「僕が興味を引かれたのは、それぞれの夢を集めて牧場を作るって発想だったよ、確かにそうだ、クリエイターと言ってもその分野は様々に分類される、その彼らが一つの壮大な目標に向かって結集した時、どれ程のことが成せるのか?、己の夢や希望を真に実現出来る場を得るために努力する、自分達が持っている物、秘めている物をつぎ込んでね?、そこにあるのは成功でも失敗でもない、自分は最後まで頑張れたか?、その達成感と満足感からくる仲間意識だけだ、僕はそれを感じたことは今まで無かった、通貨統合機構が立ち上がり、やがては世界の通貨を本当に統合出来たとしても、僕はどれだけの達成感を得られただろうか?、いや……、僕がそれを得られたとしても、僕が従えて来た『社員』達に同じだけの達成感をどれくらい感じさせることができるだろうか?、人を寄生型と罵る前に、自分自身が如何に独裁的であったのか、それを思い知らされた気がしてね……、金持ちになればたかってくる連中は出てくる、纏わりついて少し寄越せと言う馬鹿は出る、なら、馬鹿だと言われる事に投資した方がよっぽどわくわく出来るんじゃないか?、……不思議な事に十四、五の女の子を相手に、僕は本気でそう思ったよ」
 しかしその時やがて中心足るはずである碇シンジは、その気には程遠い場所にまだ心を置いていた。


NeonGenesisEvangelion act.48
『変調:pro・logue −外典 第四章 第三節−』


「君は……」
 カンヂはその瞬間息を呑んだ。
 やや痩せ気味の子供、それくらいの印象しか無かったのだが、こうして目を見ると明らかに分かる。
 異常なほどに眼光が鈍い、酷く陰に入っている。
「ちょっとちょっとシンちゃん!」
 レイは焦り、シンジの腕を引いてカンヂから離れた。
「まぁだそんなこと言ってるの?」
「だって……」
 シンジの機嫌はかなり悪い。
「気晴らしの散歩だって言ったじゃないか、なのになんだよ」
「あのねぇ……」
 肩を落とす。
「いい加減諦めたらぁ?」
「だって……」
「世の中なるようにしかならない、そんな受け身じゃひとっつも納得出来ないで……」
「でも『いつも』同じになるんだ、だったら何もしない方が良い」
「どして?」
「その方がみんなで幸せでいられるから」
 知らなければそれぞれに『今』を満足したまま死を迎えられる、その理屈にレイは顔をしかめた。
 確かに唐突に訪れる『サードインパクト』と言う名の死は、知らなければいきなり終わらされるだけなのだ。
 後悔する未来も悲しみを感じられる世界もそこにはない、ならばその瞬間まで如何に幸せに浸らせてやれるか?
 そのことこそが重要だろうと言う、しかしだ。
「生憎と、あたしはそれで『勘弁』してやるつもりはないのよ」
 にひひんっと笑う。
「何も知らないままじゃ済ませない、それじゃあバレなかったら良いんだって勝手やってる連中はどうなるわけ?、そういう奴には正義の鉄槌が必要なのよ!」
 拳を握るレイに冷や水をかける。
「どこに正義があるの?」
「あたしにとっての正義ってこと」
 どうせ、と。
「誰かにとっての正義は誰かにとっての不都合なんだから、真面目に正義なんて振りかざしたってどうにもなんないのよ、犠牲無しには得られないものってのは確実にあって、そういう『リスク』を同じように負ってくれる奴ってのをあたしは探してるんだから」
 でも、とシンジはそれでも続ける。
「レイは、何を犠牲にするの?」


 ネルフ本部、そのプールサイド。
「日も射さない場所で日光浴していても仕方ないんじゃないのかい?」
 届いた声に顔を傾ける。
「加持さん」
 よっと挨拶がわりに手を上げる。
 アスカは寝そべっていたベンチシートから体を起こした、流れる髪に加持はほうっと感嘆の声を漏らしてしまう。
「もう後五年ってとこだと思ってたんだがな」
「何が?」
「奇麗になるのがさ」
 アスカは不敵に微笑んだ。
「女の子はほんのちょっとしたきっかけで変わる……、でしょ?」
「ま、確かにそうだ」
 アスカの隣、床の上に腰掛ける。
「アスカは良いのか?、行かなくて」
「使徒?、あっちはレイが片付けるって言ってるし」
 加持は目を細め、視線を鋭くした。
「それだけか?」
 肩をすくめた。
「加持さんに隠してたって仕方ないから言うけど……、本当は嫌な予感がして仕方ないのよ」
「嫌な予感?」
「そ」
「そりゃまたなんともアバウトだな」
「でしょ?、誰にも納得してもらえないけど、ここが言ってるのよ」
 と自分の胸の谷間、やや鳩尾よりのポイントを親指で指す。
「何かが『怪しい』、だから動くなってね?、ざわざわして落ち着かないのよ」
「……だから様子を見てるってわけか」
 うんと可愛らしく頷いた。
「あたしはシンジ達みたいに『見透かす』ことなんて出来ないから……、何かが起こるのを待つことしかできないのよね」
 加持は苦笑し、そんなアスカの剥き出しの二の腕にぽんと手の甲を当てた。
「そう卑下する事も無いさ、何が起こるか分かってて対処していくことよりも、いきなり目の前に突きつけられた事態にブチ当たっていく方が難しいんだ、アスカも十分凄い、そうだろう?」
 そりゃね、と自信の現れをアスカは見せた。
「アタシは負けやしないわ、誰にもね」
「その意気だ」
 ありがとと感謝しながらも、アスカはそれでも不安を抱えていた。
(使徒の順番がアタシの知ってる奴と違ってるのよ……、一個抜けてる、どうなってるの?)
 アスカの記憶にある『正史』、それに基づけば今度の使徒は二体に分離する使徒でなければならないのだ。
(『前』と同じ展開になるはずだった『歴史』にズレが生じ始めてるって事?、そんな世界にシンジはあたしを導き入れたの?、それとも……)
 考えてみれば二人のレイ、カヲル、ホリィと、本来居るはずのない人物が随分とでしゃばっている。
(考えられる事は一つ……、使徒が自分で『順番』をくり上げたって可能性、二体に別れる程度じゃ通じないって、なら最後に現れる使徒は)
 全くの未知ということになる。
(でも本当にそれが当たってるって確証は無いし……)
 幾ら悩んだところで、不安を振り払えるほど確かな答えは見つからない。
 アスカは立ち上がると、怪訝そうにする加持を置き、おもむろにプールへと飛び込んだ。


「どうした?」
 コクピット、暫く眠っていたのだろう、黒帽子の男は慌てているパイロットの騒がしさに声を掛けた。
「何かあったのか?」
「わかりません、急に無線が通じなくなったんです」
「なんだって!?」
 慌てて飛び起き、副操縦士用のヘッドフォンを装着する。
「くっ」
 耳を傷めるノイズに顔をしかめる。
「ジャミング?、馬鹿な、この航路の安全は確保してたんじゃなかったのか?」
「予定外のゲリラの侵攻でもあったんでしょうか?」
「分からない……、な」
 何かがあったのだろうと当たりをつける、しかしもっと具体的に把握している人物が居た。
「来る」
 レイは咄嗟にシンジの体をシートに押し付けた。
「え!?」
 その直後。
「うわあああああ!」
 機体が激しく揺さぶられた、突風と言うにはきつい風に。
「なんだよ!?、なんなんだよ!」
「ちっ、どっかの馬鹿がNN爆弾使ったみたいね」
 NN爆弾の恐ろしさは、その熱量だけでは無く爆風の凄まじさにもあった、熱変換の凄まじさからか、衝撃波が異常なほどに大きいのだ。
 その威力は大気にまで影響する、この日、この時から数時間前に、遠くロシアはモロジェチナの地に数発のNN爆弾が投下されていた。
 ──浄化である。
 テラフォーミング用の植物によって汚染された土地を、NN爆弾によって処分する名目で。
「空が鳴動してる、全く、やるならやるでちゃんと警告を出せってのよ」
 ──ドン、ドドン!
 レイが舌打ちしながらシンジから離れようとしたところ、今度はまた別の震動に襲われた。
「こ、今度はなに?」
 レイはまたも舌打ちする。
「爆発……、どっかの馬鹿が対空砲でも使ってるみたいね」
「対空砲って」
「さっきので緊張が途切れたか……、下で戦争が始まったのよ」
 シンジはレイの舌打ちに、なんでこんなことになるんだよ、と呪詛を発した。


「居でよ!、Gの名の元に!」
 輝く太陽、さんさんと降り注ぐ日差し。
 火口からの熱気、この鬱陶しいばかりのポジションで、レイは叫んだまま固まっていた。
 ──三秒後。
「……イマイチ」
 うーっと悩んでしゃがみこむ。
「どうもカッコ好くないって言うか、ダサい?」
 ……なんであろうか?
 レイの脇、少し上の空間が歪んで、そこから巨大な指のような、爪のような物が顔を覗かせた。
 呻くようにぷるぷると震えている。
 早く出せと言っているようだ。
「ああもう、もうちょっと待てってば」
 ぷうっと頬を膨らます。
「うっさいんだからぁ、こういうのは場の雰囲気ってのが、なに?」
 ちょんちょんと下向く爪に気がついて、彼女はあちゃーっと手で顔を被った。
「生まれちゃった、か」


「くっ!」
 対空砲と言っても種類は多々ある。
 小型であればライフル、大型になるとミサイルだ、高度にもよるが、このような『地方』をフライトする旅客機の飛行高度であればライフルで届く。
 しかし爆発しているところを見ると、単純なロケットかもしれない。
「わあああああ!」
「しっかりしなさい!、オトコノコでしょうが!」
 レイの叱咤に、シンジは涙目になって反論した。
「だって、だって!」
「死んだ『経験』は二十や三十じゃないでしょうが!」
「だからって、こんなの慣れたりするもんか!」


「はっ!」
 汗だくになってシンジは目を覚ました、突然枕が消えたせいで、がくんとなったヒカリも起きる。
「ん〜、あ、碇君……、起きたの?」
「え?、洞木さん?、え?」
 シンジは状況が分からず辺りを見渡し……
 そして、サァッと青ざめた。


「これは死ぬな、そう思ったよ」
 カンヂの話し方が上手いからか、マユミはすっかりのめり込んでしまっていた。
「対空ミサイルなんてものは近代の高性能コンピューターがあって始めて成り立つ物だ、なんて思われがちだけどね、実際には旧世紀の半ばには完成されていたんだよ、ただ『チップ』の質によって精度が増していっただけでね、本質的には変わっていない……、それはゲリラでも手に入り易く、扱い易いってことなのさ」
 マユミはなんとなくで、そんなものなのかと納得した。
「それで、碇君達は?」
「何を話しているのかは聞こえなかったよ、それくらいに酷い状況だったからね」
 それでも次のような会話だけは、ちゃんと耳に届いたと言う。


「死ぬのが恐い?、呆れたもんね!、他人を傷つけるのは平気なくせに!」
「痛いのは嫌なんだよ!、恐いのも嫌だ!、僕はもう酷い目に合いたくない!」
「だから『アスカ』にも逢いたくないっての!?」
「!?」
 シンジは胸を掻きむしって叫んだ。
「だって……、だってアスカに逢えばまた『あれ』がくり返される流れに巻き込まれるんだっ、そんなのもう嫌なんだよ!」
「だから避けるの!?」
「そうだよ!」
「そんな情けないこと言うな!、『自分』が経験した事でも無い事で」
「だけど僕だってシンジなんだ!」
 その一言に、どんな意味があるのだろうか?
「逢いたくない訳じゃないっ、だけど逢いたくもないんだよ!」
 ドン!、爆発、どうやら直撃を食らったらしい。
「わぁ!」
 揺れる飛行機、前に傾く、シンジは座席の間に転がり、レイはそんなシンジを冷ややかに見下ろして告げた。
「そうね」
「え……」
「確かに、シンジはシンジであってシンジでない、……あ〜あ、せっかくここまでコマ進めたけど、ざぁんねん」
 青ざめるシンジが居る。
「レイ?、何を言ってるんだよ、レイ……」
「ん?、またやり直せばいいかってこと」
「そんな!」
「あたしにとってはどの世界でもかまわないもん、シンジがだめなら他の世界のシンジをそそのかすだけ、そうでしょ?」
 シンジは余りの言葉に吐き気を覚えた。
「そんな……、ずっと一緒に居てくれるって」
「言ったよ?、あたしと一緒に『行こう』って」
 思い重なるのは、あの雨の日のこと。
 泥だらけになった川縁かわべりのこと。
「一緒に歩いていきましょう、けどシンジが歩きたくない、もう嫌だって言うなら仕方ないじゃない、シンジの言う通り、シンジはシンジだけど他のシンジもシンジなのよ?、なら約束を破る事にはならないでしょ?、だって他のシンジもシンジのこと、ちゃんと『記憶の一つ』として持っててくれるはずよ?、あたしはシンジのことも心に納めてくれる、もっと心の大きなシンジと行くだけ」
 蒼白な面に冷笑を叩きつける。
「自分だけが唯一の自分だって叫びたいのなら立ちなさい、でないと間に合わないわよ」
「え……」
「地面はもうすぐそこだから」
「!?」
「死ぬわ、シンジは、そして消える……、アスカはシンジ無しでこの世界を生き抜くことになる、使徒との戦いがどれ程過酷で酷い物だったか、シンジが一番良く知っているでしょう?、その全てをアスカが一人で負う事になる、良いの?、それで、シンジはそれで良いの?、アスカの願いはそんな苦しみを味合わされる事だったの?、アスカは言ったんじゃなかったの?、言ってくれたんじゃなかったの?、好きだって、シンジとなら愛し合っても良いって」
 ──その人を。
「見殺しにするの?、見捨てるの?、このまま死んだら放り出す事になるのよ?、アスカはシンジが来るのを待ってるかもしれないのに」
 耳を塞ぎ、目を閉じる。
「聞かないふりをしたってダメ!、本当は分かってるくせに!、アスカはシンジが迎えに来るのを待ってる!、アスカはまたシンジと逢えると確信してる!、また『あの時』をくり返せるんだって、期待して今を過ごしてる!、なのにシンジは逃げるの?、アスカからっ、最後に抱いた人の『ココロ』の欠けらから!」
「あああああ!」
 拡散する意識の波動が物理的な現象として顕れる。
 ──光の翼。
「なっ!?」
 驚くカンヂを尻目にシンジは前屈みになって苦しんだ。
「あああああ!」
 死、死のイメージ、追突の衝撃、叩きつけられる体、骨折と脾臓の破裂、あらぬ方向へ向く首、白く濁る目、吹き荒れる炎、焙られる肌、焦げ溶けていく肉。
 その時、操縦席で喚いていた黒帽子の男が叫んだ。
「コントロールが回復した!?」
「正面の川に下ります!」
 操縦士が必死に操縦桿を引き上げる。
 ──そうして、飛行機は不時着した。


「そう、無事にとはとても言い難かったけどね」
 カンヂはそう苦笑した。
「翼も何もかもがばらばらになった機体を見て、良く無事に済んだものだと思ったよ、でもそこからがまた問題だった……」
 まだあるのか、とマユミは身構えた、しかし、背後からの無粋な声が続きを遮る。
「ゲリラの襲撃に曝されたんですよ、そして会長はわたしを生贄にして逃げた」
 カンヂはその声に覚えがあったのか、ぎょっとして立ち上がった。
「お前は!?」
 黒帽子を目深に被った男が居た。
「お久しぶりですね」
「……生きていたのか」
「この通り」
 右手を上げる。
「とても楽しい旅行となりましたがね」
 その手の指は全て無くなっていた、無骨なアルミ版とリベットによって、手の甲などは補強されている。
 見れば顔も火傷だらけだった、右目は白く濁っている、火で焙られたのだろう。
「中々捕まえられないあなたを追うのは苦労しましたよ」
「それはご苦労な事だな」
「しかし天はわたしに味方した!」
 その大声に、他の客もぎょっとしたようだ、何事かと顔を向ける。
「普段は専用機で飛び回っているあなたが一般の旅客機に乗った!、しかもあの餓鬼共も居る!、出来過ぎなくらいだ!」
 カンヂは露骨に顔をしかめた。
「わたし一人を追い詰めるだけなら、専用機に爆弾を仕掛ける方が楽だろうに」
「爆弾!?」
 にへらっと楽しげに笑った。
「そうっ、爆弾!、大丈夫ですよ」
 慇懃に礼をする。
「それはもちろん、この機にも仕掛けさせて頂きました」
 そう言って、彼は後ろ手にスイッチを押した。


「きゃああああ!」
 小さな爆発でも飛んでいる飛行機の中では異常な揺れを発生させる。
 あれほど騒がしかった子供達も、これにも肝を冷やして固まった。
「な、なに?」
 ヒカリが恐る恐る席の背もたれごしに背後を見やった、トイレのドアが吹き込んでいるらしい。
 ──その時だ。
 それまでなんとかヒカリになだめられて、がたがたと震えていたシンジが叫んだ。
「やっぱり墜ちるんだぁ!」
 ──パニックが発生した。


「なんですって!?、あの子達が乗ってる機でハイジャック!?」
 リツコはもたらされた報告にギョッとした。
 司令と副司令がさなぎの使徒をどうするかで意見を突き合わせているところに報告されたのだ。
「犯人の目処は?」
「全く不明です、ハイジャックを知らせる緊急警報装置が働いたとの事でアクセスを試みたのですが、機体の全回線が不通となっていて……」
「外部との回線は全てシャットダウンされたということかね」
「はい」
 青葉はどうしましょうかと困り顔のままで総司令の座る棟を振り仰いだ、使徒の対処もあるが、チルドレンもまた失う訳にはいかないのだ。
 しかし事態は彼らのような、のんびりとした決断を待たなかった。
「え!?、浅間山に新たな反応を検知!」
「なんだと!?」
「これは……、先の使徒と、『ガメラ』です!」
 またか!、っと冬月は顔をしかめた。


 身長60メートル、体重80トン、それがMAGIが算出したガメラの体格のデータである。
 それはエヴァに匹敵する高さである、そしてそれは同時に、使徒とも張り合える大きさであるということだ。
 ──ドン、ドン、ドン!
 口から三連続で火炎球を吐くガメラ、その火の塊を使徒はATフィールドで弾き飛ばした。
 使徒……、その使徒の形状は蟹のような甲殻に包まれたものをしていた、昆虫に近いが足はムカデのように多い。
 三葉虫などといった古代の生物を思い出させるフォルムをしているのだが、それにしては近代の生物の雰囲気を残している、その上殻が鎧のように無骨なのだ。
 使徒は腹と後ろ足で立ち上がると、のしかかるようにガメラへ挑んだ、蹴散らされる岩肌、落石、その間をレイがひょいひょいっと跳ねている。
「確かにシンちゃんの力なら、分離しようがなんだろうが一撃で消滅出来る、そういう意味じゃ物理的な破壊力に対抗出来る形状へと進化するのが正しいんだけどさ」
 それにしても、と考える。
「ほんとに何処行ったんだか、『イスラフェル』」


 うわあああだの、きゃあああだの、こういう時の悲鳴というのは実にバラエティに乏しい物だ。
「まったく」
 フェリス。
「ちょっとトイレのドアが吹っ飛んだくらいで」
「それで十分だと思うけど……」
 フェリスと違って、ミエルの顔色は酷く悪い。
「なんなの?」
「脅しでしょ?」
「脅し?」
「そ、なんか爆発物がやたらと仕掛けられててさ、言ったでしょ?、ハロルドが危険物探してるって」
「じゃあ、あれは?」
「わざと残しとくって言ってた」
「わざと?」
「そう、大して破壊力も無いのを人に恐怖心を与え易い所に設置してるってことは、パフォーマンス用ってことだって、だからあれが爆発しなかったら焦って『本命』の方を爆破しようとするかもしれないでしょ?」
 なるほどとミエルは納得した。
「解体するまでの間、あれで満足しておいてもらうって事ね?」
「そう」
 見上げて笑う。
「パイロンとあたしの出番はそれから、誰かが仕掛けた爆弾は見つかっても、仕掛けた誰かが何処に居るのかが分からなかったわけ、だからあれで有頂天になってもらうのを待ってたの」
 だからって、と。
「乗っているかどうか分からないでしょうに」
「でも乗ってても乗ってなくても、デモ用の爆弾が爆発しなかったらあっさりとバレちゃうじゃない」
「まあ、それは……」
「それよりも」
 フェリスはミエルの背を押した。
「先生のお仕事!、みんなを落ち着かせてね」
「あなたは?」
「ハロルドの仕事見て来るわ」
 なにせ、と。
「ハロルドって、本当は仕掛ける側の人間だからね」


「よっと、これで三個目だ」
 ハロルドはそういうと、発火装置を解体した爆発物を無造作に脇に置いた。
 ──爆弾である。
 彼は貨物質から潜れる飛行機の裏側で作業に当たっていた。
「しかし警備とか整備とかの連中は何をチェックしたんだよ、ザルどころじゃねぇぞ」
「でもそういう『抜け穴』が共通だから、仕掛けてある場所をすぐに見付けられるんでしょ?」
 フェリスの声に、そうだな、と顔も向けずに答えた。
「上はどうだ?、うるさいけど」
「そりゃもう凄い騒ぎになってる」
「ま、そうだろうな」
 くつくつと笑う。
「それが楽しくてみんなやるんだ」
「屈折してる」
「健全な遊びなんてなかったんでね」
「なかった?」
「そ、俺達の時代はお家でゲームなんてなかったの、仲間のいない、家も無いやつらを小突き回して楽しむのが一番の遊びだったな」
「……」
「酷い、って言われちゃその通りだけどな、それが当たり前の場所だったからな」
「だから悪いとは思ってない?」
「ああ、思ってないね」
 よしっと、四つ目にとりかかる。
「まったく……、俺は仕掛けるのは得意だけど、解体は苦手なんだよな」
「でもやってるじゃない」
「まあな」
 実際、爆発物の解体作業には熟練の『勘』のようなものが必要になる。
 爆弾を作り、仕掛ける側はその構造を熟知しているが、解体するとなれば何百、何千とある仕掛けの中から、経験で爆弾の種類を見分け、慎重を期して触れていかなければならないからだ。
 そして、爆弾が常に知るものであるはずが無い、最新の技術、トラップ、何が仕組まれているかわからない。
 解体と言う仕事は死の危険が大き過ぎる。
「ま、確かに俺らしくは無いかもな」
 ハロルドは認めた。
「でも、逆らう訳にもいかないのさ」
 よっと起き上がって、雑巾でグリースまみれの手を拭いた。
「誰に?」
「ホワイトテイルだよ」
「ホワイト……」
 フェリスは眉間に皺を寄せた。
 強さ、無邪気さ、明るさ、同じ異形の姿をしていながらも、自分の欲しかった物を全て兼ね備えている子。
 ハロルドは吹き出すようにして笑った。
「恐いってのもあるさ、だけど……、あいつと最初に『言葉』を交わしたのは俺だからな」
 フェリスは怪訝そうにして訊ねた。
「言葉って?」
「あいつは人間の言葉を知らなかったのさ」
 一息吐く。
「……最初にあいつを見た時、猫みたいだと思った、目の前で『揺れてる』おもちゃに飛び付いてるだけだってな、炎にまかれても平然と出て来たあいつを目にして思ったよ、人間じゃねぇって」
「ふうん」
「そいつは当たりだった、人間じゃねぇンだよ、少なくとも人間を同じレベルの『生き物』としては認識していなかった、猫ってのは目の前に虫が歩いてたら手で押さえてじゃれるもんさ、俺達はあいつにとって虫だった」
「……」
「ミエル……、あいつって俺を嫌ってるだろ」
 そうなのかな?、とフェリスは首を傾げた。
「それは俺がテロリストだからさ」
「そうなんだ」
「だけどな、テロのどこがいけない?」
「どこって……」
 これがフェリスでなくミエルであったなら、先日の北欧での惨劇の様子を上げ連ねただろう。
 しかしここに居るのはフェリスである。
「俺だって、最初からああいう仕事に手を付けちゃいなかったさ」
 ハロルドは五個目にとりかかった。
「あいつは知らないだろうが、俺の国は酷くてさ……」
 それはセカンドインパクト前の世界のことだった。
二十はたちになったら大人って呼ばれたよ、成人として扱われた……、けどな、考えてみろよ、年々物事は複雑になってくし、人間ってのも扱いづらくなってった、単純に好き嫌いでものが言えなくなって、何をどうすりゃ良いのかわかんないことばかりだ」
 作業を続けながら肩をすくめて見せる。
二十はたちやそこらで何が分かる?、人の気持ちや考えなんて理解出来るか?、自分の我を抑えて他人のために何かやってやれるか?、……大人には想像できなかっただろうな、ガキのころから周りに情報が溢れてるってのがどういうことか、あれもこれも複雑で、人の感情なんてもっと難しい、最悪だよ、さっき言ってる事といま言ってる事が違う、どうして違う事を言うのか?、わかんねぇよって腐るしかなかった、何をやるにしても難し過ぎて『追い付けない』、理解できない、理解しようとしてるのに待ってくれない、急かされる、……結局落ち着いて大人って言えるようになるのは三十を越えてからさ、昔は十二、三で大人って言われてた時代があった、人生五十年ってな、その頃はそれで良かったんだろうさ、世界が単純だったんだから、十何年の人生経験で渡れたんだろうよ、だがそれからどうなった?、物事が単純じゃなくなって学ばなきゃならないことが多くなって、最低でも二十を越えないと大人って言えなくなった、そして今だよ、考えてみろよ?、これだけ『難しい』世界で軽く百年は生きなきゃならないんだぜ?、二十で大人にされて、六十で年寄りにされて、あと四十年は邪魔者か?、そんな考えが常識だってンなら、抜け出したくなって当然だろう?、だけどな、そんな主張なんて誰も聞いてくれやしなかった」
 だから?、とフェリスは首を傾げた。
「それを訴えるために、テロをするの?」
 くつくつと笑う。
 そこにあるのは、テロリストとしての姿であった。
「最初から聞きやしねぇ、俺の言うことなんてガキの『戯言たわごと』だ、わかるか?、そう切り捨てられた時の気持ちが、言葉が通じないんだよ」
 でもな、と。
「世界何処に行っても通じる言語ってのがあるんだよ、暴力さ」
「乱暴だと思う」
「口で言っても通じないんだから、拳で不満を伝えるしか無いじゃないか、それが俺の辿り着いた結論だよ、ボディーランゲージは世界共通の言語なのさ」
 何かを含ませて口元を歪める。
「子供の言葉を聞いてあげましょう、なんて余裕かまして見下しやがる、子供がそんな大人の態度を見抜けないと思うか?、直感でわかるんだよ、聞くだけ聞いて真面目に考えてくれやしないってな、そんな連中が頭を押さえてるんじゃ、これからはお前達が自分の世界を創るんだ、なんて言われても、何言ってるんだって思いもするさ、お前達が邪魔してるんだよ、そう叫びたくなる……、昔は俺達が変えてやるって意気込みだけで、世界を自分達で動かしていく事が出来たみたいだけどな、管理社会が完成されると逸脱した行為は何も出来ない、その中で自分の言葉が他人には通じないんだと知った時の恐怖が分かるか?、焦りが……、だから存在を訴えるのさ、暴力で」
 フェリスは唖然としながらも、心の何処かで納得してしまっていた。
 あの遠い日、フェンス越しに見た少年達の無邪気な笑い。
 ──あたしはここにいる!
 フェンスをがしゃがしゃと音を立て、そう叫んでやりたかった、自分はここに居る、仲間に入れてくれと喚きたかった。
 どれだけ口にしたくとも、誰も聞いてくれないその空しさ、悲しさ、息苦しさは、自分が一番良く理解っている。
 自分はここに居るんだと暴れたくなる。
 ヒステリーを起こしたくなる。
 その衝動は否定できない。
「……そんな時に、出会ったのさ、あいつにな」
 口調がかなり落ち着いた。
「あの時は自分を世界に知らしめてやると思ってた、のぼせ上がってたよ、けどあいつが……、ぶっ潰れたビルの中から、炎の中から出て来た時、不思議と分かったんだ、笑いやがったのが、それが『言葉』だってのが」
「言葉?」
「ああ……、俺のやってることと同じだよ、あいつはそれまで人を生き物とは思ってなかった、それが尻尾噛まれて気がついたんだろうな、自分と同じレベルで……、自分と同じ『やり方』でものを語ってる奴が居るってな、気がついたんだよ、話せば解り合える連中なんだって、だからあいつは下りたんだろうさ、高い所から歩み寄ってくれたんだろうぜ、こっちの言葉を『理解』してやろうってな」
「だからハロルドとは仲が良いんだ?」
「そこまで色のある話しじゃねぇよ、大体、最初に『言葉』を交わした相手だからってんで顔覚えられちまって、勝手に仲間だって思われてんのがホントなんだから」
 ハロルドはぶちぶちと苦情を言った。
「そのくせ逆らったら裏切ったとか勝手なこと言いやがるんだよな、あの手の奴ぁ」


「爆破したのはトイレですよ……、まあ、誰か入っていたのなら」
 続きを口にしないのは、恐怖を助長させるためだろう。
「君の狙いは?」
「さて……」
 ごとんと震動。
 機体全体が揺れたようだった。
「なんだ?」
「応援が来たようですね」
 機体外部、その下部にあるハッチ。
 そこにアメリカ製のステルス爆撃機が、頭部から接続用のハッチを伸ばして接触していた。
 旅客機に合わせて飛んでいる。
 ハッチを通じて黒服の男達が乗り込んで来る、身につけているボディーアーマーは剣呑な物だが、ナイフや予備の弾丸等と、爆薬の類は身につけていない。
 機内で使える武器だけを選択しているのだろう、銃器もハンドガン程度のものだった。
「きゃああああ!」
「ひっ!」
 銃を持った男達の搭乗に乗客が固まる、最新型のジャンボ旅客機はゆうに五百からの座席があるのだ、三分の一を第一中学校の修学旅行生が占めているとしても、残りはただの乗客である。
 赤ん坊が居れば老人も居る、そんな彼らに目もくれず、不審者は機体の前後に散っていった。
 ──当然その面子はコクピットを目指してここも通る。
 カンヂは横目に走っていく男を見て顔を歪めた。
「ハイジャックとはまた古い事を」
 あっとマユミが声を発する、窓の外に離れていく爆撃機の姿が見えたからだ。
「……ペンタゴンと組んでいるのか」
「そういうことです」
「懲りない連中だ」
 彼はファースト、サードチルドレンに対して行われた誘拐事件のことを知っているらしい。
「そうまでしてチルドレンが欲しいのか」
「あなたはあの力を知らないからそうおっしゃられる」
 知っているさ、とカンヂは小さく呟いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。