一人部屋のベッドにごろんと寝転がっている人物が居た。
相田ケンスケである。
六畳間の壁際にパイプベッドが置かれ、窓側にはパソコンラックが組まれていた、あとAV関係のラックが積まれている。
他の一面は棚だった、ディスク、カメラ、本、エアガンと非常に雑多だ、しかし棚だけには収まり切らないからか、それらは足場をも埋めつくして広がっていた。
彼はエアガンの一つ、フルオートライフルを持つと、気怠く天井に銃口を向けた。
「だ、だ、だ、だ、だぁ〜ん……」
沈黙、電灯さえ点けていない、外は雨だ、とても暗い。
虚しさからぱたんと銃ごと腕を倒す。
「はぁ……」
その銃は……、他の物もだが、どれも自慢の一品で、かなりの威力を誇っていた。
──しかし。
バッサリと斬り付けられてしまった、渚カヲルに。
この銃があれば、カッコ良く守れたと思う、本当に?、所詮は玩具だ、それだけのものだ。
では本物の銃があったならどうだっただろうか?、守れた?、引き金を引く勇気はあったか?
想像の中では何とでも、だが現実には自分はただの『オタク』だ。
「ネルフ……、エヴァ、チルドレン、か……」
反面、どうしても納得出来ないものがあった。
あまりにも素晴らしく正論で封じられてしまったからかも知れない。
──碇シンジ。
どうしてなのか?
カヲルに諭された話しの中で、そこだけが妙に浮いていた。
NeonGenesisEvangelion act.24
『行動原理は浅ましく』
「良く降るねぇ」
「うん……」
学校、自席にてぼんやりと外を眺めているシンジが居る。
その机に腰かけてカヲルもまた暇を潰していた、ふと、シンジが気配を探っているのに気が付く。
「どうしたんだい?」
「ん……、なんだか見られてる気がして」
首の裏を掻く、視線が気になるのだろう。
カヲルは声を小さくして訊ねた。
「相田君かい?」
首を傾げる。
「なのかなぁ?」
「うん、妙に意識しているみたいだからねぇ」
おかしそうに笑うカヲルに問いかける。
「何か知ってるの?」
「まあ、ね……、でも君が気にする事じゃないさ」
そうなのかなぁ?、とまた首を捻る。
カヲルはそんなシンジに苦笑しながら、瞳だけを動かし、鬱に入っているケンスケを見やった。
何を考えているのかと想像し、吹き出しそうになるのを堪える。
ふと、シンジが見上げているのに気が付いた。
「なんだい?」
「……楽しそうだね」
「そうかい?」
ふうっと溜め息を吐くシンジだ。
「……このごろ落ち着かないんだよね、ホーリィも何か焦ってるし、アスカも暇を持て余してるし、レイはどっかに行ったまま帰って来ないし」
「綾波さんがいるだろう?」
揃って隣の席を見やると。
──すぅううう……
図書室で借りて来たらしいちょうど好い『枕』を使って安眠中だった。
「この頃良く寝てるよね」
「寝る子は育つというからねぇ」
「……何の話し?」
「何処の、と聞くべきだよ」
くくくと笑うカヲルに、また何か吹き込んだな、とジト目を向ける。
「ろくなことしないんだから」
「暇なのは僕も同じだからね」
カヲルは言う。
「レイが新しい遊びの準備を始めてる、ゆっくりできるのは今だけだよ」
今日もフォログラフィにて集う老人達が居た。
中には若い男も居るのだが、それが真実の姿なのかどうか確かめる術は無い、が、彼らにとっては、そこに集うための端末を持っている事こそが、何にも勝る身分の証明なのだから、確かめる必要性など無いのだろう。
「証拠には足りんな」
長が放り出したのは、ゲンドウがリツコより提出されたのと同じ、シンジの不可解な技に関する調査資料であった。
「異能ではあるが、超常ではない、階梯の途にあるか、あるいは異分子であるのか……」
一同は末席に着いているゲンドウへと目を向けた。
「どう思うね、碇君」
ゲンドウはいつものように手で顔を隠していたが、僅かに上げて、睨むように見返した。
その眼光の鋭さに、いつもは揶揄する面々も黙り込む。
「……時計の針は、止めることは出来ずとも、進めることは出来ます」
少々驚いたようだった。
「放置すると言うのかね?」
「はい、使える内は利用しますが、もし『そう』であるのなら、不用意な圧力は我らの破滅を招きましょう」
「些か消極的に過ぎる嫌いがあるようだが?」
「我々には『運命』に干渉するだけの術は在りません」
ですが、と続ける。
「抗う事は出来ます、『階梯』を上り、次なる種へと進化するものは一つのみ、これは絶対の『確約』です、人類補完計画、それは人工的に運命を手繰り寄せるための手段ではありませんでしたか?、来たるべきパラダイムシフトを我らが身へと導くための……、手段、経過、最終的な到達点は違えど、要はどちらが先にレールを敷いてしまうか、それだけが重要なのではありませんか?」
ううむと唸りが上げられた。
一理ある、と委員長へと目が向けられる。
碇シンジ、その正体がどうであれ、自然発生した特異対象であるのなら、類人猿が人類へと階梯を登ったように、彼が次世代の人間として定着するにはまだ間があるだろう。
なれば、先んじてしまえば良いだけのことである、と……
「サードが運命の鍵を託されし存在ならば、焦るべきではありません、干渉は不利益となって我らの身へと返りましょう、全ての運はサードを優位へと導くのですから」
「その流れに逆らわず……」
「時を待つか」
「他にも懸案事項が」
ぬ?、と予想外であったのか、興味を持った。
「手元をご覧ください」
表示されるデータ。
それは渚カヲルのものだった。
「フィフスチルドレン?」
「ナギサか……」
それだけで了解して見せた一同に念を押す。
「アダム再生計画……、通称『E計画』、我々以外にも行っている組織が存在する、この処理を委員会にお願いしたい」
長が顔を上げた、珍しいと思ったのだろう、頼るなど。
「……何分にも、サード、フィフスと、セカンド、ファーストにもですが、悟られるわけにはまいりませんので」
わかった、と了解する。
「それはこちらで処理しよう、しかし碇」
眼光鋭く。
「フォースはどうした?」
「……欠番となっております」
「……」
−ネルフ本部、正面ゲート−
「どうしたんだい?、シンジ君」
「ん、あれなんだけどさ」
シンジが見ているのは、ゲートの手前の通路、奥にある非常用のハッチであった。
「あれってさ、普段は開かないんだよね?」
「そうだね、ロックされているからね」
「で、電源が落ちたら手動で開くようになる?」
「まあそうなるね」
「電源を落とすには?」
「本部の発電施設に細工するか、その辺の壁の中の配線を切断するか、どちらかだね」
なるほど、とゲートをくぐる。
貰ったカードはあったのだが、シンジはわざとカヲルの背に張り付いて通過した。
背後でゲートの扉が閉まっていく。
なんらの注意も、反応も無い。
「何をやってるんだい?」
「……随分いい加減なチェックなんだなって思って」
「人出不足なんだろうねぇ、何しろエヴァのケージはネルフ本部でも下層に位置していたからね、その直上施設全部が初会戦で崩壊したわけだから」
「……責めてるの?」
「そう聞こえるのは、君が非を感じてる証拠さ」
下らない会話を交わしつつ、エスカレーターに乗り込む。
まるでそれを追うように、閉じられたばかりのゲートシャッターが再び開いた。
入って来たのはシンジ達と同じ年頃の少年であったが……、しかし二人は気付かずに下りていく、あるいは知っていて見ぬ振りをしているのか?
「それにしても用事ってなんだろうね?」
「さあ?、色々とあるみたいだからねぇ」
げっそりとして。
「また隠し事?」
「人生は謎が多い方が楽しいらしいよ」
「加持さんじゃあるまいし、で?」
「ん?、ああ、ほら、僕がフィフスとなってるように、シンジ君はサード、アスカちゃんはセカンドに戻されているよ」
「アスカはともかく、僕は」
「ナンバリングはマルドゥクの報告順序に過ぎないよ、それが抹消されることは無いさ」
「あんまり面白くない話だねぇ」
エスカレーターを乗り継いで行く、こうして天井都市を成している装甲板の底へと下りて、そこから宙吊り列車でジオフロントの大地へと向かうわけだが……
「時間ばっかり掛かって、面倒臭いよね」
列車の中、天井部を見上げるシンジだ。
「大分直ったみたいだけど」
「以前と同じとは、芸が無いねぇ」
「作戦の都合上って奴じゃないの?、一応パターンは作成してあったりとか」
「既成の作戦なんて、対使徒戦では役に立たないよ」
「まあそれはそうなんだけどね」
「如何な道にも芸はある、それを極める事が一つの命題であるというのに」
やれやれと。
「ネルフというのは、どこまで中途半端でいけない」
「それは言えてるね」
キラリとカヲルの目が輝きを放った。
「読んだかい?、大奈義さんの」
シンジもまた鋭い目で見返した、ここには『耳』がある、そういった眼光だったのだが、カヲルは唇を動かすだけで大丈夫だと伝えた。
読唇術で読み取り、頷く。
「前から思ってたんだけどさ、どうしてみんな僕を中心に考えるのかな?、確認取りに来るし」
「そういう役割だからさ」
「本当はレイが考えて、カヲル君が実行して、僕はちょろちょろとしてるだけなのに?」
「僕とレイを繋ぐものがシンジ君である以上、それは仕方の無い事だよ、その上でシンジ君には力もあれば人徳もある」
「人徳ねぇ……」
カヲルは困ったような顔をした。
「気に入らないのかい?」
「……大部分が僕じゃない僕のことだからね」
意味深に告げる。
「僕はあくまで僕なのに、みんなは僕じゃない人のことを重ねてる、また僕もそれに引きずられて演じてる、段々僕が判らなくなる」
そんなシンジの頭を、カヲルは脇に抱きかかえた。
「御し切れるかい?」
シンジは自分を落としめるように訴えた。
「……僕にはそれが精一杯だよ」
わかってる、とカヲルは返した。
「君はあくまで君だよ、レイがホリィさんを許してるのは『初めて』君の前にキャストされた存在だからさ、彼女だけが唯一『他の君』とは接点を持たない、君だけの存在なんだよ、もっとたくさん甘えなくちゃいけないよ?」
そうだね、とシンジが曖昧に返すよりも早く、カヲルはシンジから体を離した。
ちょうど到着する電車。
二人はホームに立って、互いに違う方向へ歩もうとした。
「それじゃあ、僕はテストに行って来るよ」
「うん……、僕は父さんに呼ばれてるから」
「先に帰っちゃうのかい?」
「……待ってるよ」
「ありがとう、シンジ君、うれしいよ」
「そんなこと言ってると、またレイにからかわれるよ」
カヲルは言外に、それが面白くてやってるんだけど、と笑って、じゃあねと離れた。
それを見送り、まったくと苦笑する。
「総司令執務室、か」
シンジはどこだっけ?、と首を傾げた、発令所と違って行った事も無く、『思い出せ』もしない。
「しょうがない、どっかその辺の端末で……」
おやっと、先の自動販売機などがあるフロアに人影を見つけた。
「あれって確か」
ネルフのクリーム色の制服にショートカットの髪型。
伊吹マヤであった。
「はぁ……」
何をしているかと言えば、彼女は自販機の前に立ってどれを飲もうかと思案していた。
どれを買っても今ひとつ胃がむかついてしまいそうで、購入を酷く悩んでいるようだった。
幾度も迷った末に、ようやく指先をスポーツドリンクへと落ち着ける、憂鬱の原因ははっきりとしていた。
渚カヲルである。
「こんなんじゃいけないのに」
軽く落ち込んでいるのはどうしてもあの少年の前に出ると、トラウマになっている出来事がぶり返してしまうからだった。
はじめて会った時の。
惨劇。
目の前で人間を解体された、うっぷと吐き戻しそうになって手で口を押さえる、軽い胃炎、いっそ穴が開いて欲しいとさえ願っていた。
そうすればお休みが取れるから。
尊敬している上司の豪胆さが羨ましい、もう折り合いを付けて上手く関係を構築しているようだから。
いっそ無視してしまおうかとも思うのだがそれも出来ないでいた、人が死ぬシーンが脳裏に焼きついてしまっているからだろう、意識してしまってしようが無い。
「……いけない、もうこんな時間」
「動くな」
ドキンとした、心臓が、鼓動が跳ね上がった。
背中に何かを押し付けられた感覚、それに子供の声、男の子だ。
恐る恐る、震えながら、固い顔をして振り返る、きゅっと瞳孔が収縮した。
果たしてそこに居たのは……、やはりシンジで。
彼のにこっとした笑顔を目にして。
「あ……」
発令所でのことを思い出してしまった、かくかくと震えていた膝が止まる。
滲む涙、同時にじんわりと、クリーム色の制服の股間部が黒く変色して行く。
気持ちの悪い温もりが、ぐっしょりと股間から腿を浸していく……
「えっ、ええ!?」
焦るシンジにマヤはぐしっと顔を潰して……
「ふっ、え、うえ、え……、え」
ゆっくりとしゃくりあげて、ぺたんとしゃがみ込み、泣き出した。
「ごめんなさい!」
パンッと両手を合わせて平伏するシンジに対して、彼女は涙声で抗議した。
「冗談っ、って!、ほんとにっ、こわかったんだからぁ……」
ふぇええと泣く、更衣室だ、マヤは肌の上に直接バスタオルを巻き付けている。
ちなみにここまで、素早く誰にも見つからないように運んだのはシンジであった、彼女はまだ正気に戻っていないようだが、果たして我に返った時、自分がどうしてタオル一枚で、髪が濡れているのか?
誰に服を脱がしてもらい、シャワーを浴びせてもらったのか?
また一悶着ある事は間違い無いのだが、それでも現在は逆切れ中である。
……ちなみにシンジが何故総司令執務室の場所は知らないのに、女子職員のロッカールームを熟知していたかは謎である。
「ちょっとした冗談って言うか!、道聞こうと思っただけなんですよ、ほんとに、だってマヤさんなんですよ?、別に何もされてないのに、酷いことするはずないじゃないですか」
「またマヤって!」
「だってリツコさんがそう呼んでたから」
「先輩に馴れ馴れしい!」
だめだこりゃ、とシンジは内心で両手を上げた、上目遣いにうーっと唸る姿は可愛いのだが、だからと言って手に負える状態には無い。
溜め息を吐く、こんな事をしている場合ではない、約束があるし、なによりここは職員用の更衣室だ、いつ人が来るとも限らない。
一応、パネルを操作してロックしてあるとは言え、警備部にでも問い合わせられたら一発で解除されてしまうだろう。
不意にシンジは、脳裏にとある男の顔が浮かんだ、無精髭に尻尾髪、妙に男臭く笑っていた。
『シンジ君、男には勝てないものが二つある、女の子の涙と大海原さ、大海原を前にした時、男は自分の卑小さに気付く、しかし女の子の涙を前にした時、男は狼狽えるしか無いんだよ、シンジ君、女の子は泣かせちゃいけないぞ、だがもし泣かせてしまったなら……、その時は』
瞬間、シンジの雰囲気ががらりと豹変した、まるで誰かが乗り移ったかの様に、馴れ馴れしい顔つきになる。
「マヤさん」
マヤの膝元に片膝を突く。
妙にビックリして、両手でタオルの繋ぎ目を持ち上げるマヤ、しかし直後にはシンジの瞳に呑まれていた。
あ、などと心でどきんとしてしまう。
微妙に潤んだその瞳に、心の中まで覗かれたようで……
−十五分後−
ぽや〜っとした様子でマヤが歩いていくのを見送り、シンジは壁に手を突いてうなだれた。
「またやっちゃったよ……」
はぁっと溜め息。
「カヲル君にもいい加減にしとけって言われてたのになぁ、後でもめるし、でもなぁ」
心の師匠に問いかける。
「加持さん、僕はどうすれば良かったんでしょうか」
まあいいや、と開き直った。
「大丈夫、なんとかなるって、大体なんとかなって来たし、はぁああああ、ホーリィにだけはバレませんように」
思わず本音が出てしまうシンジであった。
開いた扉に顔を上げる二人、ゲンドウと冬月だ、何か話していたのかもしれない、ゲンドウはいつものように身構えた状態を既に作っていた。
「しつれいしまぁす」
まるきり職員室のノリで入室するシンジ。
気後れなど全く備えていないらしい。
「こんにちは父さん、冬月さん」
「ああ、こんにちわ、シンジ君」
「遅かったな」
別段責めている訳ではない、ゲンドウの風貌と雰囲気からそう思われがちだが、これはただの挨拶のようなものなのである。
これを誤解して、学生時代などはよく『機嫌が悪いのだろう』『愛想が無い』と疎まれていたのがゲンドウだが、それさえ知っていれば威圧感もただ身構えているだけなのだと底が知れる。
(わかんないんだろうな)
シンジは隣の冬月を視界に収めて思った、『本物』を知らなければ錯覚もしようと。
「で、用事って何?」
ゲンドウはばさりと分厚い冊子を机に乗せた。
「なにこれ?」
「契約書だ」
「契約書?」
「そうだ」
シンジは歩み寄ると、手に持って重いと顔をしかめた。
「なんでまた今更」
「支払い金額が高額過ぎる、じきに国連の査察も入るからな、目を通しておけ」
「そういうこと……」
ぱらぱらとめくる。
「税金はちゃんとしてるんだよね?」
「ネルフは如何なる国家とも縁を持たん、税金などは無い」
「へぇ?、じゃあ今度からネルフ経由で入金しようかな」
一方で目と目の間を揉みほぐしている冬月が居た、どういう親子かと思ったのかもしれない。
「シンジ君」
「なんですか?」
「君は碇を親と思っているのかね?」
は?、とシンジ。
「そりゃ……、父さんは父さんでしょ?」
「君を捨てたのに?」
「……子供の頃はそれでヒネてたこともありますけどね」
冊子を小脇に抱え、持ち直す。
「父さんが何のために、何をやろうとしてるのか、見せてもらいましたから……、今は別に」
「何を、かね」
「使徒を倒して世界を守るんでしょ?」
ねぇ?、とそれを信じているとも、あるいは知っていて皮肉っているとも取れる微笑をシンジは見せた。
「辛かったことは辛かったけど、父さんと母さんが仲良かった頃は父さんも優しくしてくれてたし……、酷い目に合わされたのは先生達にだから、別に直接父さんを恨んだりしてませんよ」
そうかね、と冬月は安堵した。
「なんで今更、そんなことを?」
「君の個性が掴めなくてね、……信用していいものだか、悩んでいるんだよ」
苦笑する。
「何も無ければ暴れたりしないんですけどね」
「君にはエヴァ以外の仕事も引き受けてもらいたいんだがね」
「僕に?」
「君達のネットワーク、あるいは個々人の能力はネルフにとっても有益だと、そう評価したんだよ」
「まあ、特に嫌だってことはないですけど」
即答は避けた。
「考えさせて下さい」
じゃあ、と行こうとする。
その背中に黙り込んでいたゲンドウが声をかけた。
「シンジ」
「なに?」
「ユイは『そこ』にいるのか?」
シンジは顔をしかめて、ちゃんと父へと体を向けた。
「どう言う意味さ?」
「いや、いい……、今はな」
「そう?」
小首を傾げる。
それ以上は本当に話は無いのだと知って退出する。
冬月はゲンドウに口を開いた。
「彼自身は何も知らないようだな」
「いつでも異常を察知するのは他者だよ、自分自身ではわからないものだ」
「……返事は引き伸ばされてしまったな、できれば何かの仕事を与えて、その力量を計りたかったんだがね」
ゲンドウは無言を通した、どうやらその考えは彼には無いものだったようだ。
冬月の思い付きから出た独断だったらしい。
「一つの次元にて次の階梯を踏みしめる種は一体だけか、神も酷な事を考えるものだ」
その方法は色々なのだろう。
例えば既に別の階梯にあるものと融合する方法、一体となる方法、すなわちエヴァ。
あるいは強制的に誘発する方法、人類補完計画。
そして自然発生的に生まれて来るもの。
碇シンジがどれに当てはまるのか?
未だ知りえているのは、二人だけである。
「シンクロ率、安定します」
「記録開始、計測時間は……」
シンジが『どう』であるのか知っている内の一人は、今はこうしてプラグの中で静かに瞼を閉じていた。
「誤差修正、三十から三十一を推移しています」
「何か不満でもあるの?」
問われて、壁際で腕を組んでいたミサトは溜め息を吐いた。
「ちょっとね、どうしたもんだかと思って」
「まだJA事件、追ってるの?」
言外にやめておきなさいと含ませる。
「諜報部の方で動いてるんでしょ?、作戦課の出る幕じゃないわ」
「でも何かすっきりしないのよ」
顔をしかめる。
「シンジ君に教えてもらえれば早いんだけど」
「やっぱり何か掴んでるの?」
「ええ……」
ミサトは先日、ラウンジで見かけた時のことを語り出した。
「教えられないって、どうして!」
紅茶を口に含みつつ、ジオフロントの景色を楽しんでいたシンジは、ミサトの言い様に苦笑した。
「別に、教えられないとは言ってませんよ?」
「じゃあなんだって……」
「タダじゃ嫌だってことですよ」
シンジはニッコリとして言い放った。
「いいですか?、葛城さんに教えるって事は、僕が『知ってる』って証明にもなっちゃうんですよ、ミサトさんだけじゃなくて、情報元である僕まで殺される事になるかもしれない、なのにほいほいと口に出来ますか」
「……幾ら払えっての」
「何が知りたいのか、何を知りたいのか、ちゃんと纏めて来て下さいよ、ただ教えろって言われても、数百万から数千万って幅が出ちゃうんですから」
払えないなんて言わないでくださいね、と、高額さに喘ぐミサトにまたも微笑む。
「死ぬ気になれば払える額ですよ、逆に払えないって事は、その程度のこだわりしかないってことですよね?、ついでに言えば、その程度のお金を動かせない人が踏み込んでいい世界じゃないですよ、諦めた方が無難です」
聞いて、リツコは苦笑した。
「情報料を寄越せ、ね、あの子らしいわ」
「やりにくいったらないわ、あっちの方が全然プロなんだもん、どうしようもないわ」
軽い調子で切り替える。
「そういえば、今日はマヤちゃんは?」
「来ないのよ」
突き放すようなリツコの声に、それ以上触れないでおこうと心に決めた。
「そ、そう言えば、さ」
適当に話題を切り替える。
「この間の暴走、危なかったって、ホントなの?」
「ええ、取り込まれる寸前だったわ、負荷、コンマ二単位で懸けていって、……起動は正常、安定しているし、これでどうしてATフィールドを展開出来ないのか、ほんとにわからないわ」
リツコは一通りの指示を出して時間を作った。
「代金は覚悟の証明、か」
「あん?、なにそれ」
「好奇心だけで踏み込んではならない領域ってものがあるって話よ、気が付いてからじゃ遅いもの、そう言う意味じゃ、親切なんじゃない?」
「……はい?」
「あなたの性格じゃ、知ったが最後、なんて止まれなくなる可能性があるってこと」
「悪かったわねぇ、不器用で」
「猪突猛進というのよ」
ぐっとなる。
「ふん!」
「けど、タチの悪さじゃ」
「あん?」
「……ネルフも負けてないわ」
かぶりを振る。
「正義の味方を気取って、人を集め、金を集め、裏ではその『善意』を裏切る行為をしている、奇麗事だけで成り立てないのは辛いわね」
ミサトは意外だといわんばかりに目を丸くした。
彼女がそんな風に、自分を省みて憐れむなどとは思わなかったのかもしれない。
リツコは小さく画面に映っているカヲルの顔を眺めていた、その笑みをとても空虚なものであるように感じて、直視出来ない自分を見つけていた。
「やんで来たみたいね」
傘を後ろに倒して手を差し出し、雨の具合を確かめる。
アスカだ、黒いTシャツを着て、草色のズボンをベルトで吊っている、雰囲気が違って見えるのは髪形を変えているからだろう。
前髪は中央へ向かうように、それでいて後ろの髪はばさっと落としていた、その辺りの美容院にでも寄って来たところなのだろう、浅くシャギーが入って、丁寧に整えられている。
どうやら加持の真似をしていた髪形をやめて、新しい雰囲気にしてみたらしい。
その隣にはホリィが居た、黒いTシャツに、下はジーンズ、履いているものはアスカとお揃いのトレッキングブーツだ。
その上で夏用の薄地のロングコートを羽織っていた、色は赤、ビニール製なのか雨を弾いている。
ホリィは妙にぴりぴりとしていた、辺りに気を配って何かを捜してるようだ。
「ほら、そんなに堅くなってたら警戒されるだけよ?」
どんっと肘で突かれてはっとする。
「そうね……、ごめんなさい」
意地悪く笑う。
「謝る必要は無いわ、あんたのミスはそのままあんたが被る事になるんだから、苦労するのも、迷惑するのもアンタでしょ?、だったら思い付く限りのことを全部癖として出来るようになんなくちゃね?」
ええ、と疲れた様子で頷いた。
ホリィが探っているのはアスカをガードしているネルフの保安部員達である、実際に仕掛けることはアスカによって止められていた、勝てないから、と。
ネルフ保安部員と言えども一応はプロである、この手のことに素人である二人には、その裏をかくような真似は出来ない、専門職に対しては分が悪い。
それでもアスカには、いざとなったら、がある、力ずくの争いとなればなんとでも出来よう。
しかしホリィには切り札と呼べるものが何も無い、だから強攻策はアスカによって禁じられていた、その上で、彼らを追っ手に見立てた逃亡訓練を行っていた。
「ほら、この雨の中店にも入らないでもう十五分、そろそろ怪しまれるわよ?」
うっとなる。
「ごめんなさい、少し休んでも良い?」
アスカは時計を確認した。
「……かまわないけど、そうなると今日の秘密練習はこれで終わりね」
「え?」
「今日は浅利と待ち合わせでしょ?、コンピューター関係の扱い方習うって言ってたじゃない」
そうだった、っと空を見上げて、憂鬱な雲行きに溜め息を吐いた。
ネルフ本部が手薄な理由は幾つか存在している、本来はここまで隙はないはずであった。
しかし現状は最悪を示していた、まず人出が単純に足りていない、これは第一次直上会戦によって、大量の人員が損失してしまったからである。
次は質の問題だった、ネルフ本部はその特権を出来うる限り利用して、一級の人員を惜し気も無く強制徴用してきた、そのツケが回って、新たな人材を徴用しようにも、流出を嫌った学会、企業の抵抗にあい、どうしても二流、三流どころしか掻き集められなかったのだ。
そしてMAGIの回線も未だ復旧率は低いままとなっていることが上げられる、実は正面ゲートなどは地上に存在している警備施設のメインコンピューターが代行して管理していた、これはゲヒルン時代に使用されていたもので、MAGIとの回線が不通となっているために、急遽立ち上げ、使用しているのである。
MAGIならば通過する人間の顔をも照合できようが、ゲヒルン時代に使用されていた警備システムにそんなものを求めるのは酷だろう。
入った時と同様に、すんなりと出て来た少年が居た。
重々しい音を立てて上がったゲートをくぐり出たのはケイタであった、胸ポケットに収めたカードはシンジのものだ。
現在この施設は先にも述べたように、MAGIから回線が切れたままになっている箇所が幾つもある。
つまり、今であれば何処にでも『仕掛け』を設置することは可能なのだ。
さてとと軽い調子で歩き去る、後はネルフの修復を待つだけだった、それでMAGIとの直通回線の完成となる。
これで仕事は一段落付くのだろう、ケイタはの足取りはとても軽い。
わずかに遅れて、そんなケイタをやり過ごし、柱の陰から出て来た少年が居た。
最初は別の少年を追っていたのだが、偶然、その後を追うように入っていった彼に気が付き、張り込んでいたのだ。
待っていた甲斐があったとカメラを構える。
眼鏡の少年は、ビデオカメラにケイタの後ろ姿を写し込みながら、何気なくを装って着け出した。
相田ケンスケ。
彼は自分が何を『作って』いるかなど、まったく気が付いていなかった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。