遠き遠方の地、スウェーデン。
 セカンドインパクトの影響、地軸の変化によって以前よりも過ごし易くなったこの地の山間に、のどかな風景が広がっていた。
 放牧されているのは山羊だった、緑の芝を踏んで歩いていく、牧童と犬がその隣に並んで、はぐれようとする子山羊の面倒をかいがいしく見ていた。
 その山の中腹に、山を背にして一つの古城が建っていた、セカンドインパクトをも乗り越えた堅牢な作りだが、観光客でも迷い込みそうな程に無防備な姿を晒していた。
 その奥まった部屋の中に、彼は居た。
 かつては執政室だったのだろう、重厚なテーブル、様々な調度品は、その頃のままの古めかしさを感じさせる。
 窓からの灯があっても薄暗い、しかしそれは正解に思われた、この部屋に『電灯』はあまりにもそぐわないからだ。
 白い髪は短く、赤い瞳はどこまでも優しい、しかし痩けた頬は精悍さを感じさせ、決して甘いだけの人物ではないのだと感じさせる。
 総評して、狼のような印象を持つ青年だった、年の頃は二十代後半だろう。
 彼の名前は、エリュウと言った。


NeonGenesisEvangelion act.28
『正史《1》』


 芦の湖南部地域一帯に発令された退去命令に従って、多くの市民がセカンドインパクトの後にやっと手に入れた落ち着ける場所から、方々へと疎開を兼ねて散って行った。
『焼死』した怪物の放つ悪臭は凄まじく、その死肉から出る瘴気はゆっくりと地を這い、広がっていく、その灰や煙がどのような汚染を引き起こすかは、調査が待たれる所であった、最悪プルトニウムによる汚染のように、何万年という単位で土壌を汚染する可能性も指摘されている。
 このような事態のために芦の湖からは完全に人気が途絶えていた、飲料水に関しては完全な洗浄が宣伝されたが、その効果のほども実に怪しい。
 初号機による天井都市の破壊もさることながら、今回の『誘爆』はさらに問題を深刻にしていた、市民が不安を覚えたのである。
 街中にあるビルは兵装ビルだ、皆知っている、市民の目の前で弾薬がその中へと換装されているのだから。
 疎開する人間が激増したのは、ここが要塞都市だということを実感したからだろう、まともに生活出来る空間ではないと知ったのだ。
「要塞都市と言ったって……」
 住民は信じていたのかもしれない、仮想敵がかつて東京に爆弾を落とした誰かであると。
 しかし実際には、仮想敵は使徒であったのだと今は知った、だからこそ住民は噂し、この場を離れる事を選んだのだ。
「セカンドインパクトの一週間後に東京に爆弾を落とした誰かって、未だに謎のままなのよね、公式の見解じゃ」
 マナはそう口にしながら、街中で誰かを待っていた、手にはアイスクリーム、今日はラフ目のシャツにレディスのジーンズの組み合わせだ、ジージャンは袖を折って羽織っていた。
 もちろん彼女は、東京に爆弾を落とした軍隊の正体を知っていた、誰でも無い、日本政府である。
 理由までは……、確認出来てはいないのだが、諸説では朝鮮軍と本国から切り離されたままに独走を開始した在日米軍とが行った戦闘に介入するためであったとされている、占領活動に対して交戦を選択した米軍、事態の収拾を断念した日本政府は、全ての焼却による収拾を目論んだのだ、闇の奥へと真実を葬り去る覚悟を決めて。
 真の事情はどうであれ、その後、日本政府は一応東京の復興を目指しはした、が、津波と海面上昇によってふやけてもいた土地である、NN爆弾はそれらを掻き回してしまっていた、土地として再利用出来る状態に戻るには、数十年が必要であるとの報告が出され、政府は放棄を決定した。
 こうして政府機能は一時長野に移されたのだ、その後に第三新東京市の建設と首都移転が発表された。
 長野が第二東京と呼ばれているのはこの臨時措置の名残である。
(悲しいけど、相田君の思い込みも政府が狙った情報操作に引っ掛かったものなのよね)
 だがそう言う方面に詳しいということはあり難かった、下手に映画がどうのこうのと話をされるよりも興味を示し易いからだ。
 ……女の子としては、流行はやりの服よりも流行りゅうこうの銃器に詳しい自分に、物悲しいものを感じないでも無いのだが。
(大体シンジがいけないんだって、普段ボケボケッとしてるから、相田君みたいになんで俺じゃダメなんだよ、って人が出て来るんだから)
 シンジとケンスケのどちらが恰好良く感じるかなど簡単な話だ、どう考えても……、外見でも中身でも、シンジに軍配は上がるのだから。
「霧島さん!」
「相田君」
 それでも今はにこやかに微笑む、このような『工作』には慣れていた。
 これは作戦なのだとマナは割り切り、今はケンスケに取り入るために、彼女は標準的な女の子の姿を演じるのであった。


「シナリオから離れ過ぎた事件だな」
 暗闇の中、投影された映像と列挙される被害報告に、苦々しい言葉が吐き捨てられた。
「死者、行方不明者、合わせて六百人以上、か……、失った艦も二十隻近い」
「艦載機もだよ」
「この事件によって国連海軍は全艦艇の三分の一を失った」
「本来ならば取るに足りん出来事だが」
「その損害額はエヴァ一機の建造費に相当する、これではな」
「国連を抑え切れん」
 ここでようやく、不遜とも言える見解が示された。
「所詮は老朽艦、気にするほどのものではないと考えますが」
「わかってないな、君は」
「良いかね、十万の餓死者と十数人の戦死者、報道がどちらをより大きく報じるか、それが民意というものだよ」
 何を、と思うがゲンドウはキール議長の視線を感じて、それ以上の弁解を避けることにした。
 人類補完計画、計画そのものは既に瓦解状態にある、人類を人工進化させる計画である。
 この結末によっては、人類の未来など憂れう必要は無くなるとされていた、ゼロか、未来かであるからだ。
 もちろんその未来は、何一つ苦しみのない、心の融和した穏やかな世界でなくてはならない、が、現在の状況ではどうなることかあやふやである。
 全てがゼロとなる可能性も高くなってしまっている。
 そして今は、ここに三つめの可能性が加わっていた、人類補完計画の頓挫である。
 結果はともあれ、サードインパクトが起これば、あるいはサードインパクトを起こせば地位も名誉も財産も無価値な物となる、だからこそ今までは全てを費やし、無茶な資金運用にも目をつむり続けてきたのだ、しかし……
 人工的にサードインパクトを誘発する計画が立ち行かないとなれば、現在の歴史は連綿と続く事になる、ならばと保身を考えるのは人の性であろう。
 ゼーレ、人類補完委員会内部では、そのような『背信』に等しい考えが横行し始めていた。
 保険を懸け、万が一の場合に備えて将来を保証する。
 俗物としか言えない発想ではあったが、それらが彼らを現在の地位にまで押し上げてきた力であるのだ。
 この場において、真に結託し、同じ理想を抱いているのは碇ゲンドウとキール・ローレンツ、この二人だけであった。
 多少、その未来像に誤差的ズレがあったとしてもだ。
「国連は査察団の派遣時期を繰り上げた」
 キールは穏やかに告げた、しかし鷲鼻の男が台無しにする。
「くれぐれも自重を頼むよ?、この時期に何かあれば、真っ先に疑われるのは君なのだからね」
 ゲンドウは苦渋を抑えて、「わかっています」と重く答えた、鷲鼻の男はその態度に満足し、うむと頷く。
「ああ、それから、本日付けで国連から召喚状が発行される」
「召喚状?」
「この件では問題が多過ぎるということだよ」
「さよう、しかしまあ、これについては問題あるまい」
「と、申しますと?」
「呼び出されるのは葛城作戦部長だよ」
「葛城、か」
「懐かしい名だ」
 一同に妙な和やかさが漂った。


 プシュッと開く扉に、なんとなく、ああ、彼女だと判ってしまうのは、単純に付き合いの長さだけで語ってしまって良いものなのだろうか?
 リツコは分析していたデータを隠すように画面を切り替え、確認もせずに問いかけた。
「あら、まだ居たの?」
 むっとして。
「しっつれいな、居ちゃ悪い?」
「午後に発つんでしょ?、ここを」
「ええ!、国連の豪華な専用機で送って下さるそうよ!、嫌味ったらしいったらありゃしないっ、……コーヒー、貰うからね」
 構わないけどね、と目で追うリツコだ。
 ミサトは一杯目を一気飲みし、二杯目を流し込んでいた。
「かー!、このコーヒーとも暫くお別れとはねぇ……」
 しみじみとして。
「あっちのコーヒーってまずいのよねぇ……」
 リツコは苦笑し、からかった。
「国連からの召喚か……、査問会ではどう申し開きするつもりなの?」
 こちらも苦笑して……
「……あったままを話すわ、艦長の引渡拒否、状況の推移から口答で指揮権の受渡を行ったってね」
 実はその点について、国連本部では喧々諤々けんけんがくがくの責任のなすり合いが発生していた。
 対面を気にした国連艦隊は、ドイツ支部より一時的に弐号機の保管権利を奪う事で些細な自尊心を得ようとした、このため、引渡前に発生した謎の艦隊との被害は全て、国連艦隊が自身の責任と判断において被ったものとして処理しなければならなくなってしまっていた。
 となれば問題となるのは、どこの国が主な責任を取るのかと言う話になる、現在の有力国は艦隊の中核を成し、旗艦を引き受けていたアメリカ合衆国であった。
 ミサトの呼び出しはセカンドインパクト以降も、それなりに権力を維持し続けているアメリカの意向によるものだった、敗戦色濃厚な中で、切り札として持ち出したのである。
 指揮権の譲渡が本格的な損害が出る前に行われていたのなら、ネルフに責任を押し付ける事が可能になる、それが無理でも、受け渡しがスムーズに行われなかった事への糾弾を起こして、責任逃れを謀れるかもしれない。
 他国から見れば、これはあまりにも面白くないシナリオであった、ネルフへいくら損害賠償を求めた所で、その金は自らの懐から出た物だ、そして足りない分は、また徴収されるだけである、つまりは『米国』からせしめる事ができなければ、意味が無いのだ。
「気が進まないのよねぇ、政治屋のねちっこい泥試合に付き合うなんてさぁ、第一、いつ帰ってこれるかわかんないじゃない」
「一生だったりしてね」
「やめてよね、冗談じゃない……」
「そう?、でもまあ、確かに戻って来れるかどうかより、帰って来た時に居場所があるかどうかの方が問題でしょうね」
「……どういうこと?」
「あなたが居ない間、当然代行が立てられるわ、その人があなたより有能で無い事を祈りなさいって事よ」
「下ろされるっての?、あたしが」
「そういうこともあるってことよ、……怒らないでよ、思ってるだけなんだから」
「タチが悪いのよ!、真実味あるし」
「そう?」
 はぁっと溜め息を吐いて……
「元々あたしなんて、突然抜擢されたって感じが強かったもの、ゲヒルンからネルフに組織替えされた時の話し、聞いてるんでしょ?」
「……表向きは人員の入れ替えによって新旧の摩擦が起こるのを避けるためって説明されたわね」
「そうね、でも裏の事情は違うわ」
 ミサトはあえて口にしなかった、今でこそ、だが、研究機関であったゲヒルンから特務機関へと組織替えされた際、ネルフは新規に人材を取らず、人事異動のみで全てを済ませてしまったのである。
 これは驚くべき事だったが、その組織の特異性故に、機密を握る人員の流出と、流入を嫌った結果でもあるのだ、だから組織のトップ、あるいはその下で働く者が若いのである。
 長く、あるいは古くから働く者ほど、知りえている秘密が多い、こうなると手放すわけにはいかない、そんな事情があった。
 その最たるものはミサトと、リツコなのである。
 故赤木博士の遺児、リツコ、彼女は高校生の頃からジオフロントに出入りしている、ミサトに至っては、セカンドインパクトの爆心地での唯一の生き残りにして、目撃者だ、使徒の。
 だからこそ、異常なほど高位の重職に据え置くことで、組織に縛り付けていた、当然、それに見合った監視を付けて。
 だがミサトは特にそのことを不満には思っていなかった、何故か。
「話したっけ……、あたしがどうしてネルフに居るのか」
 リツコは苦笑気味に笑った、どこか同情を窺わせて。


 かつて、碇ゲンドウは口にしている。
 セカンドインパクトは一部の学者の暴走によって引き起こされた、と。
 事実それは確かであり、そしてその中核を成していたのは、葛城調査隊……
 ミサトの父が代表を努める、研究のための団体であったのだ。
「葛城ミサトか、彼女が回収されたのは運命と言う他ないだろうな」
 会議場には、ゲンドウとキールの二人だけが居残っていた。
「同感です」
「覚醒した使徒の力は想像を絶する、その萌芽だけで地軸を歪めて見せたのだからな」
 翼を広げて。
 キールは地球の直径ほどもある大きさの翼を広げた使徒の起こした大地震を、寝起きの背伸びにも等しい身震いであったのだと説明した。
「使徒はその後、黒き月を目指し日本へと上陸する、……運が良かったと言うべきだろうな、使徒は『衝撃』に対する認識を持たぬ状態にあった、日本の首都と数千万の市民と共に焼却した思い切りの良さには呆れたが」
「しかし巻き込まれた政治家はおりませんよ」
「君に賛同した者のみだろう?」
 背もたれに体を預け、横向き、腹の上で手を組んだ。
 ゲンドウは相変わらず、いつものポーズである。
 三次元界における『肉体』という意味での概念を持たない使徒は、粒子と波、両方の性質を持った光そのものとして現出していた。
 このため大量のNN爆弾による、時空間に揺らぎをもたらすほどの衝撃に翻弄されて、拡散消失の憂き目に合い、消えざるを得なかった。
「幸い、南極消失以前にサンプルは手に入れていたから良かったものの」
 そのサンプルより、以降に複数のアダムプロトタイプが作成されており、また弐号機も余録として開発されている。
 ただ……、一つの懸念が存在していた、先日より、破棄予定であったはずのアダム再生体のサンプルの内の一つが、行方知れずとなってしまっていたのである、が、キールはこの場では特に持ち出しはしなかった。
 目の前の男だけが怪しい訳ではないし、持ち出すにしてもタイミングと言う物がある。
「あの時の情報操作には苦労させられたよ……、存外人類もしぶとい、二週間後には全世界の情報網を復活させていたのだからな」
「苦労したのはそれだけではありませんよ」
「そうだな」
「使徒の進行ルートより割り出した最終目標地点の探索と、その結果、発見された『以前は無かった空間』、ジオフロント、黒き月」
「教団の影響を排するのは一苦労だったな……」
 キールは胡乱うろんな組織だと吐き捨てた。
「君は先日の船団を、教団のものだと思うかね」
「……現在調査中です」
「意見で良い」
「間違い無いでしょう」
 ゲンドウはやけにはっきりと断言した。
「ただ、これまでに対して余りにも不明瞭な動きを見せておりますが」
「君もそう思うかね」
「はい……」
「弐号機の奪取が目的であれば、何も日本の領海でなくとも良い、何か……、他の要因があったのかも知れんな」
 一瞬だけゲンドウの目に動揺が現れた。
 非常に強い心当たりがあり過ぎて、キールの揺さぶりに抗えなかった。


「セカンドインパクトを起こし、父さんを奪った使徒への復讐、か……、流行らないわね、そんなのは」
 実際、それがここに居る全てではない。
 幾つも浮かび上がって来る、納得出来ない事柄。
 それを掴みたくてここに居る、使徒とは何なのか?、その意味ではここは最も近かったはずなのだが、今では最も遠い場所となってしまっていた。
 使徒の情報に接触出来る唯一の場所であり、だが、立場が邪魔をしてくれる。
(金、か……)
 ミサトはシンジからの誘惑に想いを馳せた。
 確かに使徒の出現によってある程度情報公開のラインが引き下げられた、それでもまだまだ、真に知りえたい事には程遠いのだ、シンジはMAGIからかなりの情報を引き出している、案外掴んでいるのかもしれない、使徒の正体を、ネルフの真実を。
 ──単純な復讐心で行動してると思われてるのなら、それも良い。
 それがミサトの結論であった、求めているものがそれ以上の物なのだと気付かれ、警戒されるのは厄介である。
 ──リツコの忠告、当たりかもね。
 下手を打てば、マジに飛ばされる。
(この機会に人員の整理を行うかもしれないわね、より実務的で、より『システム的』な構造に)
 そう考えて、ミサトは気の重い旅行へ出かけるために、荷物を纏めようと帰宅した。


 ジュンと言う名の少女の生をねじ曲げた出来事があった。
 アメリカ、ネバダ州に落とされた一発の爆弾。
 直接彼女に関わる問題ではない、しかし、間接的には十分過ぎる事件であった。
 これを決行したアメリカ軍の正気は疑われても当然だろう、しかしだ、彼らにもそれを実行して、世論を躱すだけの戦略はあったのだ。
 その最たるものが、日本国が使用したNN爆弾についてのものだった、事態の沈静化を謀るために用いられた手段、前例を免罪符とするのは日本もアメリカも大して違いは無いのかもしれない。
 前例となることを極端に恐れ、一方で歴史のあることは如何な悪行であっても慣例化する。
 アメリカにとっての誤算は二つあった、一つは『教団』の台頭である。
 この『人として当たり前の事』を最も重要視する彼らを前に、アメリカと言う国は余りに強くを謳えなかったのだ。
 そしてもう一つは言うまでも無く、『ゼーレ』という名の組織の圧力が掛かったたことにあった。
 順番としてはこうなる、東京消失の真実は使徒にある、しかしゼーレにはそれを明らかにする事が出来ない、よって彼らはもっともらしい『朝鮮軍進行』を捏造し、情報を流した。
 もちろん、朝鮮側はこれを否定している、が、それをするには前世紀の外交べたが悪過ぎた。
 相変わらずの返答であるとして、信用を得られなかったのである。
 これが結局、『噂の真相』として真実味を高めてしまった、アメリカ国防総省はこの噂に騙されたと言う訳だ、だからこそNN爆弾の投下へと踏み切った。
 事前に察知していたならば、ゼーレは止めていただろう、しかし彼らはこの流れに気が付くのが遅過ぎた、故に投下後のアメリカの動向をコントロールするのがやっとだったのである。
 国防総省は未だに投下の決定を下した大統領の、その後の態度の変化に疑問符を持っている。
 ……もちろん、それを詮索したりはしないのだが。
 アメリカ軍部は、結果として様々な評価を受けていた、やり方はともかく混乱を治めて見せたのは間違い無いのだ。
 一日辺りの平均死者数を数えれば、それもやむを得ない判断だったと肯定されている。
 だがこの評価は恐ろしいものだった、旧世紀のベトナムを誰しもが頭に思い浮かべたからである。
 右翼団体などは、中国大陸など麻薬の温床であるのだから、燃やし尽くせば良いと言うのだ。
 核においては、放射能の存在がさすがにその凶行に二の足を踏ませていた、が、純粋に破壊だけをもたらすNN爆弾には、迷うだけの問題は無いのだ。
 アメリカはいくつもの未来シナリオを作成している、中近東の衝突が宗教的な統合を生み、結果一大帝国を発生させ、さらに大きな火種となる、などのものだ。
 こう言ったものを抑えるために、アメリカは不可解な介入と戦力投入をくり返して来た、今後ベトナムの様な国が出た場合、彼らは自国で用いた『戦略』を『戦術』として取り入れるかもしれないのだ。
 既に、前例として、その効果を手に入れてしまったのだから。
 この状況を懸念した各国は、アメリカの国力の疲弊をこれ幸いにと結託した。
 国連監視の元に置いたのである、でなければアメリカが某特務機関からの宅配業務など引き受けることは無かっただろう。
 現在ではある程度盛り返し、ファーストチルドレンに行ったような陰謀を企てるだけの余裕は手に入れていた。
 もっともそれも、ゼーレと言う名の組織の監視の目をかいくぐらなければならないのだが。


 国連本部はアメリカのニューヨークにある、旧国連本部は海の底だ、ここはその後に作られた人工島である。
 陸地より十数キロ沖に作られている、一辺の長さは三キロ、陸とは一本の橋で繋がっている。
 この国連本部の下には常時潜水艦が待機し、港には軍艦が、そして敷地には航空機が何十機と整備を受け、いつでも出られるように計られていた。
 一大軍事基地と言っても良い感があるのだが、セカンドインパクト後の混乱期を経験してしまえば、この程度でも足りないと感じるのが当たり前である。
 中央にある本部ビルは、地上六十階建と非常に高い、だがこれは言葉通りの大黒柱であった、同じだけの長さで水中へ、そして地中へと打ち込まれているのである。
 その中程の階に一人の男性が居た、何でも無いロビーである、どこの階にも設えられている休憩所だ。
 窓から見える景色は、空と、雲と、海、緑の稜線。
 絶景と言える、事実ここからの景色は、『おみやげ』としてパネル写真にして販売もされていた。
 観光旅行者などは、必ず写真に収めて帰る風景である。
 しかし彼の意識は、そのような景色などでは到底治まらない状態にあった。
 胸に付けられているネームプレートには、余り上手くない書き方で、『Genta Yamagishi』と綴られていた。
 マユミの養父である。
(ネルフの監査か)
 苛立ちからか、彼はタバコを口に咥えてから、ここが禁煙である事を思い出した。
 火を点けられない苛立ちから、噛む様にして上下に揺らした。
 ネルフ、国連の一機関でありながら、その情報は皆無と言っても過言ではない。
 世界規模の組織でありながら、だ。
 ようやく皆の寄り集まりである域から脱した国連よりも、余程組織としての十分な体裁を持っている、しかし資料を見れば明らかに異常な部分が見て取れた。
 余りにも素人臭いのである、作戦部長以下の人間を見ても、使徒襲来以前の実戦経験は皆無である。
 なのに与えられている権限は……
 ようやく諦めたのか、ゲンタはタバコをケースに戻して胸ポケットへとしまった。
「査察から、状況に応じては監査への引き上げか」
 さらには準備期間まで削られてしまった、査察団の派遣が急がれた背景に、彼はきな臭いものを感じていた。
 かつてアメリカがNN爆弾を投下した後、常任理事国は慌てて対処したことを思い出す。
 今度は先手を、いや、『釘』を打とうとしている、そう感じる。
「時間が無いな」
 やはり最も確実なのは、現場げんじょうで指揮を取った事のある人物から、直接話を聞くことであろう。
 その人物は彼の手配で、翌日を待たずにこちらへと着く予定である。
 それまでに質問を纏めておくかと、彼はきびすを返して引き上げた。


「それにしても」
 ぶすっくれた様子でシンジは愚痴る。
「今日って一応、日曜日だよね」
「そうだね」
「それでもって、特に用事もないんだよね」
「そうだね」
「ついでに言えば、ここは高級マンションなんだよね」
 はて?、とカヲルは、ようやく片手で読んでいた文庫本から顔を上げた。
「何が言いたいんだい?」
「……」
 ジト目でシンジ。
「どうして、よりにもよってこんな場所で退屈してなくちゃならないのかと思ってさ」
 ──ハッ!
 突き出された拳を腕が弾く。
 アスカとホリィだ。
 着ている物はレオタードに近い代物になってしまっていた、シャツなどでは汗を吸って邪魔になるだけだと悟って、このような練習着に変えたらしい。
 切るようなアスカの拳を受け流すと、ホリィは左の拳を叩き込んだ、唸るように回転させて。
「ぐっ!」
 咄嗟に、真似て受け流そうとするアスカだったが、腕に響く震動に顔をしかめた。
 すかさず右足をミドルで入れる、アスカは足を浮かせて自ら当たり、弾き飛ばされた。
 ギュッとスニーカーの底で床板を擦り、倒れないようなんとか体勢だけは整える。
 ここはマンション最上階のトレーニングルームである。
「……何か不満でもあるのかい?」
「不満だらけだよ」
「そうなのかい?」
 それは意外だ、とカヲルは折り目を唇に当てた、何故だか二人とも鏡の壁を背にして、取り付けられているバーに腰を引っ掛けていた。
「ふむ……、けど僕達はこれでも健康な男子少年だよ?、その目の前で美の付く魅力的な少女達が、半裸に近い恰好で、それも汗で衣服を透けさせて踊りを披露してくれている……、これはもう、目を皿にして喜ぶのが礼儀と言うものじゃないのかな?」
 シンジは不機嫌丸出しで答えた。
「これのどこが踊りなんだよ」
「やるようになったね、ホリィさんは」
 カヲルは感心したように本を閉じて護魔化した。
「弐号機に搭乗してからと言うもの、見違えるように動きが良くなったよ」
「そうなんだけどね……」
 シンジは追及を諦めたのか、深く重〜い溜め息を吐いた。
 元々ホリィには基礎地があった、アスカのようなセンスに頼った格闘術と違って、正式に学んだ強みがホリィにはあったのだ。
 ただそれは実戦を想定した物ではなく、あくまで練習のためのものに留まっていた。
「力の使い方が上手くなったね……、気の練り方も見違えるようだよ、そう言えば、この頃はシていないみたいだね」
 カヲルはくすりと、シンジの不機嫌を苦笑した。
「今や彼女は気の操り方を覚えてしまった、少なくとも、自分の内にある『熱』をコントロールする術は身に付けた、毎日のように君を求めることが如何に不健康な事なのか、知ってしまったのさ」
「そうなんだけどね……」
 十四歳の少年としては、やはり欲望が上なのだろう。
 人の、オーラと呼ばれる気の色を見分けられるホリィは、その流れもまた把握する事が出来るように成長していた。
 問題は見えるからと言ってそれを操れない部分にあった、が、エヴァとの接触が彼女に理解させてしまったのである。
 自分と言う名の『核』がエヴァと言う『肉体』を操る、そのためには心臓、肺、血管はおろか、細胞に至るまで明確にイメージする必要があった。
 実は大半はアスカからのイメージフィードバックである、本来エヴァは、そこまでイメージせずとも動くのだ。
 ただ、高い性能を引き出そうとすれば、イメージは明確なほど良い、それだけである。
 ホリィはこの操術を、己の体に行った、見よう見まねの座禅まで組んでだ。
 老師より教わっていた『禅』により、己の深部から末端、全てを見つめ直し、そして自身の気の流れを把握する事に成功していた。
「ふっ!」
 当たる瞬間に拳を握り込むことで正拳の威力を倍加させるように、ホリィは拳が接触する瞬間にだけ気を解放していた、こうなるとたまらないのはアスカである。
「くうっ!」
 飛び散る汗が床の滑りを酷くする、元々体格の差でホリィにはパワー負けしてしまっていたのだ、ならばと速度を生かし、躱す事で以前なら息切れを狙えたのだが、今ではそうはいかなくなってしまっている。
 気の流れを良くするためには、自然と正しい姿勢と動作を心掛ける必要が出て来る、間違った姿勢は気の流れを悪くし、不整脈を誘発するからである。
 ホリィには気を視ることは出来ても、それをどう操れば良いのかわからなかった、とりあえず自分の体で、滞り無く気を上手く流せるように注意してみた。
 これが結果的には大当たりだったのである。
 気を上手く流そうと心掛けている内に、ホリィは無駄な力を抜く術を身に付けてしまっていた、少なくとも息切れしてしまうようなことは無くなっていた。
 アスカは焦った、ホリィの『剛腕』を捌くのは容易なことではない、向こうの息切れとこちらの疲れが噴き出すのと、おおよそタイミングは同じになると判断出来た。
 だから、焦る、焦りは気の流れをおかしくする、そして気の充実しない状態では……
 ──不安が、体の動きを悪くする。
「この短期間でアスカに匹敵するようになるなんてね」
「……これでまた、人を越える者が一人だよ」
「え?」
 カヲルは面白げに、両手をポケットに入れ、鏡にもたれた。
「だってそうだろう?、僕達の力がいかに非常識であったとしても、その仕組みはこの世の理屈にのっとったものなんだ、そして彼女が覚え始めた力は、生き物の根源に関わるものだよ、その前には僕達と言えど逆らえないさ」
 アスカは思い切って打って出た、右正拳から連続して左、右の足を突き出し、引いて左を蹴り出した。
 その全てを正確に腕だけで受け、逸らす、アスカから噴き出したオーラは槍のように尖って襲いかかって来る、格闘に慣れてないのはアスカも同じかと、ホリィは奇妙な落ち着きを覚えていた、もう少しばかり巧者であれば、これ程素直に『殺気』を教えてはくれないからだ。
 その事は一度、シンジに糸で打ち据えられて覚えている。
(あれは痛かった……、シンの糸には気と本質的に同じエネルギーが流れてる、あれを弾くよりは、アスカのは楽ね)
 つい二、三日前、太平洋から戻ってすぐのことである。
「座禅ねぇ」
 シンジは面白そうに話した。
「ならもう一つ、いつもは『視てる』ものを『感じる』ようにしてみれば?、これは老師に習ってた時に教わった事だけどね」
 アスカが蹴ろうとしているのがわかる、わかってしまう、蹴るために気が流動し、『気流』が生まれる。
 鳥が風を見るように、全ての流れが読めてしまう、これで判らないはずが無い。
 読み通りに蹴りが来る、足に気を導いて曲げて上げ、ブロックする。
『エネルギー』が反発し合った、押し勝った。
「せっ!」
 掌底を突き出す、震脚で床板を割る、が、アスカも流石だった。
「この!」
 体を駒のように回して躱した、擦れた右肩から背中に向かってみみず腫れを作りながらも。
「おやおや、少し熱が入り過ぎなんじゃないのかい?」
「けどまだホーリィはちゃんとコントロールしているよ、大丈夫」
「そうなのかい?」
「うん、気の操り方を覚えたばかりだからね、時々まだ、コントロールし切れなくなって暴走するんだ」
「……危ないねぇ」
「本当に熱くなってたら力の入り方もおかしくなるよ、だから、大丈夫」
「せいっ!」
「はっ!」
「くっ!」
「あっ!」
「この!」
「うんっ!」
「あん!」
 カヲルは何やら目を伏せ、眉間に指を当てて嘆息した。
「いやはや、けれどこれは、目の毒だよ」
 双方共に技に切れ味が増して来る、同時に着ている物が追いつかなくなり、千切れ出した。
 苦笑して、シンジ。
「素養、素質の点で負けていないホリィの実力が開花して行く、アスカを越えようとしている、それを僕に止めることは出来ないよ」
「っ!」
 ホリィの大きめの胸がぶるんと揺れた、内から外へ捻るように突き出された拳が、アスカの左胸をひしゃげさせる。
 心臓への痛撃、気が一瞬だけその動きを停止させる、動きの止まるアスカ、再起動するまでにコンマ五秒近い時間が所用された。
 そしてホリィには、それで十分だった。
 ──ドン!
 鳩尾への掌底、余りの強さにアスカは足を残したまま背中から床に叩きつけられた、直角に折れるようにして。
 げほっ、ごほっと咳き込み、呻く、体を酷く丸くして、アスカは涙目をホリィへ向けた。
「ちょっと……、あんたやり過ぎっ」
「ごめんなさい、つい……」
 余りにも奇麗に入れたものだから、その流れを止めるのがもったいなくて。
 そんな言い訳を口にしかけて、ホリィは慌てて思いとどまった。
「大丈夫?」
「たぶんね」
 アスカは立ち上がろうとして、よろめいてしまった、力が入らない、膝が笑っている。
 ホリィの打撃も効いたが、それ以上に疲れが一度にのしかかっていた、ペタンと音、ホリィがお尻を落とした音だった。
「ふぅうううう……」
 息を吹いている、吸っている、中々呼吸を落ち着けられないらしい。
 肉体のコントロールを覚えたと言っても、無意識に行えるほどではないのだ、彼女にとっては、まだ不健康な状態こそが自然である。
 つい、楽にしようと、あまり良くない姿勢になってしまう。
「いや、凄かったね」
「ほんとに」
 そんな言葉にアスカはキレた。
「うるさいってのよ!、横でごちゃごちゃごちゃごちゃ解説すんじゃないってのっ、気が散ってしょうがないじゃない!」
 ほんとにもう!、っと何かを探す。
「アスカ」
 放り投げられた物を片手で受け取る。
「ダンケ」
「ホーリィ」
 ホリィもだ、特製ドリンクの入ったスポーツボトル、ホリィはストローで吸おうとして失敗した。
 ゼェハァと息が切れる、呼吸するので精一杯で、どうにも吸い上げることが出来なく、苦しい。
 結局ホリィは蓋を開いてがぶ飲みした、口の端から漏れて喉元につたう。
「ふぅ……」
 それらを手の甲で拭いながら、ホリィはアスカを見て口の端だけで笑った、なんとも言い難いと言った顔だった。
 自分は勝った、しかしこの差はどうだろうか?、へたり切っている自分と、ちゃんと自分で立って、もう平然としてしまっているアスカとの差は。
「まだまだ、か……」
「あんたねぇ、そんだけやれりゃ十分じゃないのよ」
「でもまだシンには及ばないわ、そうでしょう?」
「僕?」
 とんでもない、とシンジは両手を突き出し、派手なくらいに大袈裟に首を振った、横に。
「僕なんて相手になれるわけないじゃないか、一発でのされちゃうよ」
「え?、でも……」
 くつくつとカヲル。
「まあ、確かにシンジ君は体を使うのは苦手だからね」
「そうなの?」
「アスカちゃんが辛いなら、後はレイに頼むしか無いね、レイは格闘術についてはうるさいから」
「レイねぇ……、そう言えば、あいつ何処に行ってんのよ?」
「楽園だよ」
「楽園?」
「まあ……、アジトみたいなところさ、新しい玩具が手に入ったんで、色々とやっているみたいだよ」
「ふうん……、ファーストは?」
「ネルフへエヴァの調整さ」
「……あいつもわかんないわねぇ、自由にしてりゃ良いでしょうに」
「そうもいかないのさ、綾波さんはシンジ君の乗るリミッター付きの初号機並みの力を零号機で発現させてしまうからね、今の状態ではエヴァが堪え切れないらしいよ、そこで強化改造ってことになってね、調整作業が必要になってるのさ」
 ──ネルフ本部、第三実験室。
「どう?、レイ、感じは」
 零号機の中、瞑目していたレイは、わずかに赤い瞳を覗かせた。
「お腹……、空いた」
 ──戻って、マンション最上階、トレーニングルーム。
「改造には多分に赤木博士の趣味が入るみたいだけどね」
「げっ、何やってんだか」
 ──実験管制室。
「くしゅん!」
「先輩、風邪ですか?」
「……ぐすっ」
「はい、ティッシュです……、仕方ないですよ、こんな寒いところに篭りっきりじゃ」
 それで、あの、とマヤ。
「これ、本当にやるんですか?」
「ええ……、司令の許可は貰っているわ」
「先輩のことは尊敬していますし、自分の仕事はします、けど……」
「なに?」
「あんまり恰好良くないですよね、これ」
 リツコはぷくっと頬を膨らませた。
 一体どのような改造計画であるのだろうか?
 ──さらに戻って。
「マナは?」
「マナならデートだよ」
 はぁっ!?、っと驚愕するアスカである。
「デート!?、あの子が!?、シンジ以外の奴と!?」
「ダメなのかい?」
「信じられないって言ってんのよ!、あいつがシンジ以外に興味を持つなんて……」
「色々とあるのさ、女の子にはね」
 カヲルはシンジを気にしてか、はぐらかすようにして護魔化した。


 ──初デート。
 少なくともケンスケにとってはそうだった、レイやアスカに連れ回されたのとは違って、今回ははっきりと自分から、そのように約束を取り付けたのだから。
 とは言え、そこは女慣れしていない彼である、緊張の極地にあった、もちろんデートコースなどはシュミレーション済みだ、それが悲しいかな、テレビや本の受け売りであり、またはアスカとのデートを模倣してしまっているだけだとしても。
 とりあえず、待ち合わせ、適当な店で喉を潤すか小腹に物を詰め込みながら会話を楽しむ、もちろん、ここで何を会話するなど、具体的な内容には思い至っていなかった。
 都合よく自分本位の話題で彼女が笑ってくれる所だけを妄想した。
 そこから映画、そして二・三店を回ってショッピング、都合が良ければ夕飯を食べて、それから、それから……
 流石にキス、までは想像したが、これは否定した、そこまで上手くいくとは思えなかったし、第一……
「ケンスケ君?」
「あ、ごめん……」
 会話を途切れさせてしまい、慌てて言い繕った。
 街中、中心街だ、ここにはショッピングモールもあるし、遊ぶ場所にも事欠かない。
 マナが居る、それは良い、ただそこにどうしてもアスカを重ねてしまって、あの時の後ろめたさが噴き出して来る。
 もちろん、あんな事が二度三度あるはずがない、いや、一生を通してもあるかないかだろう、稀に運の悪い人間は居るものだが、ケンスケはあれこそマンガの中の出来事だと思っていた。
 そのマンガでは、シンジとアスカが主人公であり、その良き友人としてカヲルが存在し、自分は……
 ケンスケは慌ててその考えを否定した、ならば自分が主人公の物語もあるはずだと、あっても良いはずではないのかと。
「でも霧島さん、ああいう映画が好きなんだ?」
 マナは少しだけ顎を引いて暗くなった。
「変、かな?、やっぱり」
「ああっ、そうじゃないんだけどさ!」
 しどろもどろに。
 ちなみに今見て来たのは、セカンドインパクト以前にその名を馳せた『スチーブンセガール』の『沈黙』シリーズである、本当なら全シリーズが公開されているのだが、二人はその内の『沈黙の戦艦』だけを見て出て来ていた。
「この間もさ、ほら、戦闘機とか軍艦のことに詳しかったから」
 一体どの様な話しをしたのか……、まあ、その様な話題を振る方も振る方なのだが。
「……ちょっと、親戚の人が詳しくて」
「ふうん……」
「訓練だなんて言って、よく連れ出されたの、山の中でペイント弾撃ち合ったり、今日はいい所に連れてってやるぞって言って、どこかの基地とか、港だったり……、あんまり良い想い出じゃないんだけど、自然と覚えちゃって」
「そうなんだ……」
 ケンスケは適当に、自分に照らし合わせてサバイバルゲーム好きなのだろうと想像した、まさか本物の銃でペイント弾を撃ち合っていたとは思うまい。
『今』のマナに触れた上では。
 ただ、マナにとってはそれは心中微妙な記憶であった、確かに思い出したくもない、辛いことばかりであった。
 今の自分があの頃に戻れば、きっとムサシですらも憎くてたまらなくなるだろう、それぐらいに酷く嫌悪してしまっている、恐ろしくもある、身も竦むほど。
 けれども、だ。
 その後に、救世主が舞い降りた、黒衣の、まさに悪魔としか言い様の無い少年だった。
 その王子様と出会う瞬間を、出来る限り感動的にするために、あれだけの苦難があったのだとしたら?、いや、苦難が無かったならばどうだっただろうか?
 果たしてシンジを好きになっていたのだろうか?
 あの基地から逃げ出そうと思っただろうか?
 酷い目には合っていた、けれども餓える事もなかった、それも事実だ。
(どうなんだろう?)
 両極端。
 そこには苦しみも悲しみも喜びも、全てが演劇のように連なっている。
 未だ幕間にも達していない人生なのだが。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。