「おい、見つかるって」
「わかってるよぉ」
 岬の先に戻って、再び会話しているシンジとヒビキの姿が見える。
 少年達は何とか隠れようと階段脇の看板の裏に潜んでいた、全部で三人、内二人は物見遊山、一人だけがかなり険しい表情をしていた。
「な?、やっぱ碇だって」
「あいつ生きてたんだなぁ」
 それはいつかの事件についてであった。
 シンジが同級生を呼び出して殺害を計ったとされていたあの事件なのだが、最近になって別の犯人像が浮上していた。
 ──それは教団に恨みを持った男による犯行と言う説であった。
 シンジがアルビノの少女と一緒に居るのを見掛けて狙ったというのだ、実際事件が起こるまでの数日の間に、シンジがその少女と歩いている所は多くの人間によって目撃されている。
 ──その証言を行った者がサクラであったかどうかは定かではない。
 いや、根本から言えば怪しいとされている男の実在ですらはっきりとしないのだ、そして今や迷宮入りの様相を呈している。
 シンジはこの犯人によって誘拐されたことになっていた。
 ──仕掛けの犯人はこう口にする。
「問題無い」
 手で作った橋で口元を隠し、ニヤリと笑ったかどうかもまた定かでは無かった。


NeonGenesisEvangelion act.51
『変調:pro・logue −外典 第五章 第二節−』


 ──某組織の総司令にとっては反撃は正当な権利であり、だからこそ『したか』『しなかった』かは問題とは感じられなかったのかもしれない。
 まあその真実はどうであれ、シンジはそんなことになってたんだと驚いていた。
「聞いたんだけどさ」
 シンジはヒビキと並んでベンチに腰かけていた、崖側から多少きつい風が噴き上がって来る、だから絶景を楽しめるにも関らず、空いていたのかもしれないが。
「ヒビキさん、あの時あったこと、全部見てたんでしょ?」
 ヒビキはぎくりと固まった。
「どうして、それで、その……」
 照れて、頬をポリッと掻く。
「僕が無事で良かったとか……、思ってくれたの?」
 予想していなかった問いかけだったのかもしれない。
 ヒビキは困惑と戸惑いを顔に浮かべた。
「……だって」
 小さく。
「友達だから……」
 だがシンジはますます首を傾げた。
「友達、かなぁ?」
「え……」
「あんなことがあったら、普通恐いとか気持ち悪いとか思うとおもうんだけど……」
「……」
「ヒビキさんはイイヒトなんだね」
「いいひと?」
「普通の考え方はしない人なんだなって事だよ」
 面白そうな口ぶりに、ヒビキはますます混迷を深めた。


 夜中である。
 それも森の中と来れば迷ってしまっても仕方が無い。
 シンジは勘で追いかけた事を後悔していた、なんとなく声をかけづらくて、ファウの後をつけるようにしてしまったのが災いしていた。
「ここ……、どこなんだろ」
 はぁっと溜め息を吐いて木にもたれ掛かる、そのままとすんと腰を落とした。
 ──空を見上げる。
 木の葉の隙間に月が見えた。
「……僕だって、馬鹿じゃないんだ」
 シンジは先程の会話について思い返していた。
 反作用という言葉がある。
 この世界もまた碇シンジによってサードインパクトが起こるように運命付けられている、これに対して逆らおうとすれば、当然その反発を食らう事になってしまう。
 それが『危機』の形で訪れた。
「……じゃあ僕は、またあんなことをやらなくちゃいけないのかなぁ」
 それが嫌なら戦うしかない、運命とも、何者とも。
 だが抗ってみたことはあっても、戦うなどしたことがなかった。
 だからそんな考えが浮かんでこない。
 逃げ回っていても恐い目に合う、かと言って運命に従っても恐い目に合う。
「僕は……、どうすれば良いんだろ?」
 再び溜め息を吐く、すると遠くから物音が聞こえて来た。
 ──うっ、はぁ!、や!
 気合いの息遣いだ。
 シンジは立ち上がると、お尻に付いた土を払って、声の聞こえる方へと歩き出した。


「はぁ!」
 森の中の空き地だった。
 そこだけぽっかりと場所が開けていた、真上から月の光が降り注いでいる。
 倒木に男が腰かけていた、くるっと回った口髭を生やしている、東洋系だが、純粋にそうではないだろう。
 中世の西洋人が着ていたような、時代がかった衣裳を着ていた。
 その正面ではファンが懸命に突きを繰り返していた、息が上がって汗まみれになっている。
「あれ?、シンジ君、来たの?」
 シンジは後ろからかかった声に驚いた。
「あ」
「ああ、ごめんね?、脅かしちゃって」
 謝罪してファウはシンジの隣へと立った。
「でもこんな時間に……、危ないとは思わなかった?」
「ごめん……、村を出ていくのが見えたんで、どこに行くんだろうと思って……」
 そう、とそれだけでファウは許した。
「ファン、ちょっと前に自警団の人たちがやられちゃってね……、それで頑張らないとって張り切っちゃって」
「あの人に習ってるんだ……」
「そう、あの人は先生、ツェペリ先生」
 ツェペリは三十代半ばの男だった、妙に落ち着いた、気品のようなものを身に付けている。
 ふうんと言うシンジに、ファンは何気に口にした。
「あんなに頑張らなくても良いのにねぇ……」
「え?」
「見栄張ってるのよ、姉弟で一緒にならなくちゃいけないってせいで、仕方が無いって言っても、やっぱり陰口とか悪口のネタにはなるじゃない?、それを言わせないようにって」
 ああ……、とシンジは了解した。
「だから……、さすがって言われるようになりたいって」
「そういうこと」
 シンジはアスカのことを思い出して重ねてしまった。
 昔のアスカもそうだったのだろうかと……
「そこまで」
 ツェペリが立ち上がり、ファンを制す。
「言わなかったか?、大事なのは呼吸を乱さぬ事、やせ我慢で何千回突きをくり返せても意味は無い」
「はい……」
「回数をこなすことは問題ではないんだよ、十回やって十回とも同じ呼吸を行える、それだけを目指せば良いんだ」
 おやっと彼はシンジへと目を向けた、それとファウにも。
「休憩にしよう」
 彼はシンジ達を呼び寄せた。


「碇シンジです」
 そう挨拶をした少年に、ツェペリはほうっと感心した。
「君は……、素晴らしいな」
「え?」
「そこまで体の使い方がなってない奴は珍しい、呼吸は散漫、重心も悪くて猫背、酷いな」
「先生……」
 ぷっ、くくっとファウが笑う。
「いや、こうまで酷いと矯正してやりたくなる、どうかな?」
「……遠慮しておきます」
「それは残念、ファウ、頂くよ」
「はい」
 ファウが手提てさげ篭から出したのは、小麦粉を鍋で焼いて丸めたパンと、干し肉を入れて煮込んだ塩のシチューのポットだった。
 それを椀に移してツェペリに薦める。
「ファンは?」
「良い!」
 まだ突きを続けている。
「……疲れるだけで無駄なんだがな」
 ぽりぽりと頬を掻く。
「ファンは……、先生の強さに憧れてるから」
「かと言ってわたしにも先を急ぐ理由があるからね、ここでの問題が片付く前にファンが基礎だけでも掴めるかどうか」
 そう言って肩をすくめる。
「はい、シンジ君にも」
「え?」
「ファンはいらないらしいから」
 じゃあ……、とシンジはシチューの椀を受け取った。
 ──その瞬間には、シンジは大したことではないと考えていた。


「綾波さぁん」
 観光用の地図を手に歩いていたレイは、呼び掛けた人を探して首をめぐらし、マユミを見付けた。
 歓迎するような様子は見せない、が、だからと言って拒絶する気配も浮かべたりしない。
 ただ黙って、レイは彼女が来るのを待ち続けた。
「ど、どちらに行かれるんですか?」
 はぁはぁと息を切らしながらマユミは訊ねた。
「……これ」
「え?」
「頼まれたから」
 マユミはメモを見せられて、その名目の多さに目を丸くした。
「こんなに?」
 こくんと頷くレイに、マユミは少し憐れんだ。
「大変じゃないですか……、これじゃあ買い物だけで終わってしまいますよ?」
「……けど順番に回れば、観光地も回れるわ」
「あ、本当ですね」
 レイに地図を見せられて納得する。
「あの……、もしよかったら」
 マユミは積極的に訊ねた。
「一緒に回ってもいいですか?」
「何故?」
 あまりにも直球過ぎる言葉にくじけそうになる。
 それでもマユミは踏みとどまった。
「一緒に回りたいなって思ったんです」
 レイは簡単に、わかったわ、と了承した。


 ──バキ!
 問答無用だった。
「ファン!」
 ファウはさらに蹴り飛ばそうとするファンから、シンジを守ろうとして覆い被さった。
「どけよ!」
「なにするの!」
「何するも無いだろうが!」
 何があったか、簡単だった。
 シチューを食べたまでは良かったのだが、口に含んだ瞬間、シンジは猛烈な吐き気を覚えて口から戻してしまったのだ。
「うっ、げ……」
「今日やっと目が覚めたばっかりだって知ってるでしょ!?、体が弱ってて胃が受け付けなかっただけじゃない!」
「そんなことわかるもんか!」
「何ムキになってるの!」
 シンジはファウの胸に押し潰されながらも、なんだこれ?、と自身の変調に顔を歪めていた。
(怪我のせい?、怪我なんてしてない、胃じゃない、だって呑み込む前に気持ち悪くなった……、じゃあ)
 自分で吐き捨てたものが目に入る。
(肉?)
「まあまあ、乱暴過ぎるぞ、ファン」
「先生は黙ってて下さい!」
 ははぁんとその様子に、ツェペリは呆れながらファウを見た。
「ファウ……、離れなさい」
「で、でも」
「わたしが診よう、それに」
 ちらりと意味ありげな横目をくれる。
「君がくっついていると、ファンの機嫌は悪くなるばかりだ」
 はぁっと合点がいったのか、呆れた様子でファウはシンジを任せた。
 心配げに、シンジの背をさすりながら離れていく。
 入れ代わりにツェペリはシンジの肩に触れた、無理矢理その体を引き起こす。
「呼吸を整えろ」
 ドン!、背後から横隔膜へと衝撃が駆け抜けた、ぐえっとシンジ、げほげほと咳き込んだが、気持ちの悪さの塊が食道を遡って口からこぼれた。
 喘ぐ度に、楽になる。
「大丈夫のようだな?」
「げほ!、はい……、こほっ、ありがとう、ございます」
「いや」
 ツェペリはそぞろな様子で曖昧な返事をした。
(これは?)
 シンジが突いている手、その付近の雑草が元気に起き上がっていくのだ。
「あのねぇ」
 呆れた声にはっとする。
「なぁに妬いてるの、相手は子供じゃない」
「子供って言ったって、俺と幾つも違わないじゃないか!」
「そんなこと気にして、こんな酷いことして……」
「そんなことじゃない!」
 叫ぶ、あ〜あとツェペリはこじれていく二人にどうしたものかと頭痛を抱えた。
 どう見てもファウはシンジを心配しているだけだ、それは年上としては当たり前の感情だろう、しかしファンにとってみれば面白くない。
(行き過ぎた独占欲は嫌われるだけだぞ?)
 だが経験多き者としてのその忠告は発せられることは無かった。
 ──何故なら。
「何か……、居る」
 脅えた口調でそう発する。
 シンジが見付けたもの、それは闇の中に光る幾つもの赤い瞳であった。


 ──2015ネルフ本部。
「同じような条件の場所は幾つかあるけど、第八の使徒が現れている以上、彼は殲滅されていると考えるしかない、そしてネルフ以外でそれを成せる組織があるのは……」
「ストックホルムって事になるわけだ」
 ふうんとアスカは鼻を鳴らした。
「ねぇ?、教団ってそんなに厄介なの?、その……」
 レイとカヲルに目を向ける。
「あんたたちでもどうにも出来ないくらいに」
 その答えは実にあっさりとしたものだった。
「無理だね」
「無理無理」
「どうして?」
「どうもこうもないよ、あそこにはエヴァがあるからさ」
 え!?、っと驚くアスカである。
「エヴァが!?」
「それも初号機だよ」
「どういうことなの!?」
「簡単な事だよ」
「どこかの世界で全ての使徒の力を統合した最強の使徒が生まれた、それが初号機」
「その初号機はその世界のシンジ君の使徒……、しもべとなってこの世界へとやって来た」
「なんのために?」
「滅びをもたらすためじゃないのは確かだね」
 もう一人シンジが居る事を言いごまかす、しかしアスカは先の混戦の中で見た三人のシンジのことを思い浮かべていた。
 あの内の誰かがそうであるのだろうと。
「あの……、質問して良い?」
 ホリィ。
「力で恐れる意味が分からないの……、だって、シンや、アスカだって……」
 光よと口にしたシンジ、炎の剣を手にしたアスカ。
 その二人の上を行くなど想像も出来ない。
「ま、そりゃそうだけどねぇ」
 レイは伝える。
「例えばこの世界における病気がどうなってるか、考えた事ある?」
「え?」
「セカンドインパクトの後、医薬品、医療品、治療道具なんてほとんどが失われて、注射針なんて使い回された……、そのせいで伝染病が流行ったし、エイズウイルスの保菌者なんて、全人口の実に八割に達してる」
 ホリィはぞっとした顔をした。
「そんなに!?」
「事実よ、だから精子バンクとかが大繁盛してるわけよ、ちゃんとした子供を生みたいってね?」
「そのまま放置されていたら、間違いなく世界は傾いていたよ、差別によってね?」
「……遺伝的な疾患を持たない優良種が劣等種を蔑むような世界になっていたかもしれないってこと?」
「正解だよ、アスカちゃん」
 苦笑する。
「それを抑えているのは皮肉な事に教団の『教え』なのさ、いびつでも秩序が保たれているのはね……」
「今はまだそれを失うわけにはいかないの」
(ま、だから『あの子』もそんな面倒な事に付き合ってるんだろうけどね)
 これは心の中にしまっておく。
「一度構築されてしまった秩序というのは覆し難いものなのさ、壊すのは容易でも作り直すのは難しい、コントロール出来ない状態を生むよりは、現状を維持した中で行動した方が良い」
「だから野放しにしてるってわけ?」
「いつかはぶつかる事になるよ、向こうは僕達を警戒しているからね」
 それよりも、と。
「レイ」
「ん?」
「あの子の怪我はどうなんだい?」
 ガメラのことだ、レイは肩をすくめた。
「暫くは海底温泉で湯治って感じ?、ついでにパワーアップするつもりみたいだけど……」
「あれってなんなの?」
 アスカが訊ねた。
「怪獣だよ」
「怪獣って……」
「かつて存在した人類が、今のこの状況を想定して恐れていたとしたら?、それを解決する術を用意していたとしてもおかしくは無いだろう?」
 はぁ?、っと間抜けた顔になる。
「超古代文明の遺産とか言うんじゃないでしょうねぇ」
「ま、そんな感じだよ」
 やめてよねぇっとホリィに振った。
「あんたもそう思わない?」
「でも……」
 ホリィは真面目な顔をしている。
「資料で読んだけど、南極で発見された最初の使徒も似たような存在だったんでしょう?」
「……だったら、それもアリ、か」
 アスカはすんなりと受け入れた。
「ま、結果的に現代人は超古代人類が想像もしなかった方法を編み出したけどね」
「どういうことよ?」
「使徒のクローニングだよ、エヴァの開発、最も忌むべき使徒を用いて使徒に当たるなんて発想は彼らには無かったんだろうね、それは禁忌さ」
「だからこその、怪獣か……」
「あのような『遺産』はまだまだこの世に眠ってる」
 ただ、と……
「レイがどの程度隠しているかは、僕も知らないんだけどね」
 知りませ〜んっとレイはそっぽを向いている。
「……頼りにしない方が良いみたいね」
「自分達で出来る事は僕達でやるしか無いのさ」
 だからとホリィに目をやった。
「これから暫くはホリィさんを中心に動ける体制作りをする事になるね」
「え?」
「ホーリィの?」
 うんと頷く。
「今回の戦闘について運が良かったのは、作戦部長が不在だった事だよ、おかげで僕達は持てる最大戦闘力をぶつけられた」
 レイが混ざる。
「確かにあのおばさんが居たんじゃ好き勝手はできないもんね」
「そういうことだよ、僕も苦労したからね……」
 カヲルは旧東京で行われた戦闘のことを思い出して顔を歪めた。
「エヴァは兵器だから、どうしても誤解されてしまうけど、戦闘を見てもらって分かるように、エヴァの性質は『兵士』に近い」
 カヲルは理解してくれているかとホリィを見やった、そこに同意を見付けて話を続ける。
「認識の違いだよ、葛城さんは確かにネルフの中では逸材だったのかもしれない、けれどそれはあくまでネルフの前身、『ゲヒルン』という研究機関の中にあっての話で、決して戦闘のプロ集団の中にあってのことじゃない……、そういう意味では国防総省から多く人員を回されている米国支部で訓練と学習を行って来たホリィさんの方が、圧倒的にエリートなのさ」
「ま、歳のせいで色々思われてるでしょうけどねぇ」
 茶々を入れる。
「それを無視したゲンドウパパには拍手ね、あの人、本気でホリィの方が適役だって思ったみたいだから」
「……あの人の思惑はともかくとして」
 仕切り直す。
「問題は運用しようと言う姿勢なのさ、兵器と認識しているなら他の兵器群と連動して運用し、最終的に使徒を殲滅に追い込もうと考える、だけど兵士であったなら?、兵士が突撃できるよう、あるいは引くことができるよう、兵器でサポートを入れる」
 ホリィよりもアスカが先に理解した、それはエヴァのパイロットであるからだろう。
「呼吸って事ね……」
「そういうことだよ、必要なのはエヴァを含めて駒として全てを統率運用する能力じゃない、僕達の行動を読み、的確な支援を行ってくれる、思惑を読んでくれる人なのさ、束縛する人では無く、サポートしてくれる人でないとね」
「エヴァの能力も知らない人に手綱を握られてたんじゃ、余裕の相手でも勝てる戦いをやらせてもらえなくなる……」
「ホリィさんでないなら、今回の赤木博士くらいがちょうど良いね、事前のことだけを整えてくれて、後は勝手にやらせてくれる……、だけどそれでは通じなくなる時がいつか来る、ホリィさんにはそれまでに僕達を指揮できる位置に上ってもらわないと」
 そんなことを考えていたのかとホリィは戦慄した。
 だが無理だとは思わなかった、この連中が抱えている秘密はまだ一端しか知らない、それは隠されているからでは無く、訊ねていないからだ。
 ホリィには誰かと違って、秘密を抱えられるかどうかの知性的な自制心が備わっていた、だからまだ訊ねないのだ。
 訊ねたところで、抱えられないから。
 ──だけども一つだけ確実な事があった、それは。
(期待されてる)
 そういうことだ。
「まあ、葛城さんには居ない間に居場所を奪うようで悪いけどね」
 カヲルはそうあまり本気で思っていないような口調で締めくくった。


「……」
 村では皆息を潜めて小屋の中に留まっていた、ずしゃりと気味の悪い音がする、何かが森から現れて、村の中を徘徊していた。
「何あれ?」
 レイの言葉にカンヂが答える。
「悪魔だそうだ……」
「はぁん?」
「気味の悪い死人、ゾンビーの方が分かりやすいか」
「あれが、ねぇ……」
 レイは皆のよせと言う声を無視して、戸の隙間から様子を窺っていた、真っ白な肌はふやけてむくんでいた、気怠そうに前屈みになって行進していく化け物達。
「大人しくしてれば襲われることは無いそうだが……」
「何を狙ってんの?」
「食料だそうだ」
「食べ物?」
「ああ、それも肉を持っていってしまうらしい……」
 そこまで口にして、カンヂははてと思い出した。
「そう言えば……、君は肉を食べていなかったな」
「ん?」
「菜食主義者なのか?」
「そういうわけでもないよ、肉はわりと好きだモン」
 でもねぇと。
「なんの肉だかわかんないのは、ちょっとね……」
 歪んだ表情に納得する。
「確かに……、そうだな、教団から配給されている肉の量は凄まじいものがある、それをどこでどんな風に生産して加工しているかは……」
「気味が悪いでしょ?」
「ああ」
 レイは再び外に意識をやりつつ、ぽつりと漏らした。
「……教団の肉には秘密があるって事よね、やっぱ」
 ──何故怪物達が教団の肉に引き寄せられていくのか?
「なんだよ!?」
「下がれ!」
 言って前に出たのはツェペリだった。
「此奴らが迷い出て来るのはいつものこと!」
「シンジ君、こっち!」
 腕を引かれる。
「あれって!?」
「化け物!、だけど」
 空を見上げる。
「月の出てる夜に出て来ることなんてなかったのに、どうして……」
「行くぞ、ファン!」
「はいっ、先生!」
 のっそりとした動作で迷い出て来た怪物達は、無造作に大木を掴むと力を込めた。
 めきめきと音を立てて、木が引っこ抜かれていく。
「はっ!」
 その腹にめがけてファンが正拳を叩き込んだ、怪物の体がくの字に曲がる、抜け掛けていた木はそのまま倒れて、他の数体を道連れにした。
「気を抜くなよ!」
 しかしそれでも化け物達はうごめき、もがいた、みちりと音を立てて潰れた下半身を引き千切る。
 まるで尻尾のように背骨をくねらし、上半身だけとなった怪物は腕で這い、襲いかかって来た。
「ファウ!」
 叫ぶファン、シンジは咄嗟にファンの腕を掴んで自分の後ろに投げ飛ばした。
「シンジ君!」
 ──逃げちゃ、駄目だ。
 呪文が口を衝いて出る、拳を固めた右腕に奇妙な現象が発生した。
 ──渦。
 風が腕を取り巻き渦を成した、いや、シンジの内側から吹き出したものが大気を流動させて渦を生み出していた。
 ──ドキュウウウン!
 突き出された拳が跳びかかった怪物を打った、不可思議な音と共にシンジの腕から何かが怪物へと流れ込む。
 ── 一瞬の輝きが目を眩ませる。
山吹色サンライトイエローの閃光!、わたしが流し込んだ波紋の力をまだ継続させていたと言うのか!?」
(なんと言う才能!)
 殴り飛ばされた人型の怪物の背から、腐った肉のような汁が飛び出して散った、それはシンジが流し込んだ、ツェペリに与えられた力によって崩壊した組織そのものだった。
「え!?」
「先生!」
「むぅ!」
 誰もが驚く、どしゃりと落ちたのは老人に等しい痩せ細った男だったからだ。
 そしてその顔は安堵に彩られて泣いていた。
「死、ねる、やっと、やっとぉおおおおお!」
 一際大きく叫んでがくりとくずれた、そのまま動かなくなってしまう。
「これって……」
 困惑するシンジに対してツェペリは厳しい目を向けた。
「原因は……、分からない」
 まだ残っている化け物達を警戒しながら語り出す。
「だがセカンドインパクトから数年、各地でこのような怪物が蠢き出した、時には人が化けると言うこれの正体を探り、わたしはこの地へ訪れた」
「人……、人なんですか?、みんな」
「そうだ、例え千切れようと潰れようと死を迎える事の出来ない彼らを成仏へと導く方法は一つ」
 うおおおおおっと、気合いを入れるために踏ん張った、その体から大きく太陽の輝きが立ち上る。
「出た!、先生の必殺技!」
ふるえるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぞ血液のビート!山吹き色サンライトイエロー波紋疾走オーバードライブ!!
 両手を組み合わせて突き出した、腕に向かって重力が落ち込んでいく、五、六体が纏まってその腕に絡み取られるように溶け合わさった。
 ズキュウウウンっとシンジが立てた音の数十倍の音が立つ。
ヒィイイイイト、エンドォ!
 バターが溶けるような音を立てて、肉の塊が液状化し、さらに蒸発した、匂いも熱も発せずに。
 確かにそれは『成仏』だった。
 ぶんと両腕を振って、纏わり付いていた『もの』を振り払う。
 それすらもまた霧消していく。
「先生!」
 ファンが駆け寄る、だがツェペリは威圧感の篭る迫力を維持したままでシンジを見つめ、強ばってしまったファンを押しのけ、シンジの元へと歩み寄った。


「世界中を回ったんだ、あれから……」
 シンジはそうヒビキに伝えた。
「アメリカ、ドイツ、フランス、オーストラリア、中国、他にも沢山回ったよ」
「……」
「その内ヒビキさんのことや……、あの街でのことなんてすっかり忘れちゃってたな」
「そう……」
 逆にその街に住み続けている者達は、皆なにかしらの形で気にし続けていたのだから暗示的だ。
「まあ……、ヒビキさんには悪いことしたと思ってるよ?、僕が呼び出したりしたから、あんな恐い目に合わせるようなことになっちゃったんだし」
「……そのことは気にしてないから」
「そうなんだ?」
「うん……、ただ、どうしたのかなって、それだけ気になってて」
 シンジはじっと『先』を見つめた、そこには少年達が隠れている立て札がある。
「あっちもそうなのかな?」
「え?、あ……」
 何やってるの、と頭痛を堪える、そんな立て札に三人も隠れられるはずが無く、はみ出していた。
「ま、空港であれだけ派手な事しちゃったらしょうがないか」
「あ、あれは……」
 二人で赤くなる。
「なぁんか……、良い感じだよな」
「もう帰ろうぜぇ?」
 言ってるのだが、聞かない人間が一人だけ居た。
 彼はいつか、シンジに足を食い千切られた少年だった。
 ──そしてもう一つ……
「こっちだな」
 ようやくケンスケを筆頭にしたトウジとヒカリが、この高台の公園の入り口へと到着していた。
 ケンスケが手にしているのは大きめの携帯電話だ、その広い液晶画面に街の地図と点滅する光点が表示されていた、シンジの電話の反応だ。
「イインチョ、アイス溶けてるで」
「あ、ありがと」
 焦ってキャンディを舐める。
 ソーダ味で、色も青だ。
「ちょっとした疑問なんだけど」
「なんや?」
「碇君を見付けてどうするつもりなんだろ?」
「ま、ケンスケやからなぁ……」
 ほれっと幾つも肩に掛けているカメラを指す。
「あれで証拠写真でも撮って、みんなでつるしあげたろ言うんやろ」
「別に碇君がモテたからって、誰も困らないと思うんだけど……」
「困らんやろうけど、おもろない奴は多いっちゅうこっちゃ」
 トウジは冗談交じりに口にした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。