発令所へと顔を出したリツコであったが、彼女は準戦闘配置に入っている慌ただしさにぽかんとした。
「何事なの?、これは」
「あ、赤木博士」
 青葉が答える。
「演習ですよ」
「演習?」
「はい、第三新東京市、市街地山林において諜報三課及びチルドレンによる演習を行っています」
 カツッと靴の音を立てて歩み出すリツコだ、その後ろにはゲンタが主モニターのマップと光点を注視したままで続いていた。
「諜報……、と名が付いているわりには派手だな」
「名前だけの存在ですから」
 マヤの席に腰かけ、データを引き出しながら説明をする。
「諜報三課は子供達の護衛と監視のために設立された専門の部署ですわ」
「だから隠れる必要はない、と?」
「ええ、課長の話では、半端者には半端者なりのやり方があるそうですわ、スパイ映画を真似て身を隠した所で、本当のプロに対しては効果がないと」
 ふむ、とゲンタは了解した。
 身を潜める、と言えば聞こえは良いが、それは味方からも認識出来なくすると言う事である。
 しかし『味方』が完璧と太鼓判を押してくれた隠形術も、『本物』からすれば隠れんぼに等しいなど良くある話だ。
「いっそ人目につく形を取った方が安全であり、役に立つ、か」
 敵からは丸見えだというのに、味方の目から隠れるなどあまりに危うい。
 知らぬ間にチームの人間が姿を消していくなど恐ろしいものだ。
 だが見える位置に立たせておけば、消えた時に何かが起こったのだと警戒を促す材料に出来る。
「目撃者を増やす事で反応も早められる、か……」
「はい、もちろん潜ませておく人間も、一応は別に用意するそうですが」
「微妙なラインだな……」
 その目撃者が素人であった場合、単にパニックを引き起こすだけかもしれないのだ。
 そうなった時、対処行動を邪魔されてしまう可能性もある。
 三課の課長とやらは、部下をパニックに対しては応じられる、しかし本物に対しては抑止力を持つには至らないと見ているのだとゲンタは判じた。
「それで?、見る限り敵は小数のようだが、チルドレンと三課の目標は何を設定しているのか、教えて頂けますか?」
 え?、と言う顔をしてから、リツコはゲンタが勘違いしていると思い至った。
「違いますわ、この演習はチルドレンと諜報部による対戦です」


NeonGenesisEvangelion act.44
『変調:pro・logue −外典 第三章 第四節−』


 ──パパパ!
 闇の中を火線が走る、くあ!、悲鳴を上げて男がのけぞる。
 素早く彼らは木陰に隠れた。
「信じられん!、本当に奪われた銃なのか?、あれは!」
 叫びながらも手話に似たサインで展開しろと指示を出す。
「ライフルじゃないんだぞ……、サブマシンガンでどうやってこれだけの精密射撃を」
 そっと覗くと、ばきんと幹が弾け飛んだ、飛んで来た弾は一発だけだった。
 ──ゾッとする。
「こっちが見えてるのか?、この距離で……」
 ヘッドセットの赤外線カメラが木の根による段差に隠れている少女の姿を教えてくれていた、距離は百メートルと少し、赤外線画像として、右目に投射されている。
 これが無ければ完全に闇と同化されて気付く事すら出来なかっただろう、一方で目標である彼女は、なんのサポートもなくこちらの動きを見抜いてくれている、その上に。
 ──サブマシンガンは、弾をばらまく事を目的として設計された武器である。
 多勢を相手にした時に無駄弾をばらまく事で威嚇、威圧するための武器だ、威力や破壊力、命中率はさほど考慮されていない。
 その銃を使って、まるでスナイパーのごとく狙って来る。
 スコープもなしに。
(これがチルドレンか)
 彼はそんな風に誤解した。
 実力以上の何かの差、それがあるとしか思えなかったからだ、しかし……
「ちっ、やっぱこれじゃ無理があるか」
 アスカは銃身を固定するために石を積んで作った銃座に銃身を置いていた、手ぶれを無くすためである。
 ただでさえマシンガンは反動でぶれる、その上銃身バレルが焼けつくと歪んで来るのだ。
 それでもアスカが有り得るはずのない性能を引き出せていたのは、『かつて』の経験によるものだった。
 ──エヴァンゲリオンによる実戦経験。
 史上類を見ないサイズでの兵器の開発は、多分に理論のみで構築された、ろくでもないものばかりであった。
 その中でも初期に開発されたパレットガンは、本来の用途など無視して様々な状況下で使用せねばならなかった。
 サブマシンガンのような『ばらまき型』のあの銃を、市街地のような場所で巧みに操らなければならなかったのだ、その経験から銃の扱いに関しては多少の勘が利くようになっていた。
「でも変ね?」
 アスカは首を傾げた。
「統制がちゃんと取れてない、なんで?」
 その原因は、こちらにあった。
 ──仮設指揮所。
「加持さん」
「なんだい?」
「どうしてMAGIのサポートを切ってるんですか?」
 すっかり落ち着いて、シンジは加持の左後ろのパイプ椅子に腰掛けていた。
「MAGIが入ればもうちょっと纏まった動きが取れるんでしょう?」
 アスカの疑惑の原因はそこにあった、MAGIのサポートだけでなく、指揮所からの指示も出されていないのだ。
 統制を取るべきはずの男は、のんびりと何本目かの煙草をふかしている。
「訓練だからさ」
 加持はちっちっちっと、煙草を挟んだ指を振った。
「MAGIクラスのサポートがなきゃ女の子一人捕まえられないようじゃ、どんな仕事も与えられない、違うか?」
 それに、と。
「シンジ君達相手に、MAGIがどの程度の足しになる?」
 でも、と。
「このままじゃあ」
 加持は気まずげに、ぷかぁ、と煙草をふかした。
 こめかみに一滴垂れる汗が見られる。
「加持さん」
「いや……、その、な?」
 シンジの剣幕に引きつって告白した。
「元々な……、適当に集めてもらった連中なんだな、これが」
「適当って」
 気まずげに視線を漂わせた。
「気乗りしなかったんでな……、優秀な奴らをくれって頼んだのさ」
 にやりと笑って、あっさりとそんな『期待』を裏切ってやった父の姿が、何故だかはっきりと思い浮かんだ。
「そうですか……」
「ああ……、失敗したよ、こんな無茶が通るはず無いって思ってたのに」
 とほほと落ち込んで……
「仕事増やしただけだもんなぁ」
 シンジはそんな加持を慰めた。
「でも僕達にしてみれば、結構有り難いんですけどね」
「そうかい?」
「はい、どうせ見張ってもらえるなら、プロに頼みたいですからね、今の保安部員じゃ頼りなくて」
 まあなぁと加持は苦笑して見せた、何故ならシンジの懸念は現実に起こっている事だからだ。
 チルドレンの安全確保のために、……セカンドチルドレン暴行傷害事件にからんで、ゲンドウは保安部に直接指示を下していた、保安の強化をである。
 しかし、だ。
 本来の職務を忠実にこなそうとしているのだが、他の機関、いわゆる『スパイ』の接触が激しく、既に二桁の死傷者が出てしまっていた、もはやいつ突破されるか分からない状況にあるのだ、保安部員を頼って気を抜く事などとても出来ない。
 自分達の身は、自分達で守らなければならない現実に曝されている。
 実際に身を護るのは簡単だ、ただそれを実践するためには、どうしても定住場所を持たない事が絶対条件となって来る、このジレンマを解決するためには、守備をこれ以上と無く固めていくしかないのである。
 だが固めれば保安部や諜報部は関心を向けて、わざわざ敵の先鋒と化してくれるだろう、それが邪魔なのだ。
 だからいっそのこと、居なくなってくれた方が楽だというのに、うろちょろとしてくれる。
「せっかく仕掛けたカメラとか罠とか、一生懸命潰してくれるし」
「そう大した手間じゃないんだろう?」
「レイが愚痴るんですよ、元々ネルフにやらせちゃえばそろばん弾かなくて済むって考えでこっちに来たんですから……、変なところで手間と出費がかさんで」
 はは、と乾いた笑い方をした。
「そりゃまた、なんとも……」
「まあエヴァに比べたら小さい額なんですけどね」
 加持は冗談のように言った。
「エヴァには国家単位の予算が必要になるからなぁ」
「はい」
「そのための財政確保なんて現実的には無理、か……、でもネルフと総司令なら話は別だ」
 シンジは苦笑して頷いた。
 自分達ではどうやっても、誰も金を出してはくれないだろう、強請きょうせいするにしても手間が掛かる、抵抗も大きいものになるだろう。
 だがちょうど良い人物がここにはいるのだ。
 鶴の一声で多額の資金をかき集められる人物が。
 これに『寄生』しない手は無いだろう。
「なんとも、なぁ」
 加持は呆れた。
 そんな理由で、ネルフに関っているんだからなと。
「そうなると……、案外司令の『これ』も、その辺りに関係してるのかな?」
「え?」
「だからさ……、無駄に消耗していくよりは、高い金を払っても消耗せずに済むものを使った方が、結果的に安く済むってな?」
「じゃあいっそここで『ふるい』にかけちゃいますか?」
「……それも良いかもしれないが」
 また「うわぁ」などと言った悲鳴が無線機から聞こえて来た。
「……」
「……」
「ふるいにかける以前の問題ですね」
「そうなんだよなぁ……」
 やれやれと。
「実力を見せる前に倒されてるんじゃなぁ……、せめて実力を出せるようにしてやるか?」
「どうするんです?」
「『刺客』を送るのさ」
 片目をつむる。
「ユーリ君」
 加持は傍らのロシア美女に命令を下した。
「そろそろ働いてもらえるかな?」
 驚いたようだ。
「わたしが、ですか?」
「ああ」
 山の頂へと顎をしゃくった。
「君ならアスカに勝てるだろうからな」
 な?、とシンジへ、片目をつむった。


 名前を『V・ユーリ』と言う、ロシアでは非常にありふれた名前である。
 彼女は空間使いであった、セカンドインパクト以降、彼女のような『異能力者』は、突然に表舞台へと姿を現していた。
 ……表舞台と言っても、それなりの『裏社会』への話ではあったが。
 過去、外界との接触をことさらに避けて身を隠して来た彼らが、何故突然に外への進出を始めたのか?、その理由は様々であった。
 混沌とし始めた世界を見過ごしておけなくなった、あるいはチャンスと見た。
 彼女の場合は野心に近いものであった、隠れ里のような場所に住むのが嫌になり、飛び出して来たのだ。
 そうしてとある政治家に仕えていた時、ネルフの使者として訪れた加持と面識を持ち、スカウトされて今に至っている次第である。
 説明してしまえばそれだけの経歴で、さほど何かがあったわけではない。
 ただ彼女に『慢心』があったのは事実である。
 空間使いである彼女には、世界中で潜り込めない場所などはない。
 そう思っていたし、事実そうであった、これまでは。


 ──ブゥン……
 最初、アスカはその音が何なのか分からなかった。
 耳鳴り、そして気圧差に似た痛みを感じて耳を押さえた、それでもやまない。
(なに!?)
 木々の向こうで暗闇が渦を巻いてのたうった。
 歪んだ波紋が垂直に浮かぶ、歪まされた空間は大気を粘つくものへと変質させて、渡り来る者に絡み付き、付きまとっていた。
 粘液のような大気を身に纏って、『抜けて』来たのはユーリであった。
 とっとと、躓くようにブーツで地を鳴らし、顔を上げる。
「ユーリ、下がれ!」
 彼女の異能力を知っていたのか、男の一人が叫んだ、残りの者は現実が認識出来ずに戸惑っている。
 ──逸早く反応したのはアスカであった。
 やはり耐性があると違うのかもしれない、くっ!、体を起こし、左の踵にお尻を乗せるようにして右膝を立てた。
 パパパパパ、連射する、温存して来たマガジンが空になるのも構わない勢いで、だ。
 ユーリははっとした、確かに世界の何処にでも渡れる彼女だが、だからといって渡った先の世界がどういう状況なのか?、それを知るための力は無いのだ。
 状況把握が一瞬遅れた。
「くうっ!」
「准尉!」
 男はユーリの盾となって、銃弾を肩に受け転がった。
 ネルフに准尉と言う階級はない、おそらくはネルフ以前の経歴での階級だろう。
「!」
 彼女は准尉の体を抱き支えると、キッと銃撃のした方向を睨んで目を細めた。
 ──キュィン!
 空間が切断された。
 バキバキと木々が倒れ込んだ、ひゃあっとアスカの声がした。
「あっ、あっぶなぁ……、なにすんのよ!」
 銃を持った腕を振り回すアスカに、彼女は怒った。
「准尉を撃っておいてっ、なにを!」
「はっ!、アンタばかぁ!?、模擬弾でしょうが!」
「当たれば痛いのよ!」
「あんたのは死ぬでしょうが!」
 双方、頭に血が上って木を斬った力についての事柄がさっぱりと抜け落ちてしまっていた。
 普通、驚くものだし、平然とされては、また何故と疑問に思うのが当たり前だ。
『うるさい!』
 二人同時に相手の非難を否定した。
 一瞬俺のためにと喜んだ准尉であったが、勢いよく立ち上がったユーリに放り出されて、『俺なんて』と足元で拗ねた。
 ユーリが振るった腕の軌跡に沿って空間がスライドする、その軌道が見えるのかアスカはしゃがんで避け、銃弾を放った。
 しかし銃弾はユーリの手前で消えた、空間に絡み付かれ、光の屈折による波紋を生んで消えてしまった。
「くっ!」
 ユーリは両腕を振るって『気』を放った。
 圧縮された空間が固形化していく、大気もまた分子の集まりである以上、それは固めることで凶器と化して利用出来るのだ。
「甘いってのよ!」
 しかしアスカもまた常識では計れない存在であった、彼女は飛んで来た『固体』を避けて見せた、左の赤い目には見えるのかもしれない。
 ブワッ!、目標を外れた『固体』が着弾した、圧縮の枷が外れて膨らむ、膨張した空間は一斉に大気を流動させて『世界』を薙ぎ倒すように吹き荒れた。
 ──ガンガガン!
 めくれる山肌、折れ重なる木々、准尉以下男達が翻弄されて山肌を転がり落ちていった。
 ユーリは驚愕しながらも土煙の向こうにいるものに対して踏ん張った。
 空間使いである彼女には、『そこ』に『絶対領域』が『棲息』していることを感じ取ってしまったのだ、その空間には『干渉』できない。
 ──はっとする。
「はぁい、動かないでね?」
 とんっと……、肩に何かを乗せられて、彼女は硬直し、固まった。
 多少の重み、刀剣の類だろうか?
「ハァイ、ワタシ、アヤナミレイ、どぅ〜ゆぅあんだすたん?、なんちって」
 背後の殺気に、身を強ばらせる。
「それ以上はだめよぉん?、アスカちゃんが本気になったらどうすんの?」
 月をバックに、にたぁっと横倒しにした三日月のような口が笑っていた。
 ユーリは思い切って前に跳び、前転した、くるりと回って構えを取り、愕然とする。
「棒っ、枝!?」
 そう。
 腰に左手を当て、ぽんぽんとレイが自分の肩を叩いているそれは、その辺に転がっている様なただの枯れ枝の棒だった。
 人間は刃物などに対して本能的な恐怖心を持っている、持ち手に技量が無くとも見せられただけで震えてしまうのはそのためだ。
 だが、彼女が持っていたのは武器では無かった、棒だった。
 ならば先の殺気は、彼女そのものに秘められている『危険性』と受け止められる。
 レイはそんな彼女の脅えを感じたのか、にぃんっと意地悪く笑って先端を向けた。
「かったぁい!、堅い!、ナニよりは柔らかいけどね、ってオゲレツ?、こりゃまった失礼しました、っとサヨナラしてどうすんのって突っ込むとこでしょうが、抜けてる奴ねぇ」
 勝手なことを言って、ぽいっと捨てた。
「むむっ、おねいさん……」
「……」
「『後天的』能力者、じゃないみたいね、遺伝種?」
 両の腰に手を当ててレイは胸を張った。
「ま、そんなこたぁどうだって良いのよ、用があって来たんでしょ?」
 敵が誰だか分かっている、ユーリはだからこそ迷ってしまった。
 ──ホワイトテイル。
 扱いを間違えると、火薬庫以上に危険な存在である。
「ちょっと、待ちなさいよ……」
 瓦礫の崩れる音がした。
 あらあらとレイ、アスカがケホケホと咳をしながら立ち上がったからだ。
 その髪は埃だらけになって、かなり痛んでしまっていそうだった。
「ここまでやられてんのに、あんた持ってく気?」
「アタシに怒らないでってばぁ」
「っさい!、あんた〜!?」
 ユーリを指差そうとしたアスカであったが、彼女がレイに対して腕を振り上げているのを見て驚いた。
「なっ!」
 慌てて身構える、再びの爆発、爆煙、今度は全てアスカを避けて流れた。
 アスカがそう命じたからだが。
「無駄無駄無駄無無駄ぁ!」
 チェシャ猫を思わせる冗談めいた表情と、禍々しく光る赤い瞳が相反していた。
「そんな『ちゃちぃ』もん、役に立つはず無いでしょうが、って!?」
「レイ!」
 アスカは腕を横に引いているユーリに仰天して心配してしまった。
 ユーリの瞳孔が丸くなる、キュイイイイィイイン、耳の奥で鳴る音が凝縮した、直後。
 ──ブィン!
 彼女は腕を振るって、空間に断層を発生させた。
 アスカに放ったものよりもよほど過激で、強烈だった、視認できるほど空間がずれた。
「っ!」
 胴部から上下に切断されたレイは、そのままたたらを踏んで、『留まった』、……倒れなかった。
「ひっ!」
 ユーリは悲鳴を上げてしまった。
「……空間断層刃、ってとこ?」
 ぐっと堪えて真っ直ぐに立つ下半身。
 その横には宙に漂う形で上半身が浮かんでいた、いや……
 良く見れば、その位置は正確に下半身からX軸、Y軸へのズレを保って動いていた。
 ユーリはそのあり得ない光景に悲鳴を上げ、腰を落とし、失禁しそうになってしまった。
「おっと」
 レイはなんでもないかのように、自分の腰に手を置いて、くいっとズレを修正し『くっつけた』、とんとんと爪先で地面を叩いて、『接着具合』を確かめる。
「なんってでたらめな体してんのよ」
「ぷぅ!、そゆこと言う?」
「言う」
 レイは「あ、っそう」とアスカに対してうなだれた。
「ふんだ、『ズレ』たぐらいでショック死する程やわじゃないっての」
 ユーリはそんな馬鹿なと愕然とした、確かにずれたとしても空間的には繋がっているが、世界にはそのような『異常』を『修正』する機能があるのだ。
『修復』はあってはならない『余白』を埋める、結果、別たれた『物体』は『斬られた』と同じ影響を受けて、切断された事になってしまうはず、それを……
 ──ドンドンドン!
「いぁあああ!」
 悠然と歩み寄って来るレイに対して、彼女は半狂乱になって髪を振り乱し、泣き喚き、『超空間弾頭弾』を撃ちまくった、レイもレイで、その一発一発を拳で『粉砕』して『爆砕』して『塵芥』として『拡散』させて『無効化』した、傍目には拳が何かを払いのける度に爆煙が発生しているだけにしか見えないが、冗談ではない。
 その一発一発は中性子に化ける寸前にまで凝縮された『空間』であるのだ。
 それを力任せに粉砕して見せる。
「ひっ」
 ついに目前にまで押し迫られたユーリは、拳を振り上げて叩きつけようとしているレイの挙動にキレてしまった。
「は!?」
 ──閃光、爆発が発生した。


 夜の山中は何やら無気味な気配に満ち満ちていた。
 虫、獣、鳥、下からの銃声に驚かされて騒いでいるのだろう。
 一人峠道を歩いて下っていたシンジが、背後の閃光に振り返った。
 その顔つきは、ほんの少しだけ険しいものになっていた。


 ──世界は白色に呑み込まれ、全ては『純白』に、『漂白』された。
 その瞬間。
 ──に問う!
 何かが聞こえた。
 ──だけが、……って言うのかよ!
 その魂からの慟哭は……
(コード、B?)
 影がちらつく。
 ──あいつの父さん、ヒトゴロシなんだぜ?
 ──旦那さんが実験台にして、見殺しにしたって。
(なに?、これはなに?、なんなの!?)
 上下左右、前後からもだ。
 聞くに堪えない、嘲笑が……、罵声が、心を鷲づかみにする蔑みが……
「やめて!、やめてよっ、もうやめてよぉ!」
(誰?)
「もう嫌だ!、こんなの嫌だぁ……、誰か僕に!」
 幼い子供。
 かすれて消える。
「何を願うの?」
 声。
「何を願うんだい?」
 姿は見えない。
「君に不自由を上げるよ」
 そしてまた……
「ほら、これで君は……」
 ゴウ!、風鳴りに似た音が全てをかき消す。
(これ、って!)
 無限に互いを写し合う鏡のごとく、向かい合った人物が無限に連なり、並んでいた。
 碇シンジ、綾波レイ、碇ユイと、エヴァンゲリオン初号機、そして……
 ──白い巨人。
 ぞくりと悪寒が走った、万華鏡となって写し合うそれらの中点で、反射された『画』がぶつかり合って何かになった、何かが生まれた。
 巨人の姿が変わっていく、白く、十二枚の翼を開き、眼窟に赤い光をちらつかせて。
「あ、あ、あ……」
 何かが生まれていく、それはその過程だった、合わせ鏡は互いを無限に写し合う、しかし反射したものを写している以上、屈折によって歪んでも行く。
 そのように、碇シンジは胸を膨らませ、女性化し、綾波レイは無表情から明るく笑うようになり、碇ユイは……
 その反射光の全てが中央に集約し、統合され、融合していく。
 そこに生まれたのは……
だぁ!
 突如、真白き世界は引き千切られた。


「だぁ!」
 まるで紙を引き裂くように、レイは何かを千切り捨てた、それは散り散りになって風に乗って消えていく。
「コイツっ、サイッテぃ!、信じらんないっ、あんた馬鹿ぁ!?、いっくら焦ったからって何でもかんでも『飛ばす』ぅ!?、フツウ!」
 ユーリはぺたんと座り込み、完全に放心してしまっていた。
「下手に空間飛ばしたらぶつかったり『重なったり』して核融合が起きるくらいのことは常識でしょうが!、あたしから逃げたいからって街ごと消滅させるつもりだったの!?、あんたは!」
 下手をすれば全てが白紙に還るところだった。
 それ故の怒りなのだろう、レイは彼女の胸倉を掴んで引きずり上げると、抜き手を作って身構えた。
 ──シュッ!、パシ……
 しかしユーリの顔を突き刺す寸前に、横合いからの手に止められた。
 レイは酷く恨めしげな顔を横へと向けた。
「なにすんの」
「いや……、ね」
 そこで苦笑していたのはカヲルであった。
 ゆっくりと、レイの手首を解放する。
「……死人を出しちゃまずい、そういう話じゃなかったのかい?」
 ちっと舌打ちをして、レイは体勢を解除した。
 ユーリを放り出し、ふぅと怒りを抑え込む、無理矢理にだ、それほどに強く憤ってしまっていた。
「ちっ、運の良い奴……」
「そうだね、僕もおかげで、非常に興味深い光景に立ち会えたよ」
 にやりとカヲル。
「爆圧を集中させたためか、空間が一時的に壊れたみたいだね、事象の地平……、遥かな終焉の世界で、君はああして生まれたのか」
「……」
「……初号機と綾波レイ、そしてリリスは同一異相体であり、全次元、全時空間において絶対一の存在である……、そこに碇母子の情報が紛れ込んでしまった時、君と言う存在の誕生条件が出揃った」
「……」
「サードインパクトの後の『再創世』、無限に誕生してしまった多様なパターンの『碇シンジ』『綾波レイ』『碇ユイ』『エヴァ』『リリス』、そして『アダム』は渦を巻くようにして混ざり合い、あたかも『銀河雲』のごとく『暗き混沌』を成していった、それは全世界、全次元の『君達』の感情、知恵、知識、思想、心が統合されていくということだよ、遥かな事象の果てで凝縮は『臨界』を越え、『超新星』を起こし、やがて君と言う形での『生誕』に至った」
「だから?」
 カヲルははたと気がついた。
 彼女がむぅっとふくれていることにである。
「ま、まあ……、それだけのことさ」
 言い訳がましく取り繕った。
「君は僕の説明癖は知っているだろう?、そう怒る事は無いんじゃないのかい?」
「分かってるなら黙ってろっての」
 たくっとレイは空を見上げた。
「結構月が昇っちゃったな……」
「そうだね」
 ふんっと、未だに放心し続けているユーリに軽蔑をくれる。
「カヲル、あのタラしに言っといて、……こういう『使えねェ』やつはさっさと処分しときなって」
 やれやれと。
「お眼鏡にはかなわないかい?」
「神経細過ぎ」
「なるほどね」
 あれ?、とレイはようやく気がついた。
「アスカちゃんは?」
 苦笑して。
「君が空間を引き裂いたりしたもんだから、どこかその辺りに飛ばされちゃったよ」


 ぼんやりとした月を背に愕然とへたり込んでいるアスカである。
「……ここ、どこよ?」
 周囲には先程までの『喧嘩』の痕跡は何一つない。
「まったく」
 髪を掻き上げようとして、握ったまま放せなくなっている銃のオイルが付きそうだと思い、途中でやめた。
 硬直して、震えてしまっていた、それほどまでに強ばったのは何年ぶりのことであろうか?
「……気のせいじゃ、ない、絶対、あれって」
 酷く気難しい顔をして、アスカは心の中で呟いた。
(絶対居た……、シンジが、それも三人居た気がする)
 一人は良く知っているシンジであった、優しくしてくれと甘えたことを叫んでいた。
 一人は納得出来るシンジであった、身勝手な役割を押し付けた全ての者に対して復讐を誓っていた。
 そして最後は……
(二人を見てたあれは……)
 遥かな高みで、とても物悲しそうに有り様を見ていた、その彼はサードインパクト、その後のあの赤い世界で、自分の隣に居た彼のような気がする。
 シンジでなくなっていった、碇シンジだ。
 アスカは顔をしかめると、『あの世界』で過ごした一年余のことを思い返した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。