──ジオフロント。
 その森林部。
 ここはネルフの本職員でも、中々立ち入らぬ無法地帯となっていた。
 毎日怒号が響き渡り、銃声が鳴っている、追い立てているのは、一目でネルフ職員だと分かる連中であったが、逃げているのは、格好にばらつきのある男達だった、女もいる、色々だった。
 制服の者がいれば、スーツ姿、あるいはラフなTシャツ、さらには物騒な装甲服と、実に種類に富んでいる。
 彼らは皆、避難勧告に従って、一旦はシェルターに避難し、そこからジオフロントへと侵入を試みた、工作員達であった。
 時折、浮浪者も居るのだが……
 彼らの所属している組織は、何も一つではない、それぞれが別にある、それでも潜伏する以上はと手を組み、あるいはしのぎを削り合っていた。
 新たな火線がまた走る、逃亡者は振り返り、木々の向こうに目立つクリームの色を見付けた。
 追っ手の武装は堅実なものだった、ネルフの正職員を示すクリーム色の制服の上に、黒のジャケットを羽織っている、防弾チョッキだ。
 銃はフル、バーストの切り替えが利くライフルである、メーカーは不明、おそらくはネルフの謹製だろう。
「第一班は右翼に展開!、二班は左翼だ、残りはこのまま直進、二隊より歩調を落とせよ」
 そうして追い込みをかけるつもりなのだが……
「やれやれですね」
 口にしたのはユーリだった。
 女性用の制服ではさすがに問題があるからか、男性と同じ制服を着用している。
 持っているのは武器でなくノートパソコンだった、戦闘要員ではなく、補佐役として同行しているらしい。
「まったくだよ」
 答えたのは、先日アスカにのされたばかりの男であった。
 あの件が問題視され、全員再訓練となり、この仕事を与えられたのだ。
「しかし、うちの課長ときたら……」
 頭痛を堪える。
 ──あ、悪い、ちょっと用事があるんで、じゃ!
 っと言うわけで行ってしまったのだ、二人は揃って溜め息を吐いた。
「あの人は、真面目にやるつもりがあるんでしょうか?」
「真面目なところがないのなら、能力だけでのし上がったことになるんだがな」
「高校生じゃあるまいし、受験からの開放感で、駄目になった、なんて……」
「それで身持ちを崩すほど、馬鹿でもないだろう」
 そう言った彼の背景が、悲鳴の色に塗りかえられた。
「うわぁ!」
「なんだぁ!?」
 反射的にユーリを庇いつつ罵声を張り上げる。
「どうした!」
「トラップです!」
「なにぃ!?」
 まさか逆に誘い込まれてしまったのかと驚いた、しかし。
「ウサギも一緒に引っ掛かってます!」
「なんだって!?」
「もう何がなにやら……」
 そこら中で悲鳴が上がり、トラばさみや、落とし穴、そして網が、無差別に彼らを捕らえていく。
「あ」
 ふいにユーリが言葉を発した。
「あれ」
「え?、あ、なんだぁ?」
 同じ方向を見て、彼もまた驚愕した。
 ──そこには、『立ち入り禁止、特別環境保護区域』と、ネルフ本部、ジオフロント開発局、環境保全課、調査班と、木の看板が、綾波=イエル=レイ=グラジュエル=二十八世の署名入りで、大きく掲げられていた。


NeonGenesisEvangelion act.62 『彼女の受難 起の章(4)』


 ──八ヶ岳観測所。
 その付近に、戦自と隣り合わせになって、ネルフは陣地を確保した、距離にして、十キロほどの位置である。
「ったく!」
 うざったく、髪を掻き上げて払ったのは、アスカであった。
 運用に都合のいい場所は、戦自がことごとく占領していた、そのためネルフは、二機のエヴァを使い、強引に土地を切り開いたのだ。
 運搬用のF装備から降下後、そのまま権限を用いて山の一部を接収、そして弐号機と3号機の手によって掘り、崩し、あげく足によって均し、平坦な土地を作り上げていた。
 環境破壊も甚だしい、強引過ぎる行為であった。
「ねぇ」
「なんだい?」
「これって、後で問題になんない?」
「なるだろうねぇ」
 苦笑して答えるカヲルである。
 ウィンドウを開き、景色の一部を拡大する、露出を少し調節すれば、戦自の人間の唖然としている顔が幾つも拝めた。
 中には歯ぎしりをしている顔もある、よもやこのような暴挙に出て来るとは、思ってもいなかったのだろう。
「それにしても……」
 カヲルが目を付けたのは、やはりあの巨大な、陸戦重装甲兵器であった。


 とりあえず、レイという守護神、あるいは大明神の手を借りて逃げ帰って来たシンジであったのだが……
「うう〜」
 こちらはこちらで、困った問題が持ち上がっていた、マナである。
 彼女は不満を酷く抱えて、シンジに食ってかかっていた。
「どうして行っちゃいけないのよ!」
 辟易してしまっているシンジである。
「だって、向こうには、挑発してるつもりなんてないんだよ?」
「けど、あれは!」
 あの機体はと叫びそうになって、マナはそれを噛み殺した。
 背後では、マナの激昂について行けず、冷めてしまっている二人がいた、ムサシとケイタの二人である。
 彼らはマナの様子にこそ危険を感じて、はらはらとしていた、気持ちは分かるのだ、あの機体には……、酷い想い出があるのだから。
「戦自って、たった一年かそこらで作り直したのかな?、あれ」
「むしろ、シンジが壊したのって、先行試作型だったんじゃない?、余所で作ってたとか……、ちょっと形も大きさも違うしね」
 レイはふうむと唸りを上げた。
「マナちゃんの気持ちは分からないでもないけどさ、でも向こうさんは戦力をできるだけ投入するだけのつもりで、あれを持ち出して来てるわけでしょう?、そこにのこのこ出てっちゃったら、今までなんとか隠れてやり過ごして来てたのが、全部無駄になっちゃうよ?」
 それでもマナは噛み締める。
「あたしは、行かなくちゃ」
 そう、とレイ。
「でも駄目」
「レイ!」
「やる時は、ちゃんとケリつけさせたげる、でも今は駄目」
「どうして!」
「なんのために、『あたし』がこっちに残ってると思ってんの?」
 え?、とマナは動きを止めた。
「どういうこと?」
「面白そうなあっちに行かないで、どうしてこっちに居るのかってこと」
 嘆息したのはシンジである。
「こっちでも何か起こるって、そう言いたいんでしょ?」
「まあねぇん」
 ふざけるレイに、マナは背を向け、ムサシとケイタを突き飛ばして部屋を出ていってしまった。
「マナ!」
「マナ」
 二人も追いかけていく、やれやれとソファーに崩れたレイに、シンジは渋い顔を向けた。
「恨まれたかな?」
「さあ?、どうだか……」
「嫌われたかもしれないよ?、どうしてって」
「かまわないって」
 レイは横になって、ぱたぱたと手を振った。
「それだけ期待されてるってことよ」
「……なんでそうなるのさ?」
「ん?、『シンジ』になら、わかるんじゃない?」
「え……」
「『シンジ』って、どうして『鈴原トウジ』君のことで、お父さんに怒ったの?」
 いつのことかと考えて、それが自分ではない自分のことだと思い至った。
「そんなこともあったっけ」
「あの時さ……、本当は信じてたんじゃないの?、期待してたんでしょ?、だから『裏切られた』って感じた、カヲルの時もね」
 勝手な言葉を思い出す。
「『父さんと同じに僕を』、か……」
「そうそう、でもね、それって、信じてたからこそ、悲しくて、辛くて、やり切れなくて……、それでお父さんやカヲルに当たったんじゃないの?」
「……そうだね」
 シンジは考える、だから他人に絶望して、もうどうでも良いなどとうずくまり、死にたいとさえ感じてしまっていたのだから。
「それじゃあマナも……、期待が裏切られたら、僕みたいに逆恨みをして、やってやろうなんて考えるのかな?」
「さあ?、でもその時には、考え違いだけは正してやんないとね……、あたしには、無条件にあの子を導いてあげる理由なんてないもん、なんでも出来るくせにぃ、なんてぇのは、大人のくせにィってメンタルと同じよね?、大人だからって、なんで子供の面倒を見なきゃならんのだっちゅうねん、ってとこ、面倒見て欲しいなら、せいぜい迷惑をかけない、自慢の子で居てくんないとね」
 ねぇっと、意味ありげな視線をシンジにくれる。
 シンジはついとその目から逃れた、確かに『あのシンジ』の精神がなければ、まず叔父夫婦に復讐を誓っていたかもしれないからだ。
 彼ら夫婦ふさいは、ちゃんと義務を果たしてくれていた、『お金』分ではあったが、それはもう十分にだ。
 ところが、自分は過剰に、過大に期待していた、親とは、親戚とは、保護者とは、『こういうもの』ではないのかと、どうして面倒をちゃんと見てくれないのかと、守ってくれないのかと、可愛がって……、愛してはくれないのかと。
 大人だから?、確かにそうだ、大人だからと言うのは理由にならない、人が人を愛するのは愛しいからだし、情で繋がっているからだ、自分と、あの人達との間には、それは無かった、なのにくれと喚いていたのだから、それは迷惑なことだっただろう。
 疎まれて当たり前だったのだ。
『あのシンジ』は……、その小さな縁の形に気付くことなく、『子供のダダ』を吐くだけで終わっていった。
 父を恨み、友達を憎んで、『死んで』行った。
 そして絶望を経た『彼』は、今では全てを達観している、あるいは開き直っている、全ての他人に責任をなすりつけて、僕が悪いんじゃない、教えてくれなかった、導いてくれなかったみんなが悪いんだなどという幼稚さからは、完全に卒業してしまっていた。
 悪いのは、それが分かっていてなお、逆に言い訳にし、甘えていただけの自分なのだから。
『今』のシンジは、そんなメンタリティに触れたからこそ、他人に期待などしていなかった。
 親だ、大人だということだけでは、『義務』があるだけである、それ以上のものは、愛情の強さから生まれ出るものだ、『自分』は、親の期待には応え切れなかった、だからこそ、親も自分の期待には応えてくれなかった、今では分かる、その程度の問題だったのだ。
 だからこそ、父の期待に応えるつもりがない今は、逆に期待もしていない。
 例え利用されることになったとしても、それを恨むつもりはないし、憎むつもりもない、復讐など以ての外だ、ただ、抗うために戦いはするが。
 そして今の、サードインパクトを回避するための戦いこそが、その抗う戦いそのものなのだ。
「だからこそ、僕達は君に感謝しているのさ」
 ──八ヶ岳。
 カヲルは、アスカを誘ってエヴァを降り、設営された天幕へと隠れ潜んでいた。
 エヴァでは、ろくな会話ができないからだ、全て記録されてしまうから。
「不思議に思っていたかい?、どうして僕達が、君を優遇するのか、その訳を」
 そうねとアスカは頷いた。
「正直、気味が悪くなることがあるわ、アタシ、あんたとは面識なんてなかったし、『あの』レイが、アタシに価値を感じてるなんて思えないし」
 価値くらいはあるんだけどねと苦笑する。
「全てに絶望したシンジ君が立ち直るためには、『同じ苦痛』の中に浸る誰かが、痛みを分かち合える誰かが必要だったんだよ、君はよく逃げ出さないで堪えてくれたね、感謝しているよ」
 アスカは半ば無意識の内に唇に手先を当てていた。
「そんな……、大したもんじゃ、ないわよ」
 それにと付け加える、半眼になって。
「その言い方じゃあ?、アタシの無事を祝ってくれてるわけじゃなさそうだし?」
「当然だね」
 シニカルに笑う。
「僕にとっては、シンジ君こそが一番だからね、君のことなんて二の次だよ」
「あ、っそ」
 ふてくされる、別に好意を向けてもらいたいわけではないのだが、こうもあからさまだと、それはそれで面白くない。
「それで?、シンジからはなんだって?」
「『レイ』からだよ、できればあの兵器のデータを『パチくって』来てくれってね」
「……せっこいこと考えてんのねぇ」
「いくら『最強兵器エヴァンゲリオン』があるとは言え、備えは必要だからね」
 ゾッとするような笑みを見せる。
「エヴァは囮としてもあまりにも大き過ぎるよ、そして、使える人間にも限りがあり過ぎる」
「それをなんとかする……、開発するような『システム』、持ってんでしょう?、分かるわよ、あれだけ怪しい衛星とか機械とか見せられたら」
 当然、それを設計した人間も居るはずだと指摘する。
「もちろんさ、でも今はまだ、表舞台に立たせるわけにはいかないんだよ」
「どうして?」
「準備不足だからだよ」
「準備ねぇ」
 胡散臭げに。
「またなんかやってるわけ?」
「ずっとだよ、色々やってる」
 おどけて見せる。
「少なくとも、今はまだ時が来ていない、だからあれは赤木さんのために押さえたいのさ」
「そういうことなら、了解だけど……」
 まだ何かあるんでしょうと、突っついた。


 他人に依存し、なにかあった時にはその人のせいにして、責任逃れを計る、そんな幼稚なメンタリティからは、とっくの昔に卒業している。
 だからこそ、人に責任を転嫁して、復讐をもくろむような、馬鹿な真似をするつもりはない。
 なんだかんだと言いながらも、もっともその変化を身近に感じ取っているのは、アスカだろう。
 彼女は、そういえばシンジ、縋るってほどには、甘えた言葉は吐かなくなったもんねと思っていた。
 ──自分はどうなのだろうと、考えながら。
 同じ頃。
 第三新東京市では、赤木リツコが半狂乱になっていた。
「わたしは技術部で、作戦部じゃないのよ!?」
 発令所、モニターの向こうでは、加持とミサトの両方が笑っていた。
『仕方ないさ、発令所の、第二ツートップの片割れなんだからな』
「念のために聞いておくけど、第一は?」
『そりゃあ、頭の上の御偉方だろ』
 ちなみに今は、どこかで仕事中のご様子である、姿が見えない。
「まったく……」
『ごくろうさん』
 声だけの労いでも、笑っているのが良く分かる。
『こっちは順調だよ、あぶり出しは進んでる、やっぱり戦自の奴ら、色々と潜り込ませてたよ』
「後は、保安部を待機させておけば良いのね?」
『ああ、すぐに動きがあるはずだ、もう少し藪を突っついてみる』
 会話に割り込むミサトである。
『大変なことになってたのねぇ』
 そうねとリツコ。
「初号機の暴走で壊れた都市の復旧作業、それに紛れて潜り込んでいたらしいのよ」
『……職員に被害は?』
「今のところはないわ、でもいずれは出るでしょうね」
『そう……』
「考えてみれば、避難誘導に紛れて出入りすることも不可能じゃないのよ、シェルターから侵入して」
『次の使徒が来た時に、またシェルターに戻る、か』
「混乱に乗じてね、それはなにも人間に限らないわ、ちょっとしたロボットや訓練された動物を放しておいて、同じように『次回』に回収、ほんと癪な連中ね」
『押さえてはいるんだ?』
「もちろん、全体の何割なのかは分からないわよ?、施設が完全になれば、MAGIのチェックが行き届くようになるんだけど」
『今は重要施設の管理だけで十分だろう』
 実際、三十近い階層に各々の階が存在し、その一つ一つの床面積が、それぞれ地上の都市部に匹敵するのだ。
 総面積を割り出すと、恐ろしい結果が導き出される。
 一部区画を完全に防備しているだけでも、驚きだと言えよう。
『まあ、愚痴は今度聞くよ、ゆっくりと、二人っきりの時にな、丁寧にね』
 ……皆の視線がちょっと痛い。
 ついでにミサトの半眼もかなり恐い。
『定期連絡、終わり』
 リツコは次の一言をどう発するべきか、非常に緊張を強いられた。


 天井都市。
 そこは地下とは違っていて、非常に平和な雰囲気をかもし出していた。
 街中を、マナがプリプリと怒りながら歩いていく、後から情けなく追いかけているのは、金魚の糞の二人であった。
「しっかし、戦自もやることが分かんないよなぁ」
「そう?」
 怪訝そうにするケイタに、ムサシは説明してやった。
「だってそうだろう?、隠して作ってたってんなら、こんなところでさらけ出してどうするんだよ?、きっと今頃、朝鮮辺りの連中が、こぞって双眼鏡で覗いてるぜ」
 ついでにと空を指差した。
「あの辺りに、電波飛び交ってたりしてな、なんだよ?」
「あ、いや」
 ケイタは酷く感心していた。
「ムサシにしては、よく気がついたなって思ってね」
「言ってろよ」
 ケイタの腿を軽く蹴る。
「どうにも理解できないんだよ、今の戦自はな」
「そうかなぁ?」
「俺達が居た頃って、もっと組織らしくなかったか?」
 さあねとケイタ。
「中に居たから、そんな風に感じてたのかもしれないよ?」
「でもあんな風に、無理矢理な行動は取らなかったと思うぜ?」
「焦ってるのかもね、このところ、いいとこないし、それか」
「なんだよ?」
「大人しくしてる必要がなくなったのか」
 ああんとムサシは胡散臭げにした、ケイタの言うことは政治的なあれだろうと分かるのだが、具体的には想像できない。
「ああもう!、そんなことはどうだって良いのよ!」
 ジレたマナが、キレぎみに叫んだ。
「シンジは分かってない!、あたしたちのことが分かってない!」
「そんなことはないって」
「だったら!、どうしてあれを放っておくの!?」
「放っておきはしないだろう?」
「そうそう、でもいま手を出すのはまずいよ、ネルフがなにかやりましたって言うようなものじゃない」
「ネルフなんてどうでも良いじゃない!」
 ムサシとケイタは顔を見合わせた。
「マナ?」
「本気で言ってるの?」
「当たり前じゃない」
「けど、ネルフはレイが……、シンジがなにかやろうってしてる所だぜ?、それを掻き回すような真似はまずいに決まってるじゃないか」
「……シンジは弱過ぎるのよ、レイに、カヲルにも」
「それは僕たちがシンジ君に頭上がらないのと似たようなものだよね?」
「同意を求めるなよ……」
「シンジはムサシやケイタとは違うの!」
 こいつはと二人は思い切り引いた。
「妙な幻想持ってるよね、絶対」
「ああ」
「こうなったら」
 くつくつと、くらぁく笑った、背を丸めて、何やら気味が非常に悪い。
「ま、マナ?」
「イッちゃった?」
 にやぁんと、レイばりのいやぁな笑みを張り付けて、振り返る。
 形としては笑っているのに、目がイッていた。
「悪戯してやる」
 はぁっ!?、っと二人。
「ちょ、ちょっとマナ!」
「まずいって、それは!」
「いいの!、するの!、もう決めたの!」
 ブンブンと両腕を振って駄々をこねる。
「ネルフに事件が起こったら、あっちはそれどころじゃなくなるもん、それなら、誰かが向こうに行かなくちゃって話になるじゃない?」
 危険だと感じたが、遅かった。
「そういうわけで」
「お、俺達も?」
「まきぞえだー!」
 首根っこを掴まれてしまった二人である。
 そしてそんな三人は、あまりにも騒ぎ過ぎていた。
「あれ?」
 小首を傾げる少女が一人。
 マユミである。
 どうして彼女がこんな時間に、こんな場所を歩いていたかと言えば、簡単で。
 今日も養父は帰らず、となれば、食事は外でと家を出たのだ。
 食事に出て、どうしてか本屋の袋を胸に抱えている辺り、どうしようもないのだが。
 マユミは自然と、ああ、三人が居ると、思うだけで済ませようとした。
 だが一歩進んだところで立ち止まった、これではいけないと。
(そうですよね……)
 くっと顔を上げて拳を握り、決意を固める。
(ホリィさんも言ってました、許してあげてねって、別に恨んでるわけじゃないけど、無視するなんて、悲しいですよね)
 そう、決意だけは非常に立派だったかもしれない。
 ……時と場合が、非常にまずかったことを除けばである。


 人は時として決意が裏目に出ることがある。
 裏目は恨めかもしれないし怨めかもしれない、でもやっぱりマユミは『うらめった』だろうと涙した。
「あーうー」
 す巻きにされているマユミである。
「ここはどこなのでしょうかぁ」
 口にしてみたのは、今ひとつ危機感を感じとることができなかったからだ、まるで冗談ごとのようである。
(今日は、お義父さんも帰っては来ませんし)
「明日には帰してもらえるのでしょうかぁ」
 くすんと鼻をすすって、横に倒れる。
 ──実はマユミが監禁されているのは、ネルフ本部内にある、使われていない士官室だった、別名、ホリィの部屋の近所とも言う。
 一応重要人物の娘ということで気をつかい、かような場所に放り込んでおいたのだ、ここならば下手に覗かれることもない、しかし。
 ──時と場合が悪かった。
「山岸監査官のご令嬢が、行方不明だと?」
 ネルフ内部では、レイの私有地確保事業の煽りを食らって捕まった者達の尋問と治療に、非常に忙しくなっていた。
 特に拷問官は、不審者に対して情け容赦をかけなかった、赤木印の薬物を投与して、良い感じに危なく壊してやっていた。
「まさかな……、いくらなんでも、国連大使の家族に手は出さないだろう」
「さあ?、それはどうでしょうか」
 尋問を担当している二人の会話である。
「捕えた一人の身元が判明しました、戦自の工作員です」
「戦略自衛隊の?」
「諜報員ではありません、工作員です、どうもこちらの発電施設を狙っていたようで」
「なに?」
「ウイルスの入ったディスクを押収しています、これを使ってシステムを暴走させるつもりだったようですが」
「……」
「このタイミングで、そのようなことが起これば、無関係とは思われません、戦自とネルフ……、いや、国連の関係は、修復不可能なところにまで悪化するかも」
「それが狙いで、誰かがやったというのか?」
「可能性の問題ですが……」
 まったくと痒い頭を掻きむしった。
「頭が痛いな、不審者がのさばっていることが公然としていながらもなんの対策も取れず、揚げ句連中と一緒に罠にはまって、馬鹿を晒して、その上これか?、このことが司令の耳に入れば、首を切られるだけじゃすまんぞ」
「そうですね……」
 実際、いま行われている拷問の内容を知っていれば、寒くもなる。
「くそ!」
 パンと拳を手のひらに打ち付ける。
「緊急事態だな、至急動員をかけろ、非番の者を呼び出せ!」
「どうなさるおつもりで……」
「決まってる!、八ヶ岳に行っている連中に迷惑をかける前に、事態を収拾するんだ、こんなことで作戦部と技術部の連中に借りを作るわけにはいかんぞ!」
「はっ!」
 敬礼して、急ぎ通話機に取り付いた。
 ──しかし、事情は、彼らの遥か彼方に飛んでいた。
「あ〜〜〜」
 ──いいのだろうか?、こんなことをしようとしていて。
 最初に、抜き差しならない状況にあると気がついたのは、ハロルドだった。
 夜中、ロックを手に衛星チャンネルのいかがわしい番組を堪能していたところ、急にフェリスに呼び出されたのだ。
 そのフェリスはと言えば、ムサシと腕を組んでご満悦の様子、そのムサシは、顔を手で押さえて、かなりの調子で困り果てていた。
 一方、マナに小突かれているケイタが居る、そのケイタから渡されたメモリーチップを、支給された腕時計のスリットに差し込んだところ、液晶パネルから、両手の人差し指と親指で作った四角形ほどの大きさのウィンドウが、空中に投射された。
 腕時計のボタンを押す、マップだ、要所要所に、注意事項が加えられている。
 警備員の待機所、巡回経路、時間……
(ヤバげな感じだよなぁ、おい?)
 目標は、ネルフ全館の施設を管理している、コントロールルームだと言う。
「つまり、なんだぁ?」
 ハロルドは訊ねた。
「これは、テロなんだな?」
 神妙に、ケイタは頷いた、ひとしずくの汗がつたっていた。
 口元も引きつっている、笑おうとして失敗していた。
 ネルフ、その全館の生命維持装置を落とすのは簡単なことだ。
 中央処理施設を制圧し、全装置を暴力運転させる、ブレーカーはもちろん落ちないように操作しておく。
 これによって、機械のほとんどはショートしてしまうだろう。
「一応、ジオフロント地表部に、建設当初に使われてた旧発電所があるから、人が死ぬような惨事にはならないと『思う』けど」
 なるだろうなぁと思うハロルドである。
「っかしなぁ」
 ぼりぼりと頭を掻く。
「俺、一応、雇われてる身だしなぁ」
「なに?、だらしない、レイが恐いってわけ?」
 ふふんとマナ。
「それでもテロリストなのぉ?」
 ハロルドは肩をすくめてやった。
「ガキの挑発にはのらねー」
「ふん!」
「二つの仕事を請け負うと、どっちかを優先しなくちゃならないことが出て来る、これがそうだな」
 ウィンドウを消した。
「ネルフに、んな真似して良いのか?」
「……かまわない」
「本気かよ」
 うんとマナは頷いた。
「責任は、あたしがもつから」
 ふふふとイッている。
「おい、大丈夫かよ、おい!」
「僕に訊かないでよ!」
 泣き笑いで怒鳴りかえす、そして。
「そこ!、いつまでもべたべたしてないで!、べたべたするならホテルでも車でも好きなところに篭る!」
「マナぁ〜」
 いつまでも報われないムサシであった。
(どうしてくれよう)
 これは逃げるべきだなと思いつつ、本当に困り果てるハロルドであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。