返して払った、それだけだったのにパイロンは叩き伏せられているのだから。
 一歩だけ下がり、苦痛に呻いているパイロンを警戒するムサシ、彼がパイロンに叩きつけたのは、圧力を掛けた空気の玉であった、指の一本一本で大気を絡め取り、固めて叩きつけたのだ。
 それはシンジが『三石』の銃弾を弾くために作製したものと同じであり、突き詰めればプラズマを生成するための電離層を生み出す気圧操作の基盤となっている技でもあった。
 ──空圧拳と言う。
 驚愕とはこのことだろう。
 誰もが何が起こったのか理解しえなかった、しかし一人だけ、端的に告げた者が居た。
「あと一手」
 レイ=イエルである。
「駄目か」
 ムサシはパイロンが起き上がるのを待った、うっ、げっと苦痛に呻くパイロン、涎を垂らしつつ立ち上がる、その四肢は力が入らず震えていた、瞳孔も開いてしまっている。
 どっと汗が吹き出していた、理解しえない現状に心が悲鳴を上げているようだ。
「もう一手しかないんだ」
 しかし肝を冷やしているのはムサシも同じであった、普通なら先の一撃で昏倒してしまっているはずなのだ、それだけの『圧力』を掛けたのだから、なのにパイロンは立ち上がろうとしている、舌打ちしたい気分だった。
 後一手で倒さなければ、レイに告げ口されてしまう、パイロンなどムサシにとってはその程度の存在だった、ある意味必死なのだ、マナに嫌われるのは死活問題であるのだから。
 しかしパイロンにはマナのことなどわからなかったに違いない、ムサシの形相を見て、力尽きたように崩れ落ちた。
 どさりと、そのまま白目を剥いて倒れ伏す。
 これ以上をやればそれこそ再起不能にされてしまう、体をではない、心をだ。
 この世には絶対に届かない存在があるのだと思い知らされてしまう、心をへし折られることは、傷つけられる以上の恐怖である。
 彼は最悪を避けるために逃避していった。
「逃げた、か」
 レイはつまらなさそうに呟いた。
「自衛隊と同じで根性の無い……」
「耳の痛いお話です」
「だったらマナちゃん、デートに誘ったげなさいって、喜ぶよん?」
「綾波!」
 はいはい、と手を振ってやり過ごす。
「今は時じゃないから、見つかるようなヘマは出来ないってのはわかってるけどね、だからこそ、急がないと肝心な所でマナちゃんを見捨てなくちゃなんなくなっちゃうよ?、大義のためにマナちゃんを切り捨てるってんなら、それは戦自と同じだかんね?」
 ノギは心得て下ります、と背筋を伸ばし、胸ポケットからディスクを取り出した。
「これを」
「なに?」
「大奈義一佐からであります、……以前、シンジ君にお話しした私設軍隊創設案の第一次案だそうで」
 ふ、ん?、っとレイ。
「楽しい遊びになるといいんだけど」
 言いつつも、彼女はムサシに見取れているフェリスに対して、ふうんとぱくりとディスクを咥えた。



続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。