「あの……どうかしたんですか?」
 ミサトはなんでもないと言って手を振った。
「ちょっとね」
 ちらりとメインモニターに目をやると、青葉が気を利かせて無難な捕り物の様子だけを映すようにしてくれていた。
 どうしたのと言って、再びホリィに目をやって、ミサトは彼女の肩に変なものが乗っているのを発見してしまった。
「なにそれ?」
「ああ……これは」
「可愛いわね」
「さわるんじゃないみゃー!」
「へ?」
「十八歳以上はお断りだぎゃ」
 くっ、失礼な奴!
 しかしミサト以上の鬼気を立ち上らせた人物が居た。
「ホリィ……それは?」
「……レイが」
 ホリィは手のひらに『まんじゅう』を乗せかえると、二人の前に差し出した。
 ……それはまさにまんじゅうだった。
 まんじゅうにたらこ唇と目玉がふたつ付いていた。
 若干かびたような色をしたまんじゅうだった。
 それはまんじゅう以外のなにものかではありえないようななにかだった。
「……おもちゃ?」
「失敬だみゃ! ボックンはアドバイザーロボットのタマQだみゃ!」
「……タマQ?」
「なんていうか……こう」
「なに?」
「おしりにストローぶっさして空気入れて破裂させてやりたくなるような奴ね」
 思わずホリィがかばうようにタマQを隠したのだが……ゴドルフィンまで退いたのに気が付き、ミサトはさすがに言いつくろった。
「じょ、冗談よぉ……やぁねぇ」
「いいえあなたは本気だったわ」
「ちょっとリツコ……」
「あなたはそういう人よ」
 人なのよぉ〜〜〜と暗示をかけてやったリツコであった。




 功を焦っているようにも感じられるのだが、ミサトには総司令の指示であるというつもりがあった。
 だからこそ、作戦を立案し、実行に移していたわけである。
「……覚えときなさいよ」
「忘れなかったらね」
 しれっとリツコはかわしてやった。
「じゃあそのタマQとかいう物体は、あの子が置いていったのね?」
「はい」
「爆弾でも詰まってんじゃないのぉ?」
 やめてくださいとホリィは引きつった顔をして頼み込んだ。
「本当だったらどうするんですか」
「そんなはずがないじゃないですかって言ってよ」
「いざというときのために用意しておいたからって、言いそうな科白じゃありませんか」
「こんなこともあろうかと? それは科学者専用の科白でしょ……科白よね?」
 聞かないでちょうだいとリツコはミサトを袖にした。
「それで、なんの用なの?」
「あ……はい。作戦の二次段階からは見学するようにと指示があったので参りました」
「そう……あなたが?」
 そうだとゴドルフィン。
「こういう見学をさせておかないと……葛城三佐のようになると考えました」
「……そこまでこの子をネルフに?」
「ネルフというよりも、彼と関わっていくのなら、どの方面にも明るくあった方が好いでしょう?」
「なるほど」
「それに……現実主義者の時間は終わりですからな」
「ここからは空想の時間ですか」
「あるいは科学者の領分でしょう……どのみちわたしのようなものの出番ではなくなる」
 MAGIと監視装置の復活。それにジオフロントにおける掃討戦が完了したことによって、これからは消えてしまった不穏分子に対する大捜索が実施されることになる。
「獣というのも所在がつかめないままですからな」
「やはり獣が……」
「どうですか。無理に関連付けるのは危険ですが、共に所在がつかめぬとなると、やはり関係はあるのかもしれません」
 どちらにしても……ゴドルフィンはそう続けた。
「最終的には番犬の出番となるでしょう。ハイエナはその時にまたお目見えしましょう」




「平和だねぇ〜〜〜」
「そうだねぇ〜〜〜」
 青い空に雲が流れ、心地よい風が吹き抜ける。
「平和だねぇ〜〜〜」
「そうだねぇ〜〜〜」
 奇異な目で見ている者が二人いた。
「なんや……ごっつ気持ち悪いんやけど」
「なにがあったんだろうな、こいつら」
 トウジとケンスケはそろってほけっと空を見上げているシンジをカヲルを、気持ちの悪いものでも見るような目をして観察していた。
「ええかげんやめんかい! 昼寝もできんわ」
「どうしたんだよ、お前ら」
 ふふ……っと語ったのはカヲルであった。
「実はだねぇ……レイがデートだとか言って出かけてしまったんだよ」
 二人は仰天気味に驚いた。
「なんやてぇ!?」
「デート!?」
「ほんまかいな!?」
 か〜〜〜っとトウジは大きく吼えた。
「信じられんで! あいつ付きおうとる奴おったんか!」
「……ちなみに二人ともレイのボーイフレンドに入っているよ」
 うっと形容しがたいものを飲み込んだかのようなうめき声が発せられる。
「なんでやねん!」
「俺は認めないぞぉ!」
 シンジが呟く。
「ふふふ……無駄だよ。レイが認めた以上は逃げられないよ」
 嫌な感じぃと二人はひいた。
「たまらん話やなぁ……」
「じゃあなにか? あのピザとかお好み焼きなんかの犠牲者が他にもいるってのか?」
「共感できてうれしい?」
「……したくねぇ〜〜〜」
「でもまあ……いいんだ。そういう犠牲者的なものなら、別にね」
「よくないって!」
「だって、それだけなら、被害はその人だけにとどまるじゃないか」
「ひでぇ……」
「でもさぁ……レイってああでしょ? 初めっからなれなれしいから」
「わりと誤解されやすいねぇ」
「そのくせうっとうしいと蹴り倒すから」
「すぐに問題になるんだよ」
「そうやってこじれるだけこじれてから」
「僕たちのところに逃げ込んでくる……と」
 難儀やなぁ……。
 トウジの言葉がさわやかな風に乗ってどこかへ飛んだ。
 ふとした感じで会話が途切れた。
「いまはただ……」
「嵐の前の静けささ」
 シンジは聖者のように悟りきった笑みを「ふふふ」と浮かべた。
 カヲルはもう少しだけなにも考えていなさそうな感じでほほえんだ。
 そうしていると容姿も顔つきも違うのに、まるで兄弟に見えてしまうから不思議であった。
(あかん……こいつら、あかん)
 そういえば、と思い出す。
(前にもこんなことがあったなぁ……)
 その一方で、ケンスケはどうせ大したことにはならないさ、と肩をすくめた……そう。
 たとえるなら、謎の組織に監視されているような自分ほどには。
 るるるーっと唐突に涙を流し始めたケンスケに、トウジはびくりと怯えて後ずさった。
「お、お前はなんやねん」
「別にぃ」
「……あかん。お前ら、なんかあかんわ」
 他に言いようがないトウジであったが、彼もまた修学旅行からこっち、完全にジャージづいてしまっていた。
 とうとう制服は放棄してしまったらしい。億劫なのか、まるで自宅でくつろいでいるような有様である。
 実はこの四人……クラスでは妙なグループだとして認知されてしまっていた。
 ケンスケはいうに及ばず、トウジも十分に悪ガキである。
 そこに見た目も言動もごく普通のシンジが混ざり、そして容姿的に人目を引くカヲルがなぜか、といった感じでとても居心地が良さそうにしているのだから……不思議と言えば不思議であった。
 ──教室。
「洞木さんは、渚君と付き合ってるんですか?」
 ぶぅっとヒカリは噴き出した。
 気管に入ってしまったのか? むせて酷い咳をする。
「けほ……なに?」
「いえ……あの」
 訊ね直してよいものかどうかと迷ったのはマユミであった。
「みんなそういってるから」
 クラスメートの無責任なうわさ話に涙する。
「別に……そういうわけじゃないんだけど」
「でも渚君のお弁当って……」
 洞木さんの手作りですよねとは問えなかった。
「ほっ、洞木さん!?」
「え!? ああ……ごめんね」
「はぁ……」
 なにかいま初めて魂が抜けた人間というものを見たような? マユミはそんな感想を抱いてしまって恐怖した。
「ほんとにね……付き合ってるなんてことないのよ? なにが面白いんだかわたしのお弁当がおいしそうだとか言ってのぞきに来るから……」
 うっとうしくなって餌を与え、遠ざけているのだと言い訳をする……がしかし。
「それは詭弁というものよ」
「綾波さん!?」
 レイは牛乳パックを持ち、ストローをくわえていた。
 ずこずこと音をさせて遊んでいるのは、もう中身がないからだろう。
(綾波さんってこんな人だったっけ?)
 妹に毒されているんじゃなかろうかと疑ってしまうヒカリである。
「詭弁って?」
「だって……あなたは嫌がりながらも、毎日お弁当を作ってくるもの。彼もうれしそうに受け取っていくわ。その笑顔を見るときのあなたの表情は、どう見ても照れを隠しているものだもの」
「それは!」
 うんうんと頷く周囲にも焦る。ああも綺麗な笑顔を見せられては誰だって──しかしそれもまた言い訳として聞こえてしまう。
「嫌がりながらもまんざらではない……きっとあなたはいつか彼があなたの知らない女性と歩いているところを見て、本当の気持ちに気づくのね」
「はぁ!?」
「それが常道だから」
「常道ってなに!?」
「知らない。わたしウブだから」
 うそだー! っと叫べないのがヒカリであったが、ちょ、ちょっと待ってとなんとか去ろうとするレイの背中に手を伸ばした。
 ──止められなかったが。
 もちろんレイとて唐突に変わってしまったわけではない。
 ただ最近はまってしまっている『文献図書』にそのような記述があっただけの話である。
 そこに出ている登場人物の一人と、ヒカリを取り巻く環境とが、なんとなしに似ていたから、好いサンプルであると勝手に思って見守っていた。
 レイは生徒手帳を取り出すと、その一ページに自分から見た彼女のことを記載した。
 そのタイトルはずばり『洞木ヒカリ観察記その3』である。
「あれ? 綾波さん」
 レイは立ち止まり目を合わせた。
「なに?」
「ううん……さっき図書室にいなかった?」
「いいえ」
「変ねぇ……じゃあ妹さんの方だったのかも。ごめんね、呼び止めて。じゃあ」
 ……行ってしまう。
 レイはどういうことだろうかと首をひねったが、あまりにも自然なことだったために今になって気が付いてしまった。
 立ち止まって、振り返る。先ほどの少女の背中が遠ざかっていく。
(あれはクラスメートの……)
 思い出すのは使徒が来たばかりの頃のことだ。あの時の自分はまだ今の自分ではなく、渚カヲルからのお説教をいただいていた。
 彼は言った。
 ──人は生きるために活きるのさ。
 今はその意味がわかるような気がする。
 そして彼はこうも言った。
 ──寂しさは楽しさでまぎらわせることができるんだ。
 すっかり忘れ去ってしまっていたのだが、それだけ考えるべきこと、悩むべきことが多かったのかもしれない。成すべきことがないのなら死ぬのもいい。『保護者』の手伝いをしてはいたが、あれは他者の課題であって、自分に課せられた使命ではない。
 少し能動的になってみた……どうだろうか? 面倒ごとが増えてきた。
 人は生きるために活きるとはよく言ったものだと思う。投げ出したいのだが放置ができない。自分のせいだからしかたがない。
 そんな具合に日々を忙殺されている間にまあ、こんなにも時間が無駄に過ぎ去ってしまっていた。
 気が付けば、こんなにも時間を使って生きている。寂しさを覚えている暇がないくらいに次から次へと難題が降りかかってくるのである。思い悩まねばならないことは凄く多い。
 こう考えると、面倒ごとも苦難もなにもかもが人に活力を与えるために存在している障害なのだということがわかる……が。
(……どういうこと?)
 そんな事柄から、レイは多少運命というものを信じはじめていた。
 物事はすべからく意味というものを含んでいる。まるで玉突きのようだと思う。なにかを動かせばなにかにぶつかり、思いも寄らぬ作用と反作用を生み出していく。それが自分の道を決めるのだ。
 だから好かれることにも嫌われることにも意味があるのだと考え始めていた。
 以前のイメージというものがあるのだから、そう簡単に気安く話しかけられるようなタイプではないのだと自覚している。そんな自分なのに声をかけられてしまった。これは好いことなのだろうか? それとも悪いことが起こる兆候なのだろうか?
(行ってみよう……)
 レイはかかとを引くと、図書室へと向かうことにした。誰か……もしくは『なにか』が最初の玉を突いたのだ。
 確実になにがか起きようとしている。レイはそう信じて疑わなかった。
 それはもう、確信だった。




 ──赤木研。
 それはみんながそう呼んでいる、わたしの研究室のことではないとリツコは語った。
 赤木研は研究室とは別に、そう呼ばれている(チーム)があって、これから向かう場所はそのチームが働いている区画だと告げる。
 リツコが案内しているのはゴドルフィンだった。
「名前の由来は母が指揮していたことに関係します。創設はこの組織がネルフへと転身する以前のゲヒルン時代にまで遡ることになります」
「失礼。お母様は?」
「死にました」
「そうですか……どうぞ」
「……母は元々、MAGIの開発を行っておりました。そのころはまだ研究班と呼べるほどの人数でもなかったのですが、E計画担当責任者であった碇ユイ博士の死亡後、E計画の統率も引き継がねばならなくなり、そうして赤木研と呼ばれる母胎ができたんだそうです」
 道は長い。
「MAGIの開発とエヴァの研究……その双方を行っていた赤木研ですから、区切りがついた後は解散も考えられたのですが」
「だが残された?」
「はい。エヴァについてはなにか人道的にももとる行為が行われていたらしくて、管理を引き継いだわたしにすらも機密とされていることが多数あります。彼らはそのように試行錯誤を繰り返してきた方々ですから、おいそれと解放するわけにもいかず……」
「飼い殺しにと?」
「その辺りのことを知るのは総司令だけです……副司令もでしょうか? わかりません」
「あなたですら? ナンバースリーだとお聞きしましたが」
 リツコは皮肉めいた苦笑を浮かべた。
「その間にある壁はとても大きなものですわ……わたしとしては押しつけられた意味合いの濃い仕事が多かったわけですから」
「そうですか」
「はい……。ですがご想像されているほどには強引なことはなかったようです。よほどの事情がない限りは人員整理に紛れて退職した方もおられますし、中には転職なさった方も」
「エヴァの技術を持って?」
「退職するにあたっては……その……記憶操作などの不穏当な手段が取られたようですが」
「ほぉ?」
「まあそれは中核で働いていた人間に限ったことですわ。働いている間の執拗な監視のことを考えると、記憶を操作されたとしても、自由が手に入るというのであれば」
「まあその点についての倫理的な問題はこの際据え置きましょう。それ以外の人間については?」
「手にしていた情報は少ないとはいえ……一級の技術者たちですわ。例えばどこかの組織に雇われたり、例えば捕まっていたりと」
「例えば戦自などに?」
「……はい」
 苦い顔になったのは、JAというロボットにまつわる顛末をまとめたレポートのことを思い出したからだった。
 あの戦闘にて投入された三石というロボットの電源機関には、確かにネルフの開発陣がよく見せる癖が出ていた。
 それが気になり調べたところ、先日のトライデントにも似たような癖を持った機構が発見されたのである。
 もはや戦自側に技術が漏洩していることは疑いようもなかった……もっともその内容が現在のネルフより遅れていることもまた疑いようがないのだが。
「赤木研についてもう少し説明願えますか」
「……存在する必要はない。けれども解放するわけにもいかないがために抹消された人たちの集まり。魔法使いや魔女の集団のようなものですわね。幻の森の中で魔術の探求を行い、伝承を守り、サバトを開いている」
「そのような者たちがこの奥に……」
 彼は寒いなと身震いをした。気のせいではない。現実に温度が下がっていた。
 リツコはその様子にくすりと笑った。
「寒いでしょう?」
「かなり……これは?」
「この奥にはゲヒルン時代から開発されてきたハードやソフトもまた封印されています。なにしろ膨大な数ですので通常の冷房では冷却しきれませんの」
「……現在もそれらは稼働させたままであると?」
「彼らの唯一にして絶対の娯楽は研究と開発ですから」
「それを奪うわけにはいきませんか」
「三重の隔壁を通してすら漏れだしてくるこの冷気が必要なのです」
「そんな場所で……何年も」
「彼らは殉教者であると母から聞いたことがあります。母もまた……そして総司令や副司令も」
「殉教とは……また」
「みな自覚しているということでしょう……セカンドインパクトの悲劇を繰り返さぬためには、自分たちのような犠牲者もまた必要であると」
「……それがわからぬ者たちはここを去ったと?」
「はい。全てがそうだとはもうしませんわ。しかし地位と給金、それに休みを欲する人たちには、崇高な使命など理解できるはずもありませんから」
「皮肉なものですな」
「まったくです……しかしわたしの気持ちとしましては、崇高な使命などというものに共感しろという方が無茶だと思えますが」
「まったくだ」
 ゴドルフィンは多少砕けた物言いをした。
「つまりあなたが知るところは、あくまで赤木研の成り立ちに限るということだ」
「ですわね……」
「だとすれば赤木研の連中がなにをしているか知らないということになる……そう、例えばわけのわからない空想生物(クリーチャー)を創造していることとて可能性としては」
「まさか!」
改造生物(キメラ)という意味合いではエヴァもまた同じでしょう? あれこそ最大のキメラだ」
 リツコは大きく息を呑んだ。
「なぜそれを……」
「『彼女』から資料を回されましたよ。エヴァとは使徒のコピーであり、人造人間というよりもサイボーグであるとね」
「……その通りですわ」
 嘆息する。
「うかつでしたわ……彼女とつながりがあるのなら、そのことについてもご承知であると考えるのが当然でした」
「そうですな……しかし彼女とて誰彼かまわずに話して回っているわけではない」
「それは信じます」
「あなたはいつからエヴァが使徒のコピーであることを?」
「ごく最近ですわ」
「それまではこの奥にいる彼らのみが知る秘密であった……密儀の名の下に閉ざされた道が再び開かれたわけですか」
「わたしは交渉役として選ばれたということでしょう」
「……こういう時は、ご愁傷様でよかったのですかな?」
「……ええ」
「ではご愁傷様と言っておきましょう。ところでエヴァとクリーチャーの話に戻りますが、エヴァは人の魂を得たことによってロボットからサイボーグへと変質してしまった……。だが本来の組み上げによる操縦機構は有効であったから、そこに目をつけて意識が目覚めぬのをよいことに有効利用しようともくろんだ。わたしはそう理解していますが」
「おおむね正しいところですわ」
「詳細については特に興味はありません。問題は組み込まれてしまった魂……人の意志ともいうべきプログラムが、どの程度エヴァに影響力を持つのかです」
「自律稼動しうるかもしれません」
「使徒のように?」
「はい」
「なるほどエヴァとは危険なものだ」
「しかし使徒を倒すことができるのは……」
「その点については論ずるだけ無駄でしょう。いつかは使徒を倒せる兵器が開発されるかもしれません。しかしもっとも早く実現できるものがエヴァであったのも事実だ」
「いつかはエヴァは不要になると?」
「使徒も強力になってきている……エヴァもいつかは時代遅れの兵器となりましょう」
「……武装の開発は進んでいますわ」
「わたしが問題視しているのは、魂の存在です。もし本当に人の魂を込めることができるのなら、それを応用しない手はない。違いますか?」
 彼女はゴドルフィンの目に寒気を覚えた。
「……ご存じなのでは? ダミープラグの存在を」
「やっとその言葉が聞けました」
 これで話が進めやすくなったと口にする。
「ダミープラグのテストにもはなはだ人道的に問題のある行為が行われていたと聞いております」
 リツコはわずかにわいた疑念を内心に押し隠した。
(レイのことは知らない?)
「ですがそうそう実験はできぬでしょう。ならば動物実験くらいは考えたかもしれない」
「クリーチャーにモルモットの魂を移植して観察したと!?」
「そうです。少なくともエヴァに込められた魂の覚醒条件をチェックするくらいのことはしているかもしれない。でなければいくら乗り込めたとしても、危うくて起動させることはできないはずです」
 実験中にも、唐突に目覚められてはたまらない。
 そして現実に、零号機は突如として暴走している。
「もし魂を移し替え、その魂を目覚めさせることに成功していたとすれば? あるいは魂が以前とは違う体を操ることができるのかどうかを試していたとすれば? その危険性によってはエヴァの魂の封印処置も行われているのかもしれない……まあこのところは司令に尋ねるよりほかないのでしょうが、わたしが気にするのは、そのような危険きわまりない生物が実在しているかもしれない可能性です」
 それが森の問題に繋がるのだと彼は話した。
「調べさせていただきましたが、ゲヒルン時代には相当に妙な生物を作っていたようだ。エヴァの……使徒の細胞を移植してね。ところがそれが処分されたという記録がない。そしてもうひとつ、気になる資料が見つかりました」
「なんです?」
「……以前、『彼』によって人死にが出ているはずですな? その遺体が消えている」
「消えて?」
「他にも不審な形で死体が消えています。わたしは餌として使ったんじゃないかと思っています」
 それもまた薄ら寒い話ですがと、彼は怯えた風を装って体を震わせた。


 ──扉は重々しく開かれた。
 隙間から凍った空気が吹き出し地に這う。
「これは……」
 ゴドルフィンはまるで昔の工廠(こうしょう)のようだと口にした。
 意味不明な機械が奇怪な動きをしながら蒸気を噴きだしていた。生産している物体はチップのようだったが、彼が知るような電子製品のそれではなかった。
 やたらとアナクロな計器の付いた箱が散乱し、積み重なっている。そのような機械が視界いっぱいに広がっていた。
 元の広さはちょっとした倉庫ほどもあったのだろうが、とにかくがらくたとしか思えないものばかりで埋められてしまっていた。
「工廠というものをわたしは知りませんが、副司令は蹈鞴場(たたらば)であるともうしておりましたわ」
「タタラバ? なんですかそれは」
鋳造所(ちゅうぞうじょ)のことだそうですわ。わたしもよくは知りません……」
「ふむ……あなたはここには?」
「初めてですわ。博士! クロニクル博士!」
 張り上げられた大声に、どこからかなんじゃいという声が響き戻った。
「誰じゃ、わしを呼ぶのは」
「失礼します。わたしは……」
「なんじゃい……二代目かい」
 そう言いながら機械の上から下りてきたのは、白衣を着た老人だった。
 腰の曲がったせむし男で、歳は七十に達していそうだった。彼は床の上に降りると、左目を隠すモノクルをかけ直しながらリツコを見上げるようにした。
「二代目?」
「おぬし、赤木の娘じゃろう」
「そうですが……わたしのことを?」
「嬢ちゃんじゃったころに一度見とる」
 おーおーと老人はぶしつけな調子で彼女を見上げた。
「そんな(なり)をしておっても、よう母親に似てきとるわい。そんな髪はやめてしまえ。その歳で反抗期でもなかろう」
 さてとと彼はモノクルを人差し指と親指で持ち上げ、ゴドルフィンを見た。わずかに見えた眼球はこぼれ落ちそうになっていて、黒目はあらぬ方向を向いていた。
「なんじゃい……つまらん男じゃな」
「恐縮ですな」
「ただの人間じゃ……実につまらん」
「お聞きしても? なぜわかります?」
「うむ……実はこのモノクルには仕掛けがあってな。(オーラ)の色を……嘘じゃよ。本気にするな。それくらい見ればわかる」
 ゴドルフィンはちょっとだけ首を傾げた。
 判別できる機械を創作しているよりも、そちらの方が凄いことなのではないかと思ったからだ。
「だとするとわたしはお話をしていただくには不足ですかな?」
「ふん……ここんとこ面白い小僧共が入り込んでおるようじゃな」
 にやにやとする。
「その小僧が連れ込んだ男が地下のプラントで面白いことをはじめておるようじゃ」
「……時田氏のことですか?」
 にやりと笑う。
「そうじゃ。あの男と話をさせろ」
「博士!」
「面白いことをいう男じゃ。生殖以外の方法で自分の子を作る? なるほどわしも愛でる孫が欲しいからのぉ」
「ご冗談を!」
「しかしわかりませんな」
 ゴドルフィンが口を挟んだ。
「あなたはずっとここにこもっておいでだった。なのになぜそうも事情を知っておられるのか」
「ふん」
 わしのここはなぁと、彼は自分の頭を指で突いた。
「MAGIとリンクしておるんじゃよ。たまには無駄話をしておる。それで教えてもらった」
「リンク?」
「そうじゃ。知っとるか? エヴァの脳髄にはMAGIとのリンクを実現するために巨大な基盤を仕込んである。それと同じ機能を持ったチップをわしもここに仕込んでおるんじゃ」
「そんなことが!?」
 驚くリツコにおおよと笑う。
「まあ他人には勧めんわい。なにせMAGI側にわしを既知の友人として認めるプログラムをセットせねばならんでな。んなことを誰彼かまわずやってしもうた日には、MAGIの防備なんぞとは言うとられん」
「しかし……できるはずがありません。MAGIのプロテクトは!」
 ふんと鼻であざ笑う。
「MAGIを作ったのは誰じゃと思うとる? わしらじゃぞ」
「ですが……」
「おぬしが知らん裏コードなど、なんぼでも知っとるわい。それこそわしらしか知らんもんをな」
 ほほぉと興味深げに割り込んだのはゴドルフィンだった。
「では、ここに留まることを良しとしなかった者の中には、当然のごとくその裏コードを知っている人物がいたわけですな」
「その通りじゃ」
 ひぃっと悲鳴が上がった。リツコだった。
「対策は?」
 あっさりと無視する。
「コードの使用に三重の条件を追加した。その上でシステムに影響が出ぬ範囲でコードを消した。今でもMAGIのデバッグは行っておるし、バージョンアップのための準備とて進めておる」
 そのことに驚いたのはリツコだった。
「そんな話は初耳です!」
「当たり前じゃ。そうそう漏らせることか」
「しかし……じゃあ、司令が?」
「阿呆。六分儀なぞに話しておっては埒が明かんわ」
「…………」
 この人たちはとリツコは思った。未だに開発していた頃の時の中にいるのだと。
 もう使徒は来ているのだし、戦争は始まってしまっているのだ。
 そんな状況下でおいそれとMAGIを止めることなどできはしない。せいぜいが自己診断のための時間を取るのが関の山だ。
 しかしどうやら、彼らは時の流れが止まってしまっていると思っているらしい。研究と開発の日々の中で、その感覚を忘れてしまっているのだろう。
 だからMAGIをよりよく改造するのは、当然のことだと思っているようだった。
(狂っているのかもしれない……)
「他の方々はどこに?」
「その辺で溶けちょるじゃろう」
「溶け……?」
「五十二時間ほど電子顕微鏡と格闘しとったでな」
 日ではなく時間で語られるのが哀しい世界である。
「なんぞ妙な組織片が手に入ったとかで培養じゃよ、培養」
「組織片……」
「それを持ち込んだのは誰ですかな?」
「六分儀の娘じゃよ。なんぞしばらくあわんうちにまぁひょーきんになりおって」
 ちらりとゴドルフィンとリツコは視線を交わした。その心の内は同じであった。
(彼女か)
(あの子ね)
「どういう育て方をしおったのかわからんわい」
「はぁ……」
「どうせ育てるなら性格より体じゃろう、体! なんじゃいあの胸は? もうちょっとこうばぃんばぃんにできんかったのか?」
「…………」
「ふん……今度いい成長促進剤を回してやろう」
「彼女に勧めておきます」
「まあ『あれ』には未来なぞないからな」
「は?」
「どういうことでしょうか?」
「知らんのか? あれはユイの姿写しじゃからな、ユイの胸はそりゃあもう酷いもんじゃった」
「ユイ? 碇ユイ?」
「博士!」
 リツコの剣幕に博士はふてくされた様子を見せた。
「なんじゃい、そんなもん秘密にもならんじゃろうが」
「しかしここではどうであれ、その情報は!」
「ゼーレの老いぼれ共にばれんならよかろう。だいたいこの程度のことすら聞かせられんようならここに連れてくるもんではないぞ? ここにはそれ以上の秘密がある」
「秘密?」
「あれじゃ」
 促され、リツコとゴドルフィンは歩き出した。
 ほんの少し歩くと機械の隙間にガラス窓があった。その向こう側には広い空間があり、深さもかなりある対爆仕様の実験場がしつらえられていた。
 まるでエヴァの実験施設のようだったが……置いてあるものは赤い球体だった。
 リツコはまたもや悲鳴を上げた。
「コア! 使徒の!?」
「いいや。あれはエヴァのコアじゃ」
 にやりと笑う。
「零号機のな」
「零号機の!?」
「そうじゃ。初号機に碇が取り込まれたがために、わしらはその原因の追及を始めた。そこでコアに注目し、実験のためにとくりぬいた」
「ですが初号機のコアは……」
「うむ。ここにあるのは零号機のものじゃ。初号機のものは碇のことがあるで触れられんしの」
「それで代わりにと?」
「そうじゃ。こいつはすごいぞ? ほんの少しでも油断しておると、勝手に細胞を生み出し、増殖を開始する。さすがに放置できなんで処置したが、放置しておったならまず間違いなく使徒と化しておったじゃろうな」
「では……S機関が生きていると?」
「Sのなんたるかはわしらの頭を用いても計りしれん問題じゃ。解析についてはこのおつむを通じてMAGIに回しておるがやはり結論は出んままじゃ」
「これをどうするつもりなのですか!」
「さてなぁ……んなことは考えとらん」
「考えてって……」
 絶句する。
「そんな! 危険すぎます!」
「しかしこいつは位相空間においておそらくは零号機と繋がっておるぞ?」
「まさか!?」
「あるいは『それ以外のもの』ともな」
 それが何を指し示すのか?
 リツコはよく知っている少女と地下の『なにか』を思い浮かべてしまった。
「まさか……しかし、でも」
 ふんと老人は笑い飛ばした。
「じゃがまあ、それを抜きにしてもこやつは興味深い代物じゃ。手放せといわれてもそうですかとはいかん」
「ですが……なぜそうまでして」
「わからんか?」
 目を細くする。
「お主も科学者ならわかるはずじゃ。命題なんぞいらん。面白いからやっとるだけじゃ」
 これが効いた。恐ろしいことにリツコにはなにか通じるものがあったらしい。彼女は簡単に引き下がってしまった。
「わかりました」
 ゴドルフィンはなにかを言いたそうにしたが我慢したようだった。
「話が終わりなら、本題に入りたいのですか?」
「ん? なんじゃい」
「実は……ジオフロントにて、妙な生物の目撃例が相次いでおりまして」
「獣じゃと?」
「はい……ご存じない?」
「MAGIと繋がっているのでしょう?」
 それはリツコの嫌みだったのだが、使った相手が悪かった。
「ふん。それでは二代目とは呼べんな。言ったじゃろうが、MAGIの情報を全て垂れ流されたのではこちらの頭がパンクするわい」
「そのために裏コードを使って調整しているとおっしゃっておられましたな」
「図体がでかいくせにわかりはいいようだな。その通りよ。興味のないことなんぞ知るもんかい」
「では?」
「ちょっと待て……終わった。ふん、面白い話じゃな。ジオフロントの怪か」
「…………?」
「MAGIから情報を引き出したんじゃよ」
「…………」
「結論から言えば、わしらは獣なんぞ逃がしとらん。生物とも呼べん化け物、怪物であればその疑いもあるがな」
「……逃がしたことはあるわけですな」
「それは秘密じゃ」
「では遺体についてはご存じでしょうか? 安置所のものが消えているのですが」
「ふむ……それについては面白い情報があるわい。MAGIが自身の記憶をうたごうておる」
「は?」
「どうであったかな? と、なにやら不確かな『記憶』があるようじゃな。どうもその前後にはネルフ職員の姿が見えて、『勘』が怪しいと訴えておるようじゃ」
「ネルフ職員の?」
「おお……多分……これは女性の職員じゃな。それも」
 ──死んだ職員たちの女どもじゃ。
 リツコとゴドルフィンは顔を見合わせた。


 カツカツと音を鳴らして通路を歩く。
「あの人たちには日時の概念が失われてしまっているのでしょうね……」
「こんな場所に閉じこめられていたのではな。おそらく実験が全ての基準なのでしょうな。第一実験の頃。第二実験の頃。あるいは十時間前の実験の時」
 ふぅとリツコは、とても憂えた様子で吐息をこぼした
「収穫はありましたが……」
「彼らのことについては司令に報告して判断を仰ぐべきでしょうな。少なくとも刺激すべきではない」
「わかっていますわ」
「ならば問題は目前のものに集中しましょう」
「やはり内部の犯行でしたわね」
「MAGIに記録が残っているのなら探り出せるでしょう。時間がかかりますか?」
「わかりませんわ。おそらくMAGIの認識をごまかすように細工がなされているのでしょうから──そのためにMAGIは知覚していながらも気にすることができなかった」
「検索をかけても気にしないままであると?」
「職員ならばMAGIに検査や改善であると疑わせずに仕掛けを施せます」
「なるほど……」
「はい。ですから条件付けを変えてのチェックになりますから、時間がそれなりに」
「では急ぎお願いしましょう。後の問題は彼らがなんのために遺体を盗んだのか、ですが」
 リツコはかぶりを振った。
「それこそ……想像のらち外ですわ。わたしには」
「ふむ……」
 ゴドルフィンはあごに手を当てて考えた。
「彼ら……彼女ら? の行動原理だけでもつかめればわかるのですがね」
 その辺りのことがキーになるなと……ゴドルフィンは周りに意見を求めることにした。




「ちょっと待てや」
 訊ねたのはハロルドだった。
 小さな部屋にすし詰め状態である。ゴドルフィンにミエルにパイロン。ハロルドにフェリスにレイク。Aに加持にミサト。そしてリツコまで居る。
「そんな話はここの保安部とか内部監査がやる仕事だろうが」
「お恥ずかしい」
 と照れ照れとしながら口にしたのは加持だった。
「その監査とか調査をやる連中が、一番の被害者なもんでね」
 やられて人手が足りなくなっている……という。
「勝手なもんだ」
 肩をすくめる。その()を使ってリツコが口を開いた。
「未確認生物に始まって、いくつか不穏当な発見があったのは先に説明した通りです。ただ関連性までは立証できていません」
「……俺たちになにを期待する?」
 刀を抱き込むように椅子に座り、片膝を立てていたパイロンに睨まれ、リツコはひるんだ。
「……それは」
 ゴドルフィンが救いの手をさしのべた。
「小細工は俺たちの領分だということだ。まっとうな彼らの想像力には限界がある」
「死体を使った小細工か?」
「そうだ」
「そんなもん、わかんねぇよ」
 なっとハロルドは加持に振った。
「盗んでんのが女連中だってんなら、あんたの領分だろうが」
「ちょっと……なんでそうなんのよ!」
「なんであんたが怒るんだ?」
 ミサトはくっと歯がみした。
 その様子にハロルドはああそうかと手を打った。
「妬くなよ」
「だれが!」
「ご婦人の相手なんざお手のもんだろう? なぁ」
 加持は曖昧に笑ってごまかした。
「俺は売約済みの方には興味がなくてね」
「うそつけ……あんたネルフきってのタラシだろうが」
 そこの姉ちゃんに刺されるなよと忠告しておく。
「ま、間違いなのは女連中が狙ってんのが坊主だってことだろう? ネルフじゃない」
「上層部は恨んでるかもな」
 沈思黙考していたレイクが口を開いた。
「子供とはいえ殺人犯だ。それを上層部がかばっているというのなら、恨みの対象にあんたたちも入るんじゃないか?」
「……そうね」
 ミサトは目を閉じてあごを上げた。何かを考えるようにしてから口にする。
「確かになぜなんの処罰も下さないのか? そんな上告を握りつぶしてきているわ。そんなわたしたちをトップとして認められないというのは、ごくごく自然なことなんでしょうね」
「しかしそれは必要な判断だ」
「そうですか?」
 ゴドルフィンはそうだと肯定の意を表した。
「対使徒戦のデータは見せてもらっている。彼らなしでは勝算を求めることすらできないのが現実だろう」
「はい……エヴァが動かなければ、それ以前の問題になりますから」
「その場しのぎをするのならば、エヴァなしで使徒が倒せるようになってから、処分を行うとしておくべきでしたな」
「お恥ずかしい限りですわ」
「冗談はともかくとして、ネルフは彼らと彼女たち……どちらを取りますか?」
 ミサトは言葉に詰まってしまった。
 今の自分は総司令の代行でもある。ここでの言葉は司令のものとなってしまうからだ。
「それは……」
 皆の視線が集中する。加持のものも、リツコのものもあった。
 ミサトはごくりと喉を鳴らした……そして逃げられないのだとようやく悟って口にした。
「シンジ君たちです」
「結構。ところでハロルド」
「なんでぇ?」
「『彼女』になにを頼まれた?」
 今度の視線はハロルドへと集まった。
「あ……その、な」
「言え。なにかろくでもないことを頼まれているだろう? これからのことに横やりを入れられてはかなわん」
「わかったよ!」
 彼はもろ手をあげて降参した。
「裏をとっとけって頼まれたんだよ!」
 それから落ち着いた調子で語り出した。
「自分がいない間にずいぶんと面白いことになりそうだから、裏も含めたレポートをつくっといてくれってな!」
「で……なにを調べた?」
 ぽりぽりと頬を掻き、ハロルドは白状した。
「拘禁してる錯乱者ども」
「で、結果は?」
「何割かが発狂して死んでるよな? その獣ってやつから病気でももらったんじゃないかと思って遺体を解剖してもらおうと思ったんだよ。それが驚いたねどうも! 死体がすり替わってやがったんだよ」
「なんだと?」
「遺体安置所で死んだってやつの遺体を探したら、別の人間の死体が代わりに置かれてた。『あいつら』に殺された連中の死体だったよ」
「なんですって!?」
 叫ぶミサトに待ったをかける。
「こういう人間です──なぜ報告しなかった?」
「おしゃべりは嫌われるからな。それにいわなくってもいつか気づくだろ?」
「わかった。次からは報告しろ」
「はいよ」
「となるとその連中は生きている可能性があるな」
「仮死状態にして死んだと思わせ、保護していると?」
「多分すり替えに働いた連中と一緒に居るんだろうな」
「加持課長はなにも?」
「つかんでませんよ……なにしろうちはシンジ君たちの専班ですからね」
「調査することは可能ですか?」
「やりましょう」
「葛城三佐には悪いと思いますが、こちらも新しい職場をいきなり失うようなことにはなりたくない。出しゃばることをお許しいただきたい」
「いえ……」
「正直あなたは責任というものに縛られて今ひとつ判断が鈍っているように感じられます。われわれを不穏分子の掃討に起用したような思い切りの良さがなりを潜めてしまっている。それでは安心して指揮に従うことができない」
「しかし無謀な真似はできません」
「完璧である必要はない。部下は上司の確信を持った姿を見て行動するものだからです。その上司が迷っているのでは、下された命令を間違っているものなのではないかと疑わざるを得ないと言っているのです。あなたがしっかりとしてくれていれば、指揮者の元にこそより多くの情報は集まるものなのですから、もし仮に間違っていると感じられる作戦であったとしても、我々はきっと我々の預かり知らぬなにかの理由があるのだと、自分をだまし、ごまかし、行動することができるようになるのです」
「毅然としていることで、責任はわたしにあるのだと示さなければならない?」
「そういうことです……ただでさえ総司令が本部を空けているのですから、あなたにその任がつとまるのかという疑念を晴らすよう、心がけてもらわねば困ります」
「……わかりました」
「老婆心からのことではありません。我々も『彼』と同様の存在だからです。ネルフ本来の職員にとっては異質の存在だ。それが優遇され、重宝がられているのでは、本来の職員はさぞかし不満を抱くことになりましょう……最悪の状況下においては、彼らがわたしたちの忠告を受け入れることはないのです。そしてわたしたちに遊ばれていると感じられるあなたの言葉も受け入れはしないでしょう」
「……気をつけます」
「お願いします」
 ゴドルフィンは、あくまで階級はあなたの方が上なのだからと、念を押した。


 そして同じ頃……。
「あなた……誰?」
 第一中学校の二階にある空き教室では、レイが自分によく似た少女と出くわしていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作を元に創作したお話です。