「で、結果についてはどうだったのかね?」
 ──総司令執務室。
 珍しくゲンドウの姿はなく、冬月が一人でくつろいでいた。
「はい、お粗末、と言ってしまうのがやっとでしょうか?、途中、介入が見られたようですが……」
「そちらについては?」
「諜報一課に」
 ふむ、と冬月、リツコは報告書を綴じてその前に置いた。
「目的通り……、彼とシンジ君の『癒着』は確認出来たわけですが」
「ああ……」
 目と目の間を揉みほぐす。
「しかし薮を突いて蛇を出したのと同じだな、これは」
 MAGIのサポートを拒否したとしても、監視の目まで拒否出来る訳ではない、いつ状況を求められても答えられるように、MAGIは待機を守り続け、情報を逐次収集している。
 当然のごとく、MAGIはアスカと鬼と坊主の戦闘も記録していた、ただ……
 ──加賀を始めとした忍者軍団の姿だけは、まったく捉えられていなかった。
 加賀達は巧く木々の枝葉を盾にして、存在を認知させなかったようだ、レイ=イエルでさえ、カメラに対してまでは隠れ切る事など出来なかったというのにである。
 だから彼らは内閣調査室の介入を知ることなく、ただ指揮所での加持とシンジの関係だけに着目していた。
「それで、彼らは?」
「今は空港ですわ」
「空港?、……ああ」
「ええ、修学旅行で、見送りに」
 ですが、と一つだけ付け加えたりする。
「正直、意外でした……、シンジ君だけならまだしも、レイにまで許可をお出しになられるとは」
「なに?」
 ぴたりとコウゾウは固まった。
「レイ?、レイがどうかしたのかね?」
「はい?」
 リツコはその言葉の意味を図りかねたが……、なんとか理解したようだ。
「え!?、司令と副司令の連名でファーストチルドレンの旅行への許可申請が認可されていますが」
 冬月は驚きを現す寸前で押し留めた。
「ああ、そのことかね」
「……」
「正直、レイが旅行に出かけると言うのはシンジ君の影響なのだろうが」
「よろしいのですか?」
「かまわんよ」
 それくらいは、そんな意味を含ませたが、もちろん絶対に良いはずなど無い。
(碇か?、……それとも)
 どうせMAGIを使っての『イタズラ』だろうと当たりをつける、この時代、書類の署名には二通りのやり方が在る。
 一つは旧態依然とした紙に対するペンでのサインで、もう一つは電子文書にペンタイプのインターフェイスで署名を行うやり方である。
 当然、後者の方が『偽造』はし易いのだが、全く同じ筆跡を二度以上再現する事など人間には不可能だ。
 もしサインの部分だけを『複製』したとしても、MAGIならば何万通とある書類のどれからコピーしたものか一瞬で見抜いてしまうだろう、同時に、一部だけ変更したとしても、微妙な筆圧、『タッチ』の差もまた検知してしまう。
 つまり、後者はMAGIが存在しているネルフだからこそ行われている慣習ではある。
「つまりそれを逆手にとって偽造してやったって訳よ」
 そうレイ=イエルは自慢げに語った、ここは空港のロビーである。
「はい、これがオミヤゲの希望メニューね?」
「……」
 レイは不正を頼んだ事を少々後悔したような顔をした、……どうでもいい事ではあるが、同じ顔に同じ制服を着ていて、ここまで違う雰囲気になるのは表情の差、だけなのだろうか?
「多過ぎるわ」
「ダイジョブだいじょぶ!、宅急便が使える店ばっかり選んどいたから♪、思う存分注文してねん☆」
「……分かったわ」
 心中こりゃだめだ、と諦めるレイ、彼女が口にしたのは『あの家に保管し切れない』と言う意味だったのだが。
「さてと」
 レイ=イエルは袖をまくると、一角で起こっている騒ぎの中心へと歩き出した。
「嫌だぁ!、やっぱり帰るぅ!、あんな鉄の塊が空に浮かぶわけないんだぁ!」
 ……柱に抱きついて喚き散らしているのが誰なのか?
 もはや言うまでもないだろう。
「ああ、そんなんじゃ駄目駄目、どいて」
 しっしっとシンジを引きはがそうとしていたトウジとヒカリを追いやると……
「ふん!」
 ──ゴス!
 脳天に見事な踵を入れた。
 くるりと回転するシンジの眼球。
「ああっ、シンジぃ!」
「ったく!」
 腰に手を当てたレイに戦慄するトウジである。
「なんちゅうやっちゃ」
「それぐらいじゃ壊れないっての、あ〜、ヒカリちゃん」
「はっ、はい!」
 ヒカリは妙にしゃちほこばった。
 ぽんと肩を叩かれてびくりと震える。
「あとよろしくねぇん」
「へ?、あっ、ちょ、ちょっと!」
「委員長、でしょ?」
「うっ」
「ね?」
 その役職名の強制力に涙するヒカリである……、が。
「うそ……」
 そんな騒がしい一団を見て、目を丸くしてしまっている少女が居た。
 ──ヒビキであった。


NeonGenesisEvangelion act.46
『変調:pro・logue −外典 第四章 第一節−』


「ってわけでさぁ、ほぉんっと子供じゃないんだから、駄々こねんじゃないっての」
 ぷんすかと。
 ここはネルフ本部、ホリィのための仕事部屋、なのだが……
 結局それなりにレイアウトされたわりには、レイにカヲルにアスカにホリィと、子供達ばかりが暇を潰すために集う場所となっていた。
「まあ、家出る時から真っ青だったもんね……」
「ヒカリちゃんに大丈夫って声かけられてさ、キレちゃったみたい」
 アスカの言葉にレイは頭の上で指をくるくると回して見せた。
「ま、説得する言葉なんて幾らでもあるんだけどねぇ、車よりも安全だとかさ」
「年間の死者数のこと?」
 アスカはカヲルが手ずから入れてくれた紅茶をずずっとすすって、顔をしかめた。
(なぁんでこいつ、こんなに淹れ方上手いんだか)
 などと優美に小指を立てているカヲルを嫌悪してみる。
「でもそれって、比較としちゃおかしいんじゃない?」
「どして?」
「だって『台数』が違い過ぎるじゃない」
 不思議そうにするレイにアスカは告げる。
「何千万台……、あるいは何億台ある内の何百万人、何千万人でしょう?、車は、数的には飛行機の方が圧倒的に少ないんだから、比率で比較すると飛行機の方が危ないんじゃない?」
 端で聞いていたホリィは、困ったように苦笑した。
「それじゃあまるで、シンが飛行機事故に遭う方が自然に聞こえるんだけど」
 んっとアスカ。
「そういう感じがしないでもないしね」
「え?」
 きょとんとするホリィ、アスカはアスカで首筋をぽりぽりと掻いた。
 感覚的な問題なのだろう、気がする、そんな程度なのではっきりと口に出来ないのだ。
「こないだの『アレ』もはっきりしないままだしさ」
「あれって……、ああ、模擬戦の途中に襲いかかって来たって……」
 ふん?、とレイ。
「どうせどこかの馬鹿が下手な変装かましただけなんじゃないのぉ?」
「……なんでそう言い切れるのよ?」
「だって、坊主の格好をして陰陽師の真似事をして見せたんでしょ?」
「オンミョウジ?」
「『不思議系』の業師の一つだよ、ゲームで言う所の職業の一種だね」
 不思議そうにするホリィに解説したのはカヲルであった。
「細分化の難しい分野だからねぇ……、日本人にカトリックやプロテスタントの区別がつけられないように、外国人も寺と神社の差なんて分かるはずがない、そう言いたいんだろう?、レイ」
 まあねぇんっとレイ。
「間違った日本のイメージでもって正体を隠そうとするから、そういうちぐはぐな部分を持ったりするのよ」
「それだけ日本が特別おかしい国なのさ、これほど先入観でもって見られてる国は珍しいんじゃないのかな?、日本が中国大陸の中心辺りにあるとか、今だにチョンマゲを結った奴が腰に刀つるしてハラキリなんて言ってるとか、本気で思ってる奴が外国には本当に居るんだからねぇ」
 アスカはぷっと吹き出した。
「スシ、テンプラ、スモウってわけね……、ああいうのが日本人の『フツウ』のイメージってことなんだ」
「スモウが好きでスシとテンプラを何より愛してる日本人なんて、何処に居るんだか教えて欲しいもんだけど?」
「ついでに袈裟掛けに傘を被った坊主についてもかい?」
「誰かがからかおうと思って吹き込んだのかもしれないけどねぇ」
 頬杖を付くレイの物言いは、何かを知っているような雰囲気があった。
「……アタシが言いたいのはさ」
 強引に軌道修正をかけるアスカである。
「問題ってのはさ、起こる時には集中して起こるもんだってことなのよね、治まったかなって油断してると、追い打ちをさらにかけられることになる、だから修学旅行だなんて言って浮かれてると、ね」
「そう……」
「でも」
 カヲル。
「そのために僕達は学校をサボってここに居る、違うかい?」
「え?」
 カヲルはティーカップの中の紅い液体を揺らしていた。
 縁から生まれる波紋を楽しみ、微笑んでいる。
「修学旅行中、不参加の人間は学校で読書をして感想文を提出することになっているのさ、それを休んでまで僕達はここに居る、……問題がシンジ君の周りにばかり起こるとは限らない、そういうことだろう?」
 ね?、とカヲルはレイを見やった。
「そうは思わないかい?」
 顔をしかめたアスカが訊いた。
「だったら学校に行ってても良いじゃない」
 にやんっとレイ。
「旅行ってのはね、二つの楽しみ方があるもんっしょ?、一つは実際に行ってお土産を物色すること、もう一つはお土産に期待すること」
「お土産、ね……」
「まぁ、実際の話としてはそろそろじゃないかと思うんだよ、僕達はね」
「そろそろ?」
「使徒の襲来さ」
 え!?、っと驚いたのはホリィである。
「使徒が来るの!?」
「確証は無いよ、ただそう思うだけさ」
「どうして……」
「油断……、かな?、さっきの話にも懸かるんだけどね、災厄と言うものはいつも人の心のゆるみに対して突け込んで来るものさ」
「だから……、そろそろなの?」
「ヤな考え方してるわねぇ」
「慎重なだけだよ」
「……まあ?、だからあんたがここに居るってのは了解するけどさ」
 レイを見る。
「あんたは何やってんの?」
「仲間外れェ?」
「違うっての……、あんたチルドレンでもエヴァのパイロットでも無いでしょうが」
 ああ、とホリィが付け加える。
「そう言えば、レイだけ違うのね」
 ぱたぱたと手を振って……
「あたしゃパァス、あんな窮屈な『体』欲しくないから」
「……乗れるの?」
「乗れますよぉ?、乗ろうと思えばね」
 失笑するカヲルである。
「レイの基礎は僕と同じだからね、零号機と初号機であればシンクロ出来るさ」
「シンクロはね」
 二人の会話に何かを嗅ぎ取り、アスカはすっと目を細くした。
「どういうことよ?」
「ん?、あたしはあたしであって、『アレ』でもあるってこと、それだけ」
「あん?」
「『あたし』は『あたし』、どんな姿でも『あたし』は『あたし』、だったらわざわざあんなバカでっかい『あたし』でなくても、別に良いでしょ?」
 ああ……、と納得する。
「そういうこと、ね」
「そうそう、それに、使徒ごときアタシが出張んなくても舎弟で十分だしィ」
 けたけたと笑うレイに対して、アスカはテーブルに肘を乗せて手を組み合わせた。
 その上に顎を落とし、意地悪く笑う。
「そう……、じゃ、次はお手並み拝見ってことにして良い?」
「いいけど……、なんで?」
 茶菓子が欲しい、と顔に書いてあるレイに対して渋い顔で告げた。
「ちょっとね……、次の奴には、嫌な『予感』がするだけよ」


 ──真っ白に『漂白』されてしまったあの時。
『もう一人』の自分、レイ、カヲル、ヒビキ、その全てすらも心から無くしてしまい、限りなく無に近くなってしまったあの瞬間。
(ここは……)
 海。
 思考に対して、誰かが答える。
(海?、これが?)
 そう、何も無い世界、全てが『等価』で、『差』のない世界。
 胸の内で何かが疼いて……
 シンジは涙をこぼれさせた。
「みんなは」
 誰も居ない。
 ここには誰も……
「やだよ……」
 寂しい?
「僕を独りにしないで」
 どうして?
「お願いだから、誰か僕にかまってよ!」
 あんなに傷つけられたのに?
 シンジの叫びが世界を揺らす。
「○○のくせに!」
 肺腑をえぐる言葉。
「こっちくんなよ、○○○○!」
 ありきたりな苛めの響き。
「あいつの父さん、ヒトゴロシなんだぜ?」
 だが込められている悪意は明確で。
「親が親なら、子も子よね」
 幼い頭でも理解は出来て。
「旦那さんが実験台にして、見殺しにしたって」
(あっ、あっ、あ……)
 酷く後悔する彼。
「やめてっ、やめてよ!、お願いだよぉ!」
 無限に在る『世界』は多様な『罵声』をもアレンジしてしまう。
 必死になって周囲に揺らめく影を振り払う。
 だが……
 ──どうして?
『声』は不思議そうにする。
 ──これはあなたが望んだ事なのに……
 そう、確かに望んだのだ。
『誰か』に居て欲しいと。
『みんな』にかまって貰いたいと。
 だからかまってくれていると言うのに。
 ──我が侭なのね。
「違う!」
 ──自分勝手なのね。
「違う!、違うっ、違う!」
「あなたが望んだことなのよ?」
 いきなりの『肉声』にシンジは意味不明な悲鳴を発した。
「あ、ああ、あああああ!」
 入って来る、頭の中に入って来る。
『ねぇ?、どうせくり返すなら、もっと大胆にくり返せないものなの?』
 確かに自分は許容したのだ。
『アスカが……、それを望むなら』
「あ、あ、あ……」
 取り囲まれていく、悪意に、渦に、想念に。
 篭になり、球になる、碇シンジを包み込む。
 内側からはどこまでも暗黒が続くように見えてしまう、そんな『碇シンジ』を罵倒する者達が、シンジと言う存在を『確定』させる。
 ──アンタなんか死ねばいいのよ。
 ──気持ち悪い。
 ──傍に来ないで。
 ──だぁれがアンタなんかと。
 ──さよなら。
わぁあああああああああ!
 爆発する、記憶が、感情が。
「あっ、あう、うあ!」
 必死に涙を拭いながらシンジは言う。
「思い出し、った!、思い出した!、そうだ、僕はっ、僕は!」
 確かに望んだのだ。
 ──こうなることを。
 傷つけ合ってでも、温もり合う道を。
「うっ、うっ、う……」
『みんな』はもう居なかった、シンジの発した光によって千切れて消えた。
「うっ、うえ、あ!」
 シンジは、ナク。
「あああああっ、あ!」
 そう、これは自分が望んだ結果なのだ。
『レコード』
 その軸となること。
 中心より遠い『モノ』ほど、角度の違いによって全く別の『存在』となるズレを得られる。
 しかし中心に居るシンジは常に同じなのだ、同じ姿、同じ性格、同じ立場。
 同じ環境。
 想像出来るだろうか?
 無限に連なり重なる世界、その始まりから果てに至るまで、全ての自分が感受させられる罵倒の数々。
 その全てを一度に、一身に知ることの絶望。
 希望が一切無い事を知る苦痛を。
 ……だからシンジは嘆くのだ。
 ──誰か僕に、優しくしてよ……


「うっ、うう、う……」
 うなされるシンジが居る、飛行機の中だ、窓の外には白い雲の姿が見える。
 シンジは女子生徒の肩を借りていた、その女子生徒とは……、ヒカリである。
 こちらも諦めてしまっているのか、逆にもたれ掛かるようにして眠ってしまっていた、ただしシンジのうなされる声が気持ち悪いのか、眉間に皺を寄せている。
 レイの姿は……、遠かった、中央、一番後ろの座席に姿が見える。
 彼女は地図を開いて『妹』から手渡された手帳の番地を確認していた、買い物をこなすための事前チェックだ。
 シートに体を預けたレイの姿は、くつろごうとして少し無理をしているように見受けられた。
 シンジのことが気になるからだ。
 彼女は一息ついて、シンジの姿を探して僅かに目を動かした、姿と言っても見えるのは後頭部だけなのだが、それでも十分なのだろう。
 ──寄り添い合うようにして、頭がもたれあっていた。
 だからと言って、代わりにシンジを受け持とうとは思わなかった、妬心が無い訳ではないのだが……
『恋人って意味じゃ、それはアスカちゃんしかあり得ないっしょ、だってお姉ちゃんはシンちゃんにとって、『ママ』になってくれるかもしれなかっただけの人なんだから』
 そう言ってケケケと笑った妹の言葉を思い返す。
『男ってのは基本的にマザコンなだかんねぇ〜、シンちゃんもそういうとこ、お姉ちゃんに求めたんじゃない?』
 思い当たる点が多過ぎる。
『かまってかまってってジャレついたりとかさ?、甘えようとしたりして……、ママってね?、けど結婚しちゃうとちょっと事情が違って来るのよね、だって結婚しちゃうと家族よね?、他人じゃないよね?、余所のママは優しいけどね、自分のママって鬱陶しくない?、厳しかったりなんだったり、期待ばかりしてウザかったり、鞭はくれるけど飴はくれない、だから男の子は甘やかしてくれる優しいママ的な人を見付けると、ついふらふら〜って浮気しちゃうもんなのよね、つまりお姉ちゃんはシンちゃんにとって、昔『ママ』的にかまって欲しい人だったわけで、今じゃもう恋人って感じじゃ見れない人になってるって事、浮気相手はホリィちゃんかな?』
 レイは開いた本を口元に当てた。
 隠れて溜め息を吐いてしまう。
 一々、痛い所を突かれたからだ。
『過去』、シンジが何かとじゃれ付いて来ていた時期があった、ほとんど無視している様な状態であったというのに、かまって欲しいとばかりに、必死に話しかけて来た。
 思えばあれは、『余所のママ』にかまってもらおうとしていたのかもしれない、『自宅のママ』は『二人』とも自分を必要としてくれなくなっていたから。
 そんなシンジを、自分は適当にあしらってしまっていた、そして今。
 シンジはホリィを見付けてしまった、今更なのだ、自分は、だからシンジのことはホリィに任せれば良いはず、なのに……
 ──レイは複雑な感情を持て余した。
 そんなレイの隣の通路を、女性が一人通り過ぎて行った。
 生徒達の様子を一人一人確認していく、教師、ミエルだ。
 彼女はその先にいるスチュワーデスに目をとめると、酷く険しい顔つきになった。
 瞳は何処か、信じられないと言う色に変色していた。
「あの……」
「はい?」
 それは若いスチュワーデスだった、下手をすれば高校生かそれ以下に見える。
 黒髪なのだが、外国人にも見えた。
「ちょっと良いですか?」
「なんでしょうか?」
「ここでは、ちょっと……」
 ああ、と納得し、彼女はパイロット達のベッドなどがある仮眠室手前の部屋へといざなった。


 カーテンで仕切られるなり、彼女、ミエルの雰囲気は豹変した。
「こんな所で何をしているのっ、フェリス!」
 小さく舌を出し、いたずらっ子そのままにフェリスはコンタクトを外して見せた。
 オッドアイもまた笑っていた、ぱたぱたと手を振って言う。
「仕事よ、仕事」
「仕事?、まさか……」
「ああ、この飛行機を落とすつもりは無いから、逆よ、逆」
 胸を張って得意げにする。
「ホワイトテイルの依頼で、護衛してるってわけ」
 ミエルは不安げに、この自分の顎ほどにしか背丈のない少女を見下ろした。
「ハロルドも来ているの?」
「まあね、貨物室で危険物が無いか調べてる」
「そう……」
 安堵し切れない、その上、続いた言葉に驚いた。
「あ、そうそう、隊長も乗ってるけど?」
「え!?」
「パイロットやってる」
 慌てて駆け出そうとしたミエルの腕を、フェリスは咄嗟に掴んで止めた。
「駄目だって!」
「どうして!」
「作戦行動中!、……帰りもあたし達が送るし、その後はそのまま第三新東京市に居着く事になるから」
 ミエルは堪える様にして自制した。
「……そう」
「それより、ねぇ?」
 落ち着いたのを見て取ったのか?、ミエルの手を放すと、彼女を押しのけるようにしてカーテンに隙き間を作り、覗き見た。
 うなされるシンジが良く見える。
「あれがそうなの?」
「ええ」
 複雑そうにするミエルである。
 何処からどう見ても、普段のシンジは極普通の中学生にしか見えないからだ。
「なぁんか冴えないのね」
「……そうね」
 正に同意するしかないミエルであった。


 ──ドカ!
 ミエルとフェリスが会話していたパーティションに近い階段を上ってアッパーデッキへ移ると、場所はファーストクラスのシート、あるいはパイロットルームへと向かう踊り場に出る。
 そのパイロットルームの副操縦士席に、パイロットではない男がどかりと音を立てて腰かけた、ちらりと隻眼の操縦士が目を向ける。
「懐かしい顔だな」
 男は返した。
「いつから日本の国内線は傭兵を雇ってパイロットをやらせるようになったんだ、ゴル?」
「お前こそ、ここは乗客の立ち入りは禁止のはずだが?」
 もちろんハイジャックなどを警戒して、パイロットには施錠義務が課せられている。
 それをどうやってか解いて入って来たのだ、彼、加賀は。
 ゴドルフィンはオートパイロットを確認してから、シートに深くもたれなおした。
「今は内調だったか?」
「そうだがな、まあ……、今の目的は同じだ、だから」
 視線をゴドルフィンの右袖に向ける。
「……緊張しないでくれるか?」
「了解した」
 ──仕込み銃だ。
 それを使わない意思を見せる。
「しかし、加賀、お前もか?」
 違う、と吐き捨てた。
「お前達とは違う、俺の仕事は無用な混乱が生み出されないようにすることだ」
 どうやら旧知の仲らしい、言葉遣いに気安さが見える。
 しかし加賀の自分の仕事に対する認知の仕方は面白いものがあった、加持とまるで真逆を行っている。
「陸、海、空自に加えて、戦自の中にまで『シンパ』が増えてる、いま『かなめ』である『彼ら』が失われるとまずいのさ」
「……ブラック、か」
「ああ」
 加賀は渋い顔をした。
 先日、馬鹿を見たばかりである、その上結局、ブラックの出陣を願えなかった。
 上からも叩かれてしまっていた、放っておけばブラックが守ろうとしたのではないか?、と、その実力を見る事こそが、あの場に送られていた自分の使命であったというのに。
 しかし加賀にとっては、そんな上の物言いも納得のできないものではあった、何を恐れ、気にしているのかと。
「たかが子供に皆が振り回されている、恐れ、期待し、なにを考えているのか……」
 酷く現実的ではあるが、それこそが当たり前の反応であろう。
「セカンドに接触したが……、多少『金縛りの術』には長けているようだったがな、それだけだった」
 狼狽えるばかりであったアスカの困惑した態度が思い出される。
 確かに戦闘力に関してはずば抜けていたが、それとて自分達に及ぶものではない。
 恐さがない、そう言っているのだ。
「ま、確かに『可愛い』とは思ったがな、敬えと言うには無理があるぞ?」
 目を細めるゴドルフィンである。
「ではお前は何故ここに来た?、彼らに何事か起こっても、それは大した問題にはなるまい?」
 加賀はふんっと、皮肉げに鼻息を吹いた。
「言ったろう?、上は『ブラック』にご執心だ、これだけ何か起こってくれといわんばかりの状況を見過ごせるはずがあるまい?」
 それに、とこれは心の中で付け足した。
(あれ程の使い手が小手試しを挑む程度には、確かめる価値のある存在なんだろうからな)
 つまり今は見過ごせないと、そう考えているのだ、もしかするとあの坊主は、アスカを痛めつける事でブラックを呼び寄せようとしていたのでは無かろうか、と。
 そんな加賀の圧し殺したものに対して、ゴドルフィンには曖昧にそうかと濁すに留めた、少しばかり前に初めて相対した『少年』、あの恐怖は対した者で無ければ分からないだろうと思ったからだ、と同時に、加賀の目的が見えた気がした。
(再び栄誉ある立場に戻るために、内務省を潰させる気か)
 その漁夫の利を得ようとしているのかと理解する。
「しかし、もっと理解らないのはネルフだよ」
 意外と会話に餓えているようだった、世間話のように加賀は続ける。
「本部が支部同様に、チルドレンと呼ばれるパイロット候補生を纏めて保護しているのは有名な話だ、それが分乗させられることもなくたった一機の旅客機に乗せて輸送させる、それも一般人に交えて、ファースト、サードのおまけつきでな」
 度し難い、とかぶりを振った。
「まさかチルドレンが対空ミサイルからこの機を守ってくれる訳ではあるまい?」
(有り得るかもしれん)
 ゴドルフィンはその一言を呑み込んだ、『ガメラ』、あの巨獣さえも従えている様を見れば、何でもありだと思わなければやっていられない。
「だがまあ、出張った甲斐はあったな」
 にやりとして。
「お前や……、スチュワーデスもそうだろう?、他に貨物室の男もだ」
「……」
「この動員がチルドレンに対する不安の現れでないと言うのなら、この『体制』の理由をぜひとも教えてもらいたいものなんだがな」
 ゴドルフィンは語らなかった。
 シンジ達の持つ不可思議な恐怖と魅力は、普段感じられる類のものではないからだ。
 対すればわかる、と同時に、ゴドルフィンは何故今まで自分が隣の男を危険視してこなかったのかに気がついた。
 増長と慢心、これを持つのは素人だ、そんな考えが根底にあったからだ、プロは臆病なほどに慎重であって良いはずだ。
 あるいはそれは傭兵と諜報員との差であるのかもしれないが、ゴドルフィンは彼をプロと認めていない自分を感じた。
「じゃ……、俺は席に戻らせてもらうぞ?、何せこの機には一般人も乗り合わせているんだからな」
 無言で了承する。
 加賀は……、どうなるだろうかと思ってはいた、自分は慎重になる事で見逃してもらったが。
(邪魔はともかく、敵対するなよ?)
 その忠告は、内心だけのものにした。


 機内はとても騒がしくなっていた。
 うなされるシンジが居る訳だが、そこからまた前方の少し離れた座席で、膝を抱えてがたがたと震えているケンスケがいた。
「なんや、お前、また……」
 なんだろう?
 トウジは持ち込んだせんべいを齧りながら言葉を噤んだ。
 何を言っても無駄な気がしたからだ。
「まあ……、元気出せや」
「……いいい、いやだ、実験は嫌だ、解剖は嫌だっ!、うわぁあああ!、俺はインプラントされたんだぁ!、ほぐぅ!」
 ……言葉は無駄なので拳で黙らせるトウジである。
「なんやっちゅうねん」
 ばきんとせんべいを噛み砕く。
 実はケンスケ、先日の逃亡中に目も眩むような白色閃光に気絶してしまい、起きれば自宅のベッドの上と言う有り様だった。
 謎の部隊をMIBと関連付けたのは彼の趣味が根深く関っているのだろうが、それ故にトウジにしてみれば、『ふっ、くだらん』となってしまう。
 ネルフの医療班に二人して治療され、送り返してもらったのを知っているからだ。
(なんぼ言うても信じんのやから)
 全く、と毒づいてしまう。
 ──第三新東京市から沖縄まではほんの2〜3時間のフライトである。
 おしゃべりに興じていればすぐに着いてしまう距離であるが、暇になるとろくな事をしないのが中学生だ。
 一応、この機はチャーター機では無いために、ちゃんとした普通客も空いた席に乗り込んでいた。
「……」
 大人しくしていれば良いものを、誰某だれそれの座席に出向いては音楽のメモリーはないか?、お菓子は無いか?、ジュースは無いか?、席を代わってゲームをしないかと落ち着かない。
 そんな中を、おどおどと自席を離れる少女が出た。
 長い髪の持ち主はマユミであった、胸には何やら書類らしき封筒を抱えている。
 彼女は意を決したのか、思い切って機首側にあるビジネスクラスのシートを通り過ぎ、さらに先の階段を一気に上った、上はファーストクラスである。
 普通、沖縄へ向かうような国内線の旅客機に、そのようなシートがあるなど聞いた事もない。
 だからこそ、マユミは酷く緊張していた、彼女がそのようなことに気がついたのは、父によく連れ回してもらっていたからだ。
 ファーストクラスのシートにも、大変沢山の人が腰かけていた、マユミは行けば分かると言われたのだがと、迷いを見せた。
 とにかく、通路を歩いてそれらしい人を探して回る、すると……
「きゃ!」
 腕を掴まれ、引くようにして倒された、空いていたシートに座らされる。
「山岸マユミさんだね?」
 痛みに脅えながらもこくこくと頷くと、その灰色の髪をした紳士は苦笑いを浮かべ、謝罪した。
「気がついてくれなかったから、呼び止めただけのつもりだったんだが……、すまないね、痛かったかい?」
「い、いえ、大丈夫です」
 堅い、裏返った声でマユミは答えた、相手が誰だか分かったからだ。
 父が購入している経済誌に良く見掛ける顔だった、目元の皺が笑っている様な印象を作り出している、大貫カンヂ、今年で四十しじゅうになるはずだった。
「こちらから受け取りに行っても良かったんだが……、騒ぎになるとまずいんでね」
「え?、でも」
 周囲を見回す、そんな仕草にカンヂは笑った。
「『サラリーマン』はこういうところで騒いだりしないよ、騒ぐのは一般人さ」
「ああ……」
 納得する。
 確かに、中学生などはうるさいであろうし、自分のような子供が相手では話題になろう。
「しかし……」
 カンヂは顎先に手を当てると、好色そうに口元を緩めた。
「今度はまた可愛らしいお嬢さんを使いに寄越したものだ」
「そんな……」
「いやいや、『彼ら』がわたしに引き合わせるということは、大事な人間だから便宜を計ってくれと言う事なのさ」
 きょとんとするマユミである。
「便宜、ですか?」
「うん、僕の仕事は知っているね?」
 マユミはこくりと頷いた。
 ──国際通貨統合機構。
 セカンドインパクトの後、通貨は巨大なデフレとインフレによって、まともな金銭として機能を果たさなくなった時期があったのだ。
 世界経済の復興の第一歩は、通信の復旧からだった、この時にネット上で新たな商売を始めたのがカンヂであった。
 カンヂのやったことは、ある種のゲームそのものであった、彼は翌日には役に立たなくなり、三日後には倍以上の価値を持つ、全く安定しない通貨に目を付けて、それを次々と買い上げたのだ。
 そして代わりに、ポイントと呼ばれる単位通貨を発行した。
 その一方で、カンヂは商品の買い付けも行った、その商品を購入するために必要なのが、ポイントだ。
 二束三文で買い叩かれるよりも良いと、弱小であるほど彼の『会社』に販売を委託した、この両方の効果が相まって、異常な人気を博したのである。
 まったく安定しない為替を頼るよりも、こちらの方が喜ばれたのはどういうことであったのだろうか?、人々は懐で凍らせてしまっていた金銭を、価値が無くなる前にと、あるいは価値のある内にと換金した。
 混乱が治まるに連れて、その流れもまた治まっていったのだが、その時にはもう、このシステムは経済界で完全に定着してしまっていた、第三企業などは直接ポイントによるやり取りを行うようになっていた。
 これは実質的な通貨の統合であった。
 大国がその流れに気がついた時には遅過ぎた、もはやポイントは廃止出来ない存在へと成長していたのである、今更排除を行えば多大な損害を被る企業が続出する。
 セカンドインパクトによって疲弊している国々は、企業から得られる収益金を失う訳にはいかなかった、保護する方向でしか動けなかった。
 カンヂは誇る。
「世界で唯一、国家ではない一個人でありながら、国連に対して影響力を持っているのが僕というわけさ」
 年齢のわりに、僕などと言葉遣いはどこか幼い。
「その昔、シンジ君にはとても悪い事をしてしまってね……、それ以来、大事な人が出来たら紹介してくれと言ってあるのさ」
 マユミは好奇心から訊ねてみた。
「昔ですか?」
「うん」
 体を折って笑い出す。
「昔ね、ベトナムで一緒に飛行機で落ちたのさ」
 え、とマユミは驚いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。