──全ての事が、なだれを打つようにして動き始めた。
 教授と呼ばれることを望んでいた所長の考えは、実に読みやすいものだった。
 元々学部内での粘着質な争いに、短気に応じて飛ばされてしまった彼である。
 安直で迂闊で、短絡的な性癖に気付かぬ限り、彼は何故いつも負けることになってしまうのか、神の意地悪以外の理由に思い至れることは無いだろう。
 ──裏切ったのは、青年だった。
 将来有望な青年は、夢を抱いて職場に入ったのだ、このような場所で余生を過ごすつもりはさらさらなかった。
 彼は彼個人のルートを通じて、情報をリークしたのだ。
 ──その結果が、これである。
「所員を集めて、どこかに閉じ込めておけ!、こちらの調査班はどうなっている!」
「テレビ局を下がらせろ!」
 銃を持った男達が、要所要所に立っている、歩哨だ。
 ヘルメットにスーツ、黒の全てが戦略自衛隊、陸戦兵を指し示すものだった。
 銃だけではない、コンバットナイフや、手榴弾とおぼしき缶まで下げている、武装としても尋常ではない、重過ぎる。
 空には飛行艇が滞空し、地には戦車が陣形を整えている、ジープが土煙を立て、さらには……
 ──巨大なロボットが鎮座していた。


NeonGenesisEvangelion act.60 『彼女の受難 起の章(2)』


『ごらんください、あのロボットを』
 カメラが舐めるようにパンして機体を捉える、戦闘機と船を足した胴体下部に、手足が接続されている動力ブロックが存在していた。
『戦略自衛隊からの公式発表はありません、しかし先日の『怪獣墜落事件』と、何らかの関りがあることは明らかであり』
『政府発表はまだありません!』
『野山幹事長!、何か……』
 ──車の中である。
 テレビを消して、伊吹マヤは不機嫌にシートに沈み込んだ。
「こんなの、あたし向きじゃないのに」
 そんな台詞に、マコトは危うく笑ってハンドル操作を誤りかけた。
「そう拗ねなくってもさ」
 いっそう、ぷうっと頬を膨らませるマヤである。
「だってまだ、パーティーの途中だったのよ?」
 それは残念、とはマコトには言えなかった、リツコの『親心』を知っていたからである。
 ──ホーリア・クリスティン主催による、親睦会を兼ねたホームパーティー。
 主な面子を思い出し、マコトは気付かれぬように身震いをして、忘れているんじゃないかと疑った。
 シンジたちの残忍さをだ。
 それさえ覚えているのなら、何故リツコがマヤの参加に良い顔をしなかったのか、想像がつくというものだろう。
「でも、これは日本政府からの、正式な要請だからね」
 そう言って、車載テレビのスイッチを入れ直す。
 液晶画面に、ノイズ交じりに映像が出た。
『崩壊した第三新東京市、その周辺地区に見られる爆発跡、その他、度々目撃されている怪獣の姿に……』
「この間ので、日本政府も懲りてるんだよ」
「この間って?」
「異相体、コードネーム、『モスキート』」
 それは第三新東京市の外苑に落ちた怪獣のことである。
「ほら、あれってさ、日本政府の不始末だってことになっちゃったじゃないか」
 正確には『した』のだ、どこかの髭面が。
「汚染された土地への賠償金とか保証金、こっちのミサイル山の被害とか、責任問題でひーひー言ってるみたいだし」
 マコトは人事のように口にした。
「日本ってさ、『街』への土地供与なんかで、今までかなりの免除を受けて来ただろう?、それがこの間の大ポカで、割に合わないほどの被害出しちゃったわけでさ」
「……戦自にもかなりの死人が出たって話だもんね」
「そうそう、だからさ、政府としては、これ以上関り合いになりたくないんだろうね」
 だが、それを弱気と捉えて、納得できなかった連中が居た。
 ──それが彼ら、戦略自衛官である。
「ネルフだと?」
 剣呑な声を発し、彼は危険な光を目に宿した。
 いかがいたしましょうかなどと訊く、馬鹿な部下をどやしつける。
「追い払え!」
 階級から言えば、それほど高くない人間である、一等佐だった。
 そのような指示を下せる立場には無いはずなのだが……
 彼はふんと鼻を鳴らすと、曹長が敬礼をして去るのを待って、『それ』を見上げた。
 山の斜面をこそぎ落とし、さらに大地に大穴を穿って、ようやく全体の四分の一をさらけ出しているのが、問題となっている大岩だった。
「見掛けでは判断できんからな……」
 帽子を深く被り直す、いかつい顔に浮かんでいるのは苦渋だった。
 先日の異相体騒ぎで、多数の戦死者を出してしまった、もはや情報規制どころではなくなっている。
 場所が『あの街』の外であったのもまずかった。
 飛来する異相体の姿を、多数の民間人に『撮影』されてしまったのだ。
 これ以上、隠し通すことはできなかった、しかし。
 ──できないのならば、思い切ることも必要である、なのに。
「臆病風に吹かれおって」
 愚痴ったのは、エアコンの効いた涼しい部屋で、ざるそばをすすっている男だった、将校である。
「これ以上、学者上がりをのさばらせておけるか、ネルフなどと……、何のために我々戦自を作ったのか、忘れたのか」
 自衛隊を取り上げられた腹いせとも言える経緯をもって、戦自は発足されたのだ。
 戦自における上層部の面子は、多数が国連の決定に不満を抱いた自衛隊の将校、兵士によって構成されていた、彼らにとって、ここでまた国連の出先機関とも言えるネルフに出撃の場を奪われるなど、冗談ごとでは済まされないことなのだ。
 隔意は、それほどまでに大きかった。
 ──だが、日本政府には、日本政府なりの言い分がある。
「逮捕状だ、逮捕状を用意しろ!」
「しかし、戦略自衛隊内部の問題は、こちらの権限では」
「何故だ!、首相のわたしが命じているんだぞ!」
「正式にですか?、正式な命令として発令するためには、ことの経緯を明かす必要があります、それではマスコミに」
「分かっている!」
 この分かっているは、マスコミがどう反応するかについてのものだった、決して首相としての自分が、ないがしろにされていることに関して、納得するというものではない。
 使徒墜落に伴う汚染問題、これが現在八ヶ岳にて行われている発掘作業でも発生しかねないものだとして報道されたならば、どうなるか?
 事は暴走している戦略自衛隊の、存続問題にまで発展しかねないだろう。
「わたしにどうしろというんだ!」
「だからと言って、こちらに回されてもな」
 唸ったのはコウゾウである。
 大きく息を吐いて肩を落とす、ただでさえ戦自との交渉には、ギスギスとしたものが付き纏うというのにだ、何の因果か、日本政府の御墨付きで、戦略自衛隊を押さえなければならなくなったのだから。
 胃が痛い。
「これは、わたしの手には余るな」
 どうするとゲンドウに振ると、彼は机の操作板に手を伸ばし、加持と赤木の両名に対して呼び出しをかけた。
 彼の手元には、一人の人物について、二人から送られた報告書が、等しく重ねられていた。


 ネルフ本部のメインエレベーターは、大量の人員や機材を輸送することも想定して、一人で乗るには寂しい大きさに作られている。
 もちろん、最大積載重量も並みではない。
「顔色、悪いぜ?」
 その中に、加持とリツコが、仲良くなく収まっていた、加持は仲良くしたいのだろうが、リツコが嫌がって、肩に腕を回されないよう、逃げていた。
「疲れているのよ」
 それはまた、と加持。
「過労死には気をつけろよ?、時々、心臓が痛くならないか?」
 いいえと、リツコはお腹を押さえた。
「むしろここね、胃が痛いわ、でも大丈夫、まだ死ぬつもりはないから」
 それはどうかなと意地悪を言う。
「ぽっくりっていうのは、突然逝くから、ぽっくりっていうんだぜ?」
 リツコはそれならとやり返してやった。
「あなたの方が逝く確率は高いんじゃない?、今週だけで何人?」
「おいおい」
「腹上死したら、笑って上げるわ」
 エレベーターの中、実に殺伐とした会話がいつまでも続く。
「ま、俺としちゃ、どうせ逝くなら、君みたいな人の上が良いんだけどな」
 エレベータが止まる、チンと鳴って、扉が開いた。
「ちえ、タイミング悪いなぁ、せめて、後十秒……」
「縁が無いってことでしょ」
 壁に追い込み、唇を寄せようとした加持を押しのけ、エレベーターを出た。
「長い付き合いなんだから、いい加減、気付いたら?」
「長い付き合いだからこそ、いい加減に、落としたいのさ」
「……勝算でも、あるの?」
「勝ちが分かってて、口説いたって仕方ないだろう?」
 リツコはやれやれと、長年の友人としての忠告をくれてやった。
「無駄なことを」
「そうかい?、まあ、君が恋してるってなら、別だけどな」
「……」
「おいおい」
 マジかよと加持。
「俺も落ちたかな、気付かないなんて……」
「……だから、無駄だって言ってるでしょう?」
 微笑んでやる。
 しかし加持も加持だった。
「ま、それはそれで面白いんだが」
「どうして?」
「くだけるだけだと分かってる恋も悪くはないなって」
「くだけるね」
 笑ってやる。
「だったら、あの子はどうなの?」
「あの子?」
「未練があるんじゃないの?、まだ」
 加持は葛城のことかとあたりをつけた。
「そいつは駄目だよ、もうな」
「どうして?」
 溜め息一つ。
「女はまたぐらで咥え込み、男は股の臭いに誘われるってね、知ってるか?」
「なにそれ?」
「あいつが女だってことを捨てた時に、『そっち』を期待できる女じゃなくなったってことさ」


 くだらないと切り捨てるには重い話題を引きずって、二人は総司令執務室の扉を叩いた。
 出迎えたのは、代わり映えのしない二人であった、ゲンドウにコウゾウ、これもまたいつものごとく、コウゾウがその趣旨を切り出した。
「二人を呼んだのは、他でもない……」
 どこか言い訳がましい物言いだった。
「報告のあった人物について、もう少しばかり詳しく聞いてみたくなってね」
 それぞれに資料を手渡す。
 受け取りつつ、リツコは問い返した。
「なにか分かったのですか?」
「調べるまでもなかったよ」
 促されるままに表紙をめくると、驚くほど詳細な個人履歴が記載されていた。
「ゴドルフィン・クリスバレイ、五十一歳、アメリカ国籍、『自宅』も管理会社によって奇麗に保たれているよ、元海兵隊所属、後に教官を殴り除隊、以後は戦地にて傭兵として活躍、こちらの情報は、さすがに詳しく調べられなかったがね」
 その点は加持が補足した。
「こっちで調べましたよ、貰った部下の中に、彼を知ってる奴が居たもんで、聞きました」
「で、どうなんだね?」
「聞いた話じゃ、指揮能力に長けていると言ったところで……、長けていると言っても、あくまで現場指揮官としての話ですがね」
「安くはない傭兵なのかね?」
「ピンキリで言えば、ピンの方で」
 一本から多様の意味なのか、雑多の内の頂点なのか、ピンとキリの意味をどちらに取るかで話は変わってくるのだが……
「金がある団体ってのは、普通は正規兵による軍隊を創設しますよ、傭兵を雇うってのは、常設の兵隊を養うことができない貧乏団体ばかりです、そんな金の無い連中に雇われてやろうってのが、傭兵なんです」
 本職の傭兵の正体は、食い詰めた者たちの集まりである、命の代価は紙幣では無く、コインで事足りる連中だ。
 シンジが欲した多額の要求が認められたのは、チルドレンとしての付加価値があったればこそである、純粋に能力のみで計られることはまずない、これはゴドルフィンも例外ではなく、軍人としての経歴を含め試算を出しても、大した金額にはならないだろう。
「しかし、それだけではなんとも言えんな」
「そうなんですよねぇ……」
 困っているのは、彼の経歴そのものにあった。
 人を殺しているだろう、拷問などもこなして来たに違いない、残忍な人間なのかもしれない、しかしだ、別段、指名手配されているというわけでもないのだ。
 ただ戦争のプロであるという以外、なにもないのである、それでは拘束も尋問もできない。
「せいぜい、シンジ君の隣人だということくらいか」
「それが一番問題なんですがね」
 これ以上怪しいことはないだろう。
 黙っているのは何もゲンドウだけではない、リツコもだった。
 彼女は故意に、ミエルについての情報を隠していた、報告にはかなりの護魔化しを入れている、その理由は、簡単だった。
 会話したのは、実に短い時間だったが、お互いを知るには十分だった、あの幸せな表情に、嘘などは無いと感じられた。
 なら、彼女はどういうつもりでこの街に来たのだろうか?、彼の過去を知っているのだろうか?、知っているにしても現在の……、シンジたちのことを、どれくらい知っているのだろうか?
 何も知らずにいるのかもしれない、その可能性は否めない。
 現在、この街は、非常に高い秩序を保っている。
 それは世界に比べても、一位と言って良いほどである。
 もちろん使徒という、『人類の驚異』のことはあるのだが、治安の点だけを見れば、これほど安全に満ちた都市はないのだ。
 戦地を転々として来たゴドルフィンが、落ち着き先を求めてこの街を選んだのだとすれば、どうなのだろうか?
 恨みを買っているだろう、憎しみも得ているだろう、そんな人物が妻を想って、安住の地を捜したのなら?
 ……無関係かもしれないというのに、無用に騒ぎ立て、生活を乱すのは、どうだろうか?
 ただ平穏を……、彼女の夢が好きな人とのなにげない日常なのだとすれば、同情せずにはいられない、ような気持ちをもって髭面を見つめる。
 ……ゲンドウは何故だか急に居心地が悪くなったなとお尻を動かした。
「問題なかろう」
 我慢し切れず、会話に逃れる。
「これを読め」
 放り出されたファイルに、加持とリツコはもちろん、冬月までもが目を丸くした。
「……俺は聞いていないぞ、これは」
「今日、上がって来たばかりだからな」
 それは先日のハイジャック事件について、詳細にまとめられたレポートだった。
 そこにはミエルやゴドルフィンを含めた、複数の人間の顔写真と履歴が掲載されている。
「諜報部じゃ、こんなもんは知りませんがね、どこから出たものなんです?」
「フィフスだ」
 ゲンドウはうっすらと笑って教えてやった。
「どういうつもりかは知らん、優良物件だとうそぶいていたがな」
「それは……、司令はお買いなるおつもりで?」
「監視網が復旧してから考える」
 加持はなるほどなと理解を示した。
 地上施設の監視、防犯カメラは、ネットを通じて警察署へと繋がれている、そして警察でデータの照合を行っているのは、実質MAGIなのである。
 疎開などの都合でビルが閉鎖されたりと、余計なことも相まって、現在その監視網には、かなりの穴が空いていた、これが先日の、アスカとケンスケへの暴行事件のような、問題の発生を許す要因になってしまっているのだが……
 現在、監視システムの損壊は、ネルフ本部内においても、同様に復旧が待たれている状態にあった、それが直らないことには、到底職員の増員は行えない。
「ま、身元については、監査官が保証してくれると思いますがね」
 買い物としては、十分に安いと言える人材であった。
 実は、存外に優秀なパイロットのおかげで、予算が浮きに浮いている、地上施設の修復などに、多少はかかっているのだが、それでもエヴァが大破した時に必要な修理費に比べれば、安いものだ。
 常識的な給与で雇い入れる分には、一人や二人、十人や二十人で、どうにかなるものではない。
 シンジ達には、個人的な敵が多い、今のネルフに、それを退けられるだけの力は無い、ならば自衛してもらうのも、一つの手ではある、そのために余剰予算を回すというなら、それはそれで正解だろう。
「これ以上、殉職者の数が増えるのは……、色々とまずいんでしょう?、情報操作についたって、これだけの死者数になると、護魔化し切れるもんじゃありませんしね」
 ──うさんくさい。
 普段なら、そんなことを言う加持ではない。
 ゲンドウの目が鋭くなった。
「なにを企んでいる?」
「は?」
「ただ薦めているわけではあるまい、目的はなんだ?」
 お見通しでと、加持は悪びれもせずに後頭部を掻いた。
 それは困っている様子だった。
「実は、レイちゃんから頼まれましてね」
「レイだと?」
「ああ、『こちら』のじゃなくて、『あちら』のレイちゃんのことなんですが、お得ってことで、売り込んどいてくれと」
「そういうことか」
「そういうことです」
 珍しく、考え込むような仕草を見せる、ゲンドウだった。


 使徒、あるいは異相体。
 その存在については、確実に肯定できるだけの科学的『論拠』が、未だ出揃っていない状態にある。
『根拠』については、永遠の謎とされるに違いない、それを暴かれると困る誰かによって。
『しっかしまぁ』
 ミサトは呆れた口調で、大仰に馬鹿にした。
『こんなもんが、よく異相体だって分かったもんねぇ』
 直径何十メートルもある、球状の岩。
 中身はともかく、外見は間違いなくそうなのだ。
 断定するには違和感がある。
「それはね」
 リツコはモニターの向こうに居るミサトに対して、手元の資料を送信してやった。
「座標と配置の話、覚えてる?、それが一致したからよ」
 構成している物質は違っていても、その信号の座標と配置は人間の遺伝子情報に酷似している、ならば生物同様に、同じ使徒では『染色体』の数が同じであるはずなのだ。
 ゲノム的な一致が、リツコが岩を異相体とした根拠になっている。
『でもねぇ』
 ミサトはしつこく、ごちゃごちゃと言った。
『これだけ形状も何もかもが違うってのに、逆におかしくない?』
「その点はまだ解明中よ」
 まあ、それはあなたに任せるわと、ミサトは気になる話題に乗り換えた。
『で、あっちはどうなってるの?』
「あっち?」
『ニュースで見たわ、戦自のことよ』
 そのことねとリツコ。
「日本政府からは、異相体の譲渡について、申し入れが来ているわ」
『じゃあ、あいつらって、どうして頑張ってるの?』
「さあ?、でも日本政府の考えははっきりとしているわ、覚えてる?、街の外に落ちた使徒のことを」
 頷くだけのミサトに、続きを聞かせる。
「あの区域ね、五十年ほど封地されることになったわ、汚染の恐れがあるからって、その経済効果を考えればね」
『次はごめんだってこと?』
「ええ、こちらに責任をなすり付けたいんでしょうね……、そうすれば万が一のことがあった時、逆に保証を受けられるから」
『そう……』
「それに、今時何百グラムかのサンプルがあれば、解析には十分なのよね、生きた使徒をそのまま確保するような意味は」
 ミサトはちょっと待ってと口を挟んだ。
『じゃあなに?、美味しいとこだけ持っていって、面倒ごとはこっちに押し付けようって腹?』
「ええ」
『ふざけて!』
 それでも、任された以上は対策を講じなければならない、第一、ネルフとしても、異相体の情報はあって損をするものではないのだ。
 問題はその大きさだった、直径二十メートル、総重量はエヴァ三体分を越えると見られている。
 危険性を訊ねるミサトに、リツコは解説してやった。
「鉱物生命体だから……」
 その動きは、数万年をかけて何メートル動くかというものであるという。
 ミサトは仰天した。
『なにそれ?、なんの……』
 なんなのだろうか?、何のために生まれたのだろうか、なにをするために出現したというのだろうか?
 ミサトは言葉に詰まって、何も言えなくなってしまった、おそらくはネルフや、それに与する場所に進攻するつもりはあるのだろうが、到達した時には人類はとっくに環境破壊によって、自滅してしまっているかもしれない。
『ねぇ』
「なに?」
『ほうっておいても、害って無いんじゃ……』
 恐る恐る訊ねるミサトに、リツコは大真面目に肯定してやった。
「多分ね」
 はぁっと嘆息。
『じゃあさ……、観光用ってことにしといて、お土産にどうぞって、削り倒しちゃうってのは、どう?』
 それはそれで良いかもしれないと、誘惑に屈しかけたリツコであったが、同じ頃、総司令の元には、加持のとりなしにより、一人の男が面接を受けるべく来訪していた。
「話がややこしくなって来たな」
 目前に立ついかめしい男に対して、コウゾウは一筋縄ではいかない相手だとの認識を深めていた。
 ゴドルフィン・クリスバレイである。
 彼はネルフ本部の最上位に立つ二人に対して、包み隠さず、真実を告げたのだ。
 一つ、自分はシンジに雇われている私兵であること。
 二つ、自分は綾波レイ=イエルに属している者ではないこと。
 三つ、他の者はレイ=イエルに私的に雇われているテロリストであること。
 これらをどう判断するかは、実に難しいところである。
 コウゾウは思った、どうやら少女は少年を利用しているだけに過ぎないらしいと。
 そして少年はそのことに気付いていると、上手く回せば、引き込むことも?
 ……彼はゲンドウを見て、いいやと甘い考えを捨てることにした、自分とこの男がそうだからだ、仲間、共犯でありながら、互いに反目する部位があり、警戒し合っている。
 そういう関係もあるのだ、共存、共栄、共闘しながら、決定的な味方ではないということが、そして逆もまたあるだろう。
「今日、急ぎ来てもらったのには訳があってね、どうだろうか?、ネルフで働いてはもらえないだろうか?」
「そういう話であろうとは、予想しておりましたが……」
 首を傾げた。
「急にというのが分かりかねます、何か問題が?」
「これだよ」
 コウゾウは資料を手渡した、そこにはテレビの映像などを並べて、プリントしただけの資料だった。
「戦略自衛隊、ですか」
「問題はその写真の背後に写っている機械にあってね」
「陸戦用高速強襲艦、トライデント?」
「うむ、一番艦紫電、二番艦雷電、三番艦飛電、開発は極秘裏に行われたらしいよ」
「トラノコの機体ですか」
「そういうことでね、向こうの並々ならぬ決意のほどが窺えるよ」
 それにと加持が付け加えた。
「あの駐屯部隊の隊長は、鷹派で知られている人物でしてね、実際に痛い目に合うまでは、決して引かないことが予想されます」
 学習しない男なのかとゴドルフィンは訊ねた。
「……そういう奴は、でしゃばっては痛い目に合って帰っていく、そういうものだろう?」
「それで学んでくれりゃ良いんですけどね」
 未だ痛い目に合ったことなどないのだろうと加持が言い、そしてコウゾウが政府側に立った意見を発した。
「もし今回がその機会だとするならば、下手な事態は政府の存続にまで発展しかねないことになる、政府としては、そうならぬように務めたいのだろうな」
「『国連』としては?」
「政府のコントロールから逸脱している、非常に危険な存在になりつつあるとして、介入をちらつかせているよ、自衛隊の接収に失敗しているからな、戦自を代わりにするつもりだろう」
「できるのでしょうか?」
「無理でしょうな」
 これを言ったのは加持だった。
「戦自は元々、自衛隊の『専守防衛』の枠組みから外れたアクションを実行するために作られた組織です、彼らは脅しに対しては、牙を剥くように教育されています」
「強制は、できないと……」
 そうだとコウゾウは目元を揉んだ。
「……人は、言葉のみでは理解しえない悲しい生き物だよ、そして最も分かりやすく、世界共通で通じる言語こそが、暴力だ」
 薄い切れ間に見える瞳は、酷く鋭い。
「安易で、安直だからこそ、皆それに頼る、だが言葉が通じるのであれば、まずは互いに対話を望むべきだよ、しかし嘆かわしいことに、その理想を実現させるためには、言葉を訊けと同格に見させるための『力』が必要となる……、矛盾しているがね、そしてその矛盾が歪みとなっても現れる」
 それは老人特有の愚痴だった。
「過ぎたる力は、隣人を脅えさせる恐怖となる、そして脅えた者達は卑屈になる、あらゆる言葉を『恫喝』として窺い、服従するようになっていく、この卑屈さが人に過信を与えるのだな、戦自はそのレールに乗ってしまった存在なのだよ、他国との『兼ね合い』を取るべくして生まれた存在でありながら、いつしか『釣り合い』を見るための基準へと存在意義が変貌した」
「そして、その意義を守るためには、やられっぱなしの軍隊じゃいけないってことですかね」
「そうだな」
 そしてその比較対照として、手身近なネルフが選ばれたのだ。
「上下の優劣を付けたいのだろうね、馬鹿なことを」
「しかし無視はできません」
「当たり前だ、そのつもりで人を送ったのだからな、本来であればエヴァも送るところだが、これは見合わせたよ、エヴァを送れば、否応無しに緊張が高まることになる」
「一触即発ですか……」
「うむ、それ以上の判断は、わたしにはできんのでね」
「司令」
 加持は聞くだけのゲンドウに訊ねた。
「異相体の処理について、方針は……」
「破棄だ」
 へっと驚く。
「破棄ですか?」
「そうだ」
「伊吹君を送ってある、データは十分に取れるはずだよ」
 仕切るコウゾウである。
「後は、作戦部の仕事として、任せたいのだがね」
「……トップが居ませんし」
 自然と皆の意識は、ゴドルフィンへと流れついた。
 急にとは、そういうことかと。
「しかし、いきなりでは現場の混乱が予想されますが」
「混乱を起こすほど、統率の取れた組織ではないんだよ、寂しいことだがね」
「……君には、作戦部次長の席を用意した」
 ひゅうと口笛、加持である。
「そりゃまた、葛城の下ですか」
「ホーリア・クリスティンの、監督と保護も、一任する」


 ──学校。
 図書室。
 電灯の明かりは、窓の外からの光によってかき消され、どこか薄暗さを感じさせていた。
 そんな中。
 綾波レイが、背を伸ばして、高い位置にある本の背表紙を倒していた。
 そして……
「……」
 ぽうっと見とれているのが、山岸マユミ、彼女である。
 取った本を何気に開いて、レイは二、三言葉を探した、印象に残る文体であったなら、借りるつもりでいたのかもしれない。
 ふと、レイはマユミの視線に気がついた、首を横向けて数秒、見つめ合う。
「……なに?」
 あっと驚いて、マユミは胸に抱いていた本を取り落とした。
「ご、ごめんなさい、あの」
 慌ててしゃがみこみ、本を拾おうとする。
「……」
 マユミは表紙に指を置くと、またも溜め息を吐いてしまった。
 ──ホリィに、また謝ると責められたことを、思い出してしまったからだ。
 いつまで経っても立ち上がらないことに訝しさを感じて、レイは彼女の前にしゃがみこみ、本を取るついでに立たせてやった。
「どうしたの?」
 不思議だなぁとマユミは思う。
 正直、赤い目というのは恐いものだ、さらに表情筋が固まっているのではないかと思えるほど顔色が分からないレイである。
 なのに、何故か見つめられると落ち着いてしまうのだ。
「……ホリィさんに、叱られたんです」
 マユミは夕べの会話の内容をつぶさに報告した。
 大変なのだなぁと思ったのは、昨日、あのニュースが流れてからのことだった。
 大慌てで行ってしまったのだ、彼女は、職場に。
 聞けば大人っぽいが、同じ歳だと言う、こうしてのんびりと遊んでいる間にも、『あの人』は懸命に仕事をこなしているのだ。
「大人の方に混じって働いていると、やっぱり大人っぽくなるのでしょうか……」
「気になるの?」
「結局、あんまりお話できませんでしたから……」
 微苦笑を浮かべる。
「あの人は、どういう人なのかなぁって」
「そう……」
 レイは正直に教えてやった。
「あの人は、碇君を癒せる、ただ一人の人よ」
「え……」
 そうなんですかと、マユミは複雑な声音で呟いた、ただし、彼女は気付かなかった。
 密かににぃっと笑って、レイがガッツポーズを決めたことを、拳を握って、小さく引いて。
 マユミの反応を見れば明らかだ、彼女はホリィに惹かれている、だてにホリィに惹かれたシンジに似ているわけではないのかもしれない。
「良かったわね」
「え?」
「あの人は、好い人よ」
 え?、え?、っとマユミは焦った、何か気に障ることを言ってしまったんじゃないかと思って。
 マユミは泣きそうになりながら、レイさんより、ホリィさんを好きになったわけじゃ、などと、勘違い全開で、嫌いにならないでくださいと、すがるように謝った。
 ──もちろん、それがレイを再び不機嫌にさせたのは、言うまでもない。


「「いかーりくぅん♪」」
 同じ中休みの時間である、レイとマユミのことなどつゆとも知らず、シンジはトウジとケンスケにつかまっていた。
 沖縄以来、しつこく纏わりつかれていた、その理由は簡単で、トウジは気に病んで、ケンスケはシンジに対して興味をもって、というわけである。
 しかしシンジにしてみれば……、ただべたべたとされて、気味が悪いだけの話で……
 ──というわけで。
「ちょい待ちぃ!、どこ行くんや!」
「どこって……、トイレだよ、トイレ!」
「おっしゃ!、付き合ったろやないか!」
「やだよ!、気持ち悪い、一人で行くよ!」
「なんでやぁ!、おかしいやないか!、はっ!?」
 っと何かに気がついたようで……
「お前、まさか……」
「女じゃないよ、そんなベタな秘密はないからね」
「ちゃうわ!、あほぉ!、関西人を舐めんなよ!?」
「怒らないでよ、お約束じゃないか」
「ボケになっとらんわ!」
「そっかなぁ?」
「ありがちネタなんぞで笑いが取れるか!」
 男泣きに泣いて訴える。
「お前には関西人のココロっちゅうもんがないんや!」
 しかしシンジは冷たかった。
「関西人じゃないしー」
「どちくしょーがー!」
「トウジ、トウジ」
 すっかり呆れているケンスケである。
「のせられてるって」
「おおう!?」
「話も逸らされてるし」
「そやった、シンジ!」
「なんだよぉ」
「お前、まさか虐められとるんやないやろなぁ?」
「はぁ?」
 きょとんとするシンジに対して、トウジはそうなのかっと確信を深めた。
「お前、一人でトイレに来いて、言われとるんやな?」
 はぁ!?、っとシンジ。
「ちがうよ、誤解だよぉ」
「いや!、そうに違いあらへん!、そやなかったら、なんでそないに嫌がるんや!」
「キモイから」
 うっと唸るトウジである。
「き、キモイてなんじゃい」
「気色悪い……」
「そんなんはわかっとる!、なんで気持ち悪いやなんて……」
「トイレまで一緒に、これでクサイ仲、なんつって、なんていう方が寒くない?」
「ううっ!?」
「大体さぁ、なんでそんなに付きまとおうとするわけ?」
「うううううっ」
「そんなの、決まってるじゃないか」
 前に出る。
「心配なんだよ、シンジが」
「僕がぁ?」
「そうだよ、ほら、色々とあったって、聞いたから」
「色々ねぇ……」
 シンジはそれも胡散臭そうな話だと目を細めた、どうせヒビキから聞き出したのだろうが、彼女が知っていることなど知れている。
 それを真に受けて、何を想像したのだろうか?
「な、だからさぁ」
 馴れ馴れしく。
「こういう奴なんだよ、ちょっと付き合ってやってくれよ」
「付き合うって、なにを」
「だから、トイレに行くんだろう?」
「だから、一人で行くってば」
「ちゃう!、どこに戻しとるんや!」
 本音を暴露する。
「お前、いっつもそやないか!、なんや適当にごまかして、ちっともわしらとからもうとせんし、おかしいやないか!」
「そっかなぁ?」
「そうや!、こんだけ付き合いがあって、わしらお前のことなんにも知らんのや、変やないか!」
 そんなこと言われてもと、本気で困る。
「知らないって言われてもさ……、僕だって、君たちのことなんて知らないよ」
「それがいかんっちゅうとるんじゃ!」
「そうだぞ?、だからさ」
 さっとメモを取り出した。
「きりきり白状してもらおうか」
「白状って……」
「その代わり、俺たちの秘密を教えてやろう」
「いらないって」
「なんだとう!?」
「すっごい秘密や、いらんのか!?」
「だからいらないって」
「ええから!、お前の秘密を教えんかい!」
「秘密って言われてもさ……」
「そうそう、なんかあるだろう?、ほら」
 ああと手を打つ。
「チェロが弾けるとか?」
「ほう?、それは凄い……、ちゃう!、そういうこと聞きたいんやないんや!」
「じゃあなんなんだよ」
「ええと、普段なにやってるとか」
「……黙秘」
「おい」
「だってさぁ、一緒に遊び回ってる訳でも無いのに、そんなの教えろって言われても」
 言ってしまってから、しまったかなと思ったが、遅かった。
「よっしゃ!、わかった、よぉわかった」
「あのぉ?」
「センセがそこまでいうんやったら、ケンスケ!」
「わかってるよ、ゲームセンターから、ちょっとイケない場所までチェック済みだよ」
 ざっとプリント専用のバナー紙を広げてみせる、眼鏡が反射してきらりと光った。
 蛇腹状になっている用紙には、びっしりと店名と所在地が記されていた。
「おうし!、今日から遊び回るでぇ!、順に上から行くからなぁ!」
「僕の意見は?」
「知らん!」
 くらぁく笑う。
「引きずり回して、お前が隠し取るもんを暴き出したる」
 ひっひっひっと。
「そうそう、碇が知らない自分を発見するくらいにな」
 それってちょっと危ないよ。
 誰か助けてと願うシンジであったが、とりあえず、助けてくれそうな奴はいなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。