日本は特に使徒が集中して上陸することから、国連協力のもと、新たな早期警戒網が形作られることになっていた。
「鯨ではないんだな」
その一角をなしている、ロシアの原潜が、海底深くにて異常な存在を感知していた。
「這っているのか、底を引きずるみたいに移動しています、魚ではありません」
「船の可能性は?」
「破壊音が聞こえます、邪魔なものは全部潰して進んでいます、こんな真似をやれる船体なんて、ありません」
「分かった」
艦長であるところの彼は、ブリッジクルーに対して指令を下した。
「深度三百にまで浮上、ブイを出して知らせてやれ」
「ネルフへですか?」
「国連でも、米軍でも『日本軍』でもかまわん、専用チャンネルで交信すれば、向こうで勝手に中継して、どうにでも扱ってくれるはずだ」
NeonGenesisEvangelion act.63
『彼女の受難 起の章(5)』
──ところがである。
彼らの考えは甘かった、日本において、国連軍として、対使徒防衛網を取り仕切っているのは、戦略自衛隊なのだ、その『日本軍』が、現在は国連に対して、敵対行動とも取れる暴挙に出ているのである。
通信がネルフへと伝達されることなどなかった。
「僥倖と言えるな」
馬場一等佐は、深く制帽を被り直した。
「ネルフへ潜り込ませた連中からの連絡は途切れたままだ、地上班の報告にも、問題が起こっている様子はない、その時に、このタイミングだからな」
「しかし、この行動は、問題になりますが……」
「既に問題になっているんだよ、俺達はな」
一等佐は月を背にして立つ巨人のシルエットを良く見ようとしてか、目を細めた。
(大きいな)
自分の背後にはトライデントと名付けられた巨大兵器がある、前後幅で言えば巨人よりもはるかに大きいのだが、頭の高さというものは馬鹿にできない威圧感をもたらす。
(思っていたより、パイロットの『習熟度』も高いようだ、勝てるか?)
勝てないなと判断する、その理由は、奇怪な兵器を扱うことに対する慣れにあった。
今まで誰も運用したことがない兵器を使用しての、未知の戦闘、そこでは卓上のシミュレーションでは現れなかった要素が、浮き彫りになってしまうことだろう。
特に不安が大きいのは、双方のパイロットが非常に若い点にあった。
──マナ達と同期の彼らが乗っているのだ。
初陣の興奮から、何をしでかすか分からない危うさがある、敵味方見境なく暴れ回るかもしれない、そうなった時、戦闘慣れしているネルフ側のパイロットに、隙を突かれることになるだろう。
だが……
光明があるとすれば、それは『こちら』が対人戦を想定した訓練を架して来た、殺しのプロであると言う部分にあった。
人殺しには、慣れていないかもしれない。
それは同時に、かかるプレッシャーを飛躍的に増大させる。
のしかかるような重圧に、神経は摩耗し、精神は疲弊していく。
彼が朝を待っているのは、そのような理由に起因していた。
これもまた、消耗戦である。
──けれど。
そんな彼らも、また甘かった。
「哨戒中の機が暗号文を入手、どうやら使徒発見の報のようです」
自衛隊である、それも空自だ。
彼らは彼らで、独自の早期警戒網を維持し続けていた、それは戦自に対する牽制の意味もあった。
「国連軍の動きは?」
「『一部』の離反……、造反によって、連絡機能が麻痺しているようです」
「麻痺だと?」
「はい、極東方面軍……、戦略自衛隊によって、通信は秘匿されている模様です」
「ふむ……」
「どうしますか?」
「伝えるしかないだろう」
「しかし、どうやって」
通信士の彼が抱いた疑問は当然のものであった。
自衛隊が戦略自衛隊を警戒しているように、逆もまた同じなのだ、自衛隊が目立った行動に出れば、でしゃばるなと牽制をかけて来るに違いない。
性質上、自衛隊は、戦略自衛隊には逆らえないことになっている。
「……通信がダメなら、車ででも、歩いてでも、どうやってか直接知らせに行くしかないだろう」
「見張りはどうしますか?」
「出し抜くさ」
それにと付け加える。
「俺たちは舐められてるからな、戦自の連中なんて、どうにでもできるさ」
実際、空自の彼の言葉通り、戦略自衛隊は自衛隊の存在を舐め切っていた。
『専守防衛』の名に縛られて、何もできない連中であると、無駄な存在として切り捨てていたのだ。
敵対するには、値しないと。
いつまでも日和見を決め込んでいるだろうと、現在の対ネルフ作戦行動中も、さして警戒していなかった、しかし、彼らは一般的に思われているほど、無能ではない。
専守防衛のためには、まず相手に訴えかけなければならず、時間がかかる、そのために逃げられてしまうこともしばしばなのだが、今回は違う。
戦自の応対、戦自の態度から、彼らがこちらの言うことを聞くつもりがないのが明らかだった、そう。
『言葉』の通じない相手なのだ。
ならばそれ相応に応対するまでである。
そこからどのような意図を読み取るか、どのように感じ取るか、知ったことではない、だが、感じる何かがあるのだとすれば、それは会話が成立した証しになろう。
そして彼、ムサシ・リー・ストラスバーグも焦っていた。
「やっぱりまずいって!」
「ここまで来て、なに言ってるの!」
場所はもう、ジオフロントの変電施設である。
電力供給は、普段はMAGIによって統括コントロールされている、それでも非常事態というものはつきものだ。
時にはMAGIからでは、コントロールができなくなることもあるだろうと、そのような時のために、このような施設もまた『残されて』いた。
元々は、本部建築時に作られた、旧変電施設なのだ。
「こんなことやってぇ!、レイにバレないはずがないだろう!?」
「そうだよねぇ」
うんうんとケイタ。
「怒られるだけじゃ、すまないよ?、きっと」
「大丈夫よぉ、その時は、シンジが庇ってくれるから♪」
希望的観測としても甘過ぎた。
「それはないね」
「ああ」
「そりゃあさ?、僕達って、綾波さんよりもシンジ君に庇ってもらってるけど、それでも綾波さんが本気で怒ったら、シンジ君は僕達を切り捨てちゃうんじゃないかな?」
うっとなる。
「そ、そんなことは……」
「シンジ君ってさ、ああ見えて甘えてるとこ、あるよね」
「そうそう、レイとか、ホリィとか、かまってくれる奴に弱いよな」
「だからマナってダメなんだよね、マナってかまって欲しい方だから」
「だからマナ、俺がシンジの代わりにって、わー!」
既にディスケットを挿入してキーを叩き出している。
「何やってんだ!、やめろー!」
「いやー!、これでシンジに庇ってもらうの!、守ってもらうんだからー!」
そうまでして気を引きたいのかと、ほろりと涙するケイタである、しかし。
状況は、そうのんびりとはしていられなかった。
──爆発音。
「うわっ、なんだぁ!?」
扉が開いた、飛び込んで来たのは、ハロルドとフェリスの二人だった。
「もう限界だぜ!」
「早く逃げよう?、ムサシ!」
言いつつハロルドは謎のスイッチを押し、フェリスは外に向かって手榴弾を転がした。
──閃光と、破壊音。
「む、無茶苦茶だ……」
「だからテロリストなんて駄目だって言ったんだ」
「引っ張り込んだのはそっちだろうが!」
「ムサシぃ」
「年上の癖に甘えるなって、わー!」
対爆装備を固めた重装甲歩兵が、ずんと足を慣らして扉の向こうに姿を見せた。
脇に装備しているガトリングガンを構え、撃つ、耳鳴りがしそうなほどやかましい音が響く中、ムサシは躱しつつ『空弾』を放った。
傍目には、手首を返したようにしか見えなかっただろう、だが生まれ出た空気の『団子』は、銃弾を巻き取って飛び、歩兵にぶつかり、勢いよく弾けた。
圧力から解放された大気が、歩兵を巻き込み、吹き荒れる。
目茶苦茶に振り回されて、柱にぶつかり、異音を立てた、背骨が折れた音に似ていた。
と……
ブゥンと……
突然大きな音がして、照明が落ちた、それは換気扇、ファンが止まる前に立てる音に非常に良く似ていた。
「……」
「……」
暗闇の中、二人は冷や汗を持ってアイコンタクトを取った。
「マナ?」
「マナ……」
確認と、確信を持った呆れ、それに対するマナの返答は……
「あ、あたしじゃないもん」
『絶対に嘘だぁー!』
二人は声がした方向に、どんな装置があるか分かっていた。
──電気が落ちた。
街の明かりが、一斉に消えた。
闇に包まれ、月明かりが頼りになった時、彼、碇シンジは、トイレの中にこもっていた。
「ちょっとぉ、電気消さないでよぉ、入ってるんだからぁ!」
これに憮然とした調子で返したのはレイだった。
「わたし、消してない、そんな意地悪なんて、しないわ」
「え?、でもじゃあ、停電?」
「みたいね」
レイはソファーから立ち上がると、窓辺に寄って景色を眺めた。
──街が真っ暗になっている、それは彼女に、とある記憶を思い出させた。
「ネルフへ、行きましょう」
しかしシンジの返答は、流れないんだよぉ……、と、非常に情けないものだった。
──問題は、グレードを上げて波及する。
「駄目です!、予備回線が繋がりません!」
それはあり得ない、いや、あってはならないことだった。
「馬鹿な!、生き残っている回線は!」
「旧回線だけです!」
聞こえた言葉に、反射的な指示を下していた。
「生き残っている電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ、最優先だ!」
まったくとコウゾウは毒づいた。
「全館の生命維持に支障が出るな」
「ああ、それだけではない」
「戦自の連中、嫌な手を取って来る」
狩り出しを行っている最中に、これである。
関連付けて考えない方がおかしいだろう。
「ブレーカーは、落とされたな、間違いなく」
「保安部は何をしている?」
「今頃大慌てで向かっているはずだが」
なにぶんこの状況だとほぞを噛む。
「本部施設は、対人戦闘も考慮に入れて設計されている、非常時には電源などを制限し、隔壁や壁の防磁効果によって、通信を遮断することも狙っている、だがそれも、こちらのコントロール下にあってこそ意味を成すものだ」
現在は裏目に出て、災いとなって降りかかっている。
「連絡はまったく取れないのか?」
「ああ」
ふんとゲンドウは鼻を鳴らした。
「かき集められるだけのバッテリー、電池を集めろ、中継器と接続して使う」
「本気か?、この施設の総面積が幾らあるのか、知っているのか?」
「全く不通になっているよりは良い、なにより、安全が確保されている区域が知れるだけでも効果はある」
「なるほどな……、しかし」
コウゾウはちらりと、右往左往している部下たちへと目をやった。
「彼らに、対人戦は任せられんぞ」
「……」
これにはさすがのゲンドウにも、反論の余地はないようである。
こうなってくると、テロに精通した対人戦のプロフェッショナルを、きちんと雇い入れていなかったことが悔やまれる、ますます、レイ=イエルからのご奉仕品が、お買得に思えて来るというものだった。
しかし、今はどうにもならない。
今を乗り切らなければ、次はない、そしてこの問題に関しては、次に部類される問題である、今は今として対処するしかない。
とりあえず、ゲンドウは内部の安全確保を優先させたが、この命令に、更なる声が重なった。
「地上への通路と、エヴァの確保を優先して!」
凛とした声に、皆の意識は引き寄せられた。
豊かな髪が、大きく揺れた。
颯爽とした姿に誰もが見取れた、胸を張った姿に、強い自信が窺える。
「構いませんね?」
彼女は振り仰いで、確認を取った。
「使徒が来るかも知れませんから」
「ああ」
問題ない、と彼は言った。
「本部との通信が途絶えた?」
日向とマヤとのやり取りに、周囲の幾人かが青ざめた。
さすがに不安の色は隠せない。
「使徒が来たんじゃ」
使徒の持つATフィールドは、時に電波遮断も引き起こす、だからこそエヴァは有線で処理しているのだ。
だが。
「いやぁ、使徒ならここ連中が、もっと大々的に動き出すはずだよ」
マコトは安心させてやった。
「こっちの混乱を突くようにしてね」
それはそうかと納得する。
「なら、どうしたんだろ?」
「赤木博士が、実験でも事故ったんじゃないかなぁ?」
──周囲の視線が、とても痛い。
引きつり笑いをする、マヤであった。
「電話も、非常用回線も繋がらない、ネルフへの非常通路も開かない、これは本当になにかあったみたいだね」
ブラックバードに乗り込みつつ、助手席の綾波レイにそう伝える。
場所はネルフの門前だ。
「どうするの?」
「確か、車用のゲートがあったはずだよ、この調子じゃ開きっぱなしだと思うから、そこから突入させてもらおう」
「本部まで、繋がっているの?」
「さあ?、でも……」
「なに?」
「……日向さんが、直接乗り込んだことがあったでしょ?」
ああ、とレイは納得した、確かに、そうだと。
ならばどうにかなるはずである。
「そうしましょう」
「うん」
シンジは、何故レイが微苦笑を浮かべているのか気になったが、問わなかった。
レイが笑ったのには訳がある、それは『以前』のことを、珍しくシンジが持ち出してくれたからだった。
そのことによって、『彼』が自分の知る『彼』であると、強く意識することができる。
はじめて会った時、ただ気味が悪かった。
碇ゲンドウ、あの人が自分に誰かを重ね合わせて見ているのだと、そんなことにはとうの昔に気がついていた。
それでも。
穏やかに、平穏であれたから、十二分に幸せであった。
……それで良かったのに。
綾波レイ=イエル。
あの存在に、掻き回された。
穏やかではいられなかった、これで良いと諦めの境地にあって描いた夢、理想像、それが『望まぬ自分』であったのに……
望んでやまなかったものを、形として、突きつけられてしまったのだから。
そして……
自分が『何者』であるかを知った時、懐かしさに囚われた、『碇君』、その存在はあらゆるものを凌駕した。
感情ではない、感覚としてだ。
心が通い合っているわけでも、繋がっているわけでもない、だが、存在は結び付けられている。
そこから生まれる不安感を、どう表現していいのだろうか?
隣に居て、確かに傍にあることが自然であるのに、互いの心はただ遠く、掴むことはおろか、手が届かないのではなく、見えないのだ。
だから、こうして、自分が知る影が見えた時、安堵できる。
──それが例え、仮初めのものであったとしても。
「ひー!」
悲鳴を上げて逃げ惑っているのはマナたちだった。
「あたしたちは違うってのにぃ!」
「そんなの!、向こうが分かってくれるわけ、ないだろう!?」
走りながら、手榴弾を落とすように転がした、閃光と音と煙、一瞬追っ手の動きが止まるのが分かった。
こちらが撃たないから、向こうも撃っては来ないが、それもいつまで守ってくれるか分からない。
焦れば射殺に切り替えて来るかもしれない、それが恐かった。
「僕たちってさぁ」
ケイタが愚痴る。
泣き笑いの状態で。
「綾波さんのサポート無しじゃ、こんなもんなんだよねぇ」
言うなと唸ったのはムサシであった。
「情けなくなって来るから!」
「そうだねぇ」
追っ手は叫ぶ。
「逃がすな!、殺すな、捕えろ!」
「山岸監査官のご令嬢に繋がる手がかりだ!」
『どの』グループが連れ去ったのか分からない以上、全ての不審者を疑うしかない、それは悲しい問題だった。
──だが、当たりを引いているのだから、運が良い。
「くそっ、足が早い!」
「あっちからも銃声が!」
「ええいっ、手隙の職員全てに声をかけろ、手を増やす!」
「しかし、一般職員は、銃は!」
「訓練はしているはずだっ、あ、いや、待て、敵に武器が渡るのはまずいな、警棒程度のものを携帯させろ、大丈夫だ、あっちはもう人気を恐れて逃げ回るネズミと同じだ、包囲網を作って追い込む、いいな!」
「はっ!」
──そしてネルフ本部、発令所。
──葛城ミサト。
(本部よ、あたしは帰って来たわ!)
彼女は大股気味にカツカツと踵を鳴らし、毅然として、真っ暗な通路を発令所へと乗り込んだのだ。
その晴れやか過ぎる表情に、途中、誰もが道を譲った、まだ生きてたんだと思いながら、敬礼をして。
むずむずと口元が動いていたのは、本当に喜びを表現したくて、我慢できなくなっていたからだった。
『帰って来た』は、『帰って来れた』でも非常に正しい、もうネルフに帰してもらえないのではないか、いや、ネルフももういらないと言っているのではないかと思えるほど、放置に近い境遇に捨て置かれていたのだから。
聞くことは、聞き出したからと。
そんな時に、この事件である、彼女はそれを利用して国連側を説得し、飛行機とヘリを乗りついで、急ぎ帰国して来たのだ。
上司の許可も、取らずにである。
──だが。
(あの人はぁああああああ!)
ここぞ!、っとタイミングを狙っての登場であったというのに、髭面の司令が、さも俺が取り計らったのだと言わんばかりに、にやりとしてくれたおかげで、全てが台無しになってしまった。
総司令の手柄になってしまったのだ。
──そして。
「こうなると、シンジ君とレイを残したのは、正解だったわね」
「そうね……」
今、ミサトは、胸中の思いを噛み殺すことに専念していた。
目前では、ここにまで乗り付けられたブラックバードのバッテリーを借り、エントリーを終えた初号機が、またもや電源もなしに起動していくところであった。
どのようにしてエネルギーを発生させているのだろうか?、あいも変わらず不思議である。
もちろんリツコにしてみても、調べたくて堪らなかったのだが、今は我慢していた。
──開発部から、もう一つのおもちゃが届いたからである。
「電源も無しに動かないエヴァで、こんなものがなんの役に立つのかって、言われたんだけどね」
ふっふっふっと。
「こんなこともあろーかと!、準備しておいて正解だったわ!」
あ、そうと、それですませたいミサトではあったが、しかし『それ』こそが現在唯一にして、絶対の切り札であることも承知していた。
開発部からケージへと取り寄せられたものは、これはまた怪しげなものだった。
『自家発電機』
それも、『自転車』仕様の。
エヴァサイズで……
これほどふざけたものがあるだろうか、いや、ないだろう。
少なくとも本部にはもう置いてないことを祈るミサトである。
「エヴァンゲリオン専用E型装備、開発は極秘裏に行ったわ」
そりゃ大手を振って作るわけにはいかんでしょうよ、予算はどっから出したのよ、予算は。
そんな心情のミサトを置いて、初号機が、よっこらしょっと、またがった。
サドルが沈み込んだように見えた、ギシリと不吉な音が鳴る、リツコが言った、おかしいわねと。
「計算じゃフレームは十分に耐えるはずなのに」
「太ったんじゃないのぉ?」
もう、ヤケである、しかしエヴァが聞いたなら、そんなことないもんとぷんぷんと怒ったかもしれない。
あるいは、が〜んとショックを受けるとか。
ともかく、お遊びはここまでである。
「シンジ君」
『はい』
「それじゃ、お願いするわ、シフトは1、微速起動」
『ビソク、っと』
ゆっくりとエヴァがペダルを踏みしめる、ギアが不可思議な素材のベルトを回し、駆動力を伝達する。
おおっと観客から感動の声が漏らされた、パチ、パチパチッと、ケージの電灯が灯ったからだ。
「いける!」
「……」
ガッツポーズを取るリツコの傍らで、ミサトはどう突っ込んでいいものやら本気で迷った。
「シンジ君、ギアを二速へ、速力は一気に3よ!」
『わかりました』
シンジは目の前に出ているタコメーターを相手に、こんなものかなと足を動かした。
そう、足をだ。
例えば、銃器の操作を補助するシステムとして、HMDやレバー、ボタンが装備されているように、このシステムのための機能もまた、シートにはきちんと搭載されていた。
シンジは思った。
(公園にあるよな……、こういう、ペリカンだか白鳥だかの乗り物が)
キィコ、キィコと間抜けに漕ぐ、漕ぎ続ける。
(無様ね……)
ミサトはそんなシンジの姿に、素直な感想を抱いたが、口には出さなかった。
報復が恐かったし、拗ねられても困るし、なによりこの同僚が、この後無事に済むのかどうかが分からない。
(機嫌を取るとか、損ねるとか、後が恐いって発想、ぶっとんでるんじゃないの?、その辺り)
『ダイナモ』が電気を生んで、送電線が加熱する、変圧器は順調だ、このケージを基点にして、かなりの施設が機能を回復しているだろう。
ミサトはこれ以上放置しておくと、いいわ、いいわよシンジ君、ああ、もっと!、などと、絶頂感に満たされて、全力運転させかねないなと、親友の様子に危機感を抱いた。
「それじゃあシンジ君、後、任せるから」
『はぁい』
「足さえ動かしててくれたら、ライブラリでマンガ読むなり、好きにしてていいわ」
『分かりました……、けど、これって一晩中やってるんですか?』
「本部全体を賄えるほどの電力を保存できるバッテリーは無いの、なんとか技術部総出で頑張るから」
『……頑張ります』
「ああ、シンジ君、もっとぉ!」
やっぱりイッちゃったかと、ミサトは大真面目に頭を抱えた。
こほんと一発。
咳払い。
「問題点は多々あるものの、赤木博士の尽力により、本作戦行動には支障が出ない程度の復旧が行われました」
はい、拍手ぅっと、白々しくみんなに求める。
ぱらぱらと気の無い称賛が与えられた。
「ふ、無様ね」
敢えて自分を嘲ってみるリツコである。
「しかし、一難去ってまた一難とは、このことか」
復旧と同時に、郊外にある観測所より、妙なデータが送り込まれた、その中身は、使徒発見の報である。
現在位置と、交信内容が添付されていた。
「今日は厄日か?」
「だとしても、我々は目前のことから対応していくしかない、どれほど非効率的であろうともだ」
「まったくだがな」
嘆息する。
「しかしこうなると、エヴァが零号機一体というのは痛いな」
「だが二体あればあったで、電力不足に陥るだけだ」
「それはそうだがな……」
次々と現れる難題に、正直頭が禿げそうな気がしてしまうコウゾウである。
葛城ミサト、彼女の判断は正しかった、確かに初号機があれば使徒に対して、問題はなにも無かっただろう、しかしだ。
現実的には、使徒以外の、同じ人間による驚異に曝されている。
こうなると、初号機による電力供給を停止してまで、使徒にあたることはかなわなかった、例え使徒に勝ったところで、事後の処理ができる本部人員が残っていなければ、エヴァはやすやすと対抗組織の手に落ちてしまうことになる。
それは、まずい。
かと言って、零号機単体による邀撃には、さらなる不安が付きまとう。
「戦自はどうする?、ここに至っては、戦自の国連軍からの離反は確定的だぞ」
「連中のやることは分かっている、使徒との戦闘開始と同時に仕掛けて来るつもりだ」
「混乱を狙うか」
「そうだ、そのためのジャミングだろう」
未だ、八ヶ岳との交信は途絶したままである、衛星を通じてでさえ、繋がらないのだ。
何とかしようと試みているリツコに対して、ミサトは直上へ接近ししつある使徒ではなく、問題の岩塊へと視線を投じていた、もちろん、数時間前に得られた、最後の映像である。
「鉱物生命体、か」
そうねとリツコ。
「まさに今世紀最初にして最大の発見でしょうね、これを逃したら……、その場合は知らぬままになるわけだけど、人類最大の損失ってことになってたんじゃない?」
「でもねぇ……」
何かが解せない、ミサトの勘が告げていた。
「まさかね、あの中から猿が生まれるなんてこと……」
「それはないわね、波形パターンは、岩そのものから取れているから」
「じゃあ、爆弾岩、なんつって……」
「え?」
今なんて言ったの?、リツコはそういうつもりで問い返した、するとどうだろうか?
「……」
ミサトも、ぽろりとこぼしてしまった自分の言葉に、引きつっていた。
空気がどんどんと重くなる。
どくん、どくんと、異変が始まる。
まだ、誰も気がついていない、しかし巨大な岩のひび割れからは、赤い光が漏れ始めていた。
朝日にも負ける、弱い光が。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。