──ゴォオオオオ……
 諌早方面より島原へと渡る諌早大橋を、三台の輸送用トラックと大型の貨物用コンテナ車が渡って行った。
 小型のトラックの中には黒い戦闘服に身を包んでいる男たちが、それぞれ十二名ずつ納まっている。
 着ている物は戦自の特殊工作兵のユニフォームだった。
「……緊張しているようですね?」
 最後尾を走るコンテナ車の運転席、中央の座席でむっすりとしていた男は、左の席で膝を引っ掛けるように手を組んでいる男をじろりと睨んだ。
「当然でしょう……」
「ですね」
 その青年は、軽くサングラスを下げて微笑んだ、黒のスーツが白い髪と白い肌を際立たせている、その上での、赤い瞳。
「後ろの荷物、検問にでもかかれば言い訳のしようがありませんからね」
 アルビノの青年のふざけた調子に、男は軽く顔をしかめた。
「無断での持ち出しです、これではまるでクーデターだ」
「そうでしょうとも」
 頷いて見せる。
「いくら非常事態法の適用が認められているとは言え、無断でトラノコのGMスナイパーまで持ち出したのではね」
 後部の幌の下には何が隠されているのか、いびつな形に歪んでいる。
「その上、今宵我々が向かう場所には、今世紀に現れた女神とも言える拠り所がましましています」
 青年はそう皮肉った。
神子みこ……、神の子、あるいは神より使わされし子」
「正直、小官には信じられん話です」
「信じていただかなくても結構、ただ精神的な支柱である方がおられると、それだけを理解してさえいただければね?」
 そう言って口元にいやらしい笑みを貼り付ける。
「穏健派……、体制派を切り崩すのに、これほどの目標がありますか?」
「……そのために、この時を狙いますか」
「今、神殿には多くの有名盟主が揃っています」
 共に片付ければ、と、そこまでは口にしない。
 口にしてはいけないことであるし、ましてや、口にせずとも通じてしまうことだからである。
「そのための、GMスナイパーですよ」
 そうでしょう?、と、男は悪魔のように笑って見せた。


 彼らが向かっているのは、そう遠くない場所であった、そう。
 ──神子の住まう、山である。




 ──GMスナイパー。
 それは『三石』の開発過程において作成された、試作型とも言える機体であった。
 自力歩行機能を組み込む以前の実験機の発展型で、下半身と胸部左側を切り落としたような、人が右半身を収めて使う箱型をしている兵器である。
 発想としては固定砲台に近く、右腕部は砲身と一体となっている、パイロットの頭の横、機体の肩の上には、もう一つの頭があって、これはパイロットのヘルメットに連動して動くようになっていた。
 砲身の先より発射されるのは、高出力のビームである。
 巨大にならざるを得なかった理由は、この頭部を模しているセンサーと、ビームのためのジェネレーターにこそあった。
 複数のセンサーによる情報を統合することによって、あたかも建物の中すらも透視しているかのように見せるモニターシステムなのだが、当然のごとくセンサーの数が増え過ぎて、話しにならなくなっていた。
 そして、ビームである、レーザーと違い、『運動エネルギー兵器』であるビーム兵器は、強力な冷却機関を必要とするのだ。
 レーザーは光学兵器である、故にレーザーは光から成る、しかしここには多大な問題が存在していた、電磁波を媒介する素粒子光子には質量がない。
 そのため、レーザー兵器はエネルギーを増しづらい性質を持っていた、高出力を得、破壊力を増すには時間が掛かってしまうのだ。
「まあ、用途次第でもありましょうが」
 ビーム兵器には、運動エネルギーを利用する以上、反動が存在する、その反動は、もちろんビームの出力によって増大する。
 逆に、レーザーは反動を生じることがない、これは光子に質量が無いためである。
 その他、大気中での減殺なども考慮すると、エネルギーを生じ難いレーザーよりも、粒子加速器と発電機ジェネレーターの性能次第で、容易に巨大な破壊力を引き出しやすいビーム兵器が選択されるのは、むしろ当然の帰結であった。


 洞窟の中には堪え難い臭気が立ちこめていた、肉の腐った匂いである。
 ──オン……、オオン、オン……
 洞窟の途中で立ち止まり、シンジは話では先は行き止まりであるはずなのにと首を傾げた。
 怨嗟の声に似た音が響いてくるからである。
(風の音だよね?)
 この程度で恐れをなしてしまうような神経は、とっくの昔に擦り切れている。
 シンジは指を咥えて湿らすと、それを高くに上げて確かめた。
「ふん?」
 やはり空気が動いている。
 肌ではわからないほど僅かにであるが。
(面倒だなって思ったけど)
 ろうそくをさした燭台を持ち上げ、歩き出す。
(意外な話が聞けちゃったな)
 シンジが考えているのは、先にリョウコが語っていた話だった。
(ここが鎌倉時代……、かまくらっていつだっけ?、まあ良いや、その時に作られた山だって言うなら、鬼ってのはどこから出て来たんだろう?、何か都合の悪いものを埋めたってことなのかな?、その時の坑道が、この穴?)
 その後に、抜け穴として改修して、利用されることになったのかもしれない。
 中は奥に進むにつれて広くなり、天井も今では自分の三倍ほどの高さにまで達していた。
 ろうそくの灯が届かないほどだ。
(悪いものを埋めた、それが鬼を封じたって話になった?、ならあの人は番人の子孫が神官になったって考えるのがレイっぽいかな?)
 くすっと笑う。
 確かに思わぬところから、事態の進展を計れそうな気配である。
(とすれば……、話が変わって来るよね)
 この手の悪巧みは苦手だからか、シンジはレイの思考を模倣しようとした。
 天井を見上げる、正しくは、その遥か上方、山の頂に在るはずの神殿のことをシンジは思った。
(『神さま』が住んでる山……、か、その足元に、鬼?)
 果たしてそこに何の意味があるのか?
(見抜かないと、レイにバカにされる?)
 シンジは足を止めた、言われたほこらに辿り着いたからだ、行き止まり、しかし……
「やっぱりだ」
 空気が、どこからか洩れて来ている。
「でも行き止まりだって言ってたよね?」
 なら誰かが道を隠してしまっているのかもしれない。
 でなければこんなにあからさまな空気の流れに、気付かないはずがないからだ。
 シンジは周囲の壁を眺め渡すと、何歩か下がって、また前に歩いて見た。
 目は焦点を合わせずに、視界をぼんやりとさせて。
「うん、立ち止まって、じっと見てる分にはわからないけど、この壁、気分が悪くなるように作られてる」
 シンジは不規則に見えるよう刻まれている、人為的なパターンを見抜き、手で触れてまで確認を取った。
「最近のじゃないな……、大昔の人が作った結界なんだ、これって」
 注視してもわからない、だが歩きながらぼんやりと見ていると、その盛り上がりやへこみが作り出す陰影が、臓物を思わせる脈動を連想させるのだ。
 そのために生理的な吐き気を催す。
「それとこの音、これが気分を悪くさせるんだ、ほこらに辿り着いた時には頭痛と眩暈に襲われて、引き返したくて堪らなくなってしまうようになってる、それで誰もほこらを調べたりしなかったんだろうな、余裕が無くて」
 シンジはスイッチでもないものかと、隅から隅まで探りを入れて確かめた。
「無い……、ってことは」
 ほこらの前にあった石塚に目を付ける。
 刀の柄が立っていた、刀身は柄の中を通って地面に突き立っているのかもしれない。
「これかな?」
 掴んで引き抜こうと力を入れると、案外簡単に抜けてしまった。
 がこんと音がして、留め金が外れた、ほこらが土台ごとスライドする。
 ──ビュウッと、強く風が吹き込んだ。
 通路はほこらの裏に隠されていた、小さなもので、大人が一人くぐれる程度の直径である。
 覗き込むと、急な傾斜で下っていた、床も壁もつるつるに磨き上げられていて、落ちると通路が続いていない限り、戻れなくなってしまいそうな感じだった。
「戻った方が良いかな?」
 また改めて、そんなことを考えたのだが。
 ──ドン!
 シンジは尻を、蹴っ飛ばされた。


「うわぁあああああああ!」
 長い長い滑り台を、終わりが無いのかと思えるほどに滑り落ちる。
 延々と暗闇の中を落ちていく、足や手で踏ん張り、速度を落とそうと努めるのだが、効果が無い。
「あ!」
 いい加減、どれだけ落ちているのか、感覚を失い掛けた頃になって、ようやく先に終わりが見えた。
 光が迫るように近づいて来た
「わぁ!」
 バシャッと水たまりに尻を打つ。
 勢いが良過ぎてかなり床の上を滑ってしまった。
「いったぁ……」
 お尻を押さえて起き上がる。
「濡れちゃったじゃないか」
 見回して気がつく、水たまりだと思ったのは、水路が交差している窪みであった。
 その段差に引っ掛かってしまったのだ、シンジはよく尾てい骨にヒビが入らなかったもんだと腹を立てながら立ち上がった。
 ここは大きな空間だった。
 体育館くらいかなぁと、自身の記憶にあるもので比較する、その中を拳ほどの深さの水路が、幾何学模様を描き、走っていた。
 不思議な場所だった、床石が淡く発光している、その鉱物はシンジの目にも、普通の材質ではないことが見て取れた。
 そんな広めの空間の中心には棺があって、中には枯れ木のようなものが横たえられていた、近づくまでもなく、シンジはそれが人のミイラではないと見て取ってしまっていた。
「鬼……、だ」
 骨格が根本から違っていた。
 ──何かが視界の端を過って飛んだ。
 シンジはミイラに魅入られたままで、無意識に『それ』を裏拳で払い潰した。
 パンッと音をさせて、弾けて潰れた。
 ──キシャアアアア……
 断末魔の声を響かせて……
「なに?」
 ようやくシンジは、自分がなにをしたかに気がついた、そしてそのことが引き起こしてしまった結果にもだ。
 怨嗟の声に呼応した霊が、壁から、天井から、すり抜けるようにして現れ、溢れ出す。
 染み居出るように。
 しかしおかしなことに、霊たちはどれほど派手に動き回ろうとも、床だけはすり抜けようとはしなかった、時折勢いよく止まれない霊も居たのだが、奇妙にことに跳ね返されてしまっていた。
 壁は通り抜けられるのにである。
「なに?」
 肌を撫でるようにしてまとわりつく悪霊の感触に顔をしかめながらも、シンジは起ころうとしている事象の全てを見納めようとした。
 天井付近で渦を巻き始めた霊たちが、その速度を上げ始めたのである。
「なんなんだよ?」
 シンジは風にあおられて後ろに下がらざるを得なくなった。
 繋がるほどに密集し、混ざり合い、霊たちは雲海を作り出した。
 中央の目に近い部分のものたちは、強過ぎる密度に仲間同士で潰し合った。
 圧壊し、チリとした光を残して、消滅する、その破裂に伴う電光が、束となって鬼の骸に振り落ちた。
 雷撃に表皮の部分が幾箇所も爆ぜ、ちりちりと小さな火を灯して燃えくすぶる。
 ──ギン!
 シンジは吹き出したものに堪え切れなくなって腕で顔を被った。
「生きてる!?」
 鬼から強烈なものが吹き出して来る、それは床を這って襲って来た。
「気持ち悪い……」
 吸った途端、嘔吐しそうになってしまった。
 バキバキと異音が鳴った、鬼がついに動き始めたのだ。
 固まっていた腕を動かし、天に突き上げようとしている、表皮が割れて、千切れていく。
 その下には真っ白なぶよぶよの肉が見て取れた。
(あれって……)
 知っている感じがした。
 ベトナムでのことが思い出される。
(エヴァ、使徒の、肉!?)
 腕を長く伸ばした鬼は、雲海の一部を掴み取った。
 ──ギャーーーーーー……
 潰されると嘆いた霊たちの悲鳴を聞かされ、シンジは心臓を萎縮させた。
 だが悲鳴の中にあるのは何も苦痛から来るものだけではなかった、それは苦しみに満ちていながらも、どこかに歓喜めいたものを織り交ぜているようだった。
 喜びの輪唱が耳朶を叩く、音の狂気に、シンジは耳を塞ぎ、膝を折った。
「くっ……」
 それでも、見つめる、何を起ころうとしているのかを。
 ──それが何かを。
 雲海を掴み、それを足がかりに体を起こした鬼は、もう一方の腕も伸ばした。
 両手で雲海を掴み寄せ、凶悪な顎で噛みついた。
 身構える。
 耳を塞いでも魂を冷えさせる声を避けることはできなかった。
(死んじゃうよ!)
 気が狂いそうだという意味で叫ぶ、と、ズンと足元が跳ね上がった。
 鬼が棺桶からはみ出していた足を動かしたのだ。
 本格的に立ち上がろうとしている、ミイラの口から、雄叫びが上がった、いや、それは息を吸い込む音だった。
 ──ォ、オ、オ!
 悪霊たちが口中へと吸い込まれていく、鬼は邪魔だと噛み潰し、吐き散らしながら大きく吼えた。
 ──キギャアアアアアア!
 泡が弾けるように怨霊たちが壊れ散る、その先に居るのはシンジだった。
「ぐぅううう!」
 魔力の込められた声を前に、たじろぐ程度でなんとか済ます。
対抗レジストに成功!、でも)
 シンジは身構えた、気配が禍々し過ぎると、これは手に余るかもしれないと。
 しかし。
「……」
 背後の、落ちて来た坂の穴より、声がして、シンジはなにかと気を取られてしまった。
ホクフハイは、王者の風よ
(なに?)
 振り向けない、振り向けば、鬼が……、と思っていると。
 ──ガッ!
 下りて来た誰かに背中を蹴られた。
「全新系裂天破侠乱!」
 シンジを踏み台に男が飛んだ。
「見よっ、東北はっ、赤く燃えている!」
(も、燃えてる!?)
 半ば転がされた状態で首だけを起こし、シンジは赤い光に驚いた。
 神官衣に、顔は布を巻き付けて隠した男の全身から、赤い光が立ち上っていた、それは気が昂ぶり発生しているオーラ光であった。
「石破!」
 持参していた剣を振りかぶる。
「天驚剣ッ!!」
 ── 一撃必殺。
 刀身より迸った白い閃光が、立ち上がろうとした鬼の体を両断した、暫しの沈黙。
 徐々に鬼の喉から、苦悶の声が洩れ始めた、肉体に損傷はない、だが『気』の力によって『本体』に影響を受けたのか、弱って行く。
 枯れ戻り始める。
 生命力そのものが散じて、干上がっていく。
「……すごい」
 と、シンジは思った、でも……
 どうしても解けない疑問が浮かんで、シンジはついつい訊ねてしまった。
「どうして、そんな格好をしてるんですか?、東方さん」
 男が硬直したのは言うまでもない。




「あのぉ?、もしもし?」
 硬直している男になおも問いかけると、男は大慌てで否定した。
「違う!、わたしは東方などという者ではない!、わたしの名前は『東北不敗』だ!」
「九州なのに」
「東北なのだ!」
 彼はくぅっと涙を堪えた。
「思えば東北の地を守って六十年、それがなぜこのような地に流れついたかと言えば」
『九州のことはお願いしますね』
『わたしにはこの地を守るという義務がある!』
『あら?、でもこちらはわたしが居れば十分ですから』
『お前のような女になにが出来るか!』
『なら、お試しになりますか?、わたしの力を』
『よかろう』
『では、勝負に負けた時には』
『九州でもどこでも行ってやる!』
 ──その女は、両手に鍋掴みを付けて実ににっこりと微笑んだ。
『了承です』
「くっ、このわたしが、このわたしがたかが一主婦に負けるなどと!」
『あらあら、せっかく左手しか使わなかったのに』
「それも手加減をされて負けたなどとは!」
 なんだ大したことないんだなぁと思ってしまったシンジである。
「で、一体なんなんですか?」
 東方、いや、東北不敗は、はっとしていきなり斬りかかった。
「うわぁ!」
 咄嗟に避けるシンジである。
「なにをするんですか!」
「よくぞかわした!」
「避けなきゃ死んじゃうじゃないですか!」
「安心せいっ、峰打ちだ!」
「嘘だ!、両刃の剣でどうやって峰打ちなんてするんですか!」
 両者向かい合ってじりじりと動く。
「東方さんですね?、僕を蹴り落としたのって」
「東方ではないと言うに!、わたしの名前は……」
「どういうつもりなのかって聞いてるんですけど」
「それは戦いの後に答えよう」
 参ると彼は踏み出した。


「軍偵も動員を始めてはおりますが……」
 その頃、神殿においては定例の『情報交換会』が開かれていた。
「こちらも掴んだ情報はと言えば」
 互いに持参した資料を交わし合っている、彼らが何を話し合っているのか?、それは……
 ──少年の捜索。
 だった。
 実は彼らは、たった一人の少年を捜し出すよう、思念によって、とある少年の顔写真を、直接脳に焼き付けられてしまっている者たちであった。
 その顔写真は、寝ている時も、起きている時も、常に浮かび続けるのである。
 夢にまで現れるそれは、まさに拷問に近い苦行と言えた。
 精神を病んで、脱落して行く者たちも多いのだ、彼らが必死になって尽くしているのには、裏にこのような理由も存在していた。
 ──これが神によってもたらされる恩恵の代償であった。
 四十人ばかりが詰めている。
 半数が強迫観念にかられていた、残る半数は気の病により脱落した『主人』の代わりにと、報告に訪れている者たちである。
「こちらで確認した候補者は五名」
 写真を差し出す、互いに持ち込んだ子供たちの履歴書を照らし合わせる、しかしめぼしい人物は見つからない。
 ──以前には、合成写真や、整形を行った者を用意した人間も居た。
 だが、その誰もが、失墜することとなっていた、ある者は馬鹿なことをとその者を蔑み、ある者は改めて神子の眼力を知り、恐れおののき、忠誠を誓い直した。
 第一、『神子』は嘘を許しはしないが、決して狭量なわけでもないのである、素直に不甲斐なさを恥じる者には、非常に寛大にお許しが下る。
 だからこそ、この場に詰める連中は、より従順であろうと素直であった。
(しかし……)
 一つ、タツミには解せないことがあった。
(代償として得られる富や権勢に比べて、人捜しというのはどういうことなのだ?)
 何か釣り合わない気がしてしまうのだ。
(確かに、相手がどこに居るのかわからないのでは、世界規模での捜索が必要になるわけだが)
 実はそう難しいという話でもないのだ。
 セカンドインパクト以降、各地における住民登録は徹底されている、保証や保護の問題に加えて、犯罪の発生件数を下げるための目的もある。
 もしこの登録から洩れてしまっているのだとしても、犯罪者リストに照会すれば、都市圏における照合は比較的容易に終わるのだ。
 そして日本という自治の行き届いている国においては、それほど時間の掛かる作業ではない。
 諸外国においてもそうである、このような時勢に、日本人のような得意な顔形と体形を持った人間は、目立つのだ。
 それでも、多少は単純に時間を食う。
 だからこそもたついているとは言える。
(が……)
 どうしても理解できない。
 このようなことをさせるために、権力を与えているのだろうか?、手足として使うために?
 それをこの場に居る者たちは、ご利益などと言って有り難がっている?
(その方がしっくりくるな)
 そう思う。
 人捜しへの報いだとして、権勢を授けて下さるのではなく、それなりの立場を持たない人間になど用がないと、力を持たせているのではないか?
 そんな疑念が思い浮かぶ。


「このわたしの威圧に堪えるか」
「堪えますよ」
「さすがだな」
「そうですか?」
「うむ、守護鬼神を眠りにつかせた甲斐があった」
「鬼の神さま?」
「違う、神を守護すべく生まれ落ちた鬼のことだ」
「神さま……」
「そうだ」
 何かを考え込むシンジの様子に、老人はわずかに目を細くした。
 剣をかまえる。
「参る」
「はい、って、え?、わぁ!」
 上段からの剣を横ッ飛びに避ける。
 老人は素早く剣を引き戻すと、さらに二撃三撃と刃をひらめかせた。
「ええいなぜ避けるか!」
「他にどうしろって言うんですか!」
「戦えっ、そして勝ってみせい!」
「じゃあ武器くらい下さいよ!」
「剣など無くとも戦えよう!」
「無茶苦茶だぁ!、素手でどうしろって言うんですか!」
「ええい白々しいとはこのことよ!」
 膨らむ気迫に後ずさりを余儀なくされる。
「もはや隠す必要は無いぞ少年、お主がただの人間でないことは十分に承知しておる」
「そんな……」
「界の存在に気付き、なおかつ死霊の群れにも食われることなく生きておる」
「……死ぬかもしれないってわかってて、僕をここに?」
 老人はうむと頷いた。
「そんなっ、酷いや!」
「界を越えるだけの精神を持つものが、あの程度で死にはせん」
 シンジは何かに気がつき、眉を顰めた。
「その選別をするための?」
「そうだ!、界を越えられる者は最初から結界の存在を知っている者か、あるいは『精神力』、『胆力』が十分備わっている者かのどちらかしかない!」
 これは試験であったのだと彼は言う。
「『神』の御前へ送る前には、『守護者』の認可が必要なのだが、お主の資格はこの儂がこの剣にかけて確かめてくれよう!」
「わぁ!」
「素晴らしいぞ少年!」
 一歩踏み出したかと思えば十メートルは突進して来る、シンジはその神速に呆気に取られた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ東方さん!」
「東方ではない!、東北不敗だ!」
 予備動作無しで剣撃を放つ。
「わぁ!」
「これも避けるか!」
「危ないって言ってるじゃないですか!」
「試しただけよ!」
「だったら当てようとしないでくださいよ!」
「怪我はせんよう手加減している!」
「どこがですか!」
「適当だ!」
「適当って!?」
「ちょっと当たったくらいでは死にはせん!」
「それが真剣振り回して言うことですか!」
「まさに!、これぞ『神剣』天地である!」
 ちがうーっとシンジは本気の泣き笑いで反論した。




 ──その時、『神殿』は業火に包まれようとしていた。
 建物の外から聞こえる悲鳴に、女子供は身を寄せ合って震えていた。
 数人の男性が戸口を固めている、立てこもっているのだ。
「駄目だ、連中、ここまで来るぞ」
 ざわりと皆に動揺が走った。
「俺たちを殺す気だ」
「どうする?、なんとか子供たちだけでも」
 その時だった。
「くさい……」
 子供の一人がくんと鼻を鳴らした。
 それに怯えて、女性が辺りを見回し、悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「なんだ!?」
「燃えてる!」
 戸の外で炎がちらついて見えた、それからはあっという間だった。
 あちらこちらから煙が入り込んで来た、いぶり殺そうと言うのだろうか?、戸に取り付いたが開かない。
「くそっ、くそっ!」
 そんな醜態が晒される中で、ミヨコがミナホを抱いていた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
 しかしミナホからの反応は無い。
 ミナホはここに逃げ込むまでに、暴徒に殴られ、意識を失ってしまっていた。
 頭に巻かれている包帯は、黒く血の色に染まっている。
「お……、かあ、さん」
 少女はうわごとを呟いた。
「ミナホ!」
 ミヨコが泣き声を発する、そして……
「あ……」
 ミナホの体がほのかな光を放ち始める。

 ──外では狂気に顔を歪めた者たちが、松明を手に建物を取り囲んでいた。

 ガソリンの入った缶を投げ入れる、爆発が起こる、その様子にもはしゃいで小躍りを披露する。
 正気ではなかった、誰もが狂気に取り付かれていた。
「!?」
 そんな暴徒たちは、爆風に吹き飛ばされて驚いた。
「な!?」
 薙ぎ倒された彼らは、何が起こったのかと確認して、唖然とした。
 建物が内部からの圧力によって吹き散らされていた、中心に何が起こっているのかわからない顔の者たちが居る、そんな彼らの前に立っているのはミナホだった。
「ミナ……」
 声をかけようとして、ミヨコははっと口を噤んだ。
 ミナホに重なり、別の誰かが見えるのだ。
 目をごしごしとこすっている間にも、その幻影はよりはっきりとした色を持って、ミナホの姿を隠してしまった。
 ──白い肌に、青い髪。
 そして赤い瞳をしていた。
 彼女が張っているのだろう、金色の障壁が球形に炎を押しのけていた。
 つぅっと、彼女の左目から涙がこぼれる。
『いかりクンのニオイがスル……』
 幻影が徐々に薄れて消えていく、憑依から解放されたミナホの体がガクンと崩れて地に落ちた。
 誰しもが知った、ここは手を出してはいけない聖域であったのだと、そしてとりわけ教団側の者たちは恐れた、彼らにとって『アルビノ』は絶対的なシンボルであったから。
 頭が冷えるどころか恐怖に支配されて彼らは逃げ出し、その場を後にした。
 ──こうして暴動は沈静化へと向かい始めた、『天罰』を恐れる彼らの恐怖の伝染によって。
 これは遠い遠い昔の話。
 それはセカンドインパクト後の、復興期に起こった事件であった。




「くっ!」
「わぁ!」
 放たれた一撃を身を捻って躱す、と。
「今の一撃を避けるとは!」
「避けなきゃ死んじゃいますよ!」
「覚悟を決めい!」
「やっぱ殺す気!?」
「でなければ当たらん!」
「当ててどうするんですか!?」
「嫌なら受けい!」
「言ってることが無茶苦茶ですよ!」
 言いつつシンジはパンッと眼前で手のひらを打ち合わせた。
 ほとんど偶然の域で、真剣白刃取りに成功する。
「くっ」
「う、あ……」
「やる……」
「じゃ、ないですよ」
 力を込めたまま、切れ切れに話す。
「子供相手に……、なにムキになってるんですか」
「わたしの太刀筋を見切る子供がどこに居る」
「ここに居ますよ!」
「ではこの力はなんだ!、子供とは思えんこの力は!」
 シンジは言葉に迷ってしまった。
「こ、これは……」
 老人の目がすぅっと細まる。
「それ程までに戦うのが嫌か、ならば!」
「熱い!?」
 白熱した刀身に、シンジはつい刃を離してしまった。
「しまった!?」
 東北不敗が型を決める。
「この剣にかけて確かめさせてもらおう!」
 シンジの注意を剣に引き、東北不敗は大きく叫んだ。
「爆竜!、雷虎!」
『御意!』
『ははぁ!』
 シンジは突如として自分の左右を固めるように現れた、奇怪な物体に驚いた。
「な!?」
 高さで二メートル半はある丸太型の機械で、太さはシンジが両手を広げたよりも大きかった。
「体が!」
 ──動かない、その上宙に釣り上げられた、足先が地につかない。
『我ら鬼神の束縛より逃げることあたわず!』
『大人しく縛につかれよ!』
 爆竜と雷虎はそれぞれ己の力を声だかに誇った。
 ──冗談じゃないよ!
 もがくが、見えない力に縛られてしまって、動けない。
(牽引性の……、ビーム!?)
 はっとする。
 真剣天地が振り上げられて……
「お主の力、見せてもらう!」
『命を賭して!』
『しからば!』
 ──真・天地剣!


 神速の刃がシンジを襲った。


 ──ズァアアアアアアアアアン!
『きゃあああああ!』
 悲鳴を上げたのは、遅いなぁとのんびりと待っていたミナホとリョウコの二人であった。
「ななな、なに?」
 吹き飛ばされて、転がされて、多少斜面を滑ったところで、二人は顔を上げて驚いた。
「なんなの!?」
 シンジが入っていった洞穴から、風が突風となって吹き出していた。
 不思議なことに、風であることがはっきりと視える、そしてその風は、驚いたことに、街からも見えた。
 ──それは、『視える』風だった。


「くっ、う……」
 布がはだける。
 隠されていた顔が明らかになる。
「爆竜……」
 壁にめり込んで止まっていた。
「雷虎……」
 こちらもだ。
 そして明かされた東北不敗の正体とは……、言うまでもなく東方なのだが、彼は痛みを堪えて立ち上がろうとした。
「神剣天地……」
 刀身にヒビが入っていた、顔を上げる。
「お、お」
 煙が渦を巻いていた、そこに立つ何者かを、避けるようにして舞っている。
 中心には、純白に輝く翼を広げた少年が、厳かに佇んでいた。
「おお……」
 東方はシンジと目を合わせて、その姿に感動し、ぽろぽろと涙をこぼした。
「光皇翼……」
「……違うって」
 思わずツッコミがレイに似てしまったシンジであった。




 シンジが追い詰められている頃、戦自のコンテナ車はその頂を眺められる隣の山の峠の途中に到着していた。
 道を一時的に通行止めにして、封鎖し、GMスナイパーの幌を外しにかかっている。
 随行している輸送用トラックは一台だけに減っていた。
 残りは直接制圧のために、神社へと向かっている。
「……あれは?」
 彼は双眼鏡を下ろすと、隣の青年に問いかけた。
「なにに見えましたか?」
「……風、のようにも見えました、陽炎が吹き出しているようにも」
 そうですねと青年は認めた。
 兵員も何事かと眺めている、肉眼で見るには夜の闇が暗く、遠いはずなのだが、それでも全員が何か起こったのを直感によって感じ取ってしまっていた。
「どうにも……、予想外のゲストが、おられるようで」
 ──青年の瞳に、危険なものが宿り始めた。


「……」
「……」
 一方、シンジと東方との争いは、膠着状態に陥っていた。
(まさか……、ね)
 こんなところで、こんな具合に追い詰められることになるなんて、と、シンジは焦りに似たものを感じさせられてしまっていた。
(勝てるん……、だけど)
 シンジにとって厄介なのは、『この人』が悪人ではないのだということだった。
 殺してしまって、終わりにはできない。
 そして『翼』を現出している今の状態では、何をしても確実に殺してしまうことになる。
 それでは後味が悪過ぎる。
(まいったなぁ……)
 何の罪も無い人を殺したくはないと思う。
 だがまいっているのは何もシンジだけではなかった、東方もまた、同じようにまいってしまっていたのである。
 シンジに対して、一部の隙も無く正眼に構えてはいるのだが、その心は不安によって彩られていた。
(これは……、死ぬかもしれんな)
 焦りが一滴の汗となる。
 神剣天地は、今にも砕けてしまいそうな有り様であり、どの程度持ちこたえられるかは疑問の残るところであった。
 次の一撃に堪えるどころか、打ち込めるかどうかも、非常に怪しい。
 剣速に負けて折れるかもしれない。
 揚げ句、目の前に居るのは化け物だった、その身の内に潜めているものを、恐怖を与えることで引き出してやろうと踏んだのだが、呼び出してしまったものは、遥かに想像を越えている怪物であった。
 手に余る。
(話し合いは……、いまさらか)
(話し合いは……、いまさら、だな)
 お互い、引けないと思い込み、気を張り詰める。
 両者の間で、強烈なものが渦を巻く。
(やるしかない)
(来るか!)
「むっ!?」
 東方は警戒し、僅かに引いた、それはシンジが翼を散らしたからだった。
 ──顔を上げる。
 能面のごとく、表情を無くし、シンジは無防備な状態を東方に曝した。
(気が……、読めん)
 東方はそれが怖くて戸惑った、何かがあるのは間違い無いのだが、力無しの少年に、どのような技能があるのかは知れないのである。
 技量が読めない以上、間合いもまた掴めない。
 無感情な瞳が東方を見つめる。
 黒く、静かな瞳が東方を見据える。
 東方は徐々に焦りを募らせた。
(ゆく!)
 そして緊張は限界を越えた。
 ──薩摩には示顕流と呼ばれる剣術がある。
 たとえどのように気を読み、せんを取ることに長けている達人であろうとも、人の反射神経には限界がある。
 人は決して、肉体の限界速度を越えて対処することはできないのだ。
 示顕流はこの点を突く剣術だった、二撃目を考えない一撃の剣とすることで、反射的行動すらも間に合わぬ、必殺の剣に昇華している。
 そして東方が打ち込んだ神速の刃もまた、これと同じものであった、予測ができても、決して対応は間に合わないだろう。
 今の少年には、この動きは読まれているだろう、だが受けることはできない、何故ならそのいとますら与えずに、この刃が届くからである……、それが示顕流に匹敵すると自負する東方の自信だった。
 ──だが。
「……」
 シンジは今、この空間を、曇りのない澄んだ湖面に見立てていた。
 波一つない湖の中心に立ち、一体となっていた。
 と、その一角に、飛沫が上がった、それは東方が立てた不和だった。
 ──バシュ!
 東方は手首に激痛を感じた、信じられない思いで目を丸くする、視界の中で、刀身が散ってしまった、何かにきつく、縛り上げられて。
 砕けてしまった。
(糸!?)
 そう、それは糸だった、シンジの張った罠だった。
 シンジの意識の中では、バシャリと湖面から跳ねた魚が、虫を捕らえたものとして知覚されていた。
「!」
 シンジの目に、普段の光が戻る、急速に焦点が東方の体に合わさる。
「これで!」
 手首を返して糸を繰る、東方は咄嗟に柄を離した、でなければ手首を傷めるだけではすまなかっただろう。
(力押しでは圧倒的過ぎると読んで、手練を仕掛けるか!?)
「僕の勝ち!」
 追い打ちをかける、シンジは糸で東方を打ち据えようとした、しかし。
「!?」
 ──風が……、動いた。
 シンジの意思によって生き物と化していた糸がふわりと勢いを無くし、落ちる。
 気が糸に通らなくなってしまった、なにかの干渉を受けて、場が急速に乱れてしまったのだ。
「なに?」
 シンジは不安を感じてうろたえてしまった。
 洞窟の中が、何かの気配によって満たされて行く、急速に空間を埋め尽くして濃密になる。
『気』を膨らませることができない、圧迫される。
 押し潰される。
 身を護るだけで精一杯になる。
 左右、上を見渡しても、何かが居るとしかわからない、と、それらは風が流れるように、ひとつところに向かって漂い出した。
 集おうとしている、一ヶ所に、東方の上に、やや前の位置にである。
 風は密度を増すと光の粒子に姿を変えた、さらに凝縮して塊、やがては人の形を織り成していく。
 ──少女の姿に。
「え……」
 シンジは目を丸くしてしまった、理解できなかった。
「どうして……」
 何故、そればかりが頭の中を支配する。
「どうしてここに居るんだよ……」
 自分よりも年上の、だがあまりにも見慣れたその容姿には、見間違えることこそ不可能な特徴を備えていた。
 前だけを切りそろえた髪、後ろは長く地に広がっている、その色は青で、瞳の色は赤で……
「綾波!?」
 少女の浮かべた涙まじりの微笑の前に、彼らの足元は言葉通りにがらがらと崩れた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。