「ケイタにしてはヘマをやったね」
 萎縮するケイタが居る、その正面にばらまかれているのは何気に歩いているケイタと、それを尾行しているケンスケの姿を写した写真であった。
 街中で尾行されているケイタを見つけたのはアスカとホリィだった、悪戯感覚でケイタの尾行を思い付き、実行に移して偶然ケンスケを見付けてしまったのだ。
 ケイタも一応はシンジに保護された後、それなりに訓練を積み上げた人間である、やすやすとホリィなどに尾行されるはずが……、ないはずだったのだが。
 一仕事終えて、浮かれてしまっていたのだろう。
 それから三日。
「このマンションは?」
「部屋の番号までは知られてないよ、でも怪しまれてる」
 まずいかもね、とマナはカヲルの返答に顔をしかめた。
 マナ、ケイタ、カヲル、その三人だけだ。
 後はいない。
「レイは?」
「『楽園』だよ、新しい玩具を見付けたらしいね」
「連絡は取れない、か……」
「取った所でどう説明するんだい?」
 マナは痛烈に舌打ちした。
 各組織、機関にはエヴァのパイロットであることなど、既に知られているだろう、シンジが総司令の息子である事もだ。
 それだけでも狙われるには十分だというのに、ここにケイタが入り込んで来ると途端に状況はややこしさを増してしまうのだ。
 戦自からの脱走兵である彼は死んだ事になっているのだ、ケンスケが写したビデオなり写真なりは、まるでケイタがネルフへと『出勤』、あるいは『退社』しているように見えるだろう。
 つまり、一年前に起こった戦自の陸上巡洋艦爆破事件にネルフが関与していたと言う証拠にもなりかねない。
 その一方で、人権を無視した非人道的な行為を行っている戦自の生き証人でもあるのだ、数年前までならともかく、現在の世情では糾弾が起こることは必至である。
 その戦自とネルフ、どちらにとってもまずい方へと状況が転がり出す証拠映像を、素人の少年が無造作に保管している。
 ついでに言ってしまえば、マナ達の存命を知らせる証拠とも成りうるのだ、始末に追えない。
「自宅の方は?」
「まずい事に彼の父親はネルフの技術部の人間でね、班長らしくて、自宅は監視されているよ」
「潜入するのは難しい、か……」
「その上彼はレイのお気に入りだからねぇ、下手な事をすると怒るだけではすまないよ、『司書』たる彼女が気にかけていると言うことは、何かしら必要になる人間だと言う事なんだから」
「シンジには?」
「話せるわけがない」
「どうして?」
「面倒臭がりのシンジ君がまともに対応してくれるとでも?、ようやく落ち着いて来たこの時期に、また大量の死人を出すつもりかい?、その中には相田君や、相田君の親御さんが含まれる可能性があるんだよ?」
「レイが気に入っている人なのに?」
「だからだよ、だからこそ知らせられるはずが無いんだ、だってそうなればシンジ君とレイは確実にぶつかる事になる、シンジ君にとって絶対であるはずのレイが、余所の『子供』を庇うなんて事態になったらどうするんだい?、シンジ君は……」
 深刻ぶって眼を伏せる。
「……最悪ね」
「そうだね」
「みんなが死ぬくらいじゃ済まない?」
「困ったもんだよ」
 ふうと溜め息。
「今シンジは?」
「ネルフだよ」
 カヲルが見せたフォトは航空写真だった、森を写しているのだが、樹木の海を押し割って黒い球体が鎮座している。
 使徒、だ、JAを破壊したあの黒い使徒だった。
「ネルフは特務権限を持ち出したけど、日本政府によって跳ね付けられたよ、ATフィールドの反応が検知出来ない以上、これは未確認生物であり、使徒ではないからね、権限や特例事項は認められないってさ」
「でもレイが居ない今」
「『奇跡』には頼れないよ、だからシンジ君に行ってもらった」
「ムサシは?」
「レイと一緒に楽園さ」
「アスカは……」
「ホリィさんと一緒に、今頃太平洋をデート中だよ」


NeonGenesisEvangelion act.25
『憐憫』


 ──バラバラバラバラバラ……
 ヘリの中にあってもローター音は酷く聞こえる。
 一面の海だ、雲が邪魔をしているが景色だけは絶品である。
 アスカとホリィはそれぞれにぼんやりと眺めていた、その正面席に座って、ミサトは今回の不可解な指示の思案に暮れていた。
「ホーリア・クリスティン、ですか?」
「そうだ」
 −総司令執務室−
 碇ゲンドウから手渡されたファイルにあるのは、一人の金髪少女の履歴であった。
 ホーリア・クリスティン、米国支部で極秘に訓練を受けた『予備兵』である、年齢は十四歳、以下身長、体重などの細かな情報に続いて、肺活量から動態視力などの測定結果、検診内容、さらには射撃成績など、およそ穏やかでない事柄についての成績までもが羅列されていた。
 報告でこの様な少女が居ることは知っていた、が、解せない。
「この子を弐号機の受領に同行させるというのは……、どういう意図なのでしょうか?」
 3号機の開発情報が故意に改竄されていたことと言い、米国支部には色々と黒い噂が尽きない、そこから引き取られた少女を、よりにもよってアスカと共に連れていけと言うのだから。
 納得出来る事ではないだろう、しかし。
「彼女をスカウトして来たのはシンジ君なんだよ」
 と説明されれば、従うしか無いのがミサトの立場だった。
 −再び、ヘリ−
 ミサトは塞ぎ込むようにして考えていた、何かあるはずだと。
 しかし書類から読み取れる範囲では、ホリィの背後には本当に何も無いようだった、シンジやアスカのように特殊な環境で育ったわけではなく、極々平凡に生まれて、それなりに健やかに時を経て今に至っている。
 彼女が米軍のジュニアキャンプに入隊したのは、去年の十三歳の時だった、十四歳になる直前にネルフへと出向を命じられている、その時の階級は二等兵であった。
 おかしな点と言えばそこだけだろうか?、ジュニアキャンプはセカンドインパクトによって疲弊した軍隊を再編成するためでは無く、援助、救助隊の人出を賄うために募集した、言わば災害救助のためのボランティア団体の別称である、そこから正式に命令で出向というのは頂けない、が、曲がりなりにも軍隊ではある、あるかもしれない。
 微妙な線だ。
 親は両親、祖父母ともに健在で、兄までいるらしい。
 さてどうしたものかと考える。
「あ、ほら、見えて来たわ」
「あれが太平洋艦隊……」
「こうして見ると、ほんと旧式艦ばっかねぇ?」
「……なんだか頼りない」
 アスカは爆笑して、言えてるわ、と腹を抱えた。


「使徒じゃ無いってどういうことなんですか?」
 そう口にしたのはシンジである。
 本部、発令所だ、何気にマヤの椅子の背もたれの角を貸してもらい、腰かけている。
 手には炭酸ジュースの缶を持っていた、状況はかなり余裕があるらしい。
「色々と政治事情が難しいのよ」
 リツコは敢えてもったいぶった言い回しをした。
「発見されたのはね、木曽山中、つまりネルフの権限外の地域なのよ」
「権限外、ですか?」
「そうよ、ネルフが動けるのはこの第三新東京市だけなの、治外法権のね」
「なのに首都の移転先なんですか?」
 素朴な疑問だが……
「事実は往々にして、真実の隠蔽材料にされる物なのよ」
「そうやって騙して開発のための税金を巻き上げた訳ですね、国民から」
 なるほどと納得する、つまりだ、各国のネルフはその国の予算でもって組織運営されている、しかし馬鹿正直にその事を公開してしまえば国民からの追及が起こるだろう。
 そこで日本はそれを回避するために、新都建設のためとして特別税を徴収し、これをあてがい、捻出したというわけだ。
 一応は全ての戦闘終了後に、予定通り遷都されることにはなっている、しかしだ。
 本来その予定は、情報の隠蔽によって使徒戦そのものを無かったものとしたままで行われるはずであった、初号機によって早々にそのもくろみは御破算となっている、正確にはシンジの、だが。
「それで日本政府がね……、この間の日本重化学工業共同体の件もあるから、ネルフにはでしゃばらせないつもりなのよ」
「だからって戦自だけでどうにかなりますか?」
「なると思ったんじゃないの?」
 リツコものんびりとしたもので、カートごとコーヒーメーカーを持ち込み、オリジナルブレンドをたしなんでいた。
「これまでの経過から、『二度目』の復活使徒にはATフィールドがないと判断したんでしょうね、自力でなんとかするつもりなのよ」
「……税金の無駄遣いと環境破壊に目をつむってまで?」
「戦略自衛隊の存続問題もあるのよ、きっとね?、現状では役に立っていないもの」
「政情も安定して来たから、か」
「そういうことよ」


『ごらんください、これが……』
 テレビ、ワイドショーでは怪獣騒ぎに盛り上がっていた。
 ヘリからの映像である、本来ならば制圧空域に立ち入るなと追い散らされる所だろうが、生憎とウニのような怪獣は隠す事など出来ないほど巨大であった。
 制圧空域に侵入せずとも、十分望遠レンズで写す事が出来た、うねるように波打っているのは山だ、その狭間に沈み込んでいる黒い球体。
 使徒。
 前回よりも格段に大きくなっている、その直径は五百メートルにも達していよう。
『これに対し、日本政府は……』
 ──ピッ!
『ですから、直径五百メートルですか?、そこまで育つのにどれくらいの時間が』
 ──ピッ!
『どうして今までこんな巨大な』
 ──ピッ!
『戦略自衛隊はこれを』
 ──ピッ!
『国連は静観を支持し』
「はぁ……」
 学校、休み時間だ、ケンスケはカメラのチューナーを利用してテレビ番組を調べていたが、めぼしい情報が得られないために諦めた。
 教室、綾波レイを除いた、怪しいと踏んでいる全員がいない。
 次いでケンスケは、ここ数日で溜め込んだ謎の少年に関するディスクをカメラに挿入した。
 ネルフ本部から歩き出て来る丸刈りの少年。
 ケイタのフォトだ。
 考えに考えている。
 その表情は、いつもつるんでいるジャージの少年が首を傾げる程に真剣であった。


 さて。
 そこら中で様々なしがらみと問題に苦悩している面々がいる中、一人幸せな妄想に悩んでいる人物が居た。
 伊吹マヤである。
(マヤは、僕が守るから、なんて、きゃー!)
 突然両手で顔を被って俯き、身悶える。
「マヤちゃん、どうしたんだ?」
「さあ?、ああ、そう言えば昨日だろ?、ほら、なんてったっけ、七時からの……」
「『愛と言う名の』?」
「そうそう、あのはっずかしいドラマでも思い出してるんじゃないか?」
 緊迫感の無さは伝染するものらしい、オペレーター達も上司同様にくつろいでいた。
 マヤは手を開くと、ふうっとアンニュイな溜め息を吐いて、コンソールの上に両肘を突いた。
 両手で持って顎を支え、宙を見つめる、ぼんやりと。
(でも……、シンジ君ってまだ十四歳だもんねぇ、あんなこと、やっぱり本か何かで覚えたの?)
『キスされた』ことを思い出し、さらに持っている本の幾つかから似たようなシーンを重ね合わせる。
 ──誓います、何があってもあなたを守ると……、傷つけないと。
 照れるでもなく、真摯な瞳で覗き込まれて、不覚にもドキリとしてしまったのは、これは事実だ。
 それがただのカッコ付けだったのかどうか……、違ったのかもしれない、本気であったのかもしれない、では、だとしたら?
(本気……、そんな)
 マヤは否定の意志に反して、モジモジと身悶えをしてしまっていた、腿をこすって。
 頭がピンク色に染まっているマヤであるが、それ以前にシンジがどこで甘いキスだの『それ以上』だのを学んだのかは考えるべきだったかもしれない。
 そしてその師匠たる人物は、今、ちょうどアスカ達と再会しているところであった。


 米海軍所属空母、オーバー・ザ・レインボウ、その周囲を固める船籍はロシア、旧ソ連邦、あるいは他海軍と非常に雑多で、いかにもかき集めましたと言わんばかりの呈であった。
 空母が五、戦艦四、巡洋艦二十隻。
 どれも旧式艦であるのは、提供した国のせめてもの嫌がらせなのかもしれない。
 幾ら税金を釣り上げたとしても賄えないほどの『協力』を求めるネルフから、輸送のために空母、あるいは巡洋艦を人員付きで貸与せよと口にされれば、老朽艦でお茶を濁したくなるのが本音だろう。
 旗艦となっているオーバー・ザ・レインボウに今着艦したのは、アスカ達を乗せているヘリだった。
 ローターが静まるのを待たずに扉を開け放って飛び出す彼女。
 アスカ。
 元気よく、髪を風になびかせて、苦笑している男へと飛び付いた。
「加持さん!」
「よぉ、アスカ、元気そうじゃないか」
 屈託無く『ドイツ語』で挨拶を交わし合う。
 加持は腰に腕を巻き付けるアスカに微笑を浮かべた、なんだかんだと言っても慕ってくれるのが嬉しいのだろう。
「髪形変えたのか?」
「加持さんと同じだとシンジが嫉妬すんのよ、あ、紹介するわね」
 左腕を腰に回したままで振り返る。
「シンジの『新しい』彼女、ホーリア・クリスティンよ」
 ホリィは戸惑いつつも手を差し出した。
「ホリィです」
「加持リョウジだ、発音は適当でいいよ、よろしくな」
 流暢な英語、幾つの言語に精通しているのか?、あるいは自然と身に付けた物なのかもしれない。
 握手を交わし合い、ホリィは思ったよりもごつごつとした手と、独特の指の『タコ』を確認した。
(銃の?)
 多少堅くなるホリィ、そんな彼女の背後では、ミサトが唖然と硬直していた。
「なんで、あんたがここにいるのよ……」
 にたりと笑って……
「ドイツから弐号機の宅配にね」
 仕事に行って来いよ、と追い払う。
「言われなくたって!」
「んじゃな」
 にこにこと、抱き合ったままで、二人で手を振る。
 加持はミサトが見えなくなってからアスカを離した。
「しかしまぁ、ほんとに『無事』でよかったよ、情報を手に入れようにも海の上じゃな」
「心配してくれたんだ?」
「まあ、シンジ君の手配だ、上手くやってるとは思ってたけど」
 改めてホリィに向き直る。
「君も大変だな、彼と付き合うんじゃ」
「はっ、えと、その……」
「あんまり苛めないでやってよね」
 アスカは笑って、ホリィの肩を抱き寄せた。
「まだ自信がないみたいなのよ、あたしらは良いんだけど、他の連中が認めるかどうかっていうと、ちょっとね」
 ほう?、と加持。
「シンジ君が認めててもか?」
「だからよ!、っていうか、普通にシンジを好きな連中にはね、内面より外見だし、わかり易い力を持ってないと納得出来ないんもんじゃない?」
「なるほどな」
 思案顔になる。
「ま、立ち話も何だ、葛城が戻って来るまで、俺達はお茶としよう、どうせ船旅は長いんだ」
 加持はそう告げると、二人を促しつつも歩き出した。


 佐世保を出港した船団は、現在太平洋上を航行中である、数時間後には新横浜に入港する予定だが、ここに至るまでの旅路は実に平穏に満ちたものだった。
「不気味なくらいだよ」
 −艦内のラウンジにて−
 テーブルに着いている加持、その正面にアスカ、アスカの右隣にホリィが腰かけていた、それぞれが口にしているのはコーヒーだ、これしかないのだろう。
「青空の下を速過ぎる海流に乗ってここまでだ、さすがアスカの弐号機だな、神様に祝福されてるみたいだ」
「神様ねぇ」
 アスカが思い浮かべたのは誰の顔だったのだろうか?
「それより加持さん、さっき船の上だったから何もわからなくて、って言ってたっけ?」
 ん?、っととぼける加持に鋭く突っ込む。
「佐世保で何時間か姿が見えなくなってたって聞いたけど?」
「誰に?」
「レイよ」
 もうバレてるのか、と身震いする。
「こりゃお仕置きされるかな?」
「じゃあやっぱり」
 アスカは微笑を浮かべた。
「戦自に情報を漏らしたの、加持さんなのね」
 ぷうっと吹くホリィ。
「けほっ、え!?」
「この人はね」
 アスカはテーブルの上に手を組むと、その上に顎を落とした。
「レイと同じなの、状況を掻き回して面白くするのが趣味なのよ」
「おいおい、俺は」
「でたらめに事態を混乱させて自分だけちゃっかりとんずら、で、付いたあだ名が『狂った操舵手Mad steers』、こいつに任せてたら嵐の中に連れこまれるってね、たまんないわ、ほんと」
 ね?、加ぁ持さんハート、っと愛らしく微笑む。
「こりゃまたまいったな」
 加持は苦笑した。
「で、彼女はなんて言ってたのかな?」
「『教団』が状況を混乱させるために戦自とテロリストを投入したんじゃないかって」
「当たりだよ」
 アスカの目が鋭さを増す。
「加持さんが流した情報って?」
「俺が掴んでたのはテロリストは駆除される予定だったってことだけさ、そうしてあそこに居た、『居るはずのない部隊』についての確認をするつもりだったんだろうな、そこでイレイザーシステムの情報を流してやったのさ」
「イレイザーシステムの?」
「三石は予想外だったけどな、おかげで戦自はテロリストよりそっちに目が行ってくれただろ?」
「こっちいは大変だったんだけど?」
「シンジ君にとってはそう大したことじゃないさ、ついでにテロリストを全部片付けといてくれれば、そんな破壊工作の事実は無い、戦自は違法な制圧行動を行ったってね、世論を動かす事も出来たんだが」
 欲張り過ぎかな?、と苦笑する。
「しかしそれにしても、まさか使徒が割り込んで来るとはなぁ」
 うむぅと唸る、それを会話の切れ目と見て、ホリィは遠慮がちに割り込んだ。
「あのぉ……、教団というのは?」
 きょとんと加持。
「聞いてないのかい?」
「ホリィにはまだ何も話してないわ、『戻れる』ようにね」
「いいのかな?、教えても」
「いいんじゃない?」
 じゃあ、と加持は、一般的に知られている所から語り出した。


 ──『教団』、それの興りはセカンドインパクト以降とも、2004年とも言われていた。
 元は一カトリック教会から始まった運動であった、セカンドインパクトの直後、バチカンは外部との接触を断った、外界の地獄に対して門を閉じ、見て見ぬふりを決め込んだのだ。
 二十世紀中の世俗化に基づく堕落によって力を失っていたバチカンは、言葉での救いは与えられても、今、目の前で死んでいく人間に対して、パンのひと欠けらさえ与える事ができなかった、金銀はあっても物資を調達出来なかったからである。
 混乱期、それは札束など紙同然の時代だった、バチカンは怨嗟と飢えと悲鳴に恐怖を覚えて閉じ篭り、時が過ぎ去るのをひたすら待つことを選んだのだ。
 これに失望したのが多くの神父達であった、地域に根付いていた彼らにとっては他人事ではなく、だからこそ彼らは選ばざるを得なかった。
 バチカンを捨てて、人として正しき行いをする事を。
 そんな中、登録を抹消されていたはずのとある教会に住んでいた男から彼らに手紙と物資……、主に食料と医薬品がもたらされた。
 白い髪と、赤い瞳を持つ二十代の青年だった、正に救世主の降臨である。
 彼は既存の教えを人の『都合』によってねじ曲げられたものだとし、隣人にパンを与えると言う極当たり前の行為の輪を広げていった。
 そこにはカトリックもプロテスタントも、キリスト教もユダヤ教も、あるいはその他のどの宗教とも境目は無かった、こうして基本に立ち返った善行を成すだけの教義が、古い宗教を駆逐し、あるいは他の宗教と迎合する形で、異常なほどに肥大化して行った。
 これが俗に『教団』と呼ばれている組織について知られている事柄である。
「『彼』がどこからそれだけの物資を捻出したのかは謎とされている、配給については最初はその村の住人の手によってだった、隣の村村に運ばれて、その先へはまたボランティアの手によって……、そうしてネットワークが僅か数ヶ月で世界中へと形作られていったんだ」
 ホリィは頷いた、それは彼女にとって馴染み深いものだったからだ。
 彼女が入ったジュニアキャンプもまた、教団から提供された物品を配給するための人足を募集するために作られたキャンプだったのだから。
「『彼』の名前はエリュウと言うんだ、今二十六歳だったかな?、彼の容姿から神に遣わされた天使だって説もある」
「どうなんだか」
「信者の信仰は凄まじいぞ?、彼のせいで教団内じゃアルビノは天からの御遣いなんだって話しが定着しちまってるからな、穢れてないからこそ白いんだってな」
 げぇっとアスカ。
「それじゃあまるで、人種差別主義じゃない」
「他者を見下したりはしてないさ、ただそれ以上だって見てるだけだよ、ただ俺はそう外れていないと思ってる、本物も居ることだしな」
 意味ありげな視線にアスカは目を逸らした、レイとカヲルのことがちらついたからだ。
「まあ、西ヨーロッパじゃ逆らえる者のいない組織に育ってるよ、たった十年かそこらでな、それだけでもカリスマ性と政治的な手腕が知れる、そうだろう?」
 コーヒーをすすって段落を作る。
「ここからがその裏の顔の話しになるんだが……」
 声を潜める。
「頂に居る彼はともかく、その下の連中、特にカトリック系の神父はバチカンを快く思ってない、彼らはセカンドインパクト後の混乱期に見捨てられた訳だからな」
「恨んでいるんですか?」
「恨みを抱くのは神に仕えている人間のやることじゃないさ、彼らは自分達こそが真の意味での信徒であると自負しているんだな、だからこそバチカンの『地下』にあるものを、状況に応じてひよるような連中には持たせておけないと考えている」
「バチカンの地下?」
「有史以来、人に見られるとまずい物が色々と隠されているのさ、あるいはキリスト教の根幹を突き崩すような代物もな?、それらを現在の教皇に任せておくのは問題なんだと、彼らはそれを取り上げるつもりでいるんだよ」
「そんな……」
「ま、そんなわけでね、色々とテロ化が叫ばれている団体なんだよ、この大袈裟な警備は彼らに対する牽制の意味もあるのさ」
「教団が弐号機を狙うと言うんですか?」
「ネルフにシンジ君が加わったとなればなおさらね」
 はて?、とホリィは小首を傾げた。
「シン?」
「シン?」
「シンジの事よ」
「ああ……、問題はレイちゃんとカヲル君なのさ、あの二人の容姿は教主エリュウに通じるものがあるからね、その上尋常な存在でも無い、だがやってることと言ったら狂ってるとしか思えない事ばかりだ、その原因を探すと何が見つかる?」
 はっとする。
「シン?」
 教団はシンジを悪魔と見ていると言っているのだ。
 そしてレイとカヲルは、悪魔によってたぶらかされているのだと。
「まあ、宗教家の言うことなんてキチガイの論理と紙一重だからな、彼らの想像がどうであれ、セカンドインパクトは使徒によって起こされたものだ、俺はもう二度とごめんだよ」
「……それも試練だって言うんでしょうけどね、バチカンなんて腐れた奴等に従って来た人間が焼き尽くされたんだって」
 加持は苦笑いを浮かべた。
「バチカンにも言い分はあるさ、実際教団の引き立て役に仕立て上げられた節もあるからな、セカンドインパクトによって情報が遮断された世界で、噂だけが尾鰭を付けて広まった可能性はかなり高い、一応のことはやっていたのに、この仕打ちはなんだってな、絶望してるのはどっちなんだか」
 おっと、っと話を切り上げた。
「ったく!、なんなのよあの馬鹿船長は!」
 ミサトだ、愚痴りつつ入って来た、きっとラウンジに来るまでの通路でも愚痴り続けていたのだろう。
「よっ!、ますます機嫌悪くなってるな、どうしたんだ?」
「ロートル艦長よ!、意地はって弐号機の受領を渋りやがったのよ!」
 加持は肩をすくめて見せた。
「仕方ないさ、こんな旧式艦で余生を送れって命令されてるんじゃ腐りもするさ」
 実際その艦長とやらは、副艦長に対して「あんな玩具に金を掛けるよりこちらに寄越せ」などと愚痴っているところだ。
「んじゃ、俺はちょっと外の空気を吸って来るよ」
「吸うのは別のもんでしょうが」
「そりゃ葛城の〜は吸い甲斐があるけどな?」
「ばばばっ、ばか!、何言って」
「冗談だよ」
「あ、加持さんあたしも」
 席を立ち、アスカはホリィに釘をさした。
「ちょっとミサトの相手、よろしくね」
 あ……、とホリィが発した縋るような声は、ミサトに対する居心地の悪さから発せられた物だったのだろう。
 実際、ミサトはホリィに対して、並々ならない興味を抱いていたのだから、その視線が落ち着かない物だったのは事実であった。


 艦橋の中階、外側にあるタラップに出る。
「あ〜あ」
 アスカは柵にもたれ掛かって背伸びをした。
「ミサトの馬鹿、涎垂らしてホーリィ見てるんだもん、鬱陶しくなっちゃってさぁ」
「しようがないさ、とっかかりが欲しいんだろう」
 シュボッと音、加持がタバコに火を点けた音だ。
「随分とシンジ君に振り回されてるみたいだからな」
「だからって、妙な事吹き込まれると困るのよ、ホーリィにはあたし達みたいになって欲しくないから」
「アスカみたいに、か……」
「うん、他にもあるの、ほら、あたしもそうだけど、ホーリィも結構立場が微妙なのよね、特にホーリィはある意味米国支部の本部に対する牽制みたいな所があるから」
「どういうことだ?」
「うん?、ああ……、ホーリィね、米国支部が独自に集めたチルドレン候補生なのよ」
「おいおい、なんでそんな子を連れて来たんだ?」
「……ミサトがね、紹介しろって言うから、今日の『遠足』に連れて来てよって」
 アスカは考え込む素振りを見せた。
「変なのよね、あたしたち誰もミサトにホーリィのことなんて教えてなかったのよ?、そりゃ監視が付いてるのはわかってるけど、ミサトが堂々と『監視を付けてます』ってのを表に出してまで言って来るなんて、らしくないのよね、それに、アタシらの中でミサトと仲が良いのってせいぜいアタシぐらいでしょ?、なのに紹介しろって……」
「取り込むつもりか?」
「でも同行許可がミサトの一存で出せるものなの?」
 顔つきを変える加持。
「司令が?」
「ミサトに連れてけって言ったのかもしれないけど、だとしたら余計にわからなくなるわ、加持さんも見たでしょ?、ホーリィってほんっとに普通の女の子だもん、価値があるとすれば」
 ぎゅっと唇を噛み締める。
「シンジへの影響力くらいよ」
 そこから想像されるのは最悪の展開だ。
 チルドレンとエヴァとの神経接続には心理状態が酷く影響する、だからこそ洗脳や拷問はそう行われるものではない、少なくとも、ネルフ内においてはだ。
 しかしホリィは違う、チルドレンではないのだ、なら洗脳、あるいは催眠によって何らかの毒、害を植え付けられてしまう可能性がある。
 そしてその影響を狙うとすれば、それはシンジにだ。
 けれど、それ以上に。
 ……加持はアスカの頭に手を置いて、くしゃりとその髪を掻き回した。
 加持もまた暫くの間はドイツ支部で働いていた人間だ、アスカがあのような環境でここまで健やかに育ったのは奇跡だと思っていた。
 心理的な誘導に始まって、おおよそ非人道的な扱いばかりが目立ったからだ、そんな状況に堪えられたのは、シンジが陰で支えていたからだと今では疑っていない。
 ホリィとアスカの最大の違いはシンジの在り方だった、アスカについてはシンジは影となって存在を知られることはなかった、だからこそ考慮されなかった。
 しかしホリィは違っている、既にその保護下にある事が公に認められているのだから、さらに暴力的で、過激で、破局的な行動に出て来る可能性がある。
 加持はタバコが短くなっている事に気が付いて、階下に捨て、新しい一本を口に咥えた。
(大変だな、シンジ君も……)
 真剣に情を交わせば弱みになる、それはこの世界では当たり前過ぎる事柄であるが、こうも殺伐とした世界に生きていれば、妻や子供が『人間性』の防波堤として最後に来るのもまた仕方の無い事だろう。
 大物と呼ばれる男達は常に緊張した精神状態に置かれている、この疲れを癒すために誰でも一人や二人は女を手の届く所に置いているものだ、そしてそこから二種類のタイプに隔てられる。
 一方は執着心の強いタイプだ、彼らは己の『物』として妻や愛人、子供達が奪われる事を極端に恐れ、弱気に、あるいは攻撃的になる。
 そして残るは俗に『冷たい』とされる性格の持ち主だった、彼らは精神的に切り捨てる、確かに付き合っている間は情を通わせているのだが、切り替えが早く、足手まとい、あるいは不利を見て取るとあっさりと忘却してしまう。
 表向きシンジは後者に分類される、加持もだ、彼はそうして昔の恋人も、生活も、あらゆるものを切り捨てて進んで来ていた人間だった。
 だが齢三十を越えてその境地に至っている加持と違い、シンジはまだまだ十四歳だ。
 その事が加持の心中を痛ませる、加持が思い出しているのは、昔、手練手管を手ほどきした時に見たシンジの姿だった。
 十代の少女や、普通憧れてしまう様な『お姉さん』にではなく、子を産み、腰が据わり、落ち着いている、柔らかな女性ばかりを特に好んで甘えていたシンジの幼い姿であった。


 −艦内−
 ホリィは何杯目かのおかわりをしていた、まずくて胃に来るコーヒーではあったが、それよりも緊張から来る喉の乾きの方が切実であった。
 全ての原因は正面席に居る人物にあった、ミサトだ、仏頂面で頬杖を突いている。
 わずかに二人の視線が交錯した、慌てて逸らすホリィと、無遠慮に視線を投じるミサトの態度が対照的だった。
 はぁっと大きく息を吐いて、先に気持ちを切り替えたのはミサトだった。
「悪いわね、こんなつまんないとこに誘っちゃって」
「……」
「ロートル艦長のせいでどうにも、ね、気分が盛り上がんなくてさぁ」
 ミサトは横向いたままでコップに手をやり、コーヒーを口に含んだ。
「それで、どう?、日本は、慣れた?」
「少しは……」
「良かったの?、向こうのご両親には何も言ってないんでしょ?」
 ホリィは怪訝そうにした。
「父と母のことを?」
「そりゃねぇ、こういう仕事してるから、色々とね」
 ズズッとすする。
「特にシンジ君なんてアレでしょ?、そのシンジ君が直に『スカウト』して来た子だって、うちの諜報部じゃ最重要人物の一人に指定して裏を洗ってるわ」
 そうですか、とホリィは仮面を被ることにした。
 諜報部だの、裏を洗うなど、ホリィには生臭過ぎた。
 嫌な人、それがホリィの彼女に対する評価となった。
「きっと、何も出ないと思いますけど」
「……そう?」
「はい、だってわたしがシンに選ばれたのは……」
 言葉を切って、ホリィは護魔化した、いつもの『癖』を出さなかったのは、ミサトなどに知られたくなかったからだろう。
 ミサトはぜひともその続きを知りたかったのだろうが、敢えて焦る事をしなかった。
「シン、ね……、随分と親しいのね」
「はい、シンは……、とても優しくしてくれるから」
 顔をしかめる。
「恐くない?、あの子」
「……最初だけです、怖かったのは」
 二人の言う『コワサ』には微妙なニュアンスの違いがあった。
「シンは……、とても優しいです、けどシンの周りの人は酷い人ばかりだったみたいですね、シンがどれだけ好かれようとしてもシンを裏切るような行為しかしなかった、だからシンは人を見限った、そう言っていました」
 普段のホリィからは想像も出来ないような固い口調だった、こわくもあった、あなたもその一人ですかと問いかけているようでもあった。
「葛城一尉はわたしから何を聞き出したいのですか?」
 直球勝負に、ミサトは内心で当てにならない諜報部を罵った、ホリィの監視役からの報告では、……この報告は主にホリィとアスカの『訓練』の相手役を請け負っていた監視員からの物であるが、ホリィは従僕傾向のある、萎縮しがちな少女だと記載されていたのだ。
 これは責められても仕方のないことだろう、ホリィは集団に置かれた場合、協調する性質を持ってはいるが、一方でアクの強い米国支部の候補生の中で、それなりに保護者役を担っていた経歴も持っているのだ、少し調べれば迎合する性格では無いのは、容易に知れることである。
 ホリィがこれまで大人しくしていたのはあくまで申し訳なさと、惚れた弱みから猫を被っていた面があっただけのことで、彼女がミサトに同じ顔をする必要などどこにもない、その点をミサトは読み違えていた。
「わたしが聞きたいのは、どうしてあなたなのかってことね」
 ミサトはおちゃらけて言った、護魔化しを入れつつ、本題を切り出す。
「うちの監視員相手に遊んでるみたいだけど、素人も同然だって報告が来てるわ、もちろん本職の人間とそうそうタメが張れるようじゃこっちが困るけど……、シンジ君達は異常じゃない」
 ホリィは目を伏せて、なんとかかぶりを振るのを堪えた、再び顔を上げた時、その表情は哀れみに満ちていた。
「な、なに?」
 憐憫を向けられてミサトはどもった。
「少し前に、シンとデートしたんです」
 ホリィはその時の会話をなるべく正確になぞって話した。
 すっかり夜も更けていた、小雨のぱらつく中を二人は傘を差して歩いていた、身長の低いシンジが右手に傘を持っていた、左手はホリィと繋がっている。
 それはシンジがホリィにエヴァの秘密の一端を明かしたあの日の帰り道のことだった。
 シンジが不意に、次のように謝罪したのだ。
「ホーリィには、悪いことをしてるとは思ってるんだ」
 ん?、とホリィは見下ろした、人の流れに乗って、駅を目指しながら。
「僕がさ……、こっちに連れて来ちゃったせいで、ホーリィの将来って言うのは凄く選択肢が狭くなっちゃったからさ、ついでに、僕の相手までさせちゃってるしね」
 そんなこと、とホリィは胸先を掻いた。
 完全に癖になってしまっているようだ。
「それでも……、向こうに居た時よりは開けていると思うけど」
「そっかな?」
「エヴァにこだわる必要があるのは、あたしだから」
「ホーリィ?」
「エヴァって言うのは正確じゃないかもしれない、でもあたしはジュンのライバルであり続けるって、決めたから」
 シンジはそのこだわりに首を傾げてから、そっかと、何かに思い当たった。
「……僕も、ホーリィのこと、知らないんだな」
「調べてはいるんでしょ?」
「レイが……、多分ね」
 言葉を濁した。
「調べるって言うのとも違うかな?、レイは自然と『気付く』んだよ、レイは司書であり、翻案家だからね、世界の」
 ホリィは困惑した。
「よくわからないわ」
「……いずれ理解るよ」
 言い護魔化す。
「でもレイは自分が面白いと思っていればそれで良いって性格してるからね、告げ口みたいに、人のことなんて話さないよ」
「そう……」
「必要最低限のことは教えてくれるけど……」
 見上げて微笑する。
「相手のことが知りたくなるのは、自分の中でその人が特別になった証拠だよね?」
 また前を向く。
「教えたいって、思うのもね」
「……ええ」
「だからこそ、知りたければ、聞きなさいってね」
 ふたりは指を絡め直した。
「僕にとってホーリィは居て欲しい人だけど、まだ全部が欲しい人じゃないんだな、きっと」
「?」
「好きだから、独占したい、過去も、未来も……、そう思うものなんだろうけど、僕はまだそこまで想ってない」
 ホリィは返答に困ったが、結局素直に感じた事を口にした。
「それはあたしも同じかもしれない、これからのことはあっても、これまでを知ってもらいたいとは思ってないし」
「……それはホーリィが強い証拠さ」
「え?」
「過去のことは全部自分で乗り越えて消化して来ているから、だから人に語るのはつまらないと感じてる、面倒なだけのことだって……」
 シンジは自嘲した。
「けど僕みたいな人間は、慰めてもらいたいからつい口にしちゃうんだよね、同情してもらえるから、あるいは共感し合える仲間が欲しいのか」
「……不毛ね」
「その通りだよ、まだレイから乳離れも出来ないマザコンだしね」
 いいかな?、と頼んで、シンジは腕を組ませてもらった。
「温かいね……、ホーリィは」
 いつもの調子で呟いた声を、泣きそうになっていると感じたのは何故なのだろうか?、ホリィは胸に痛みを感じた。
 酷く甘えたがりな所はアメリカで知っていた、アスカが言った、こっちに来てからあまり構ってもらってないと、それは逆に言えばシンジに構っていないと言う事にもなる。
 マナのように出来ないのがシンジなのだろう、甘えたければ言えばいいのにと思う、けれどそれが出来ないのだろう。
 きっとベッドを共にしなくなっても、シンジは何も言わないのだろう、何も言わないままに、寂しさを堪えてしまうのだろう。
 一人でアメリカから去ろうとしたように。
 だから。
「あたしは……、シンにとって、まだ、『好い女』じゃないのね」
 そんな風に、愚痴をこぼした。
 男にとって好いと感じさせるのは、ある種の特出したものを持ち合わせている女なのかもしれない。
 例えばマナのように庇護欲を掻き立てられる存在であり、アスカのように自尊心を引き立てられる輝きでもある。
 男の中にある、都合の良さ、自分本位で身勝手な感情を満たせるものを持ち合わせている少女。
 そう言った意味で、ホリィと言う少女はアスカ達の持つ一種独特な、生まれながらの不幸は無かった、それを羨むのはおかしい、どうかしているとわかっていつつも、抑え切れないものはある。
「シンは……」
 語り終えて、ホリィはミサトを糾弾した。
「とても寂しがり屋なんですよ」
 どうしてそれを理解してやらないのかと不満気に。
「でも余程の自己犠牲の精神のある人で無ければ、傍に居続けてあげる事はできませんよね?、そんな風になってくれと頼むのは身勝手だと言う事を知ってもいるから、シンは口にするよりも諦める道を選んでいるんだと思います、……葛城一尉は、切り捨てられたんですね、きっと」
 ガタンとミサトは椅子を蹴って立ち上がった。
「どういう意味よ!」
「優しくないから……、身勝手だから、自分を優先するから」
 ──異常な自分を演出するしか無い相手であるから。
 ホリィはシンジの言った、『当たり前の感覚』の意味を知った。
「あたしは普通の女の子かもしれません、けれど、だからこそシンが……、レイ達があたしを選んだんだとしたら?、普通に可哀想だと感じ、普通に好きになれるからだとしたら?、……葛城一尉は狂ってます、普通、監視されているとか、普通じゃないなんて口にされて、平気で居られる人間なんて居ると思いますか?、そんな人達の前じゃ仮面を被るしかないじゃないですか、シンを可哀想だと思ったことなんてないんでしょうね、あなたは」
 ──止まれなくなってた。
 それはシンジの言葉だ。
 自分を恐がる人間が襲いかかって来る、自分もまた恐いから対処する、そうしてまた恐ろしさを広めてしまう、その悪循環が今のシンジを作ったのだとしたら?
 言葉で伝えられるよりも、ミサトの様な具体例を前にした方が理解り良いというのは情けない話だが、ホリィはミサトを許容出来ない存在であると感じてしまっていた。
 ──膠着する二人。
「お二人さん、ちょっと悪いんだけどな」
 二人は同時にハッとしてラウンジの扉に顔を向けた。
 加持だ。
「何やらきな臭いことになって来てるんだ、葛城、一緒に来てくれ、ホリィもだ」
 ミサトは幾分ほっとした様子で訊ねた。
「なによ?」
「わからん、が、穏便にとは行かなくなりそうなんでな」
 はぁん?、とミサト、そんな緊張感の無さに加持は苦笑したが、その裏では激しく頭を働かせていた。



続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。